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ロートル冒険者の俺が聖女の養育者でいいのかよ? ――のちに辺境の英雄と呼ばれる男の話――  作者: 月見里 嘉助


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第35話 まったく色気のねえ話で、すまねえな

「ブルーノが師匠の剣をねえ……」


今夜はドミニクと飲んでいる。

イーナも大きくなって、ずっと付いている必要がなくなった。

護衛のジリがいりゃあ、まあ大丈夫だ。

あいつ、俺より強えんだからな。


「おう、ヤツもそろそろお迎えが近いかと思ったぜ」


「ははは。まあ、あの人まともに弟子もいねえんだからねえ。若いころ厳しくし過ぎてみんな辞めちまったんだよねえ」


ブルーノの腕はいい。

その技術を継承できねえってのも寂しいもんだ。

ほとんどの弟子は辞めていったが、それでも何人かは巣立っていったはずだ。

どこかで元気に鍛冶をしているんだろうな。

たまには師匠の顔を見てやりゃいいのによお。


俺が引退するまで、ブルーノには現役で頑張ってもらうぜ。

若い冒険者は見てもらえなくなるか。

次ねえ……

さて。


「イーナちゃんの調子はどうだい?」


イーナね。

コップの麦酒を見る。

時間が経って少しぬるくなっている。

だいぶ苦いだろう。

冷たいときは気にならねえが、ぬるくなると苦く感じる。

温度だけで味が変わるんだよな。

《クール》の魔法を使えば、冷たくはなるんだが、しかし、炭酸は抜けている。

で、店でそれをやるのは営業妨害かもしれねえから、やらねえよ。


「ああ、素直に育ってるぜ。嬉しいことに、俺に似ねえでな」


ジリに言わせりゃ、俺の悪いところがうつっているってことだが、しかし、俺からみりゃあ、全然素直だよ。

いい子に育っているよ。


「そりゃあ、いいねえ。だけどそうなると余計に可哀想だねえ」


「ああ、そうだな」


魔王か。

あれはなぜ、人間を攻める?

何が動機だ?


「どうなってんだろうねえ。北の方は?」


ギルドの情報では魔族の侵攻が始まったらしい。

この国から遠く、もっと北の方だ。

遠く北には山脈があって、さらにその向こうが魔族の国だ。

だから、北の国が一番初めに魔族の被害を受ける。

ちと情報を合わせたほうがいいかもしれねえな。



ドミニクとの飲み会は早めに解散した。

あれも妻子があるってんで、それほど遅く飲んでいられねえんだ。

さて、まだ時間はありそうだ。

久しぶりに行ってみるか……


街のメインストリートから一本入った小さい道。

明かりが少なく、薄暗い。

しかし、結構な人がいて、妙な熱が籠っている。


「おーい、おにいちゃん、ちょっと寄ってかないかい! いい子がいるよ! 若くて可愛いよ!」


「少しだけ遊んでいかないかい? 今日は特別に安くしておくから、ねえ、そこの格好いいお兄さん!」


呼び込みが声を掛ける。

一種の活気がある。

前の方では、飲み終わりだろう男二人組が呼び込みに捕まっている。

まあ、俺も詳しくねえから、その店がぼったくりかは知らねえな。


「おにーさん、私と一晩どう?」


道に立っている女性に声を掛けられる。

おらあ、お兄さんって年齢でもねえんだがな。


「いや、目当てがあるんだ。今日はごめんよ」


「残念ねえ。きっと私の方が気持ちよくさせてあげられるのに」


「そりゃいいね。今度よろしく頼むよ」


少し派手に化粧をしたグラマラスな女性。

年齢は三十を超えているか。

あるいは若いときはもっと条件のいい店で働いてたのかもしれねえな。

年齢が来て、人気が落ちて、ここにいるのか。

まあ、そんな想像するのも相手に悪いか。


呼び込みをすり抜けて道を進む。

夜。

こんな小さな街でも、ここは活気があるところだ。

それが健全なのかは知らねえ。

だが、人が集まり、金が動く。

金で一時の愛を買って、欲望を吐き出す。

そういう場所だ。



「おう、おばちゃん、久しぶり」


「ああ、アンタかい」


馴染み、とまでは言えないか。

その店に入る。

金がねえから、たまにしか来てなかったからな。

おばちゃんは客商売。

そんな俺の顔でも覚えている。


「ヒルダかい? それとも若い子にするかい。キャサリンってかわいい子が入っているよ」


「いや、若いのはいいよ」


手をヒラヒラと断る。


「おらあ、こんな年齢だぜ。若い子と話が合わねえ。ヒルダがいいんだ」


「ははは。そう言ってくれるお客さんも少なくなってきたねえ。アンタは変わらないねえ」


そりゃあ褒めてんのか、けなしてんだか。

まあ、いいや。

店に入る。


店は二階建て。

一階は待合所になっていて、数人の男がいる。

その若いキャサリン待ちってとこだろう。

俺は初老の男に案内されて、そのまま二階へ。

二階には細い廊下があり、小さい部屋が並んでいる。

その中の一つに止まる。


男性が中に声をかける。


「ヒルダさん。お客さん、入ります」


狭い部屋で、ベッドと化粧台を置けばいっぱいだ。

部屋は暗く、明かりは化粧台に置かれたランプだけ。

ヒルダがベッドに座っている。


「あら、私を指名とは珍しいわね」


久しぶりの彼女。

濃い茶色の長い髪、長いまつ毛、切れ長の目。

相変わらず美人だな。


「おう、久しぶりだな」


彼女は俺の声に顔を上げる。


「あ……フェルドさん」


彼女と目が合う。


「邪魔するぜ」


部屋へと入り、ベッド、彼女の横に座る。


「ほんと久しぶりねえ。フェルドさん、他の人に移ったのかと思っていたわ」


彼女の手が俺の膝に乗る。

ドキリとするが、俺の金が続いている間だけ、彼女は俺の恋人ってことだ。

勘違いしちゃいけねえ。


「懐具合が寂しいもんでね。頻繁には来れねえよ」


比較的安い店ではあるが、それでもギリギリで生きている冒険者にはキツイ。

目当ての女性がいる冒険者は無理して通うらしいがな。

俺はそこまでではない。

が、来るならヒルダだ。


「もう私に飽きたのかと思ったわよ。……下で若い子を紹介されなかった?」


「俺は若い子と何話していいかわかんねえよ。いつものが一番だ。安心できる」


「あら、そこはヒルダが一番だよって言わなきゃダメよ。フェルドさん、女性にモテないわよ」


そう言うヒルダは微笑んでいた。

彼女はまだ三十歳のはず。

だが、この商売で三十はベテランだ。

で、男どもは若い女性が好きだからな。

彼女の客は減るだろう。

とはいっても俺にはどうにもできねえがな。


まあ、今はそれは置いておこう。


「フェルドさん、ほんと久しぶり……」


彼女は体を摺り寄せてくる。

香水の甘い香りがした。

バニラ……ジャスミンのような。

そして、ヒルダに押し倒された……

積極的だな。



「それでフェルドさん。きっと何か聞きたいのよね」


ベッドで寝ている。

彼女は俺の腕枕。

冒険者の場合、レベルが高いから問題がないが、一般の男性ってのはどうしてんだろうな。

腕が痛くなって、結構大変だと思う。


「まったく色気のねえ話で、すまねえな」


「ま、フェルドさんですからね」


どんな評価だよ、まったく。


「魔族についてだ。どんな話が出ている?」


ここは人が集まる場所だ。

外から来た商人、旅人、色々な奴が集まる。

人が集まりゃあ、情報も集まる。

街の外の情報を知るにはいいんだぜ。


冒険者ギルドも大きな組織だから、情報が集まってくる。

が、一つの情報源だけを頼るというのも心もとない。

複数の情報を合わせて判断する。

それが重要だ。


「ああ、その話が聞きたいのね……」


彼女の話だと、魔族の動きが活発になっているらしい。

というか、北の山岳国家イシュティムフォートは攻められているらしい。

北東の砂漠地帯の国、メリハ=ジャラティアも。


「まだ、落ちたって話はねえのか?」


「そうね。私は聞いていないわ。だけど、ここから遠い国だから、もしかしたらもう終わっているかもしれないわね……」


情報が伝わる速度がどうかってことだな。

リアルタイムの情報じゃない。

ここで、魔族の動きを聞いたところで、間に合うかってことだよな。


「まあ、俺がギルドで聞いた話と変わんねえな」


「そう? なら本当のことなのね。イーナちゃん、だったかしら?」


やはりヒルダはイーナのことを知っているか。

なら、俺がここに来れなかったのも知っていそうだが……


「それは少しフェルドさんをいじめたかっただけ」


やめてくれねえかな。

女性に詰め寄られると弱んだよ。


「ふふ。困った顔が可愛いわね。ま、許してあげましょうね。それで、イーナちゃんなんだけれど、可愛い子らしいわね」


「ああ、可愛い子だぜ」


「聖女なのよね」


ああ、それもご存じで。

そろそろ街に情報が広がってきているのかもしれねえな。


「さすが、ヒルダ。確かにそうだ」


「とすると、魔王よね」


「魔王だ」


問題は魔王だ。

数百年ごとに出現する魔王。

何の目的で?

どこから発生する?


勇者じゃないと倒せない存在。

勇者パーティには聖女が必要だ。

どうしたもんだかなあ。


「大変ね、フェルドさんも。どうしてその役目を受けたのかしら」


「ま、左腕を治してもらったからな。恩は返さねえといけねえや」


「女神様に治してもらったのよね、この腕……」


彼女は腕枕をしている俺の左腕を撫でる。


「女神様にお願いされては断れないわよね。ふふふ。本当に大変ね」


楽しそうに笑っていた。



帰り際。


「あら、もう帰っちゃうの?」


「まあな。イーナもいるし、そんなに遊べねえんだ」


「ふふふ。お父さんしてるのね。寂しくなるけれど、これで許してあげるわ」


ヒルダにキスをされる。

柔らかい唇が俺の唇に触れる。


「じゃあね、パパさん。今度はいつになるかしら? 私は待っているわよ。女を待たせるなんて罪な男ね」


ありがとよ。

営業トークだとしても、ありがたく受け取っておくよ。


「ああ、わかったよ。近いうちに来るさ」


「約束よ」


「ああ」


扉を閉める。

その瞬間、ヒルダと目が合う。

少し寂しそうに見えたのは、俺の思い上がりかな。


外に出ると、通りはまだ活気があって、呼び込みの声が響いている。

夜はまだ長い。

この街が眠るには早すぎる時間だ。

俺は、活気と欲望が渦巻く道を抜け出して、静まり返った大通りに戻った。

夜道を一人、歩く。

しばらくはヒルダの香りの余韻が残っていた。



宿に帰る。

この時間だ、イーナは寝てるだろうな。

ま、ジリは目を開けるだろうが、すぐ寝るだろう。


あまり遅いと宿に鍵がかかっちまう。

ギリギリのところだ。


「あ、フェルドさん。お帰りなさい。遅かったですね」


エルマさんがドアに鍵をかけるところだった。

あぶねえ、ギリギリだ。


「ただいま。ちょっと遅くなりました」


エルマさんにじっと見られる。

……大丈夫だよな。

《クリーン》の魔法で匂いは消えているよな?


「あまり夜遊びはしないほうがいいですよ。イーナちゃんが心配しますからね」


彼女はふいっと振り返り、部屋へと帰って行ってしまった。

バレたか……

女性の勘ていうのはすごいもんだね。

まあ、おっさんなので許してほしい。

女性に言っても無理か……



部屋へと静かに入る。

イーナはベッドで寝ている。

その足元に丸くなったジリ。

起きないよな。

服を脱いでベッドに入り込む。


『女性のところでしょうか。遊ぶのもほどほどにしなさいな。女神様のおかげで冒険者ができているところもあるのですから』


なんだよ、起きていたのかよ。


「おう。そんなに行かねえよ。ちょっと用があっただけだ」


『ふん。それならいいのですけどね。女性にはまっても、お金が消えるだけですよ』


知ってるよ。

俺はおっさんで、ガキじゃねえんだ。

あれが疑似的な恋愛関係だってわかっている。

もう幻想を抱けるような歳じゃねえ。


……さて、今後の世界か。

どうなっていくだろうな。

魔王、魔族。

人間は勝てるのだろうか。

前回、前々回は勝てたからって、今回も勝てるとは限らねえ。

勝ちたいよな。

生き残りたい。

そして、幸せに生きていきたい。

そう思う。


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