第48話 【シャノン視点】ウェストフェルトの冒険者ギルド
「おら、シャノン。ちゃんと見てるか? ゴブリン前方、二匹だぜ」
フェルドさんが指摘した。
「はい、すみません。マリオン、対処するよ」
「了解」
森の中、ゴブリンと対峙していた。
私とマリオンでゴブリンを足止めをした。
その間にアシュリーが魔法を準備する。
「いくよ、二人とも! ウィンドカッターだ!」
アシュリーの声に、私とマリオンが飛び退く。
そこにアシュリーの《ウィンドカッター》。
ゴブリンを切り裂いた。
戦闘は終了だ。
「シャノン、わかってんのか? マリオンはタンクになるんだ。なら、将来は兜をかぶった重装備だぜ。ありゃあ、視界が悪いんだ。おめえが状況を把握しなきゃならねえんだぜ。そうしなきゃパーティ全滅だってあるんだ。しっかりしろや」
フェルドさんの評価を聞く。
確かに正しいんだ。
マリオンは盾を持っている。
今はお金がないから、まだ小さい盾だ。
これから装備が充実していくだろう。
いずれはフルプレートアーマーを着ることになる。
パーティにはアシュリーがいる。
最強の火力を守る盾役が必要。
力と体力があるマリオンがそれになる。
フェルドさんの提案だった。
そうすると私がアタッカー。
そしてパーティを指揮しないといけない。
「わかっているのか? このパーティはお前が肝なんだぜ。気合を入れていけや」
フェルドさんの言葉が重い。
私にそれができるのだろうか?
プレッシャーだった。
今日は早めにギルドに帰った。
雪が降り始めたからだ。
もう冬になった。
この街に来てから二週間。
フェルドさんにしっかりと鍛えられ、現在は実地訓練。
魔物との戦闘を訓練している。
私たち三人はギルドのテーブルにうつ伏せていた。
疲れていた。
フェルドさんはいなかった。
「ねえ、フェルドさん、シャノンに厳しいと思う」
アシュリーが少し不貞腐れ気味に言った。
「言っていることはわかる。だけど、厳しい」
マリオンも同意する。
「だけど……私が悪いんだと思う。できないのがダメなんだよ」
「シャノン、考えすぎるのはダメだよ。私たちがいるんだ。みんなの責任だよ」
マリオンが抱きしめてくれた。
柔らかい彼女の髪の毛が頬に触れて、良い香りがする。
本当に素敵な子で、ちょっと嫉妬する。
本当は私も彼女みたいに可愛い感じになりたかったな。
私には彼女のような柔らかさがないから。
「おっと、ごめんよお」
ギルドに男の人が入ってきた。
少し髪を伸ばしたイケメン。
あ、アシュリーが反応した。
彼女のタイプだったみたい。
「すまねえなあ。お取込み中によう」
「いえ、いえ。僕たちは全然です! それで、あなたは?」
「ああ、俺はドミニクっていう冒険者だよお。君らはアレだろう? フェルドさんが教えている新人さんだよねえ」
「そうです、ドミニクさん! 私、アシュリーっていいます!」
「んー、そうかい。頑張っているねえ」
彼は自然にアシュリーの頭を撫でた。
フェルドさんのお友達?
ということはフェルドさんから私たちのことも聞いているはず。
男の子だってことも。
「素質のある子たちだって、フェルドさんが言っていたよお。フェルドさんに教えてもらえば大丈夫だからねえ。頑張んなよねえ」
ドミニクさんが微笑む。
アシュリーは見とれている。
彼はきっとモテる。
話し方がちょっと特徴があるけれど、きっとね。
フェルドさんが私たちのことを素質があるって言っていたの?
そんなこと言われたことないのに。
本当のことなんだろうか?
「おうおう、ドミニク、なにやってんだよ!」
声の大きい男性が入ってきた。
こちらは少し強面の男性だ。
「あ、その子たちはあれでしょ。フェルドさんの教え子たち」
もう一人、少し細めの男性で、ちょっとだけ気が弱そう。
だけど優しそうな人。
「あー、テオさん、ルッツさん、お疲れ様あ。この子たち、フェルドさんの教え子ですよお。アシュリーちゃんとシャノンちゃん、マリオンちゃんだねえ」
「おー、この子たちがねえ。こんな可愛い子たちと一緒じゃ、フェルドも大変だ」
テオさんが少し乱暴に笑う。
「こら、テオ。この子たちが驚いてるじゃない。もう少し上品に笑いな」
「ルッツよお。俺たちは冒険者だぜ。笑いたいときは笑えや。フェルドの困った顔が浮かぶだろうが。あー、おかしいじゃねえか!」
「そりゃあ……おかしいけどさあ」
ルッツさんは笑いを嚙み殺した。
男性冒険者が笑っている。
だけど、それは私たちのことじゃない。
フェルドさんをネタに笑っているんだ。
なんか不思議な感じがした。
「さすがにアイツ、この子たちに手を出さねえだろうな」
「いや、テオさん。さすがにフェルドさんに失礼だよお」
「だってよお。あいつ、美人に弱いじゃねえか。きっと、シャノンに言い寄られたら、顔を真っ赤にするんだぜ! きっとだ、賭けてもいいぜ!」
い、言い寄らないよ。
フェルドさんは私の師匠だ。
そういう気持ちはない。
「テオ、若い彼女と付き合っているからって、マウント取るのはやめなよ」
「いや、ルッツ。おめえのほうがアレだろう。嫁さん貰って余裕じゃねえか。知ってるか、シャノン。こいつの嫁さん、美人なんだぜ。こいつこんな顔してるのによお!」
「そりゃあ、お前の彼女に悪いだろうが。俺の嫁さんを美人だって褒めるのは」
「俺の彼女だって美人だぜ! すっげえ可愛いんだぜ!」
テオさんは数年後に、この彼女さん、メアリーさんと結婚することになる。
そして、尻に敷かれるんだよね。
この頃はテオさんそんなことも一ミリも思ってなかったようだ。
ドミニクさんがきょとんとしてる私たちに微笑む。
「まあ、声の大きい冒険者もいるからねえ。でも気にしないでいいよお。いい人たちさあ。問題があったら頼るといいよお。きっと助けてくれるからねえ」
テオさんとルッツさんは受付へ。
カミラさんと話している。
「フェルドさんは……本当にそんなことを言っていたんですか?」
「ん?」
「私、素質なんてないと思います」
「ああ、それねえ。本当に言っていたよねえ。そっか、あの人も肝心なこと言わない癖があったりするんだよねえ。まったく困ったもんだよねえ」
全然困っていないように笑っている。
「本当に、本当だよお。フェルドさんはしっかりと君たちのことを考えているよねえ。それは真面目なんだよねえ。あ、そうだ」
ドミニクさんが手を叩く。
「裏庭に行ってみるといいよお。面白いものが見れるかもしれないよねえ。きっと、お勧めだよねえ」
彼は、そう言って、楽しそうに笑っていた。
「ねえ、行こうよ! だって、ドミニクさんが勧めてくれたんだよ!」
アシュリーに手を引かれて中庭に行った。
アシュリーはすっかりドミニクさんが気に入ったようだった。
一目惚れってやつなんだろう。
それからずっとドミニクさんなんだよね。
最近はフェルドさんに少し色目を使っているようにも思うけど。
ギルドの裏庭、冒険者が訓練するくらいのスペースがある。
雪が積もって、地面を白く覆っている。
「あ、フェルドさん……」
彼が剣を振っていた。
片手で剣を振っている。
私たちと一緒にいるときの、ちょっと先生っぽい表情じゃない。
真剣な表情だ。
ただ剣を振っている。
きっと片腕がないと大変だろう。
バランスがとりにくいし、威力も半減するだろう。
きっと、だから余計に剣を振っているんだ。
それを補うために。
「あ……」
雪で足が滑った。
フェルドさんは前方へと転んだ。
ゴロリと仰向けになる。
顔は雪と泥で汚れている。
「あー、くそ、やめだ、やめだ!」
大の字に手足を伸ばす。
十数秒そのまま。
「くそ、やりゃあいいんだろう、やりゃあな!」
むくりと起き上がって、また、剣を振りだした。
「ね、面白い男でしょ」
いつの間にかカミラさんが横にいた。
「基本、面倒くさがりなのよ。だけど、冒険者は真剣にしている。そして、生き残るために必要なことがちゃんとわかっているのよ。それを実行できるだけの精神力がある。だから、生き残ってこれたのよ、彼は」
そうか、フェルドさんは生き残ってきたんだ。
片手を失っても、今まで。
それはどれだけの努力と困難があったのか。
「きっと誰よりも死に近かったのよね。だから、死なないためにやらなきゃいけないことがわかるのよ、きっと。そして、あなたたちに必要なこともわかるのよね。あなたたちが死なないように必死になって教えてると思うわ。ちょっと厳しくなっても許してあげてね」
「はい」
「それとね、色々と話してみるといいわ。きっと真剣に聞いてくれるわよ。ちゃんと向き合ってくれる。意外とそういう男って少ないんだからね。なんで彼が独り身なのかしらね。世間の女性は見る目がないと思うわよ」
カミラさんは笑いながら、手を振ってギルドの中に戻っていった。
「ねえ……なんかカッコいいね」
アシュリーが呟いた。
「そうね。きっと、あれがカッコいいってことなんだと思う」
マリオンが頷いた。
「うん、きっと私たちもカッコよくなろう」
だから、私はそう言ったんだ。
どうしたらそうなれるかわからない。
だけど、彼を目指そうと思う。
フェルドさんは剣を振っていた。
何故か少しだけ涙が出てきた。
どうしてだかわからなかった。
それから二週間、少しずつ、少しずつ、ちゃんとした冒険者になっていけた。
まだ、フェルドさんの要求には応えられていないかもしれない。
だけど、少しだけ怒られることが減った。
野営の訓練のとき。
私が見張りをしていた。
フェルドさんは隣でずっと起きている。
私がもし寝てしまってもいいように。
焚き火がパチリと鳴る音がする。
冬だから、少し寒い。
冬の野営の訓練もちょうどいいのかもなと、フェルドさんは言っていた。
フェルドさんの横顔を見る。
その頃、彼の顔を見るとなんとなく安心するようになっていた。
「……どうして、私たちに優しくしてくれるんですか?」
ずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「うん? どういうことだ」
「私たち、男性なのに変じゃないですか。こんな格好をして、気持ち悪くないですか?」
「ああ、そういうことか。いんや、似合ってんじゃねえか。大丈夫、ちゃんと美人だぜ」
美人……
少し顔がほてる。
だけど、私が聞きたいことはそういうことじゃない。
「こんな私たちが冒険者なんて……」
「冒険者ってのは性別じゃねえだろう。男だって女だって優秀な冒険者はいる。なら、どっちだっていいんじゃねえか。そりゃどうでもいいことだぜ」
「でも、普通じゃないから」
「普通ってのは何だろうな。誰が決めるんだろうな。普通ってのが多数派ってことなら、どうでもいいことだぜ。冒険者なんてはみ出し者だよ。少数派さ。そうだな、お前らはそれでいいと思う。自分自身を持っているってことだろう。なら、それでいい。自分を持っていない奴よか百倍いいじゃねえか。もしかしたらシャノンと同じように、可愛い洋服を着たいって願望の男もいるかもしれねえ。でも、そいつは世間体ってのを気にして、できてねえかもしれねえ。そんな奴よりずっとましさ。俺はそんな奴より、シャノンたちのほうが好きだぜ」
いつもより静かなトーンで語った。
きっとそれは嘘じゃない。
その言葉はゆっくりと、だけど、しっかりと私の胸にしみ込んだんだ。
なんだろうか、胸の急所にくる感じ。
だけどそれは痛いってことじゃなくて、胸に刺さった棘が取れる感じ。
胸に詰まっていたつっかえが溶かされていく感じ。
フェルドさんの言葉はそんな感じだった。
「わ、私は……」
ああ、泣いていた。
私は泣いていたんだ。
フェルドさんの言葉に。
「冒険者で、いいんですか……この街で、冒険者でいいんです、か……」
「ああ、いいと思うぜ。シャノンたちが冒険者をしたいってなら、俺は応援するよ。それを笑う奴がいるなら殴ってやるよ。それがよお、先輩ってヤツだろう」
そう、そのとき初めてフェルドさんに抱き付いたんだ。
「おい、ちょっと、何してんだよ」
フェルドさんはどぎまぎしていた。
やっぱりテオさんの言っていた通りだ。
フェルドさんは美人に弱いんだ。
私に弱いんだ。
私は美人ってことでいいんだよね。
だけどそのときはまだ何で自分が抱き付いたかわからなかった。
それから少したってからだよ、自分がフェルドさんのことを好きだって気付いたのは。
男性のことが好きだって気付いたときは驚いたよ。
私も、世間の常識ってやつに縛られてたのかな?
「何をにやけているんだ?」
フェルドさんが私の顔を覗き込む。
昔のフェルドさんと私を思い出して笑っていた。
だけど、私の顔を見て「にやけている」はないと思う。
あとで何か意地悪をして返そう。
今日はギルドにみんなで集まっている。
フェルドさんのAランク昇格お祝い。
フェルドさん、イーナちゃん、ドミニクさん、テオさん、ルッツさん。
バルドゥルさん、マリアンネさん。
私とマリオン、アシュリー。
人数が多いから若い人は呼んでいない。
部屋がいっぱいになっちゃうからね。
あの頃の人たちに、イーナちゃんが加わった感じ。
カミラさんはどうしているだろう。
結婚して他の街に移住しちゃった。
久しぶりに会いたいな。
「昔のことを思い出していたんです。私たちがフェルドさんに鍛えられていた新人時代のことを」
「あー、そりゃあ、許してくれや。最初の新人教育だったからよお。ちと力が入りすぎちまってなあ」
フェルドさんは頭をかいている。
「でも、感謝しているんですよ、私たち。あの時間があったから今があるんです。本当に感謝しているんです」
「そうか。そう言ってもらえたら嬉しいがよ」
あの頃、誓ったんだよね。
フェルドさんの横に立てるような冒険者になろうって。
フェルドさんの左横、無い腕の方を守れるような冒険者になろうって。
だけど、腕も元に戻って、そしてもう私よりも強い冒険者になっている。
悔しいという気持ちじゃないよね。
眩しいって感じかもしれない。
遠くに行っちゃうような気もしている。
寂しく感じることもある。
だけど、それじゃダメなんだ。
私はフェルドさんについていかなきゃダメ。
ついていけるだけの力を持たないとダメ。
「ねえ、フェルドさん」
「んあ?」
フェルドさんは麦酒を飲んで、少しだけ酔っ払っているようだ。
「お祝いのキスをしてあげるね」
彼の顔を手で包み、私の方へ……
「なにしているんですかー! シャノンさん、それはダメでしょう!」
ああ、やっぱり、マリアンネさんがいるからね、きっと止められると思った。
ちょっと邪魔だと思う。
彼女もフェルドさんが好きなら告白すればいいのに。
彼女は正真正銘の女性なんだ。
何もハンデはないんだ。
私は羨ましく思っているんだよ。
私なんか、何回告白したかわからないよ。
いつものらりくらりと躱されて。
あ、ちょっと腹が立ってきた。
よっと、軽くキスを実行してみた。
うん、いいね!
「ああああああ! シャノンさんんんんん!」
マリアンネさんが叫んでいる。
「な、何してんだよ、シャノン!」
フェルドさんの顔は真っ赤。
やっぱり私の顔が好きなんだ。
「だって、フェルドさん、二回目じゃないですか。大丈夫、大丈夫!」
「二回目って何ですか! ちょっと、何があったか説明を!」
ほらほら、マリアンネさんどうします?
私がとってしまいますよ。
私もフェルドさんと結婚できるだなんて思っていないんだ。
そんなに図々しくもないんだ。
だけど、ずっと側にいたいと思っているんだ……
……いや、きっと。
それだけじゃ満足できなくなるよね。
私はそんなにいい子じゃないから。
さて、マリアンネさん、どうします?
今は私の方が有利じゃないですかね。
キスの分だけ先行してますよ。
テオさんが笑っている。
ルッツさんが苦笑している。
ドミニクさんはアシュリーに絡まれている。
マリオンはそれを楽しそうに見ている。
イーナちゃんは食べものに夢中。
あれ、ジリちゃんもたくさん食べるんだね。
あの体のどこのあの量が入るのだろう。
そう、ここが私たちの居場所。
ウェストフェルトの冒険者ギルド。
あのときの私に言いたいな。
きっと楽しい未来が待っているよ。
だからもう少し頑張って。
私のままで頑張ってね。




