第27話 【エルマ視点】私、結構執念深いですからね
ティムは健康に生まれてきてくれた。
なんとなく、ハーラルトの面影があるかも。
赤ちゃんだからそんなことわからないかもしれない。
だけど、そんな気がする。
ここにハーラルトが繋がっている気がしたの。
お金はハーラルトが少し残してくれた。
Bランク冒険者だったから、数年は働かなくても生きてはいける程度はあった。
だけど、何もしていないとどうしてもハーラルトのことを思い出してしまう。
赤ちゃんが、ティムがいるのに、泣いてばかりじゃダメね。
この子をしっかりと育てるって誓ったのに。
だから半年後、宿を開いた。
彼の夢だったから、きっとそれは私が守るんだ。
ティムをおんぶして、働いたわ。
朝早く起きて、ティムに離乳食を食べさせる。
お客さんの朝食の用意をする。
お客さんを送り出して、部屋のシーツを洗濯して、干して、取り込んで、ベッドメイク。
夕食の買い出し、調理。
ティムはよく夜泣きをした。
睡眠時間は削られた。
子育てを甘く見ていたのよね。
自分でなんでもできると思っていた。
自分が何とかしなきゃいけないと思っていた。
限界だったのよ……
でも、それを救ってくれたのがフェルドさんだった。
冒険者さんたちを送り出して、食堂の椅子に座って一息ついていた。
そしてそのまま眠っちゃったの。
目が覚めたときには、もう日が落ちて、部屋は暗くなっていた。
「あ、もうこんな時間! お客さんの夕食の用意しなくちゃ!」
ベッドから降りる。
立ち上がったけど、少しふらつく。
あれ……私、ベッドで寝ていたっけ?
頭もぼうっとしている。
きっと睡眠が足りないんだわ。
疲れが取れていないのは明らかだった。
だけど、行かなきゃ……
「あれ……ティムは?」
背負っていたはずのティムがいない!
血の気が引いていく。
「どうして?」
大切な、私の息子!
どこへ?!
ベッドの下、机の下。
慌てて探す。
どこにもいない!
「どこよ! どこなの、ティム!」
叫んだ。
だけど返事はない。
泣き声も聞こえない。
お客さんたちの話し声が聞こえる……
食堂のほう、彼らの誰かがきっとティムを見ているはず!
食堂へと急ぐ。
食堂では、冒険者さんたちが夕食をとっていた。
私は用意していないわ。
じゃあ、誰が作っているの?
キッチンにフェルドさんがいた。
「なんだー、フェルド。この目玉焼き焦げてるぞ!」
「んだよ、ベルント。文句言うな。それくらい食えるだろうがよ。依頼中はもっとまずい飯を食ってるだろうが」
「だからだよ。街にいるときくれえ、美味い飯を食いたいんだよ」
「ははは、ベルント。フェルドに美味い飯を食わせろって言ったって、無理な話だろうがよ。フェルドの馬鹿舌に期待すんだけ無駄だあ、無駄!」
「おい、ホルガー。お前、偉そうだな。なら、手伝えよ。こっち来い!」
「あちゃー、言い過ぎたか。しょうがねえなあ、手伝ってやるよ、フェルド。だが、俺は皿洗いくらいしかできねえがな」
「できねえくせに、偉い口叩いてんじゃねえよ」
ホルガーさんが、フェルドさんに言われて、キッチンへと入る。
「おう、ちょっとごめんよ、ティム。通してくれな」
ホルガーさんはフェルドさんの背中にぶつからないように気を付けて……
ティム……?
フェルドさんの背中、ティム……!
「ティム!」
お客さんたちとフェルドさんがこっちを向く。
「ああ、エルマさん、起きたんかい?」
フェルドさんが笑顔だけど、それに返す余裕はない。
「ティム!」
駆け寄る。
「あー、あー」
ティムが私に手を伸ばす。
「ああ、ずいぶん泣いていたからなあ。おんぶして、あやしていたんだよ。ほら、やっぱりお母ちゃんの方がいいよな」
彼がティムを背から降ろし、私へ。
ティムを抱きしめる。
ああ、よかった。
ティムだ。
元気だ、問題なかった……
涙が出てくる。
「ああ、よかった、よかった……ティム……」
だけど、どうしてフェルドさんが……?
泣いていたから?
私が起きなかったから?
彼の優しさ?
だけど、いら立ちが、怒りが湧く。
彼のせいじゃないのはわかっているのに……
「フェルドさん、どうして。どうして、ティムを黙って!」
感情のまま言葉が出てしまう。
嫌な女。
自分がだらしないだけなのに、子供もちゃんと育てられていないのに、他人を非難する。
怒りをぶつけてしまう。
本当に嫌な女。
「私の、私の子供なんです! 勝手に連れて行かないでください。どうして、こんなことをするんですか!」
フェルドさんはすまなそうに苦笑して。
「すまねえなあ、エルマさん。だけど、顔にな。エルマさんの顔に助けてって書いてあったんだ。だから俺は……。いや、おせっかいだよなあ。すまねえ」
私の顔……?
助けてって……
胸が痛い。
倒れそうになる。
無性に逃げたくなる。
だけど、嫌な女だから……
「今後はこんなことしないでください!」
フェルドさんを睨んでから、それから、自分の部屋へと逃げたんだ。
ティムは泣いている。
私が大声を出したから。
また、自己嫌悪。
子供にもやさしくもない。
私の顔……
ふと鏡を見る。
最近、忙しくてちゃんと自分の顔も見られていなかった。
ああ……酷い顔だった。
目の下には隈があって、髪は乱れている。
頬はこけて、十歳老けたよう。
私、こんな顔をしていたんだ……
フェルドさんが「顔に助けてって書いてあったんだ」っ言っていた……
ああ、そうか……
頑張って、頑張ってきたけれど、気力で何とかしてきたけれど、きっと、体はもう限界だったんだ。
もうダメだったんだ。
ギリギリだったんだ。
だから、フェルドさんが助けに入ってくれた。
見ていられなくなって、手を差し伸べてくれた。
私、それを振り払った……
どうしよう、ハーラルト……
「なあ、エルマ」
いつか、ハーラルトが言っていた。
「困ったことがあったら、みんなを頼ればいいんだぜ。ここの冒険者連中はみんないい奴だ。俺がいないときに困ったことがあったら、フェルドさんを頼ればいいんだよ。なんだかんだ言って、あの人は助けてくれるんだ。優しい人なんだ。頼ってもいいんだぜ」
彼の言葉を思い出した。
ハーラルトが信頼していた、冒険者の人たち、フェルドさん。
……許してくれるだろうか。
謝ったら、許してくれるかな。
こんな嫌な女だけど、助けてくれるかな。
涙が落ちる。
嗚咽がこぼれる。
「あー、あー」
ティムが私の頬を叩く。
心配してくれるの?
ティムを抱きしめて、泣いた。
泣き止んで、顔を洗って、髪をとかして。
それから一階に行った。
お客さんは夕食を食べ終わって、フェルドさんだけが残って、お皿を洗っていた。
「ごめんなさい……」
蚊の鳴くような声。
そんな根性のない自分を卑怯だと思う。
「ん? いいんだよ。子育てってのは大変だろう。特にエルマさんは片親なんだからよ。たまには叫んで、暴れたっていいんだよ。だけど、ティムには優しくしてやんなよ。まだ、弱いからな。俺たちと違ってな。俺たちなんかぶっ叩いたって壊れねえが、ティムはそうじゃねえからな」
彼は優しく笑う。
「んでさ。俺たちをもっと頼ってくれよ。俺たちはハーラルトの仲間なんだぜ。同じパーティじゃねえがな。だが、仲間だ。みんな、やつの奥さんを助けたいんだよ。わがまま言ってくれよ。みんな喜ぶぜ。助けたくってうずうずしてんだからよ」
私は返事ができなかった。
ただ頷いた。
泣いていた。
だけど、胸が温かくなった。
彼の言葉に、少しだけ体の力が抜けた気がした。
それからはみんなに助けてもらって生きてきた。
宿の仕事もやってもらった。
その分、宿代は安くしたわよ。
ハーラルトの残してくれたお金もまだあったしね。
大きな男の人たちが料理したり、洗濯したり、掃除したり。
ちょっと可愛いわよね。
ティムはフェルドさんに懐いて、おんぶでよく寝かしつけてもらった。
フェルドさんも家事、料理の腕が上がって、ご飯を作れるようになった。
春。
フェルドさんがティムを背負って、シーツを干した。
桜が咲いていて綺麗だった。
「いいねー、花を見ながら飲みたいね」
「ダメですよ、フェルドさん。まだお昼ですからね」
「夜ならいいのかい?」
「まあ、それなら許しましょう」
夏。
フェルドさんが魔法で水まきをした。
ティムはキャッキャッとはしゃいで、それを浴びる。
庭はベチョベチョに、水たまり。
ティムが転んで泥んこになった。
洗濯が大変!
怒ったけれど、ティムとフェルドさんは笑っていた。
私は本気で怒っているのよ!
「あなたたち! 自分で洗濯するんですからね!」
「了解です、エルマさん! ほら、ティムもこうやって敬礼するんだよ」
「あー?」
秋。
近所からサツマイモをもらう。
フェルドさんが落ち葉をかき集めて焼き芋をしてくれた。
「あー、ちと焦げちまったなあ」
「そうですね。でも、中の方はちょうどいいですよ。美味しい」
「あー、あー」
ティムが欲しいと手をばたつかせている。
焼き芋を小さく、冷まして、ティムの口の中に入れてあげる。
「おー」
小さな手で、自分のほっぺを押さえる。
美味しいのポーズらしい。
可愛いわね。
冬。
雪が降った。
フェルドさんが屋根の雪を下ろしてくれた。
ティムは初めての雪。
楽しそう。
雪は歩きにくいから、大変そうなんだけど。
「おう、ティム。ちと待ってろよ。いいもん作ってやるからな」
フェルドさんが、下ろした雪を使って、かまくらを作ってくれた。
大きなかまくらだ。
三人で中に入る。
ティムは不思議そうな顔をしている。
かまくらの壁を叩いている。
「ほら、手が冷たくなるから」
ティムの手を、私の手で包んで温める。
真ん中に七輪を持ってきて、お鍋を作っている。
「なぜだか、かまくらで食べると美味しいんだよな」
「え、フェルドさん。私の料理、普段は美味しくないんですか?」
「いや、違うんですよ。そうじゃなくて。いつもよりも美味しいってことで。エルマさんの料理はいつも美味しいです」
慌てるフェルドさんがおかしくて笑った。
そんな思い出が、たくさん増えていった。
そんな積み重ねで、今になっているんだ。
今、フェルドさんにはイーナちゃんという養女がいる。
ティムを育てていた経験が活かされているのかな、なんてちょっと思ったりする。
ねえ、ハーラルト、知ってる?
もう、あなたと一緒の時間よりも、その後のほうが長くなっちゃったのよ。
私、何とか生きているよ。
みんなと仲良く、助けてもらって。
ティムも大きくなった。
まだ五歳だから、子供だけれど。
だけど、少しずつハーラルトに似てくる。
大人になったらモテるのだろう。
きっと、すぐに大きくなって、女の子と出ていっちゃうんだろうな。
寂しくもあり、楽しみでもある。
だけど今はまだ五歳。
フェルドさんがタライに水を張る。
それにイーナちゃんが飛び込む。
本当に元気な子よね。
「おー! つめたー!」
「あ、僕も!」
ティムが入ろうとするが……
「うりゃあ、りゃ!」
「ちょっと、やめ、やめて! イーナちゃん!」
イーナちゃんが水をティムにかける。
ティムは怯んで入れない。
うん、まだまだね、ティム。
パパはBランク冒険者だったんだからね。
イーナちゃんに負けているようじゃ、まだまだよ。
「ははは! イーナ、強ええじゃねえか。ティム、負けんなよ。日々の修業の成果を見せてみろ」
「フェルドさん。あれは、剣の修業じゃないか! これとはぜんぜん別物!」
「んなこたねえよ。同じだ、同じ。すべて繋がってんだよ」
フェルドさんとティムは本当に仲良しね。
ティムが大きくなっちゃって、「フェルドさん」呼びになっちゃったけど、小さいときは「フェルド」って呼び捨てだったのよね。
だけど、関係は変わっていないみたい。
ちょっとほっとする。
少し遊んで、イーナちゃんは疲れて眠っちゃった。
水遊びって体力使うからね。
フェルドさんは眠ったイーナちゃんを部屋に連れて行っている。
ティムはタライに入って涼んでいる。
タライの水に手を入れてみる。
冷たくて、気持ちいい。
「ねえ、母ちゃん」
「なあに、ティム?」
「僕はいいと思うよ。フェルドさんが父ちゃんでも」
な、何を言っているの、この子は!
「父ちゃんもさ、フェルドさんなら認めてくれると思うよ。僕は父ちゃんに会ったことないけど」
「なんで、そうなるのよ! 別にフェルドさんとは何でもないんだから!」
「んー、そうなの? フェルドさんも母ちゃんに気があるような気がするんだけどなあー。もたもたしてると、他の女の人に取られちゃうんじゃない?」
こ、この子は……
意外に鋭いところをついてきたわね。
フェルドさん、最近モテるのよね。
左腕が治って、ランクも上がって。
元から狙っていたマリアンネさん、シャノンちゃんは……まあ、いいわ。
最近、シャノンちゃんところのアシュリーちゃんも怪しいし、『一角獣の透明な角』のエラちゃんもよね。
『星を掴む強靭なる蔓』のグレーテちゃんの愛情は、きっとお父さんみたいな感じだと思うの。
だけど、彼女も数年したら……
「何を迷ってるか知らないけどさー。フェルドさん、持っていかれちゃわない?」
「何言ってんの! べつに迷ってなんかないんだからね」
私、五歳の息子に何言ってんだか……
だけど当たっているかもしれない。
踏み出せない私がいる。
年齢差のせい、ハーラルトに悪いと思うから?
たぶん、違う気がする。
怖い、の?
今の関係が壊れるのが怖いのかもしれない。
私とティム、フェルドさんとイーナちゃんと、一緒に楽しく、暖かい雰囲気。
それが壊れるのが怖い。
「欲しいものがあったらさー、自分で手を伸ばさなきゃじゃないかな」
この子はなんでこんな大人っぽいこと言うかな?
きっと、フェルドさんとか、冒険者さんたちの影響だ。
うちの宿はおじさんたちが泊まることが多いから、ティムは影響を受けているのよね。
「何もしないで逃げちゃったらさー。泣くだけじゃないかなあ」
泣くの?
また、私、泣くのかな……
そうよね。
きっとそうなる。
フェルドさんを取られたら、きっと私は泣くわ。
わかっているのよ。
ティムに言われなくったって、このままじゃいけないって。
きっと、私はフェルドさんと一緒にいたいんだって、わかっているのよ。
隣でずっと笑っていたい。
あの大きくて、頼もしい背中。
それがとても好きなのよ。
「僕は応援するよ。もうそろそろ、いいんじゃない。母ちゃんが幸せになったって」
「……馬鹿ね」
息子にそんなこと言われるなんて、ダメね、母親として。
しっかりしないとダメ。
私も戦う姿をティムに見せないといけないかな。
少しだけ進もうか。
結果がどうなるかなんてわからないけど。
きっと何もしないままだと後悔するから。
「本当にいいのよね、ティム?」
「いいよ。僕は嬉しい」
ティムは不敵に笑う。
ちょっとハーラルトの面影を見る。
そして、なぜか少しだけイラっとする。
「生意気!」
「うわあ、なにするのさ!」
水を大量にかけてやった。
まだ、あなたは私の子供。
もう少し私に負けておきなさい。
「ああ、エルマさんも涼んでるんかい?」
フェルドさんが下りてきた。
「えい!」
フェルドさんにも水をかける。
「おいおい、エルマさん! 降参、降参ですよ!」
ふふふ。
フェルドさん、覚悟しておいてくださいね。
私、結構執念深いですからね。




