第44話 おっさんたちが馬鹿みたいに笑っている
ノーマおばちゃんが魔道具の発動し、オーガの大群の召喚。
冒険者たちがオーガの大群の戦闘を開始し、オーガは倒され、冒険者たちの勝利に終わった。
だが、見渡してみりゃあ、街は傷跡だらけだ。
壊れた道には、オーガの死体が積み上っている。
何軒の家が壊れただろうか。
誰か瓦礫の下敷きになってなきゃいいが。
大通りの端の方には怪我をした人々が座っている。
逃げ遅れ、戦闘の余波を食らっちまった人たちだ。
一般人はレベルが低く、ステータスも低い。
オーガに一撃でも食らえば、あの世行きだろう。
幸いにして、オーガの攻撃を直接食らった人はいないようだ。
が、瓦礫が当たったりして怪我をしている人たちがたくさんいる。
戦いには勝った。
だが、ダメージもデカい。
冒険者たちは地面に座り、疲労困憊で、もう動くこともできないだろう。
しかし、生き残った。
なら、歩き出さなきゃいけねえ。
人の命は治すことはできねえが、壊れた街は直しゃあいいんだ。
イーナは元気だ。
怪我人を治療している。
怪我をして呻いた人が、傷が治って、少しだけだが顔色が良くなった。
まだ笑顔には遠いがな。
そして……
「なあ、ジリ。ノーマおばちゃんはどうだ?」
ジリは猫の姿に戻り、毛づくろいをしている。
猫の姿のほうが体力の消費が少ないのかもしれねえな。
毛づくろいを止めて、俺を見る。
猫の顔ってのは無表情だよなあ。
きっとこういうときはいいんだよな。
『残念ながら、彼女は亡くなっていました。私が行ったときにはもう……』
「そっか。そうだよなあ。あんなブラックなんてもんを呼べるほどだからなあ」
なんでだよ、おばちゃん。
どうしてそんなことをしたよ。
『フェルド。これを』
それは手紙。
おばちゃんが息子から受け取った手紙。
オーガの血で汚れて、文字がところどころ読めない。
しかし推測はできる。
―――
親愛なる同志ノーマ・ベンジャミン。
今、魔王様は復活なされた。
我々も立ち上がらねばならない。
この世を正しく導くために。
人類を幸福にするために。
それには苦痛が伴うだろう。
しかしそれは一時的なもの。
もう人類は苦痛を経なければ修正できないところまで来てしまっている。
魔王様のご期待に応えるために、我々は人類のため、偽りの神から独立し、人類の真の幸福を実現するため、今こそ立ち上がらん!
同志ノーマ・ベンジャミン。
召喚の魔道具を送る。
任務を遂行することを切に願う。
この汚れた世界に浄化を。
正しく、美しい世界の再生を。
我らが正義の上に祝福があらんことを。
世界に祝福の光が満ちんことを。
―――
手紙の最後には王冠を被った黒いヤギのマークが描かれていた。
厨二病臭えな。
「なんだあ、こりゃあ」
『このマークは魔王を崇める宗教である真なる黒の福音のものでしょう』
『真なる黒の福音』?
知らねえな。
「で、なんでノーマおばちゃんにこんなものを……。おばちゃんがその宗教の教徒ってことか?」
『おそらくは。しかし黒の福音は主に王都の地下で隠れながら大きくなっている教団です。この田舎町まではまだ影響はないと、私は思っていましたが……』
だが、事実、ノーマおばちゃんはその宗教から手紙を受け取っている。
何故、人間が魔王を信仰する?
わからん。
魔王など人類の敵……
ではない可能性があるということか?
世の中には、どうしようもないことを真面目に考える、頭のいい狂った奴がいるもんだ。
しかし、それが全部妄想だって片づけることもできねえ。
んで、それを信じちまっている人たちもいるってことだ。
もしかしたらほんの少しだけ真実が混じっている可能性もあるか?
いや、ないと思うが。
しかし……
情報が足りねえ。
判断はできねえな。
保留だ。
『ギルドマスターに提出するのがよいでしょう。マリアンネあたりが情報を持っている可能性もあります』
まあ、そうだな。
俺より頭がいいところに預けるのが良いだろう。
バルドゥルはアレだが、マリアンネさんは優秀だ。
色々と調べてくれるだろう。
「この女よ! この女が怪しいことをしていたわ!! 私、見たもの!」
なんだあ?
ガリガリに痩せた、神経質そうなおばさんが騒いでいる。
指を指す先は……ノーマおばちゃん。
その遺体……
「このばあさんが怪しい道具を持っていたのよ! それで門が開いたのよ! このばあさんが犯人よ! 誰か、捕まえなさいよ! このばあさんよ!」
ノーマおばちゃんはもう死んでいるよ。
捕まえたって、どうにもならねえんだよ。
神経質そうなおばさんが騒ぐ。
周りもガヤガヤと人が集まりだす。
「家が壊れたじゃねえか! 弁償しろよ!」
「子供が転んでけがしたじゃない! 治療費を請求するわ!」
「衛兵、逮捕しろよ! 犯人がいるぞ」
「公開処刑だ! こんなことをしたんなら処刑だよな!」
「はは! 久しぶりだね処刑。だが、しょうがねえ。やったんなら、罪を償わなきゃなあ」
うるせえなあ。
確かにノーマおばちゃんが元凶だよ。
だけどなあ、もう死んでんだよ。
もう何も言わねえし、反論もしねえし、謝罪もしねえよ。
お前ら、この状況でよくそんな元気があるよなあ。
俺はちょっと動くのも億劫だってのに。
「ちがうもん! ノーマおばちゃんはいい人だった! ちょっとさっきは間違っちゃったかもしれないけど……。でも最後くらいは静かに終わらせてあげてよ!」
ああ……
イーナがノーマおばちゃんの遺体の前に立ち塞がる。
その優しさは尊いのだろう。
だが、今は……
「なによ、この子?」
「子供のくせに何がわかるんだよ!」
「犯罪者をかばうつもりなの?」
「犯罪者の仲間なら、犯罪者じゃねえのか」
「知ってる、この子。変な子よ。数年前まで赤ん坊だったんだから。数年でこんなに大きくなったのよ!」
「そりゃ、バケモンじゃねえか」
「人間じゃないなあ。バケモンだ! 悪魔だ、悪魔!」
「悪魔! 怖い、この街にも悪魔が入り込んでいたんだ!」
「衛兵! 冒険者! どうにかしなさいよ!」
おめえらなあ。
うちの可愛いイーナを捕まえて、悪魔だあ!?
どうみたって天使よりだろうがよお。
目が腐ってんのか。
イーナが涙目になってんじゃねえか。
あいつら殴り飛ばしてやろうか?
『いえ、少し待ってください、フェルド。ほら……』
「やめてよ、おばちゃんたち! イーナちゃんは僕の友達だ! すごく優しい子だよ!」
イーナの更に前に子供たちが立つ。
ありゃあ、確かカールの弟のダグラスか。
と、その友達。
イーナが仲良くなったって言ってたか。
「うるさい! 子供が何言ってんだよ!」
「子供だからって関係ないじゃん。俺たちが一番イーナちゃんのことを知ってんだよ。僕たちは一緒に遊んでいるんだよ。あんたたちは今見ただけでしょ。それもわからないの? 大人なのに」
「子供のくせに! 危険なヤツだから、捕まえようって言ってるだけなんだぜ。子供にはわからねえか」
「イーナちゃんが何をしたっていうの? それを見たの? 知っているの? 僕たちは見たよ。イーナちゃんがあの鬼と戦っているのを。おばちゃんは見てないの?」
子供の方がときに純粋に物事を見ている。
大人はフィルターがかかっちまうんだ。
生きてきた経験。
それは普通はよいほうに出るんだが、結構ただの偏見になったりするんだ。
「で、でも、あのばあさんを庇って……」
「庇ったらどうなの? 今、助けてもらった恩はないの! ありがとうって言えないの? 僕たちには感謝の言葉を言うんだよって教えるのに、自分たちはしないの?」
子供の純粋さ。
世界はそんなに純粋にできているわけじゃねえ。
しかし、その純粋さってのは大事だと思う。
複雑に絡んでいるなら余計によう。
「私も! 私も娘も、イーナちゃんに助けてもらいました! この子は私たちの恩人です」
「お母さん」
あの人は……あの子の母親か。
確かイーナが女の子の病気を治したって言ってたか。
「あなたたちは誰か助けましたか? この状況で助け合いましたか? イーナちゃんはそれができる子なんですよ。それが悪魔なんですか?」
「だが、それはフェイクかもしれねえじゃねえか! 油断させよ……」
「儂も怪我を治してもらった!」
「イーナちゃんが治してくれなかったら、さっき死んでたかもしれねえ」
「いつも腰を治してくれるんだよ。痛いっていったらねえ。優し子供だよ」
この事件で怪我を負い、それをイーナに治してもらった人たち。
いつもイーナと懇意にしていて、孫のようにかわいがってくれるお婆さん。
彼らが声を上げる。
非難する奴らの声が大きくて、怖くて、声を上げられなかった人たちだろう。
ダグラスとミリアム母の行動でその流れが変わった。
「この子はねえ。優しいんだよ。言葉遣いはちょっと荒いときがあるけどねえ」
すまねえ、イーナの減点ポイントを俺が作っちまったようだ。
「だから、ねえ、きっと『聖女様』なんだよ。きっと、この街の『聖女様』なんだよ」
お婆ちゃんが核心に近づいたな。
まさに『聖女』なんだがよ。
女神メルフェイーナ様の聖女だ。
が、言う必要もねえな。
「そうだ、イーナちゃんは俺たちの聖女だ!」
「俺たちを救ってくれる聖女様だ」
「イーナちゃん、ありがとう。俺を助けてくれて。俺たちを助けてくれて!」
イーナを口撃していたヤツら。
それ以上の人たちがイーナに感謝している。
この街の聖女が生まれたんだ。
称号じゃねえ、神様が与えた使命じゃねえ。
民衆がイーナを『聖女』だと認識したんだ。
イーナはどうしていいかわからねえでキョロキョロしている。
そうだな、迎えに行こう。
よっこらっしょっと。
腰を上げる。
ゆっくりと歩き出す。
「ゴメンよ、通してくれねえか」
人混みをかき分けて、中心地に。
イーナのところに。
「よお、イーナ。なんか大変なことになってんなあ」
「あ……フェル」
涙目のイーナ。
俺に抱き付いてくる。
おう、あっちの方では、ドミニクがノーマおばちゃんの遺体をこっそりと運んでいる。
抜け目ねえ奴だよ。
頼りになる。
「な、なんだよお前は?」
「ああ、俺か? この子の親だよ。父親だ。んで、冒険者な。Aランク冒険者。フェルディナント・エアハルトってもんだ。その辺の雑魚冒険者さ。覚えてくれなくて結構だぜ」
冒険者ランクなんてどうでもいいことだぜ。
だが、Aランクともなるとはったりに使える。
それだけで説得力が増すんだから、どうなのよ?
その人本人じゃなく、肩書を見てるんだってことがよくわかるぜ。
イーナを非難していたやつらの勢いがさらに弱くなる。
チロチロと下火だな。
なんか横で「フェルドさんだ! A、Aランクになったんだ。すげー、こんな近くで見れた!」とかダグラス坊主が騒いでいる。
カールよ、俺のことどう話してんだよ。
ちとこそばゆい。
「まあさ、意見は色々あるさ。それは悪いことじゃねえよ。だけどよお。こんな子供を非難してどうするよ。それが大人のすることかよ。大人ってのは子供を守るもんじゃねえのかい?」
「だが、悪いことをしたら叱るのが大人の役目だし」
「悪いことしたか? イーナが。何をしたってんだい?」
「……犯人の婆さんをかばって」
おっと、ノーマおばちゃんの方へと話が行っちまった。
すまねえドミニク。
見えねえよな人混みで。
「あの人はもう亡くなっているよ」
「死んでる?」
「そうだ。それでも死体に唾を吐くかい。あんた?」
「い、いや……」
さすがにアンタの倫理でも許さねえか。
「それを庇ったことが罪なのかい? 俺は褒めてやるよ、イーナを。よくやったってな」
グリグリとイーナの頭を撫でてやる。
「なあ、アンタら。それでもこの子を責めるのなら、俺が相手になってやるよ。俺はこの子の親だからな、どんな手を使ってだって守ってやるよ。暴れるかもしれねえなあ、Aランクの冒険者がよお」
「そ、それは脅迫じゃ」
「そうかもしれねえし、そうじゃねえかもしれねえな。それはアンタたち次第だ」
たまには悪くても、いいじゃねえか。
冒険者なんてもんは白じゃねえ。
灰色だよ。
黒になんなきゃいいじゃねえか。
「おう、フェルド、暴れんのか? いいぜ、一緒に暴れようや!」
「テオは馬鹿だよなあ。だけど、俺も同意するよ。イーナちゃんは大好きだからね」
テオとルッツが気軽に入ってくる。
暢気な奴らだぜ。
「がははは! いいじゃねえか。潰すか街を。それもまた一興だ! 俺たちが守った街を、俺たちが潰すたあ、皮肉がきいているじゃねえか!」
バルドゥルよ、そりゃあひどいじゃねえか。
さすがにそこまではしねえって。
一人一発ぶん殴って終わりでいいじゃねえか。
俺たちとはステータスが違うんだぜ。
それでKOだろうが。
「見て、テオさんとルッツさんだ! サ、サインもらえないかな?」、「ギ、ギルドマスターがいらっしゃるわ。カッコよ!」と子供たちが騒いでいる。
カールよ、一度話し合わなきゃいけねえな。
おめえ、子供に何を教えているよ。
まあ、おっさんどもの人気は子供たちだけだな。
シャノンとかラーレたちがいりゃあよかったんだがよ。
あいつら、見た目がいいからな。
いねえもんはしょうがねえよ。
「バ、バルドゥル。アンタ何言ってんのかわかってるのか? ギルドマスターがそんなことを言って……」
「いいじゃねえか。所詮、俺たちゃ、冒険者だぜ。街に雇われてるわけでもなんでもねえよ。ここがダメなら他の街に行くだけだぜ。がははは! それも楽しそうじゃねえか!」
バルドゥルに食って掛かった男は沈黙する。
うん、よくわかるよ。
この男、話聞かねえからな。
何言っても無駄だ。
よく言や、鉄の意志。
だが、事実は話を聞かねえだけだ。
「いいじゃねえか! 何の不満がある? 命が助かった!! それでいい! ああ、生きている。それで満足じゃねえか!」
バルドゥルはそのデカい両手を広げ、デカい声を上げる。
いつものガハハハという笑い声がこだまする。
ま、いいか。
俺も笑い声を上げておく。
馬鹿みたいな。
テオとルッツも顔を合わせ、そして笑いだす。
おっさんたちが馬鹿みたいに笑っている。
民衆はポカンと見ている。
子供たちは「かっけー! すげえよ、冒険者!」「な、涙出てきた。凄すぎだ!」「私、バルドゥルさんの奥さんになる!」と騒ぐ。
バルドゥルの妻?
それは止めとけ、苦労するぞ。
んで、一応妻子持ちだぞ。
バルドゥルの奥さんもすごいよなあ。
こんな男の妻をしてんだからよ。
尊敬するよ。
いつしか、人々は笑いだす。
生きていることに感謝して、聖女イーナに感謝して。
イーナを責めていた人たちは気まずそうに立ち去った。
遺恨が残るかもしれねえ。
が、そりゃあ生きていりゃ、どこかで誰かの恨みを買うってこともあるさ。
俺たちゃ神様でも何でもねえからよ。
人間てのは自分が不幸になると誰かに責任を、罪を押し付けたいもんだよ。
それも知ってる。
だけど、後で冷静に考えてくれ。
本当にその行動が正しかったのか、自分に誇れる行動だったのかってよ。
その場だとどうしても感情が高ぶって間違うってこともあるもんだ。
だが、人間は自身の間違いを認められる、修正できるんだぜ。
恨みをいつまでも抱えるより、前を見て、どうしたらいいかって考える方が楽しいじゃねえか。
ま、それが難しいことってのも知ってるがよ。
とりあえず、戦いは終わって、街を直さなきゃならねえ。
それを頑張ろうや。
忙しいねえ。




