第51話 思ったよりもへっぽこじゃなかったな
「ミノタウロスですか。フェルドさんもすっかりAランク冒険者ですね。それにしてもあの森にミノタウロスがいるんですね」
冒険者ギルド。
マリアンネさんに魔物討伐の査定をお願いする。
それとは別に上級薬草と上級毒草も採取している。
毒草も薄めりゃ薬になるらしい。
その辺の塩梅は素人には難しいがな。
「ですが、ミノタウロスはAランクのわりに報酬が高くないんですよね。素材として売れるところが少ないんです」
あー、人型の魔物あるあるだな。
ガルムとかだと毛皮、牙とか売るところが多いんだが、人型だとそれが少ない。
幸いミノタウロスは頭が牛だ。
角が売れる。
全身が牛なら肉が高くなりそうなんだが、体は人間に似ているから、食えない。
ま、Aランクなんで、魔石は結構の値段がつくがな。
「そうですね……このくらいでしょうか」
「ありがとう。それで十分だよ」
マリアンネさんが提示した金額は十分なものだった。
もともとそれほど贅沢をしているわけじゃねえ。
この街じゃあ、散財するもんもねえしな。
Dランクでも何とか生きていけるんだ、Aランクの魔物の報酬がありゃあ、数週間は贅沢ができるぜ。
「それで、この後なんですが――えっと、フェルドさん、一緒に夕食しませんか?」
ん?
マリアンネさん、何か食べたいものがあるのかな。
いつも食べたいものがあると、俺とイーナを誘ってくれるんだ。
彼女はなかなかグルメで、そのへんの情報収集に余念がないみてえだ。
「ああ、いいよ。別に用事もないしな」
マリアンネさんが小さくガッツポーズしたような……気のせいか。
さて、今日は何を食べるのかな。
「私も一緒だよね、マリアンネさん! 今日は何かな。楽しみだよ」
イーナも食いしん坊だからな。
この外見とのギャップがとも思うが、食べねえより、食べる方がいいに決まっている。
マリアンネさんが小さくため息をつく。
はて?
「すき焼きのお店ができたのよ。美味しいって評判なの」
「すき焼きかー。いいね。私、すき焼き好き! 卵と絡めるのがいいよね」
イーナが嬉しそうに頷く。
肉は豚か牛か。
ミノタウロス……牛。
まあ、関係ないやな。
「なあ、フェルドさん」
「おう、ドミニク。どうした?」
ドミニクも仕事を終えて、ギルドに帰ってきていた。
「そろそろどっちにするか決めねえといけねえんじゃねえかなあ」
「ん、どっちとは何だい?」
「そりゃあ、マリ……」
「たっだいまー! あ、ドミニクさんだー! ラッキー♪」
アシュリーがドミニクに飛びつく。
「うお。アシュリー、元気だよねえ」
「元気だよ。ドミニクさんに会ったからもっと元気になったんだよ!」
ドミニクに頭をこすり付けている。
本当にアシュリーはドミニクが好きだな。
「あ、フェルドさん。こんばんは」
「おう、シャノンじゃねえか」
シャノンとマリオンも元気そうだ。
「なにやら、マリアンネさんとお食事とか聞きましたが」
「あ、ちょっとフェルドさん……」
マリアンネさんがなにか慌てている。
「おう、マリアンネさんと一緒にすき焼きを食べに行くんだよ」
「それはいいですね。私たちもご一緒よろしいでしょうか?」
「そりゃあ……」
マリアンネさんを見る。
深いため息。
シャノンは笑顔。
「仕方ないですね。行きましょう。みんなで行きましょう。でも割り勘ですよ」
「やったー♪ ドミニクさんも一緒ね」
「おりゃあ帰らんと、奥さんに怒られるよお」
「いいじゃん。連絡入れとけば。ねえ!」
結局ドミニクはアシュリーに押し切られ、俺たちとすき焼きを食いに行く。
あとで奥さんに怒られるだろうな。
知らねえが。
すき焼きはもちろん牛だったよ。
ミノタウロスの顔が浮かぶ、が、まあそれはそれだ。
お前ももう少し美味かったら、食べてもらえたのにな。
食われないのがいいのか、死んだのなら隅々まで使ってもらった方がいいのか。
そんなことを考えたよ。
帰り際、マリアンネさんが思い出したように言った。
「そう、そう、フェルドさん。メリスさんが話があるって言ってました。後で魔法屋に顔を出してくださいね」
「へえ、メリスがですか。何ですかね?」
「さあ? 私にはわかりません。あの方の考えていることは難しいんですよね……。それでは、フェルドさん。またお食事しましょうね」
マリアンネさんが手を差し出す。
握手だな。
その手を取る。
「よろしくお願いしますね」
彼女は笑顔だった。
「フェル……。鼻の下伸びてる」
「いや、イーナ。別にそんなこたあねえよ」
「自分の顔は見れないからね!」
痛っ!
イーナに尻をつねられた。
ったく、なんだよ。
『仕方ありませんね。アナタは女性に弱すぎます。女性だけじゃなくてシャノンにもですけれどね』
んなこたねえよ……
まあ、少しは弱いかもしれねえが、それがおっさんってもんだぜ。
なあ、そんなもんだよな。
魔法屋は、この街には一軒しかねえんだ。
そうだよ、ノーマおばちゃんの魔法屋だ。
それを継いだのがメリス。
メリスは魔法の知識は深いんで、適任だった。
あの体力じゃ、まともに冒険者もできねえしな。
そうやって、街は変わっていくんだ。
ノーマおばちゃんがいなくても、なんとなく街が回っていく。
それでいいんだが。
それも悲しいものさ。
「よお、メリス。どうしたい?」
魔法屋に入る。
メリスは奥のテーブルにうつ伏せていた。
「何してんだよ」
「……腹減った、のじゃ」
だろうな。
金もねえんだろう。
それ以上に引きこもりなんだよな。
「おう、そんなことだと思ったから、持ってきてやったぞ」
サンドイッチと牛乳をテーブルに置く。
礼も言わずに、メリスが貪り食う。
こいつ、本当にへっぽこエルフだよなあ。
「か、金はないぞ」
食い終わって最初の言葉がそれかい。
しょうもない。
「知ってるよ」
「知ってるよ、じゃないのじゃ。なんでこの街の冒険者は魔法を買いに来ないのじゃ!」
そりゃあな、この店にはノーマおばちゃんとの思い出があるからだよ。
まだ、吹っ切れてねえんだ。
表面上は普通にしてるけど、みんなきっと心にしこりが残っているんだ。
だからここに来れねえでいる。
「まあ、そのうち来るだろうよ。きっとな」
時間が癒すだろうさ。
少しかかるかもしれねえがな。
「で、話ってのは?」
「イーナちゃん」
「ん、わたし?」
「そう。イーナちゃんは本物の聖女ってことでいいのじゃよな」
イーナはこの街では聖女だと言われている。
しかし人々の認識は曖昧だ。
本当の聖女だと思っている人もいるし、勇者パーティの聖女ではないと思っている人もいる。
猫姿のジリを見る。
彼女は頷いた。
「イーナは聖女だよ。木の女神メルフェイーナ様の聖女だ」
「やはり! この街が女神メルフェイーナ様の街。その聖女が育つ街なのじゃな!」
「いや、そりゃ知らねえな。今回はそうだが、毎回そうかは知らねえよ」
この街で代々の聖女が育っている?
そりゃあ初耳だ。
ジリは……首を傾げている。
「知らんのか? まあ知らんだろうな。勇者についての物語は残っておるのじゃが、聖女については残ってはおらん。勇者の脇役、添え物という立場じゃからな」
なるほど、確かに、吟遊詩人が歌うのは勇者の歌だ。
聖女は主役じゃねえ。
「しかし、記録がないわけではない。勇者の記録の端々に残っておるのじゃ。それをつなぎ合わせると見えてくるものもある。その一つがこの街。違うか、正確にはこの街の近くにある森じゃな」
思ったよりもへっぽこじゃなかったな。
見直した。
「確かに女神様の依り代である大樹があるな」
「やはり!」
メリスが身を乗り出す。
「そこじゃ! そこにわらわを連れて行ってほしいのじゃ!」
必死だな。
だが……
「どうしてだい?」
「え……」
「どうして行かなきゃいけない。女神様の木にはな、イーナの思いが通じたときにしか行けねえんだよ。なら、メリスはイーナを懸命に説得しねえといけねえ。だから、理由が必要だ。どうしてだい?」
イーナが何かを言おうとしている。
だが、それを制する。
イーナは優しいから、きっとメリスを連れていくだろう。
だが女神様のところだ。
簡単に行かせちゃいけねえんだ。
人間っていうのは簡単に神に頼っちゃいけねえんだ。
俺の勝手な教訓だがな。
「……それは……称号じゃ。わらわの称号『偽りの賢者』じゃよ!」
メリスが吐き捨てるように話し始める。
彼女の話だと『偽りの賢者』は魔力以外のステータスを犠牲に、魔力を極限まで高める称号だという。
魔力を高めるのはいいのだが、魔法制御も犠牲にしている。
ただ、単純に魔力だけが高い状態だ。
使えない魔法使い、役立たず。
しかしエルフの里ではよくしてもらえたらしい。
だが、本人の気が済まなかった。
「どうして、わらわだけ、こんな称号があるのじゃ? 何のために神はこれを付けたのじゃ?」
「だから、神様に会って問うのか? そしてその称号をなくしてほしいのか」
「わからん……。最初はそうじゃったかもしれぬ。じゃが、今は少しだけ、もう少しだけ、うまく生きられるようにしてほしいだけじゃ。他の人と同じようにの。それは大それた望みなのじゃろうか? ただ普通に、それだけでいいのじゃ」
メリスの目から涙が落ちる。
そうだな、ただ普通に生きるだけか。
普通が何かは知らねえが、しかし、辛い生かもしれねえな。
大きな魔力はあるのに、何もできねえ自分。
先のオーガ戦、一応役に立ったが、しかし、一人では何もできなかった。
俺は、別にみんなで勝てればいいと思うがな。
だが、自分がもっとできていれば、もっと楽に勝てたはず。
力がある分、余計に思うのだろうよ。
「フェル。私、メリスの役に立ちたい。女神様にお願いしたい!」
まあ、イーナはそれでいいんだよな。
俺やジリがしっかりしてればいい。
ジリは頷いた。
なら、もういいだろう。
「おう、行こうか、メリス。連れて行ってやるよ、大樹に。しかし、そこで何も変わらねえかもしれねえぞ」
「よい! それでもよい! やれることがあるなら、それをやりたいだけじゃ!」
そう、思ったよりも強い女性だったよ、メリスは。
見直したぜ。
「もし称号がなくなったら、わらわは絶世の美人になるのじゃ! そう、身長が低いのも、胸が育たなかったのも。全部称号のせいなのじゃ!」
それはどうなんだ?
ちと胡散臭くねえか。
ただの思い込みだと思うぞ。
もしや、そっちが本命じゃねえだろうな……
見直しちまった俺の馬鹿さ加減を情けなく思うよ。
結局、このわらわエルフはダメじゃねえか。
メリスは天に拳を突き上げて、叫んでいる。
「女神様、身長をお願いするのじゃ!」
連れて行くのを止めようかな……




