第45話 彼女を知っている俺たち冒険者が、その死を悼むのだろう
「最近、ノーマおばちゃんに来ていた手紙ってのは、『真なる黒の福音』っていう教団からのものだったってことか?」
ギルドマスターの部屋、ノーマおばちゃんの件について話をしている。
メンバーは俺、バルドゥル、マリアンネさん、ドミニク。
話の内容が、ノーマおばちゃんの暗い部分になる可能性があったため、イーナは連れてきていない。
ジリを護衛に、街の人たちの回復に回っている。
「ええ、そうなんですよ。最近、頻繁に手紙のやり取りがあったみたいです。ですが、問題はその相手が誰かということなんです。チャールズさんは息子のクリフォードさんからと伺って運んでいたそうなんですが……」
マリアンネさんが言い淀む。
バルドゥルが続ける。
「ノーマの息子クリフォードは半年前に死んでんだよ」
「本当かよ?」
「ああ、王都のギルドに確認した。それにノーマの家には手紙が残ってなかったんだぜ。仮に情報が間違っていて、息子がどこかで生きていて、息子からの手紙だとしたら、残っていないのは不自然だ。息子の手紙なら喜んで取っておくハズだろうが。おかしいじゃねえか」
確かにな。
ノーマおばちゃんは息子を愛していた。
たまに話題に出るときは幸せそうな顔をしていた。
「でさあ、息子さんはどうして死んだんだい?」
そこに何かあるんだろうな。
マリアンネさんが言い淀み、ノーマおばちゃんを暗い顔にさせた何かがな。
「おうよ。どうもなあ、異端の宗教を信仰したとして処刑されたみたいなんだぜ。『真なる黒の福音』ってなあ」
「あん? そりゃあ……。それこそ話がわかんねえぞ」
バルドゥルの話だ。
息子、クリフォード夫婦は王都で魔法屋をやっていた。
孫も生まれたばかりで幸せな家庭だったってことだ。
魔法屋ってのは魔道具も取り扱っていることがある。
ウチのような田舎の魔法屋だとないが、王都の魔法屋なら取り扱い量も多いのだろう。
息子の魔法屋もそうだったらしい。
その魔道具の一つが呪われたものだった。
運悪くクリフォードはそれに気付かず売りに出し、運悪くそれを貴族が買っていった。
そして貴族の子供が死んだ。
死亡原因が売った魔道具かは不明。
だが貴族は魔道具のせいにし、クリフォードが暗殺しようとしたと訴えた。
もちろんクリフォードは否定した。
が、一般人と貴族の意見だ。
どちらが力を持つかは明白だ。
どちらが正しいかじゃねえんだ。
誰が言ったかなんだよ。
クリフォードは裁判にかけられ、有罪。
クリフォードが邪教『真なる黒の福音』を信仰し、国家転覆を企てたってことになった。
判決は絞首刑だ。
家族すべてな。
クリフォードとその妻、そして息子。
息子はまだ赤ん坊だってのにな。
公開処刑されたらしいぜ。
家族は処刑台まで、繋がれて歩かされる。
母親は幼い息子をおぶって。
何も知らねえ民衆は、何も知らねえくせして、クリフォード親子を非難し、石を投げ、唾を吐く。
で、死刑が執行されりゃあ、罪人を殺したと熱狂する。
正義が執行されたとしてな。
しかし、クリフォードは本当に『真なる黒の福音』の教徒だったのかい?
クリフォードの店から『真なる黒の福音』につながる証拠が発見されたとされている。
だがなあ、その程度は捏造できるんだ。
貴族様の訴えだからな。
庶民の権利なんて弱いもんだよ。
「息子さんは本当に邪教の信者だったのかねえ。そんな幸せそうに暮らしていたのにねえ。ノーマさんは本当に嬉しそうに話してくれてたんだがねえ」
ドミニクの言う通りだ。
疑わしいね。
で、ノーマおばちゃんがその件を、クリフォードの友人から聞くことになる。
どんなに絶望しただろうな。
とても息子を愛していたんだ。
孫ができたこともすげえ喜んでいたよ。
何回も話を聞かされたよ。
少ししたら顔を見せに来てくれるんだって、楽しそうに笑っていたよ。
なのに……孫まで、赤ん坊なのに、処刑されちまったんだ。
でよお。
罪人の遺体なんてまともに扱っちゃあくれねえんだ。
街の外の死体置き場に置いておいて、魔物の餌よ。
そりゃあやるせねえよなあ。
「それじゃあ、国を恨むのも理解できる。だがよお、何で『真なる黒の福音』なんだよ? 息子さんが疑いを掛けられた教団だろうが」
「『真なる黒の福音』は今の支配体制を否定して、ひっくり返すことを目的にしているからな。王家、貴族への不満の受け皿になってんだよ」
「もしかしたら、貴族への皮肉も入っているかもしれねえねえ。お前らが原因で『真なる黒の福音』ってのを生み出して、その教徒がテロを起こして、で、国に被害が出たってねえ」
そうなのか?
そんなことをノーマおばちゃんが考えていたのか?
手紙は破棄されている。
おばちゃんは死んでいる。
真相はわからねえ。
「でもよお。魔王による現在の支配体制の破壊、んで、そのあとの正しい再生を目指してんだろう。なら……」
いや、俺の口から言うことじゃねえ……
「おう、それな。フェルドが言いたいのはイーナのことだろう。魔王が勝ちゃあいんだ。なら聖女がいなけりゃいい。聖女がいなきゃあ、魔王の勝算が高いからなあ」
「ノーマさんはそれをしなかったってことだよねえ。仲が良かったもんねえ、ノーマさんとイーナちゃんは。きっとイーナちゃんが聖女だって気付いていたんだよねえ。だけど、教団には報告しなかったんだろうねえ」
俺もそう思う。
おばちゃんはイーナを教団に報告していなかった。
報告していたのなら、教団から聖女抹殺の指示が出ていたはず。
だが、おばちゃんはそれをしねえだろうね。
そうすると暗殺者が雇われたかもな。
俺たちでイーナを守り通すことができたか?
暗殺のプロを相手に?
いや、やらなきゃいけねえんだけどよお。
しかし、なあ……
「もしかすると失敗することを望んでいたのかもしれねえな」
そう思いたい。
「そうだね、フェルドさん。俺たちの目の前で魔道具を発動する意味ってないからねえ。俺たちを信頼してくれたんかもしれねえやね」
「ならさ、相談くらいしてくれてもよかねえか? もう少し頼ってくれてもよかねえか? それがさ……なんていうかなあ……寂しいや」
「そうだねえ。俺たちに何ができるかわかんねえけどねえ。ただ、話くらいは聞けたかもしれねえのにねえ」
ノーマおばちゃんは馬鹿野郎だ。
で、王都の貴族はそれ以上の馬鹿野郎だ。
王都の住民も馬鹿野郎だ。
そして、ノーマおばちゃんの異変に何も気付けなかった俺も馬鹿野郎だ。
ああ、どうしてこうなっちまったのかなあ。
もう少しだけ、いい結果ってのはなかったんだろうか?
今回の件は全員が笑顔で終えられる結果なんてなかったんだろう。
だけど、もう少しだけマシな結末があったはずなんだ。
もう起きちまったことは変えられねえんだ。
どうしようもねえなあ……
ノーマおばちゃんの葬儀は、冒険者ギルドでひっそりと執り行う。
今回の事件の犯人だ。
それは事実。
その背景に何があったとしても、彼女は正しく罪人だ。
街で祝福されて、送り出されることはない。
「すまねえな、ディーター。辛い役を押し付けちまって」
「いえ、フェルドさん。いいんですよ。火属性の魔法使いって、こういうことが多いですから」
ディーターはまだ若けえんだから、そんなお利口にならなくてもいいんだがな。
ギルドでの葬儀なんで、街の葬儀社を使えねえ。
このギルドで一番の火属性魔法使いのディーターの魔法で、ノーマおばちゃんの遺体を燃やしてもらう。
参列者は俺、イーナ、ジリ、バルドゥル、マリアンネさん、ドミニク、テオ、ルッツ。
その他、ノーマおばちゃんに世話になった沢山の冒険者たち。
ノーマおばちゃんは優しい人だった、楽しい人だった、信頼できる人だった。
だから、冒険者たちが集まった。
「では、行きます」
ディーターが《パージフレイム》の魔法を発動する。
『浄罪の火』と呼ばれる魔法だ。
死者を弔うときにだけ使われる魔法。
人間は生きていりゃあ、何かしらの罪を犯す。
だが、死んじまったら、許してあげようやってこと。
許されて、心安らかに次の生へ旅立つ。
そういう願いがこもった魔法だ。
普通の火魔法より、少し白く輝くような炎がノーマおばちゃんの遺体を包む。
少しの時間で彼女の肉体は燃え切って、骨だけになっちまった。
人間ていうのは何だろうなあ。
こんな骨じゃねえよなあ。
笑ったり、悲しんだり、ときに怒ったりよお。
こんな骨じゃねえよなあ。
その骨を集めて、骨壺に入れて、ギルドの地下の納骨堂に納骨する。
色々な理由で正規の手順で葬ることができなかった人たちの骨壺が並んでいる。
彼女もその一員となった。
彼女の遺族はいない。
だから、彼女を知っている俺たち冒険者が、その死を悼むのだろう。
納骨堂から、ギルドから出る。
納骨堂ってのは息が詰まる。
そんなに長い時間いる場所じゃねえ。
死んだ者たちが悪いってことじゃねえんだ。
ただ、その思いが大きすぎる。
打ちのめされちまう。
空が不自然なほど青い。
夏の力強い白い雲がのんびりと浮かんでいる。
空にしてみりゃあ、人ひとりの死なんてどうでもいいことなんだろうよ。
だが、俺たちにしてみりゃあ、だいぶ重いことなんだぜ。
その辺も理解してくれると嬉しいんだがね。
「ねえ、フェル。死ぬってなんだろうね。ノーマおばちゃんは死ななきゃいけなかったのかな?」
イーナが俺の手を握る。
視線は下を向いている。
「どうだろうな。確かにやりすぎちまう人間ってのは中にはいる。本当に悪いヤツってのもいるもんだ。だけど、おばちゃんはそうじゃねえと思いたいなあ」
「フェルはそう思いたいんだ」
「ああ、それに絶対的な価値観はねえと思うよ。人それぞれだよ。イーナはおばちゃんが好きか?」
「うん、好きだよ。優しくしてくれたもん。楽しい話をきかせてくれたもん。好きだよ」
現在も好きでいてくれる。
それが、少し胸を打つ。
「おう、俺も好きさ。それでいいじゃねえか。それが俺たちが思うノーマおばちゃんってことだ。それは誰も覆すことはできねえんだ。誰がなんと言おうと、それが俺たちの中のノーマおばちゃんだ」
「そうか、そうだよね。それがノーマおばちゃんだよね」
俺たちはそのノーマおばちゃんを記憶して生きていくんだ。
最期に罪を犯したノーマおばちゃん。
だけれど、それまでの彼女が嘘かっていうと、それも違う。
彼女が生きた証ってのは、最期の一瞬だけで決まるもんでもないだろう。
俺たちの中に確かに残っているもの。
それもまた彼女の生きた証じゃねえかな。
「ただよお。ちと寂しいな。ノーマおばちゃんがいなくなっちまったのはよお……」
「そうだね、フェル。イーナ、寂しいよ……」
イーナは泣いていた。
体を引き寄せた。
イーナは声を上げて泣いた。
イーナの頭をゆっくりと撫でていた。




