第28話 年齢が一つ増えたからと言って、急激に何かが変わるってこたあねえ
時間と言う奴は知らないうちに過ぎちまうもんだ。
春になって俺も歳を一つとって、四十二になっちまった。
まあ、年齢が一つ増えたからと言って、急激に何かが変わるってこたあねえんだが。
しかし、気分の問題というか、なんというか……
「ほら、フェル。ぼーっとしてないで、ちゃんと起きる!」
イーナが勢いよく、カーテンを開ける。
朝の光が差し込む。
眩しくて、目を細める。
「イーナ。おらあ、もうおっさんなんだよ。朝はゆっくりしてえんだ」
「フェルはイーナがちっちゃいときからおっさんだった! 甘えちゃダメ!」
勢いよく俺の毛布をはぎ取る。
毛布の上で寝ていたジリがゴロリとベッドから転げ落ちる。
寝ていたもんだから、ミャンと慌てた猫らしい声を上げた。
可哀想に……
それになあ、イーナ。
ちっちゃいときってなんだよ。
お前、まだ十歳くらいじゃねえか。
まだ十分ちっちゃいときときだよ。
それを言うと怒るから言わねえけどさ。
しょうがねえ、起きるか。
起きねえで粘っていると、イーナにはたかれるからな。
まったく元気に育ったもんだよ。
誰の影響かねえ?
昔は俺が着替えさせてやったのに、今じゃ自分で着替えられるしな。
そうそう、イーナはすぐに大きくなっちまうから、服が大変だったりする。
好みも出てきて、青系の服が好きみたいだ。
今日も薄いブルーのワンピースを着ている。
清潔感があって、イーナの金髪に合うよな。
しかし、俺、服代のために働いている気がするぜ。
「よし、起きた。じゃあ、行くぜ、ジリ」
寝起きってのは、どうしてこうも気力を削られるんだろうな。
あー、飽きるまで寝ていたいぜ。
床を見ると、ジリはすました顔で毛づくろいをしていた。
お前、無様にベッドから転がり落ちてたよな。
『行きましょう、イーナ様。フェルドも遅れることのないよう』
こいつ、どの顔して……
まあいいか。
ツッコむと機嫌を損ねるかもしれねえ。
で、そうなると、長引くからな、こいつ。
『フェルド、何か?』
「なんでもねえよ。行くぞ」
イーナが大きくなって、なんだか、俺の権限が小さくなったような気がするが、気のせいだよな?
宿の庭を借りて、朝の鍛錬だ。
ストレッチをして、剣の素振りをする。
イーナも一緒に体を動かす。
これは毎日の日課。
続けることに意味がある。
休むと体が動かなくなる。
それに、この年齢になってくると毎日どこか痛みが出てくるからな。
冒険者ってのは重労働だ。
体に負担が大きい。
おっと、今日は腰に少し痛みがある。
《ヒールウォーター》の魔法で治しておく。
この魔法を覚えておいて本当に良かった。
回復魔法ってのは、ロートル……じゃねえ、ベテラン冒険者には必須だよなあ。
「せいっ! せいっ!」
イーナの素振りもだいぶ様になって来た。
体が小さい頃は木刀に振り回されていたが、今はいっぱしに剣を振れている。
「おう、いいじゃねえか。だいぶマシになったな」
「えへへ」
だが、少し褒めると、剣がブレる。
「イーナ、真剣にな!」
「おう!」
相変わらず返事だけはいいんだよな。
「おはよう、フェルドさん、イーナ」
ティムが合流する。
ティムも大きくなったが、イーナの成長が早いから、だいぶ差を付けられた感じだ。
でも、ティムは変わらず普通にイーナと接してくれる。
優しい、いい子だよ。
「おう、おはよう」
「おー。ティムもご苦労様だ!」
イーナはちと偉そうになったかもな。
おい、ティムのほうが人間ができてるじゃねえか。
「はは。今日もよろしくお願いします」
ティムの素振りも少し進歩しているが、まだ六歳だ。
まだまだだな。
だが、この調子で続けたなら、きっとハーラルトを追い抜くだろう。
アイツ、小さい頃は剣なんか握ったことなかったらしいからな。
ティムはきっと父を超える。
まあ、それが子供の義務だったりするんだよな。
大きくなれよ、ティム。
「フェルドさん、おはようございます」
「フェルドさんー、おっはー」
「フェルドさん。おはようございます」
続いて、ディーターたち『星を掴む強靭なる蔓』だ。
こいつらは、まだエルマさんの宿に泊まって、こうやって朝の日課を一緒にしている。
ランクはDのままだが、だいぶ強くなった。
見違えたよ。
ちゃんとしたパーティになったな。
すっかり、この街の冒険者ギルドの戦力だ。
「……すみません」
グレーテが近寄ってくる。
「あん? どうした?」
「教えてもらった疾風突き。まだ、習得できないです」
申し訳なさそうにモジモジしている。
「しょうがねえな。見せてみろや」
「はい、よろしくお願いします」
グレーテが木剣を水平に構え、少し腰を落とし、力を貯める。
「せい!」
その力を一気に解き放つ。
ふむ、悪かねえが、少し突進が足りねえか。
「たぶん、気合だな」
「気合、ですか?」
「そうだ。相手を貫くイメージだよ」
「フェルドさん、そんな、イメージだなんて。抽象的ですよ」
横からディーターが口をはさむ。
魔法使いは頭がいい奴が多いからな。
俺の言葉を根性論みたいに思うんだろう。
だが、まあ、感覚なんだよな。
「ディーターよ。意外に気持ちの差ってのは大きいもんだぜ。殺す気でやらなきゃ、相手は死なねえんだ。そんなこたあ、たくさんある。侮れねえんだぜ」
ディーターは納得していないようだ。
が、グレーテは再度、突きを放つ。
「せあ!」
少しだけ迫力が出た。
いいじゃねえか。
「グレーテ、よしだ。そのまま訓練しな。きっと近いうちにスキルを習得できるさ」
「ありがとうございます」
グレーテは嬉しそうに頭を下げた。
ま、俺にはこんなことしかできねえしな。
若い奴らが強くなるのはいいことだよ。
「フェルドさん、私はー?」
「クリスタは本能で戦いすぎだ。基礎をしっかり繰り返しだ」
「えー、なんでよー。面倒!」
「いいから、やれ!」
クリスタは俺に隠れて舌を出しているな。
だが、文句を言いながらも、真面目に剣を振る。
コイツ、才能はあるんだから、真面目にやっていれば強くなるだろうよ。
「ねー、フェル。イーナもビュッって前に行くやつやりたい!」
ああ、疾風系のスキルね。
疾風とつくスキルは速度型の突撃スキルだ。
剣以外もあるんだが。
さて、聖女であるイーナにふさわしいやつねえ。
杖?
やはり《疾風突き》か……
聖女が杖で魔物を殴り倒す。
いいのか?
怖くなってきたので、ジリに確認する。
「聖女って接近戦闘はありなのか?」
『何でも大丈夫でしょう』
そりゃあ、ジリよ、適当すぎやしねえか?
『今更イーナ様がステレオタイプな聖女様になるとは思いません。修正はできないでしょう。フェルドに影響されすぎですね』
俺が悪いのかよ。
『正直、そこはどうでもよいのですよ。イーナ様の好きに育っていただければよいのです。イーナ様が聖女様であることは変わらないのですから』
なんだか、少しだけ引っかかる。
イーナが聖女であることは変わらない。
で、聖女であればいい。
イーナはイーナでいいってならんのか?
世界には聖女が必要。
そういうことか……
どうしようもねえ世界だな。
「ジリー、ひどい! イーナは強くなりたい!」
『はい、イーナ様。強くなりましょう。歴代最強の聖女様を目指しましょう』
「おー、最強だ!」
イーナは嬉しそう。
だが、「物理的に歴代最強の聖女」ねえ。
その養育者である俺……
歴史に汚点を残さねえか?
ま、いいか。
養育者なんて名前は残らねえ。
イーナが元気に育てばいいんだろう。
冒険者ギルド。
若い奴らが依頼ボードで仕事を選んでいる。
その周りの机にはベテラン――まあ、おっさんどもだな――がゆっくりしている。
若いのがはけてから、依頼をゆっくり選ぶんだろう。
もう、そんなにガツガツした年齢じゃねえってことだな。
それはそれで悲しい気もするが。
テオとルッツを見つける。
……相変わらず、やる気のねえ顔してねえか?
「よお、お二人さん。これからかい? それにしちゃあ、顔が緩んでるぞ」
「おう、フェルド。なんかなあ、こんなにいい天気なのに、働かなきゃいけねえのかなって、悩んでたんだ」
「テオが少し、やる気減退なんだよ。どうせ、嫁さんに邪険にされたんだろうね」
「うっせえ、ルッツ。俺がこんなに頑張っていること、どうしてわかんねえかなあ?」
「そりゃ、わかんねえって。メアリーさんは優秀な冒険者だったんだからなさあ」
メアリーさんてのはテオの嫁さんな。
一緒に冒険者をやっていたんだ。
生まれは農家の娘さんだったんだが、冒険者になって、めきめきと頭角を現した。
テオが一目ぼれで、とりあえず、一緒のパーティに入ってもらった。
そこから猛アタックして結婚にこぎつけたんだぜ。
このテオがだぜ。
信じられねえよな。
んで、十個も年下だ。
ずいぶん若い嫁をもらったよな。
つうことで、コイツはメアリーさんを大事にしねえといけねえんだよな。
まあ、全部の夫は妻を大事にしなきゃいけねえし、妻は夫を大事にしなきゃいけねえ。
常識だよな。
大切に思って、結婚したんだからよお。
だが、テオはなおさら大事にしなきゃいけねえって思う。
「テオよ。贅沢なこと言ってんじゃねえよ。せっかくおめえみたいな強面に嫁にきてくれたってんのに」
「おい、おい、フェルド。何年前の話をしてんだよ。十年も前の話だぜ。もう、恋人気分じゃねえよ。家族だ、家族。それなら、俺の苦労もわかってくれよってことだよ」
まあ、わからんでもないが、しかし、十年前だからってのは理由にならねえだろう。
恋愛が終わったとしても、愛情は残んじゃねえのか?
知らんけど。
「嫁さんてな、何年経っても女性なんだぜ。家族である前に、お前が拝み倒した女性じゃねえのかよ」
「うっせえ、フェルド。なあ、イーナ。このおっさん、自分が結婚もしていないくせに、知った風だよなー」
テオがイーナを膝に抱いて頭を撫でる。
イーナが小さいときから、こんなことをしているから、十歳程度に成長してもイーナは嫌がらないんだ。
「なー、フェルはたまに偉そうー」
おい、おい、イーナよ。
お前もそう思うのかよ。
……ただの軽口だよ。
「だけど、イーナに優しいよ」
なー、イーナ。
俺、イーナに優しいよな。
まだ一緒にいるの、二年ちょっとだけど。
「テオ、フェルドの言う通りだぞ。嫁さんには優しくしろよな」
嫁さんを亡くしているルッツがそれを言うとな、ちと負けるしかなくなるよな。
「だが、まあいいよ。今日くらいは休もうか」
で、結局、ルッツはテオに甘いんだよな。
あまり甘やかさんでほしいもんだが。
「気候もいいし、今日は外で飲もうか。花見だな」
「お、そりゃいいや。花を見ながら、酒とは、また乙じゃねえか!」
テオの機嫌が急によくなる。
酒がのめりゃいいんだろう、コイツ。
「おー、いいな。イーナも行きたい!」
「おうおう! いいぜ、一緒に来いよ。ついでにフェルドも来い! エルマさんの総菜持参でな!」
「そりゃ、総菜目当てだろうが!」
「いいな! イーナ、唐揚げ食べたい!」
……しょうがねえな。
鶏肉買って行って、エルマさんに作ってもらうか。
イーナの食い意地ってのは健在だ。
食い意地張ってる聖女ねえ。
ま、ありか。
『なしよりのありかもしれませんね。これもフェルドの影響でしょう。少しは反省してもらいたいですね』
違えよ、ジリ、俺じゃねえよ。
主に、バルドゥルとかテオの影響だろうが。
「フェルド。俺たちが酒持っていくから、食い物はお願いするよ」
「おう、ルッツ。今日はガッツリ飲むぞ」
まあ、昼間から酒が飲めるってのも、また幸せだよな。
こういう日があってもいいと思う。
人生は長えんだ。
たまには一休みってな。
休み過ぎて、体がなまらねえ程度にな。
<<ステータス>>
フェルディナント・エアハルト
年齢:42歳
冒険者:Bランク
LV:37(Up!)
生命力:248
筋力 :173
魔力 :100
素早さ:139
アクティブスキル:
袈裟懸け、唐竹割り、横一閃、疾風突き、回転斬り、燕返し、疾突横閃、迅突・無型、疾風連撃、剛唐竹割り
身体強化(水)、魔法剣(水)
パッシブスキル
魔法属性:水(C)(Up!)
女神の加護(中)(Up!)
魔法:
クリーン、ウォーターガン、ヒールウォーター、コールド
称号
聖女の養育者
ジリ
年齢:不明
黒豹
LV:44(Up!)




