第36話 やっぱり世間を見せなきゃいけねえか
「暑っちいーな、おい。もう、止めようや」
バルドゥルとのいつもの訓練だ。
「なんだフェルド。こんなもんか? 俺はまだまだいけるぜ!」
体力馬鹿の調子は聞いてねえよ。
お前だって汗ダラダラじゃねえか。
汗臭えって、マリアンネさんに嫌われろよ。
「フェル、ちょっと強くなった?」
イーナがジリに聞いている。
『あれはバルドゥルが加減しているところが大きいのです。フェルドはまだまだです。ですが、まあ少しは強くなってはいますね』
ジリよ、褒めるなら素直に褒めろよな。
でよお。
イーナがそんなことを言うと、筋肉馬鹿の方がいきり立つんだよなあ。
「おう、おう。イーナちゃんはフェルドをもっと強くしてえみてえじゃねえか。よっしゃ、次行こうや!」
なんでこのおっさんは元気なんだよ。
で、実力が落ちねえんだよ。
その実力がありゃあ、引退なんかしねえで、現役を続けていろよ!
この後、出力を上げたバルドゥルにボコボコにされちまった……
「がははは。正直、ずいぶん強くなってると思うぜ」
なんとか訓練が終わり、奴は地面にどっしりと胡坐をかいて、水を飲んでいる。
俺はマリアンネさんから受け取ったタオルで汗を拭いて、《クリーン》の魔法をかける。
これで汗臭さは消えたはずだ。
マリアンネさんに臭いって顔をされるのも落ち込むじゃねえか。
おっさんは自分の匂いを気にするんだぜ。
自分じゃ気付けねえがな。
「だが、まだ足りねえなあ」
「マスター。フェルドさんは強いと思いますが。何が足りないのですか?」
マリアンネさんが聞く。
が、聞かねえでもいいかと思うぞ。
どうせ、大したことねえ答えだろう。
「おう、知りてえか! そりゃあなあ――必殺技だ!」
「ひっさつわざ……ですか?」
ほらな、マリアンネさんの目が点だ。
「名を残す冒険者ってのは必殺技を持っているもんだぜ。もちろん俺もな」
お前のあれは必殺技かよ?
《剛唐竹割り》をがっつり強くしただけじゃねえのか。
「おい、バルドゥル。あれってスキルに登録されてんのか?」
「もちろんだぜ!」
システム側ってのは柔軟なんだな。
むしろ適当なんじゃねえか?
あれを登録するんだからなあ……
「そういや、シャノンもこないだ聞いてきたぜ」
「え、シャノンさんが必殺技ですか?」
マリアンネさんが驚く。
まあ、俺も驚くよ。
あいつ結構真面目なのになあ。
真面目が過ぎて、おかしくなったか?
『わからない話でもないでしょう』
え、ジリ。
お前も必殺技派か?
『フェルドには一撃で決めるフィニッシュブローがないですからね。イーナ様と私で相手の動きを止めたとして、決めきれないことがあります。考えておいてもよいと思いますよ』
本気かよ、ジリ。
必殺技の名前を叫ぶんだぜ。
滑稽じゃねえか?
『叫ばなくてもいいじゃないでしょうか』
え、いらねえのか?
バルドゥルはがっつり叫んでいたぜ。
『人それぞれです。アナタが叫びたいのであれば、そうすればよいでしょう。私は少し距離を置きますが』
嫌なんじゃねえかよ!
叫ばねえよ、覚えたとしてもな。
「イーナはカッコいいと思うよ」
コイツ、バルドゥルにも可愛がられているからな。
ちと悪影響が出てきているかもしれねえ。
バルドゥルと会うのを少し減らした方がいいかもしれねえな。
「で、イーナのことなんだがな」
次はイーナかよ。
「なに、バルドゥルおじちゃん!」
「おう。イーナも少し大きい街を見ておいた方がいいかと思ってな」
「この街から出るってことか?」
イーナは……目が輝いてるな。
「楽しそうだ!」
まあ、楽しくはある。
が、問題はそこじゃねえんだよな。
「大丈夫か、そりゃあよお」
「多少問題はあるだろうがな。が、ちょこっと行って、さっさと帰ってくりゃいいじゃねえか。イーナも外を見たいよなあ」
「おう! そりゃあ見たい!」
元気よく手を上げる。
確かに聖女ってのは勇者と旅をしなきゃならねえ。
なら、この街だけしか知ってねえってのは、そのときに大変になるだろう。
世界を知らなきゃならねえと思う。
しかし、聖女とバレたらどうなるよ。
国の方で管理とかにならねえかな?
で、実際のところどうよ、ジリ。
『いいんじゃないでしょうか。我々が守ればいいのです。フェルドも……まあまあ強くなっていますからね。国軍から逃げるくらいはできるでしょう。最悪は森に逃げ込めば女神様がどうにかしてくださるはずです』
最後は女神様頼りかよ。
それは託された俺の責任は?
まあ、頼れるところは頼るのが生き残る基本だよな。
プライドなんて捨てておこうや。
「で、どこへ行こうって話だ?」
「おう、乗り気になったか。チャールズのやつの護衛の依頼だ。隣町ドルフェミレスタだ」
ドルフェミレスタねえ。
確かにここウェストフェルトよりはデカい街だ。
が、王都アーベランロードからはまだ距離がある。
噂になるとしても、伝わるまで時間がかかるか。
いや、ドルフェミレスタでは大人しくしてりゃあ、バレねえだろう。
噂が出るとしたらこの街からだな。
急激に成長する少女。
さすがに目立つ。
今後、どう影響してくるか……
ま、ドルフェミレスタなら問題ねえか。
「護衛は俺たちだけじゃねえだろう。誰を付けるよ?」
「最初はラーレたちだったんだがな」
「ちょっとマスター! そこにフェルドさんを入れるのは」
マリアンネさんが慌てる。
俺も慌てるよ。
『一角獣の透明な角』は女性三人パーティじゃねえか。
俺を入れる?
あそこの何故かメンバーはおっさんが大好きだからなあ。
圧が、アピールが強い。
逆に居心地が悪い。
ストレスで禿げる。
俺はまだ禿げてねえからな!
おっさんに禿げとか言うなよ。
デリケートな問題だからな!
「と思ってな、ドミニクに頼んだ」
「ああ、ドミニクさんですか。それなら大丈夫ですね」
「……ラーレ達は納得したのか?」
俺とドミニクが行くんだろう。
一緒に行くって言わねえか?
「そりゃ、お前らが行くって言ってねえからな!」
がははと笑う。
ま、それでいいや。
バレたときに怒られるのはバルドゥルだ。
俺じゃねえ。
「おう、じゃあ受けるぜ。一緒に行こうな、イーナ」
「やったあ! 街だ、街!」
いや、ここも街だぜ。
やっぱり世間を見せなきゃいけねえか。
で、話の終わったバルドゥルが手を打つ。
「あ、そうだ。俺にもクールの魔法をかけてくれや」
今更かよ。
んで、面倒くせえ。
《クリーン》+《ウォーター》で冷えた水をぶっかけてやった。
心臓発作で死なねえかなあ。
冗談だが。
『フェルドも器用になってきたものですねえ。悪戯とかそういう方向には真面目で、才能があるのですからね。少しでも本業に活かしてもらいたいものです』
いいじゃねえかよ、悪戯。
人生は楽しくだ。
少しくらいお茶目じゃねえと、おっさんってのは生きていけねえんだよ。
周りから見たらしょうもねえことでもな。
「ぷはあ! いいじゃねえか! 気持ちいいねえ! がははは!」
ほらな、まったく堪えねえだろう。
そういう奴だよ、バルドゥルは。
……イーナは羨ましそうな顔をするなよ。
風邪引くからな、やらねえよ。
「ということで、少し空けることになります」
エルマさんに報告する。
留守にするときに連絡しないと怒られるからな。
子供かよ……
まあ、いいや。
心配かけちゃいけねえよな。
「隣町のドルフェミレスタですか。片道だとどの程度ですか」
「そうだな。一日半ってところで、往復で一週間はかからないと思います」
まあ、それほど遠いところじゃない。
野営も一日程度。
おっさんどもでもなんとかなるだろう。
「イーナ、いいなー。僕も行きたい!」
「ティムはもう少し大きくなったらだな」
ティムはまだ六歳だからな。
ちと早い。
「約束だからね! イーナちゃん、お土産話をお願いね」
「うん。楽しんでくるからね」
「あ、フェルドさん。むこうで困った女性がいたら、ちゃんと親切にしてあげてね。それがいい男ってことですよ」
んあ?
街に行けば、困っている女性がすぐに見つかるってか?
すぐに帰ってくるんだ。
そんな出会いはねえよ。
で、最近ティムは大人っぽいことを言うようになったな。
「なに知ったようなことを言っているんだよ、このティムが。俺がおまえよりどんだけ長く生きていると思っているよ」
ちょっと生意気なんで、拳でこめかみをグリグリしてやる。
「痛い、痛い。でも、親切にし過ぎはダメですよ。惚れられちゃうから。そうすると、母ちゃんが悲し……」
「なに言っているの、この子は!」
で、エルマさんに叩かれている。
ティムよ、口は災いのもとだ。
男は多少無口のほうがモテるんだぜ。
だが、無口すぎると、「私の話きいてないよね!」と怒られるんだ。
何事も加減が必要ってこった。
翌日、エルマさんに弁当を作ってもらって出発だ。
「よろしくお願いしますね。フェルド、ドミニク。それとイーナちゃんにジリちゃん」
護衛対象のチャールズだ。
まあ、こいつもおっさんだな。
俺たちよりも年上だぜ。
丸っこい、人の好さそうな、まぎれもねえ、おっさんだ。
「おう、チャールズ。イーナに任せて! ちゃんと護衛するからな」
イーナが胸を張る。
が、イーナは御者台、チャールズの隣だ。
俺とドミニクは徒歩。
そりゃあよ、イーナ。
まだ警護してる感じじゃねえな。
お客様って感じじゃねえか。
ちなみにジリは荷台な。
丸くなって寝てやがるぜ。
「どーして? どーして、ラーレ達じゃないのよ」
うん、あれだ。
ラーレたちにバレてる。
「お前らが断ったって聞いたぜ」
「それは……だって、チャールズさんだって知らなかったし、フェルドさんもドミニクさんもメンバーにいなかったじゃない!」
おう、バルドゥルもたまには頭を使うじゃないか。
チャールズの依頼とは伏せておいたか。
こいつらチャールズも大好きだからな。
きっと知っていたら飛びついてきただろう。
「ドミニクさん、気を付けて行ってきてね。野営は気を付けてね。拾い食いとかしちゃだめだよ。アポロニアのことも忘れないでね」
「アポロニアちゃんは優しいねえ。俺は大丈夫だよお。これでもベテランだからねえ」
あっちは何やってんだか。
ドミニクがアポロニアに捕まっている。
「あ、フェルドさん、これ食料です。マジックバッグ持っていましたよね。荷物にならないですよね」
エラが包みを渡してくれる。
この重量、調理済みの肉だね。
イーナは肉が好物だから、ありがてえ。
「ありがとな。エラはよく気が付くな。大切に食わせてもらうよ」
「あ、はい……。お気をつけて」
エラは視線を逸らしてモジモジと、小声だった。
この辺をもう少しはっきりするといいんだが。
ラーレの個性が強すぎるからな。
遠慮もあるのか。
「なによ。みんないい感じになっちゃって! 私もチャールズさんとイチャイチャする!」
「いやあ、ラーレちゃん。イチャイチャじゃないと思うよ。仲は良さそうだけどね」
ラーレがチャールズに突っかかっている。
チャールズも妻子持ちだぞ。
ラーレももうちと可能性のあるヤツにちょっかいを掛ければいいじゃねえかなあ。
『好きになった人に妻子がいたってだけなんでしょう。それはそうと、その妻子ある人にアピールするのはちょっと問題がありますが。一定の年齢で魅力的な男性というのは、すでに誰かのものである可能性が高いですよね。他の女性も馬鹿じゃありませんから逃しませんよ』
探せばいるんじゃねえか?
奥さんに先立たれたとか、一回目の結婚に失敗したとか。
『いるでしょうね。ですが、少ないでしょう、圧倒的に。フェルドも気を付けなさい。アナタも独身ですからね』
俺かい?
そんな魅力的じゃあ……
『一応Aランクに近い冒険者でしょう』
なるほどねえ、一応金は稼げるか。
しかし、俺かい?
ラーレたちもどんな好みなんだか。
おっさんがモテる世の中ってのは、若干間違っている気がするよ。
「ほらー! ラーレさんたちも邪魔しない。出発が遅れて、予定が狂うじゃないですか。チャールズさんたちの迷惑になりますよ!」
見送りに来ていたマリアンネさんにラーレたちを押さえてもらって、俺たちは街を出た。
目的地は隣町ドルフェミレスタ。
ここよりも少し大きな活気のある街だ。
「楽しみだな、イーナ」
「楽しみだ! 元気に行こうね、フェル!」
さて、イーナの初めての旅行。
楽しいものにしていこうじゃねえか。




