第17話 コイツは食っちゃ寝、食っちゃ寝だ
朝……
冷てえな……
横には幸せそうにイーナが寝ている。
足元にはジリが伸びて寝ている。
ベッドを手で探る。
やはり冷たい。
イーナ、またやったか……
おねしょだ。
まあ、シーツとマットレスの間にタオルを敷き詰めてあるから、マットレスへの被害はない。
仮にマットレスまでいったとして、俺は《クリーン》の魔法を覚えている。
便利なもんだよ。
これは子育てに必須な魔法だよ。
この魔法を所持しない世のお母さん方の苦労が偲ばれるな。
ってことで、余裕を見せてゆっくりと二度寝しようか……
いや、もう起きる時間じゃねえか。
俺が起きだすと、イーナも起きる。
一応、報告はしておくか。
「イーナ、おねしょだな。尻出せ、クリーンするぞ」
「おー、そうか。すまん」
……全然すまなそうじゃねえ。
いいがな。
イーナがケツを向ける。
そこに《クリーン》だ。
で、イーナとジリをどかして……
ジリが起きやがらねえ!
こいつ、どんだけ朝に弱いんだよ。
何時間寝てやがるんだ。
本気で本性、猫なんじゃねえか?
抱き上げても起きやしねえ。
いいや、床に置いておけ。
毛布とシーツ、タオルに《クリーン》をかける。
疲れた……
もう少しレベルアップして、魔力が増えるといい。
子育てのためにレベルアップを望むなんて、どんな冒険者だよ!
カーテンと窓を開ける。
今日もいい天気だ。
そうだな、魔法だけじゃなく、ちゃんと洗濯すっか。
そのほうが気分がいいだろう。
「ってことで、イーナ、洗濯だ!」
「おー、シャボン遊びか? その前にご飯な!」
「その前に鍛錬な」
「……おー……」
こいつとりあえず食い気かよ。
子供としては正しいか。
腹が減っては動けねえからな。
しかし、冒険者向けの性格してらあ。
……俺の影響じゃねえだろうな。
ま、聖女がお淑やかじゃなきゃいけねえって決まりもねえだろう。
勇者を振り回すくらいがちょうどいいかもしれねえな。
それくらいじゃなきゃ、魔王は倒せねえだろう。
ってことで、日課の鍛錬と朝食だ。
まだ夢の中のジリを抱えて、部屋を出る。
庭で鍛錬を行い、朝食。
最近はティムも一緒に剣を振っている。
まだ全然ダメだが、五歳から振っていれば、冒険者になるころにはどうにかなるだろう。
本格的な指導はまだだな。
さて、朝食だ。
他の客連中はもうギルドのほうへ行っていて、食堂は空っぽだ。
エルマさんとティムと一緒に食事をとる。
「フェルドさん、今日も依頼ですか?」
エルマさんに確認される。
ま、これも日課だな。
無断で帰りが遅くなると、心配するらしいからな。
子連れだから、心配するのだろう。
イーナは早く寝ないと成長できないし、俺は前科があるからな。
「今日は休もうと思ってます。昨日のオークが疲れたんで」
まあ、疲れたのはカールたちだろう。
ギルドへの報告も主に彼らに任せている。
俺たちはしれっと帰ってきた。
……あとで、マリアンネさんに呼び出されるかもしれねえな。
「じゃあ、昼食をごちそうします」
「え……エルマさんがですか?」
「なんですか、その不思議そうな顔は。ティムが稽古をつけてもらっていますから、そのお礼も兼ねてですよ」
エルマさんは俺の顔を見て笑った。
そんな不思議そうな顔をしていたかな?
「いいんですか。まだ、ティムにそれほど教えていないんですが」
「これからも教えてくれるんでしょう。ティムも教わりたいでしょう」
「うん。僕はフェルドさんに剣を教わる。強くなる!」
なんだかんだ、ティムは俺を信頼しているらしい。
他の強ええ冒険者を知らねえからか?
といっても、ここじゃあ、バルドゥルとシャノン……
テオとルッツは……
ドミニクならいいが、奴も忙しいからな。
まあ、俺が適任か。
「サンドイッチを作って、外で食べましょうね」
「母さん、ピクニックだね!」
ティムが楽しそうだ。
「おー、ぴくにっく?」
イーナは首を傾げる。
「おう、外で食事をみんなでするんだ」
「ん? いつも外で食べてる」
冒険者だからな、野外で食事する機会は多い。
が、それとはピクニックは違うんだよ。
どう言やあいいか……
「イーナちゃん、いつものように危険な外じゃなくて、のんびりと、楽しく、美味しい食事をするのよ」
エルマさんが優しく笑いかける。
「おー、のんびりと?」
「そうよ。楽しい食事会よ」
「ん? イーナ、いつも食べるとき楽しいよ」
やっぱりイーナは首を傾げる。
「イーナは食べるのが好きだからな。だけど、その前に洗濯だからな」
「あら、イーナちゃん、元気におねしょ?」
「おう! 元気におねしょだ」
イーナよ。
おねしょは威張れることじゃねえぞ。
「あら、あら。手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫です。クリーンで綺麗にはなっているんです。ちょっと気分の問題で」
「そうですか。では、私はサンドイッチを作りますね」
エルマさんは優しそうに笑っている。
いいなって、ちと思っちまう。
俺じゃあ、年齢が一回りも離れちまっているからな、期待はしていねえ。
ドミニクに言われてから、少しだけ意識しちまっている俺がいるがな。
が、それだけだ。
おっさんじゃあ、さすがに気持ち悪りいよな。
大きなたらいに《ウォーター》で水を張る。
ちと値が張るが、石鹸がある。
最近少しだけ懐が温かいからな。
子供を育てるってことは、こういうところに金を使うってことなんだな。
少し前まではまったく想像できなかった。
水に石鹸を溶かす。
で、その石鹸水に洗濯物をぶち込む。
「よっしゃ!」
さっそくイーナがたらいに飛び込む。
足で踏んで洗濯する。
キャッキャと、本当に楽しそうだな。
バチャ、バチャと勢いよくやっていると、石鹸の泡が立つ。
ふわっと風が吹いて、その一部を空に舞いあげる。
「おー、すげーなー」
「ああ、綺麗だな」
青い空に泡が飛んで行って、虹色に光って、そして消えていく。
儚いものだな。
「消えちゃった」
「なら、また作ればいいんだ」
手をたらいに入れて、泡立てる。
で、その泡をすくって、空に放り投げる。
ほとんどは地面に落ちちまった。
だが、少しだけ、風に乗って飛んで行った。
「おー」
「すげえだろう? イーナもやってみろよ」
「りょーかい!」
バチャ、バチャと不器用に、泡を空に放り投げる。
全然、泡は飛んで行かねえな。
だけど楽しそうだ。
『フェルド。遊んでいていいんですか?』
「ん、ジリ。いいんじゃねえか。天気もいいし」
『エルマがサンドイッチを作っているんじゃないですか。待たせることになるかもしれませんよ』
あ、そうだった……
ピクニックに遅れちゃまずい。
「おっしゃ、イーナ! スピードアップだ。さっくりと終わらせるぞ」
イーナは何を言っているのって感じで俺を見る。
「ピクニックが待っているぞ。美味しいものを食べたくねえのか! 遅れていいのか!」
イーナは「はっ」とした表情。
そして、すぐに敬礼。
「りょーかいです!」
で、真面目に洗濯して、干したんだ。
なんとか間に合わせたさ。
間に合えばいいんだ。
途中はどうでもいいだろう?
『私が指摘しなければ、間に合っていなかったでしょう』
それもコミコミだ。
結果良かったってこった!
街は魔物の侵入に備えて城壁に囲まれている。
で、城壁内は建物が密集している。
ピクニックをするような丘はない。
ということで城壁外に出る。
森ではなく、平野側では魔物との遭遇はそれほどない。
平野側は比較的平和だ。
ま、そんな感じでなきゃ、畑もできねえし、物流も止まらあな。
人間が生きていけねえや。
城壁の外には畑が広がっている。
春は麦を蒔く季節だ。
農家さんたちが仕事に精を出している。
その近くに丘がある。
そこに布を広げて、座る。
「いい天気でよかったですね」
エルマさんが空を見上げる。
青く澄んだ空だ。
春の気持ちいい空。
そうだな……
冒険者になって、空を見上げることも少なくなっていた。
だが、イーナが来て、左手が治って、少し余裕が出てきた。
空を見る余裕か……
そんなもんも忘れていたんだな。
エルマさん特製のサンドイッチが広がっている。
ハムとチーズが入っているもの、トマトとレタスのもの、照り焼きチキン。
美味しそうだ。
「お茶を出します」
マジックバッグから、事前にエルマさんが淹れてくれた紅茶の入ったポットを取り出す。
それをエルマさんに渡すと、彼女は各自のカップに注いでくれた。
紅茶のいい香りがする。
イーナはそわそわして待ちきれねえみたいだ。
さすがにこのへんのお行儀ってのは教えておかねえとまずいか……
気の強い、元気な聖女まではいいけど、野生児の聖女ってのはまずいよなあ。
「イーナ、俺たち以外の前では礼儀正しくするんだぞ」
「りょーかい!」
元気に手を上げる……
ま、礼儀とか言ったって、この年齢じゃわかんねえよな。
ほら、エルマさんとティムに笑われたじゃねえか。
「じゃあ、いただきます。エルマさん」
「いただき、エルマ!」
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
サンドイッチは、おお、美味いな。
エルマさんのだからな。
そりゃあ、美味いさ。
イーナ、両手に持って交互に食うのはさすがに行儀が悪いぞ。
ティムだって……焦って食ってるな。
イーナに食われちまうんじゃねえかって、心配になったか。
なんかいいよな、こういうのも。
エルマさんみたいな可愛くて、しっかり者の嫁さんがいて、ティムとイーナみたいな元気な子供がいて、休日にピクニックする。
そりゃあ理想の家庭かもしれねえな。
その父親の位置に俺を置いて想像するってのも、ずうずうしいか?
いいじゃねえか、想像するだけだ。
それなら自由だろう?
口にしたらエルマさんはどう思うんだろうか?
後輩の奥さんだからなあ……
まあ、想像にとどめておこうや。
しかしゆっくりと時間が流れるねえ。
たまには冒険者だって休日は必要だ。
つうか、冒険者ならなおさらだ。
いつも気を張って、ぎすぎすしてっからな。
心を削って、すり減らす。
それじゃあ、そのうち心がなくなっちまうわ。
たまにはこうして休んで、生きてる感じを味わなきゃいけねえんだ。
そうでなきゃ、いつか人間じゃなくなっちまう気がする。
空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。
上空の風もゆっくりしてらあ。
鳥が飛び、鳴き声が聞こえる。
虫も出てきて、活発になってきているのか?
ああ、そうか。
鳥も繁殖期かな。
春だね。
「フェル……ねむ……」
おう。
イーナは腹いっぱい食って、眠くなったらしい。
「ここで寝な」
胡坐を叩く。
イーナはトコトコ歩いてきて、俺の膝に乗る。
横になって、すぐに寝ちまった。
コイツは食っちゃ寝、食っちゃ寝だ。
幸せそうで良いやな。
「ふふ、仲良しですね」
「まあ、こんなもんですよ、いつも」
「……イーナちゃんのこと、聞いてもいいですか?」
エルマさんもやはり疑問に思っていただろう。
イーナの成長が早すぎる。
そりゃあ疑問に思うさ。
エルマさんとティムなら、イーナが聖女だと教えてもいいかだろう。
「ティム、これから話すことは他言無用だぞ」
「わかった。って……母さんには言わないのかよ」
「エルマさんは大丈夫だよ」
「それは差別じゃん。僕だって大丈夫だ!」
知ってるよ。
ちょっとからかっただけだ。
「さて、どこからかな……。イーナはな……」
話し出す。
俺は頭が悪いからな。
上手く伝えられるかわかりゃしねえ。
ゆっくりと丁寧に。
それが大事かな。
「聖女、ですか」
「ああ、そういうことです」
エルマさんがイーナを見る。
あらかた話し終えた。
「フェルドさんの左手が治ったのは驚きました。女神様だったんだね」
ティムは俺の左手を見ている。
そりゃ、いきなり俺の左手が生えてりゃ、驚くよな。
よく今まで聞いてこなかった。
凄いことだよ。
「まあ、そういうことです。女神様はイーナを育ててもらう代わりに、俺の治療をしてくれたんですよ。俺は女神様の信頼に応えねえといけねえ。いや、まあ、預かっちまったてまえ、イーナはちゃんと育てねえとですね」
「イーナちゃん、成長が早すぎますよね」
「そうですね、エルマさん。きっと、すぐに大人になる。数か月後にはティムよりずっと大きくなって、数年後には大人かもしれないです」
それは、きっと正しいことじゃないよな。
だけど、必要なことなのだろう。
女神様の聖女だからな。
「ティムは仲良くしてやってくれよ。イーナが大きくなっちまってもさ」
「もちろんだよ! イーナは僕の妹だ」
ティムは胸を張る。
いい子だよ、まったく。
まっすぐに育っている。
手の届く範囲にいれば、頭を撫でてやるんだがな。
この子たちが幸せに暮らせる未来ってやつを、どうにかならねえのかな。
聖女がいるってことは、魔王が出現するってことだ。
俺が勇者なら……
無茶だな。
俺にはそんな大それたことはできねえ。
そんな才能はねえ。
だがよ、少しだけ、イーナの役に立ちたいじゃねえか。
胸を張って、イーナの育ての親だって、言いたいじゃねえか。
少しだけ、頑張っていこうと思うんだ。




