第41話 回復魔法の届かないところなんだ
「いやあ、疲れたねえ。やっぱり帰りのほうが疲れるのかねえ」
遠くにウェストフェルトの街の城壁が見える。
ドミニクは少し疲れた表情だ。
「ドミニクよ。違うと思うぞ。そりゃあ、コイツ、メリスのせいだろうが」
「なんでじゃ? わらわが何をしたのじゃ!」
「しただろうが! めちゃくちゃしただろうが!」
とにかくこのエルフは魔力のみだ。
それしかステータスがねえ。
スライムと戦わせてみる。
召喚された剣がガチャガチャと四方八方から落ちてくる。
「危ねえな! なんでサモンソードレギオンを使うんだよ。お前、そんな数を制御できねえんだから、一本からにしろや」
「格好いいじゃないか、レギオン! 軍団じゃぞ、軍団!」
「制御できねえ烏合の衆じゃねえか! サモンソードから訓練しろ」
で、《サモンソード》を使わせてみりゃあ。
「なんで、明後日の方向にすっ飛んでくんだよ! やる気あんのか?」
「やる気があるから、あんなに元気に飛んでくのじゃ! やるきがなければ、そこに落ちるわ!」
「で、どこまで飛ばしゃあ気が済むんだ? もう見えなくなっちまったが。んで、目の前のスライムは元気に跳ねているよなあ?」
「……なかなかやるのじゃ。スライムのくせに! ふがあぁぁ」
スライムに突撃を食らって、すっ転んでる。
「スライムに負けてんじゃねえよ……」
どうも魔力はSランク級。
魔法制御が赤ん坊並み。
ちなみに体力も幼児並み。
ついでに精神年齢が五歳児。
どうすりゃいいんだよ、コイツ……
この魔力は正直魅力的なんだよな。
だが、制御がこれじゃあ……
攻撃魔法を使わせたら味方が全滅するわ。
一応冒険者らしいが、パーティに入れてもらえねえみたいだぜ。
俺もお断りだな。
しかし……
「メリスちゃん、ガンバだよ!」
何故かイーナはお気に入りなんだよなあ。
真剣に応援している。
『イーナ様のこと。何かお考えがあるのでしょう』
どうだかな。
精神年齢が自分より下っぽいから、妹のように思っているのかもしれねえぜ。
百二十を超えてるのにな。
つーことで、結局スライム一匹倒すことができずに街に帰ってきちまった。
まあ、いいや。
これでお役御免ってこった。
だよな………
『どうでしょうね。きっとまだ面倒を見させられるのではないでしょうか』
「なんでだよ?」
『フェルドくらいしか彼女の面倒をみられる人がいないからです』
なんでキリッとした表情で俺を見るよ、ジリ。
論破してやったって感じか?
ああー、俺くらいしかいねえのかよ。
いっつも貧乏くじを引かされる感じだよ。
さて、お荷物の話はそれくらいにしてと。
やっと帰って来た。
懐かしの我が街だ。
「お疲れさまでした。今回の旅も問題なく……ちょっとだけ疲れましたが。ははは。護衛、ありがとうございました」
チャールズが律儀にお辞儀をする。
「いいって、チャールズ。こっちも報酬が発生してるんだ。ちゃんと護衛するって」
「そうだねえ。イーナちゃんも楽しそうだったし、良い旅だったんじゃねえかねえ」
「うん、イーナも楽しかった! 向こうの街も楽しかった。でも、やっぱりこの街が好き!」
「うれしいねえ。俺もこの街が好きさあね。こんないい街、他にはねえよお」
ドミニクもしっかり休んでくれ。
俺より年下だが、お前もしっかりおっさんだからな。
体には気を付けろよ。
街はいつものように平和だ。
俺はこののんびりした街が好きだよ。
このくらいの田舎臭さがいい。
「んじゃ、荷下ろしが最後の仕事だな」
チャールズのところも小さな商いだからな。
荷下ろしの人手も足りねえ。
護衛の冒険者が荷下ろしを手伝うのが通例になっている。
「ありがとうございます。もう少しよろしくお願いします」
「それが終わったらギルドへの報告だねえ。まだまだやることあるよねえ」
ドミニクがため息をつく。
まあ、もう少しだ。
頑張ろうや。
「この街がウェストフェルトじゃな! 助かったわ。では、わらわは行くぞ!」
メリスが荷台から飛び降りる。
「おふう!」
グキリと足をひねる。
足を押さえて、涙目になってんじゃねえか。
「ほらよ」
《ヒールウォーター》をかけてやる。
金属性ってのは回復ができねえのが難点だな。
「あ、ありがとう。じゃあ、さらばじゃなのじゃ!」
「おい、どこ行く気だ?」
ヤツのフードを掴む。
「放せ! 耳が、耳が出る。見えちゃうのじゃ! 見えちゃうのじゃ!」
若干エロい台詞?
いや、コイツじゃ、まったくエロくないな。
「アホか、お前。これからどうするつもりだよ」
「あー、えーっと。森へ、かの?」
コイツ……
「死ぬ気か。その実力でどうして森へ行くよ。なんで行きたいかは聞かないがな。もう少し強くなってから行けや。お前が行方不明にでもなったら俺たちが駆り出されるんだぜ。迷惑かけんなよ」
「うぐぅ。しかし、わらわにどうしろと言うのじゃ?」
「まあ、荷下ろしまで待ちな。一緒に冒険者ギルドに行こうや」
バルドゥルと相談だな。
だが、バルドゥルとは相性が悪そうだ。
掛け合わせてもどうにもならねえよな。
むしろ混ぜるな危険?
『フェルドが面倒をみるのでしょうね』
やっぱりそうだよなあ。
チャールズの店へと向かう道、珍しい人物が道に立っていた。
「ノーマおばちゃんじゃねえか。どうしたんだよ」
普通、魔法屋から出て来ねえから、道で会うのは珍しい。
「チャールズちゃんが帰って来たって聞いてねえ。私宛の手紙がないかと思ってね」
「あ、ノーマさん。今回も手紙がありますよ。確かこの辺に……」
チャールズが荷台の方で手紙を探す。
おばちゃん、少し顔色が悪いような……
ここは田舎町だ。
手紙を運んでくる専任はいねえ。
つーことで、商人が隣町から手紙をついでに運んでくる。
料金は安め。
ついでだからな。
「ああ、これです! 今回は荷物もあるんですよね。息子さんからですか? 優しい息子さんですよね」
「……ああ、優しい息子だよ」
ノーマおばちゃんはためらいがちに包みと手紙を受け取る。
少し震える手で封筒を開封して、その場で手紙を読み始める。
……嫌な予感がする。
どうしてだ?
長閑な田舎の街。
やさしいおばちゃん。
しかし、おばちゃんが手紙を道で開ける。
優しい息子からの手紙を震える手で。
おばちゃんの顔色が悪い。
違和感しかねえ……
「最近、手紙のやり取りが多いですよね。息子さんもノーマさんのことを心配しているんでしょうか。名前はクリフォードさんでしたっけ?」
そんなことに気付かず、チャールズは明るく話しかける。
ドミニクは……眉間に皺。
そしておばちゃんを凝視している。
コイツも違和感を持っているのかもしれねえ。
「よお、おばちゃん。何かあったら俺たちに声を掛けてくれよな。おばちゃんが元気でいてくれなきゃ、俺たちが魔法を買えなくなっちまうからな。な、ドミニク」
「そうさねえ。人間ってのは助け合いだと最近思うのさあ。臭い台詞だけどねえ」
しかし、おばちゃんは手紙を読んでいる。
その顔は青白く……
読み終わり、手紙が手から落ちる。
地面にゆらりと落ちていく。
ゆらり、ゆらり、不気味に。
「……フェルドちゃん、ドミニクちゃん、チャールズちゃん。それにイーナちゃん。ありがとうね。やっぱりこの街の人は優しいよ」
「おう、住みやすい街だぜ。な、イーナ」
「うん、この街が好き! みんな好き! ノーマおばちゃんも大好き!」
イーナの無邪気さが頼もしい。
その純粋さで、おばちゃんの違和感を吹き飛ばしてくれりゃあいいんだが。
しかし、おばちゃんは泣くような表情……
「そうだよ。私はみんな大好きさ。だけどさあ、人間っていうのは悪い人もいっぱいいるんだよ。本当にさあ、いつも変わらないよねえ。不幸なことは人間が起こすんだよねえ」
何があった、手紙か?
息子からの手紙。
確かクリフォード・ベンジャミンは王都でおばちゃんと同じく魔法屋をやっていたはず。
何が書かれていた?
「ねえ、フェルドちゃん。そう思わないかい?」
「ああ……。おおむね賛成だな。魔物より、魔族より、ひどいのは人間かもしれねえ。人間を一番殺すのは人間かもなあ。そりゃあ人は人と接する機会が多いから、自然そうなるってことだぜ。だが、優しい人がいるのも事実だよなあ」
「そうだね。だけど、国は変わらなきゃならないと思わないかい? 悪いことをするのはいつも同じ人さ。なぜかねえ、悪い人が国を動かすのは、悪い人が権力者に多いのは。どうして庶民は苦しいままなのかしらねえ」
「権力を持つとおかしくなっちまんだろう。よほど心が強くなきゃあ、正気を保っていられねえ。そういうところなんじゃねえんかい。俺は権力を持ったことがねえから、知らんがな」
「だとすると、変えるには、庶民をもっと楽にするには、どうしたらいいんだろうねえ? きっと根本から作り直さなきゃいけないんだよ。一旦全部更地にしてそこから作り直さなきゃあね。そうしなきゃ、悲劇は繰り返しちゃうんじゃないだろうかねえ」
「そりゃあ……極論じゃねえか。ゆっくりと変わることだってあるだろう」
「そうだね、理想はね。でも、変わらないじゃないの。世界はいつも変わらないんだよねえ。だから……もう、私は疲れちゃったのよ」
おばちゃんに目から涙が落ちる。
「おばちゃん。疲れちゃったらイーナが回復するよ。それで元気になるよ。フェルなんて腰が痛いって言ってるけど、イーナの回復で一発だからね!」
イーナの力強く、優しい言葉。
だけど今回のは体じゃねえんだ。
回復魔法の届かないところなんだ。
「ありがとう、イーナちゃん。最後にイーナちゃんに会えてよかったよ。だけど、この疲れってのは、回復できない種類のものなんだよ。もう、仕方がないのよ」
おばちゃんがいつの間にか荷物の包みを開いていた。
タマゴ型の石、表面にはびっしりと文字らしきものが刻まれている。
『フェルド! あれは魔道具です。しかも禍々しい。彼女から取り上げなさい!』
ジリが警告を出す。
その言葉に思考より早く体が動く。
地面を蹴り、手を伸ばす。
が、間に合わない。
おばちゃんが魔力を魔道具に込める。
力が魔道具から放たれる。
その圧力に弾かれた。
近寄れねえ。
「ごめんね、フェルドちゃん。ごめんね、イーナちゃん。すべて私が悪いのよ。だけど、これしかないのよ……」
おばちゃんの魔力を吸い取り、魔道具は発動する。
おばちゃんの高い魔力、それがずっと吸い込まれ続ける。
「おばちゃん、止めろ! それ以上は死んじまう!」
手を伸ばす。
届かない。
くそっ!
結界のようなものに阻まれる。
「ああ……クリフ……」
おばちゃんは泣いている。
顔は青白く、生気が抜けていく。
「おばちゃん!」
おばちゃんがゆっくりと倒れた。
魔道具はいっそう強い光を放つ。
そして……




