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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第39話 きっと俺は恥ずかしくてぶすっくれた顔をしている

「なあ、ちと俺の用事に付き合ってくれねえか」


夕方、空が赤く染まっている。

今回は行かねえことにしていたんだ。

だが、なんとなくこの空を見ていると、なんとなく行きたい気持ちになっちまった。


「うん、いいよ。フェルの行きたいところへ行こう!」


今回はイーナの経験のため。

そういうことだったんだがな。

俺の用事だ。

すまねえな。



街の中心部、教会がある。

教会から四方に道ができて、街ができているって感じだ。

この街はそこそこの街なんだが、教会は不似合いなほど立派だ。

この時間、人はいない。


『教会ですか』


ジリはそれ以上言葉を続けない。


「教会、でっかいねえー。ウチの街とは大違いだね」


「だな。ウチの街は金がねえからな。ま、人口も少ねえし、教会の布教活動も下火ってこった」


教会の大きさ、豪華さで信仰が決まるわけじゃねえ。

こりゃあ権威を示すためだろう。

豪華にすりゃあ願いが神様に届くのなら、そんなもんを受け入れる神様なら、こっちから願い下げだぜ。

実際に俺が会った女神様、メルフェイーナ様な。

ありゃあ、あの世界樹がありゃあ、それだけでいいんだろう。

教会なんて必要ない。

そんなことを感じたぜ。



礼拝堂に入る。

やはり人はいない。

夕日がステンドグラス越しに礼拝堂を赤く照らしている。

赤く染まった椅子が左右に並んでいるだけ。

ただ静か。

聞こえるのは外の蝉の声。


正面には五つの縦に並んだ丸いモニュメント。

丸の色はそれぞれ赤、青、黄、白、紫。

五柱の女神を表している。


祭壇の壁に扉があり、小部屋へと続く。

小部屋には階段があり地下へと下りている。

夏だが、ひんやりとして、少し湿っぽい地下の空気が漂っている。


地下、ここは納骨堂。

ロウソクの灯りが揺れている。

通路の左右には棚が設置され、骨壺が並ぶ。

最奥の壁には上で見た五柱を表すモチーフが描かれている。


少し奥に入り、止まる。

レナーテ・ブラウアーと刻まれた骨壺。

享年十八歳、若いよなあ……


『知り合いでしょうか』


「ああ、昔の仲間さ。同い年だったんだぜ。こいつはずっと十八のままさ。俺はもう四十二になっちまったがなあ。ずっと昔。昔のことさ……」


『そうですか。ご冥福をお祈りいたします』


ジリが首を垂れる。

イーナもそれをみて同様にする。


「ご冥福をお祈りします」


そういや、イーナは墓参りってのは初めてか。

親は女神様だしな。

俺だって、レナーテがずっとここで見守ってくれているとは思わねえ。

いつか新しい命をもらって、生まれ変わる?

それもどうだかな。

だが、墓参りをすると、なんとなく許される気がする。

俺が生き残ったことが、少しだけ正当化されるような気もする。

そんなもんだよ。


レナーテの骨壺の前に小さな花が供えられている。

ワスレナグサか。

おばちゃんのセンスじゃねえな。

……アイツかもしれねえ。

センスが臭いんだよ。

俺はカスミソウを無造作に、その上に置いた。


レナーテ、まあ、こっちはこっちで何とかやっているよ。

心配しねえで安らかに眠ってくれや。

あんまりすぐにそっちに行くと、お前、怒るだろうからな。

しっかりと爺さんまで生きてから行くからな。

土産話を待っていてくれや。


「じゃあ、行こうか」


『宿ですか』


「ああ……。そうだなおばちゃんにも会っていこうか。俺の育ての親だよ」


「おー、フェルの親か」


「そうだ。そうすっとイーナのおばあちゃんってことになるな」


「イーナのおばあちゃんか、それはいいな。いい響きだ!」


じゃあな、レナーテ。

俺にも家族ができたんだぜ。

で、ちと見せびらかしに来た。

そういうこった。


納骨堂、教会を後にした。

外はもう暗くなっていた。

だが、街中じゃあ、星はそれほど見えねえな。

空が狭くてしょうがねえや。



街の外れの方、家々は小さくみすぼらしくなる。

その中の一軒。

小さいが、しかし、庭は手入れが行き届いている。

昼間なら色とりどりの花が見えるだろう。

相変わらず花好きだな。


扉を叩く。


「俺だよ。久しぶり。帰ったよ」


なんか自分の名前を言うのも恥ずかしいんだよな。

この歳になっても、というかこの歳だからか。

少しの間がある。


「この声はフェルドかい?」


「そうだ。久しぶり」


扉が開く。

久しぶりの顔が見える。

少しだけ小さくなったか、皺も増えただろうか、毛の分量も少し減っただろうか。

そんなこと言ったら不機嫌になるから、言わねえがな。

しかし、懐かしい顔だ。

確かにジュディおばちゃんだ。


「フェルド。あんたずいぶんおじさんになったわね」


向こうも俺が老けたと思ってんだ。

そんな年齢だよ、俺だってな。

おばちゃんが歳を取れば、俺だって歳を取る。


「うっせえよ、放っておけ。で、こっちが養女のイーナだ」


「こんばんは。イーナです。よろしくお願いします」


ペコリと頭を下げる。


「あらあら。あんた養女をとったの。結婚しないと思ったら、まあまあ」


結婚はしょうがねえだろうが。

万年Cランク冒険者のおっさんに嫁なんて来てくれる人はいねえって。

Dランクに一度落ちたしな。

今はBランクだから何とかなるか?

いやあ、四十超えたおっさんに嫁は無理か。

未亡人なら……エルマさん……

淡い夢だな。


「いい子だぜ。まあ、細かいことは言えねえが。ただちゃんと育てているよ」


「ああ、お前はそこは真面目だからね。心配はしてないさ。さあ、さあ、上がんなさい」


家に入る。

小さい家だ。

昔はもっと広く感じたもんだが、俺の図体がデカくなっちまったんだな。

テーブルに椅子が三脚。

おばちゃんと、レナーテと俺の分。

変わらねえな。



「まあ、座んなさいよ。お茶を用意するからね」


おばちゃんは小さいキッチンでお湯を沸かしてくれる。

イーナと俺は椅子に座った。


『この方との関係を聞いてもよろしいでしょうか?』


ジリはイーナの椅子の足元にちょこんと姿勢よくいる。

借りてきた猫じゃねえか。


「ああ、レナーテの実母だよ」


『レナーテさん……他界されているあの方ですか』


「そうだ。俺の両親は早くに亡くなっちまったからな。両親の友人のジュディおばちゃんのところで育てられたんだ。レナーテと一緒にな」


おばちゃんの夫も他界していた。

女手一つでレナーテと俺を育ててくれたんだ。

そりゃあ大変だっただろう。

そしてレナーテは亡くなっちまった。

子供と呼べるのは俺しかいねえんだ。


もっと帰って来た方がいいんだろうけど、何かな。

意気揚々と冒険者になって、しかし底辺でくすぶったままで、どの面下げて帰れるんだってな。

だが、別にそんなんはどうでもいいんだろうな、きっと。

顔を見せりゃあよかったんだ、それだけで。

それが残された俺の義務なのかもしれねえ。


『レナーテさんというのは冒険者になったのですか』


「そうさ。レナーテと俺と、もう一人、エトムントってのがいてな。三人で冒険者になったんだ。パーティになった。が、レナーテが亡くなって解散した」


レナーテもエトムントも俺より優秀だった。

その優秀なレナーテがいなくなり、そしてエトムントとも離れた。

エトムントはAランク冒険者になっているよ。

まったく優秀な奴だよな。

俺とは大違いだ。


「お茶が入ったよ。まあ、ゆっくりしていってね」


コップからはハーブが香る。

爽やかな香りだ。

たぶんレモンバームとカモミールかな。


「ほー。イーナこのお茶好き。優しい感じがする」


「そう、よかった。私、この組み合わせが好きなのよ」


おばちゃんが微笑む。

優しい人なんだ。

怒ると怖いがな。


「今日はどうしたのよ。いつもは顔を見せないくせに」


「いや。商人の護衛でこの街に来たからな。レナーテとおばちゃんに顔を見せておこうと思ってな。イーナって養女もできたし」


「そう。レナーテのところも行ったんだね」


「おう。おばちゃん最近行ってねえよな。花があったんだ」


「ああ、まだ月命日まではあるからね」


「じゃあ、ありゃあ、エトムントかな。おばちゃんところには来てねえよな」


「エトムントちゃんね。来てないわね。お祈りしたのなら寄ってくれてもいいのに」


まあ、アイツも色々と思うところがあるんだろう。

わからなくはねえよ。

大人になり切れねえんだろうよ。

俺もアイツもよ。


「ワスレナグサだったよ。まったくレナーテはそんな柄じゃねえって」


「あんたは何を?」


「……カスミソウ」


「あんたも大概ね。変わってないわねえ」


おばちゃんは笑った。


「でもあの子も喜んでるわよ。で、笑っているわね。格好つけるのも人によるわよって」


失礼だな。

俺は慎ましくも感謝の気持ちを込めてだな。


「フェルド、アンタたち少し時間ある?」


「ん、何だい?」


「団子汁があるのよ。夕飯はまだでしょ。食べてきなさい」


「いいって、買い食いするよ」


「たまには食べていきなさいよ」


押し切られる形で夕飯を食べることになった。

おばちゃんの団子汁な。

懐かしい味だ。

味噌味の汁に野菜が大量に、そこに小麦粉で作った平べったい団子が入っている。

野菜の出汁が出て、優しい味だ。


「どうイーナちゃん、美味しい?」


「うん。おばちゃん、美味しいよ」


イーナは気に入ったか。

おばちゃんの味だよな。

俺が作っても同じにならねえんだ。

何が違うかはわかんねえ。


素朴。

だけど毎日食べても飽きない味。

そんな感じだ。


「ねえ、ねえ! おばちゃん、フェルは小さいときどんなだったの?」


「おい、イーナ!」


「いいじゃん。イーナ、フェルの子供のときの話を聞きたい!」


娘に子供の頃の話を聞かれるのなんて、どんな拷問だよ。


「そうねえ。たくさん話してあげようかしら」


「やったあー! フェルは会ったときにはおっさんだったから。でもイーナと同じくらいのときもあったんだよね」


「あったわよ。クソガキのときがね」


なんだよクソガキって。

そんなクソじゃなかった……


『本当ですか。迷惑かけてないですか』


ジリの白い目が俺に向けられる。

いや、少し迷惑かけたかもしれねえな。

すんません。

心の中で謝っておきます。


だから!

おねしょの話とか、どぶに足を突っ込んで泣いた話とか、カブトムシに負けた話とかしてんじゃねえよ。

イーナの父親としての威厳があるんだよ!


『大丈夫でしょう。もともと落ちる威厳はなかったのですから』


「フェル、面白いな。子供の頃があったんだね。その辺の子供と変わんないね!」


『訳しますと、今は偉そうなこと言っていても、子供のころは言われる側だったんだね、というところでしょうか』


ジリ、意訳してんじゃねえよ。

イーナは単純に喜んでいるだけだ。

……それもどうかと思う。


そうだな。

おばちゃんにしてみりゃあ、いつまでも俺は子供なんだろう。

俺もおばちゃんに会うと、なんとなく子供に戻っちまう。

そんな関係は死ぬまで続くんだろうな。

おばちゃんも六十を超えている。

色々考えなきゃいけねえ年齢になってきている。

そんな話をするとまだ怒られるだろう。

まだ、数年。

それは俺の甘えなんだろうがな。


夜もだいぶ遅い時間になっちまった。

イーナは腹も膨れて、俺の膝を枕に寝てしまっている。


「ねえ、フェルド」


「おう」


「立派にお父さんをやっているんだね」


「どういうこったよ」


「イーナちゃんはフェルドが好きなんだね。それは感じられるよ。なら、お前がちゃんと父親ができているってことだよ。きっと足りないことも多いだろうけどね」


一言余計だよ。


「大きくなったと思ってね」


「俺はもう四十を超えたよ。ずいぶん前から大人だぜ」


「そうかしらね。大人かなんて年齢じゃないと思うけどね。まあ、いいわ。これからもちゃんとイーナちゃんの父親をしなさいよ」


「もちろんだよ」


「そう、それならいいのよ。それだけでいいのよ」


それだけ、か。

それがどれだけ難しいことか、俺にはわかんねえけど、できるだけはやっていくよ。

俺はイーナの養父だからな。

誇りも、自信もないけど、なんとかやってみようと思うよ。


おばちゃんは笑っていた。

きっと俺は恥ずかしくてぶすっくれた顔をしている。

親子なんだろうな、それが。


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