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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第37話 星なんて掴めねえほうがいいのさ

隣町へと続く道が草原をまっすぐに伸びている。

ただ草が踏みしめられ、枯れているだけで、道と呼んでいいのかちょっと考えるような道だ。

馬車の轍のところだけ地面が見える。

それを一頭立ての馬車がカポカポとゆっくりと進んでいく。

馬はガッチリと足が太い田舎の馬だ。

走るのは速かねえが、力と体力がある。

馬車を引くのに適した馬だ。

名前をクローイという。

優しい顔をした牝馬だ。


護衛は俺とドミニクの二人。

前後を守る。

イーナが御者台に乗っているから、俺が前で、ドミニクが後ろだな。


俺もドルフェミレスタへ行くのは久しぶりだ。

三年くらいか。

しかし、道は一本。

迷うことはない。


「チャールズさんはいつも隣町に行ってるの?」


「そうだよ、イーナちゃん」


「ドルフェミレスタってどんな街? 大きい」


「ウチの街よりは大きいねえ。ウチの街では見たことないものもあるよ」


「おー、それは面白そう!」


イーナはチャールズにドルフェミレスタのこととか、商売のこととかを聞いている。

色々な人に会って、話を聞くことはいいことだ。

この世界には色々な人がいて、色々な仕事をしている。

それを知ることは、イーナの世界を広げることになるだろう。

柔軟な考え方ができるようになるだろうな。



んで、俺はというと……


『ほら、集中してください。草むらに潜んでいる魔物の気配を探るのです』


「よお、ジリ。護衛の依頼なんだぜ。俺の修業にする必要はないんじゃねえか?」


ジリの白い目。

猫のくせに表情が豊かだな。


ジリは馬の背に乗っている。

クローイと話は付いているようで、嫌がってはいない。

クローイの背中は結構な上下運動をしている。

が、さすがジリ。

何事もないように座っている。


『あなたはBランクなんですよ。それもAに近い。この護衛の推奨ランクはC。修業をするくらいの余裕はあるでしょう』


だからってなあ。

護衛の依頼中に疲れちまうだろうが。


『魔物を発見する修業なのですから一石二鳥でしょう。右前方、わかりますか?』


いや、わからねえって。

それでも集中する。

なんとなく怪しい気はする。

気配じゃない、経験からだな。

あの草の揺れ方、スライムか。


「スライムだな」


『当たりです。では、ウォーターガンで退治してください』


まったくジリはスパルタだよ。

確かにスライムは魔法に弱い。

だが、俺は魔法使いじゃねえんだけどなあ。

それでも《ウォーターガン》を撃つ。

草を散らして魔法が地面に小さい穴を穿つ。

奥のほうの草がガサガサと揺れる。

スライムが逃げて行ってるなあ。


『外れですね。もう一回』


「わかったよ。やるよ、やればいいだろうが」


うら、今回は当たれよ!

《ウォーターガン》だ。

逃げる方向、逃げる速度を予測して放つ。


ブパア!


弾けるような音。


『当たりましたね。スライム程度の相手に二発は使いすぎです。が、まあまあでしょう』


褒めようって気があるのかねえ……

あるとしたら褒めるのが苦手過ぎるだろう。


『何か?』


「いや、なんでもねえよ」


だから、爪を見せんじゃねえよ。

クローイは知らん顔か。

俺の味方は少ねえな。


『ほら、気配を探る訓練の続きですよ。手を抜かないでくださいね』


はいはい、頑張りますよ。


つー感じで、スライムを退治しながら進む。

この辺じゃあ、出てくるのはスライム程度だな。

たまにホーン・ラビットが出てくるが、魔法を外しまくって、ジリに怒られる。

なんだろうなあ。

四十にもなって怒られるたあ、想像もしていなかったぜ。

人生とはそんなもんかね。


『何をやすんでいるんです。これもあなたのためなのですよ』


「あー、はい、はい。知ってるよ。やりゃあいいんだろ」


『はい、は一回ですよ』


意外にベタだなジリよ。

そこはもう少し変化球が欲しいところ。


『はい、は?』


「はい……」


頑張って修業しましょうね!



日が暮れる少し前。

ウェストフェルトとドルフェミレスタのちょうど中間地点。

野営地に到着する。


「フェル、なんか石が置いてある。あれって普通の石じゃないよね」


「おう、イーナ。いいところに気付いたな。ありゃあ、魔道具の一種だよ」


「魔道具?」


街間の移動で一番危険なのが野営だ。

辺りは暗くなり、魔物の接近にも気付きにくい。

それに夜は魔物の活動が活発になる。


しかし、夜中に移動し続けるってのも現実的じゃない。

馬も疲れるし、護衛も疲れる。

疲れりゃあ、ミスもでる。

それも危ねえ。


どうにか安全に野営をできねえか?

つーわけで、この魔道具だ。


「魔物を寄せ付けない魔道具だよ」


「ほへー、変な感じがするねー。だけど、そんなに力を感じないよ」


イーナが魔道具をツンツンと突く。


「結構高価なもんなんだぜ、それ。まあ、突いたくらいじゃあ壊れねえがな。ちと、どいてくれや」


魔道具は四角い石だ。

大きさは人の頭程度。

だが、縦長で地面に深く埋まっている。

地上に出ているのは二割くらいだな。

これは盗難防止と、魔物による破壊防止のためだ。


魔物避けの魔道具で、魔物に破壊されるのはおかしいって?

今は発動してないんだな、これが。


魔道具には小さい穴が開いている。

そこに魔物の核、魔石を入れる。

すると魔道具が発動。

魔道具が光り、模様が浮かび上がる。


「おー、力を感じるよ! これが魔道具か!」


魔力に敏感なものだと感じる違和感。

これが魔物を近づけないらしい。

よく知らねえがな。


残り三つにも魔石を入れる。

これで完了だ。


野営地は街とギルドで共同で整備した。

魔道具を買って、設置したんだ。

これができたことで、隣町との移動での事故はだいぶ減った。

便利なもんだよな。



「ちと草が伸びたねえ。刈るかい?」


ドミニクが野営地を確認している。


四つの魔道具に囲まれた場所が安全地帯ってこった。

が、夏だ。

雑草が伸びている。

帰りにも使うことを考えて整備しておいた方がいい。


「なあ、イーナ、ジリ。お願いできねえかな?」


木属性は風魔法でもある。

で、木属性と言えば、イーナとジリだ。


「おう! やっとイーナの出番だな。頑張るよ!」


『仕方ないですね。イーナ様の健やかな睡眠のため、力を貸しましょう』


ジリも一言多い。

イーナを見習ってほしいもんだ。

まあ、ドミニクとチャールズには聞こえていないんだがな。


「ウィンドカッターだ!」


『ウィンドカッター』


二人の《ウィンドカッター》が草を薙ぎ払う。

地面ギリギリだ。

少し残るがまあしょうがねえ。

全部抜いていたんじゃ日が暮れるってもんさ。

ベストじゃねえが、ベターだ。


「すげえもんだねえ。イーナちゃんも、ジリちゃんも」


「そうですねえ。ジリちゃんも魔法が使えるんですね。最初聞いたときは信じられなかったですが、本当ですね。こんな可愛らしい黒猫さんなのにね」


「チャールズ、この猫はそんな可愛いもんじゃ……」


『なんですか? フェルド』


だから、引っ掻くなって。

痛えじゃねえか。


「まだ何も言ってねえだろうが!」


『言おうとしていることは予想できるのですよ』


「せめて言ってから引っ掻けや!」


このやり取りをおっさん二人は眺めている。


「ほんとうに会話ができているようだねえ。不思議なもんさね」


「少し寂しいですよね。私、猫と話してみたいって思っていたんですよ。羨ましいですね」


チャールズよお、そんないいもんじゃねえぞ。

それにコイツ猫じゃねえし、豹だし。

豹になったときのこいつと来たら、すげえ迫力なんだからな。

可愛いなんて言えねえよ。


『なんでしょうか?』


「なんでもねえよ……。さて、夕食の用意をしねえとな」


「ねえねえフェル! お外で何を食べるの?」


「おう、簡単なもんさ。そんな美味いもんじゃねえよ」


「えー、美味しくないの?」


「だがよ。なんでかな、外で食べると美味いんだぜ」


「んー、よくわかんない」


イーナが首を傾げる。

まあ食ってみたらわかるよ。


マジックバッグから薪を取り出す。

野営には火が必要だ。

だが、残念ながら火属性のメンバーがいねえ。

しょうがねえから、俺が火をつけるかね。

火打石と専用のナイフを取り出す。

石にナイフの背をガツガツとこすりつける。

石よりナイフのほうが柔らけえんで、実際は削られるのはナイフ側だ。

ナイフが少しだけ削れて摩擦で熱せられたほんの小さな破片が飛ぶ。

それをうまく藁へ。

そうやって火種をつくって、だんだん大きいものへと火を移していく。

ようやく、薪に火が付く。

結構大変なんだぜ。


「すごいなー。フェルは何でもできるなー」


「そうなんだよねえ、フェルドさんは冒険者が長いから、色々なことができるんだよねえ。すごいんだよ」


おい、ドミニク、お前だってできるだろうが。

あれだが、イーナに、俺が立派な父親だってアピールしてくれてんだろう。

ありがたい。


『そんなに立派ではないですけどね。まあ、及第点というところでしょうか』


うっさいよ、ジリ。

合格してりゃあいいだろうが。


さて、夕食の準備に戻る。

まあ、シンプルだな。

鍋を取り出し、水と野菜くず。

簡単なスープを作る。


同時にパン、干し肉、チーズを火であぶる。

干し肉はあぶらねえと硬えからな。

で、そいつらをパンに乗せる。

簡単なサンドイッチだ。


あとは果物だな。

マジックバッグからオレンジを取り出す。

結構日持ちもするから重宝する。


「おー、これが野営飯かー! 美味しいなー」


イーナがパンにかじりつく。

チーズがビヨンと伸びる。


「そうだ、野営飯だ! 美味いだろう」


まあまあだな。

チーズと干し肉の塩味でパンとちょうどいい。

スープは野菜と塩のみ。

だが、野菜の出汁が出てこれもいい。


「最近料理の腕が上がっているよねえ。エルマさんの教育の賜物かねえ」


「ああ、そういうことだよね。エルマさんがフェルドさんを教育してるんだね。将来のために」


おい、チャールズ。

将来のためって何だ?

どういう意味だよ。


「嫌なら食わねえでいいんだぜ」


「俺は、そんなこと言ってないからねえ。チャールズだよ、俺じゃあないよお」


「そりゃあドミニクさん。裏切りってもんじゃないですか。私も食べますよ。食べなきゃ体がもたないですからね。商人なんて食べてなんぼって感じです!」


いや、チャールズ。

商人ってそういうもんかあ。

食材の仕入れもあるから、合ってんのか?

んで、食べ過ぎで、その体になってるんじゃねえのか?



夜。

見張りは俺とドミニクの交代だ。

で、俺が先だ。

ドミニクは向こう側にシートを敷いて寝転がっている。

イーナとチャールズは馬車の荷台で、荷物の隙間で寝ている。

馬も慣れたもんでくつろいでいるな。


しかし野営ってのも久しぶりだ。

イーナが来てからなかった。

子育てに忙しかったからな。

とはいってもイーナが来てからまだ数年だよ。

世間の家族と比べたら、短けえ期間だ。

子育てってのは、普通ならもっと大変なんだろうな。

俺はエルマさんとティムをはじめ、たくさんの人に手伝ってもらっていたから、そんなでもなかった。

ジリもいるしな。


そう考えると俺を育てるのも大変だったんだろうな。

おばちゃんは元気だろうか。

色々あって、会っていないけど。

もう結構な年齢だ。

男の子なんて、親離れして、会うことはほとんどなくなるんだろう。

だが、年老いた親ってのも考えねえといけないんだろう。

俺もやっといっぱしの冒険者ってもんになれたみたいだ。

少しだけ胸を張って、おばちゃんに会えるかもしれねえな。


「フェル」


イーナが起きてくる。


「どうした、眠れねえか?」


「うん……」


トトト、歩いて俺の胡坐の上に頭を乗せる。


「ここで寝るのか?」


「うん。フェルと一緒がいい」


「じゃあ、ちと待ってろ。敷物を敷くからよ」


布を敷いてやって、その上にイーナが寝る。

頭は俺の膝枕だ。


「どうだ、眠れそうか?」


「うん、フェルの匂いがする」


イーナは眠っちまった。

で、静かな夜に戻る。

ジリに言われているから、気配感知の訓練をしながら、イーナの寝顔を見ながら。

静かに夜は更ける。



「フェルドさん、交代の時間かいね」


ドミニク、すげえな。

ちゃんと起きてくるんだからな。

交代の時間になっても起きてこれねえヤツは多い。

こっちから起こさないといけねえ。

が、さすが、コイツはプロだな。


「イーナちゃんが寝てるねえ。幸せそうな顔をしてるじゃないの」


ドミニクの声はイーナが起きないような音量だ。


「俺もここで寝るよ」


イーナを起こさないように膝から下ろす。

で、その横に寝る。

よかった、イーナは起きなかった。


「なあ、フェルドさん。綺麗だねえ」


「んあ?」


ドミニクの視線を追う。

上空、夜の空、一面星が輝いている。

思わず、多すぎだろ星、と思うほど。

街の中じゃあ、屋根のあるところで寝るからな。

夜中の星空なんか見ねえ。

んで、建物があって、空が狭えんだ。

こりゃあ、確かにすげえ星空だ。


「いつからだかねえ。星を見て、景色を見て、綺麗だって思えるようになったのはさあ」


「どうだろうな。若い頃はそんな余裕はなかったよ」


「だよねえ。歳をとったっていうよりも、余裕ができたってことなんだろうねえ」


ドミニクは空に手を伸ばす。


「掴めねえかなあ。掴めねえよねえ。だけど、世界は美しいよねえ」


「おめえ、たまに詩人だな。星なんて掴めねえほうがいいのさ。空で輝いてくれるだけでいいじゃねえか」


「俺はフェルドさんにだけは詩人だなんて言われたくないねえ。フェルドさんも相当に臭い台詞を言うじゃねえのかい」


そうか?

いや、そうか。


「おっさんだからかな。テオもルッツも臭い台詞を吐くからな。バルドゥルはちとあれだがな」


「バルドゥルさんかあ。あの人はしないねえ。豪快に笑い飛ばすさねえ」


とりあえずバルドゥルで落としておく。

便利なもんだよ、バルドゥルも。


「そう考えるとさあ。生きているだけで幸運なんだよねえ。こんな美しい世界に生きているだけでさあ」


どうだろうかな。

生きるのも大変なことだぜ。

だけど、今は同意をしておこうと思う。

それは望みなのかもしれねえけどな。


「ああ、そうだな。きっと生きているだけでめっけもんだ」


「だから残さねえといけねえよなあ。若い子たちになるべよねえ」


「そうだな。今よりも少しだけ生きやすい世界を残していきたいよな」


「だよねえ」


「でも、俺たちゃあおっさんだぜ。ゆっくりとできることだけだ。後は若いのに任せりゃいいさ。きっと、俺たちの時代よりもよくしてくれるだろう。そういうもんだろう」


それも希望をこめてかな。


「そうだねえ……。しかし、星が落ちてきそうだねえ」


俺とドミニク、おっさんが二人、星空を眺める。

まったくロマンティックじゃねえ夜だ。

だが、そんなもんだろ、おっさんどもは。


少し寝ようか。

明日も歩かなきゃならねえからな。


満天の星空に抱かれながら寝るなんてもんも、野営ならでいいじゃねえか。


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