第14話 【マリアンネ視点】ああ、私、好きだったんだ
それはこの街で働き出して、二年程度経った日だった。
「なあ、なー、マリアンネ。いいじゃねえか。この後ちょっとだけ付き合えよー。俺っち、依頼達成で金持ってんだぜ。いいもん食わせてやるよ。なー」
この男、バージル・アスマンといった。
Cランクのソロ冒険者。
この街にやって来て間もない新参者。
身長は高くて、顔はまあまあ。
だけど、自信満々な嫌らしい笑みが顔に張り付いている。
女性にはモテないわね。
もちろん、私の好みではない。
ここ数日、私にちょっかいをかけてきている。
正直面倒くさい。
心底どうでもいいヤツ。
いつもはだいたいマスターが追い払うんだけど、今日は残念ながら不在だ。
「遠慮するわ。まだ仕事が残っているの」
この忙しいときに、何を言っているのだろうか、この男は。
「なんだよ。そんな仕事、後でやればいいじゃんか。行こうぜ。仕事よか、楽しいぜ! なー」
この男、馬鹿なの!
今日の仕事を明日に残せば、明日が大変になるだけじゃないの。
明日だって、やらなきゃいけない仕事を抱えてるのよ。
こっちはアンタみたいに暇じゃないのよ!
このバージルって男、ギルドの資料では、他の街で問題を起こしていづらくなり、この街に流れてきたとのこと。
女性問題らしいわね。
実力者の女に手を出したらしい。
この街に来ても、懲りないのね。
反省もしてないのかしら?
きっと、前の街でのことも、自分のせいじゃないと思っているのでしょうね。
そうだとしたら、進歩しないわね。
きっと、ずっと馬鹿のまま。
街を流れ流れて、どこかで野垂れ死ぬのでしょう。
ま、どうでもいいわ。
興味もない。
「あのね、行かないって言ってるの! アナタ、耳ある? 聞こえてる?」
私の言葉に、ヤツは顔を強張らせる。
さすがに数日こんな感じで来られたら、こんな対応になるでしょう。
私が温厚でよかったわよね。
カミラさんなら、顔面パンチがとっくに出ていると思うわ。
女性に虚仮にされたことがないのかしらね。
その性格なら、以前にもあったと思うけど。
きっと馬鹿だから、気付かなかったのかしらね。
「なんだよ! この俺が付き合えって言ってんだぞ! 喜んで付いてくればいいんだ!」
奴が手を伸ばす!
あれは腐ってもCランク冒険者。
腐りきっているけど。
私はDランクに入りたてくらいの実力。
力では敵わない……
ヤツの細い指が私に伸びる……
鳥肌が立つ。
やめて!
「あーん? 何やってんだ。マリアンネさん、オーク討伐してきたんだけど、確認してくれる?」
ヤツの手が止まる。
よかった……
フェルドさんが依頼から帰ってきた。
「フェルドさん、あの……」
「なんだよ、おっさん」
私の言葉を遮り、ヤツがフェルドさんを睨みつける。
「俺が彼女と話してんだよ。少し待ってろよ」
「ん? 見ねえ顔だな。なあ、兄ちゃん、聞いてくれよ。それどころじゃねえんだよ。オークの返り血でドロドロなんだ」
確かに、フェルドさんは体中血でべっとりだった。
「なあ、兄ちゃん、酷いもんだろう」
血で汚れた手で、ヤツの肩を叩く。
「汚ねえな! やめろよ!」
「そう言うなよ、兄ちゃん。仲良くやろうぜ。同じ冒険者だろう」
フェルドさんがヤツに抱き付こうとする。
ヤツはそれを避けた。
だけど、フェルドさんの手が、ヤツの顔を掠った。
ヤツの顔が少しだけ血に染まる。
「汚い、汚い、汚いぃ! 誰か、水! 水魔法!」
ヤツが取り乱している。
「あ、俺、出せるよ」
フェルドさんが《ウォーター》の魔法で水を出す。
オークの血で汚れた手。
その血が移った赤く染まった水。
「使うかい?」
「い、いらねえよ! 汚えおっさんだな! もう、いいよ!」
ヤツは怒って出て行った。
フェルドさんはそれを見送ると、ため息をついた。
「マリアンネさん、大丈夫だったかい?」
やっぱりオークの血で汚れている……
けど笑顔、ほっとする笑顔だ。
「ありがとうございます! 助けていただいて」
「いやあ、マリアンネさんは美人だから気をつけなよ。冒険者なんて腹を空かせた狼さ。ちょっと勘違いしているのもいるしよ」
あれ、美人だなんて、フェルドさんもそんなお世辞を言えるのね。
ちょっと意外。
でも、少しだけ嬉しいかも。
「はい……それはそうと、顔を洗って、着替えてくださいね。フェルドさん」
「あ、ははは。そりゃそうだ。自分でも気持ち悪いからなあ」
笑い合ったんだ。
恐怖で冷たくなっていた心が温かくなった気がする。
フェルドさんの笑顔で心がほぐれていったのよ。
フェルドさんが来てくれてよかった。
なんで、男性でこんなにも違うのだろう?
生理的に受け付けない人、心が柔らかくなる人、その違いは何だろうか?
そのときはそんなことを考えていたのよね。
「うん、ちゃんと着替えてきましたね」
フェルドさんはギルドの空き部屋で着替えてきて、さっぱりしていた。
「いやあ、すまねえ。ちょっとオークとやりあってなあ。ちと、苦戦しちまった」
「気を付けてくださいね。フェルドさんはソロなんですからね」
「面目ねえ」
フェルドさんはオーク討伐の依頼で出ていた。
いつもはゴブリン討伐とか薬草採取とか受けるんだけれど、たまに無茶するのよね。
それもやっぱり彼が言っていた大人になり切れないってのかしら?
「で、あいつ、なんなんだ?」
「ええ、最近この街に来たCランク冒険者なんですが、ちょっと女癖が悪いらしいんです」
「ふーん……あんまよくねえなあ……。一緒に帰っか?」
「え……」
フェルドさんと一緒に帰宅?
どういうこと……
「いやな、危ねえかと思ってな。アイツ、プライド高そうじゃねえか。だから、ちとな。バルドゥルがいりゃあ、送ってもらいなよ。今日はいないんだろう。なら、俺が付いていったほうがいいかなってな」
そっか、心配してくれるのか。
優しいんだよね、フェルドさん。
ふふ。
「じゃあ、お言葉に甘えますね。ちょっと待っていて下さい。もう少しで終わりますから」
「おうよ。急がないでいいぞ。……手伝おうか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。本当にもう少しなので」
「おう」
急いで仕事を終わらせなきゃね!
外は夕暮れ。
ちょっとだけ寂しさを感じる時間。
もう少し遅くなったら暗くなっていた。
そうしたら、確かに怖かったわね。
あんな男、いなくなればいい。
社会のゴミでしかない。
悪影響しかないような男だわ。
「じゃあ、行こうか」
「フェルドさん、私の宿、知らないですよね」
「……おう。マリアンネさんが先頭な」
「ふふ、案内いたしましょう」
フェルドさんと話ながら、赤い街を歩く。
フェルドさんがオークと戦った話。
今日のギルドのお仕事。
若い冒険者が成長してきていること。
育った冒険者が、もっと大きな街に旅立ったこと……
そんな話を脈絡なく。
大事な話じゃなくて、小さい話。
日々のちょっとした出来事。
オチとかなんにもない。
だけど、きっとそれが楽しいのよね。
それなのに……いるのよね、ヤツが……
「なんだよ……。そういうことかよ……。そんなおっさんと付き合ってたのかよ!」
バージルが路地から出てきた。
私の帰り道を待ち伏せしていたのだろう。
「そんなおっさん」って何よ?
フェルドさんとあんたじゃ、比べ物にならないわ。
並べないでもらいたいわね!
「そうよ。何よ、悪い?」
この際だからフェルドさんと付き合ってることにしてしまおう。
そうすればこの男も諦めるだろう。
「ちょ、マリアンネさん……」
「フェルドさんは黙ってて。バレちゃったんだからしょうがないでしょ」
「……承知した」
フェルドさんも作戦がわかったらしい。
なら、少しカップルらしい仕草をしてくれてもいいんだけどな。
「で、どうするのよ。私とフェルドさんが付き合ってたとして?」
ヤツは私を睨みつけている。
だけど、隣にフェルドさんがいるから怖くないわ。
「……このアマ! この俺を舐めやがって! 俺とおっさんを比べて、おっさんを取るだあ? 目が腐ってんだろうが! どんなセンスだよ! あー、いいや! もう、いい! いらねえ! お前なんかいらねえ! こんなブスはいらねえんだよ! ブスだ、ブスだよ!」
「きゃ!」
アイツ、剣を抜いて斬りかかってきた。
馬鹿じゃないの!
女性に振られたくらいで、殺そうとするの⁉
「マリアンネ!」
フェルドさんが私を引き寄せ、抱きしめる。
私を庇う。
彼の逞しい腕……
厚い胸板……
ヤツの剣はフェルドさんの背中を斬った。
ああ……
背中から血が出てる。
早く手当てしなきゃいけない。
「てめえ! 痛えじゃねえか!」
フェルドさんがヤツを殴りつける。
彼は左腕がなくて、右腕一本だけだ。
だから、右腕が鍛えられていて、結構力がある。
ステータス上だと、左手がない分、下がっちゃって、わからないんだけどね。
でも、激しく動くと傷に悪いんじゃ……
ヤツは地面に倒れた。
「あ、あ、あ……俺を殴るんかよ! あー、鼻血! 鼻血! 鼻血! 何してくれんだよ、おっさん!」
「何してんだよはこっちの台詞だ、坊主! 冒険者のくせして、なに女性を襲ってんだよ! てめえ、それでも男か!」
「ああん? 男だよ。女なんざ、男の慰み者だろうが! おっさん、童貞かよ!」
童貞かどうかは関係ないと思う。
相手を尊重できるかどうかじゃない?
……さすがに、フェルドさんは童貞じゃないよね。
それは今はどうでもいいこと。
私も混乱している。
「ああ。フェルドさん、どうしたんだい?」
あ、ドミニクさんだ。
Cランク上位の冒険者。
フェルドさんのおじさん仲間。
「ああ、その若いのがマリアンネさんを襲ったんだよ」
「んん? ギルド職員をかい。そりゃあいけねえよ。冒険者はギルドがなきゃあ、何もできねえんだぜ、若えの」
「ちと静かにさせて、あとでバルドゥルに引き渡そうや」
「ああ、そうすっかあ。あの筋肉達磨ならあ、いい感じにしてくれるだろうやね」
「だな」
フェルドさんとドミニクさんがヤツに襲い掛かる。
「ちょっと待て! 二人がかりなんて卑怯だ!」
「知らねえな。女性を襲うより、卑怯じゃねえよ」
「だよなあ。フェルドさんが正しいさね」
二人はヤツをボコボコにして、縛り上げた。
ちょっとやりすぎな気もするけれど、死ななかっただけましよね。
ほんと死んでしまえばいいのに。
「んじゃ、ギルドに行こうやね」
ドミニクさんがヤツを担ぎ上げる。
「さっき出てきたとこなんだがなあ。なんか損した気分だ」
フェルドさんは苦笑する。
だけど、背中を押さえている。
血が出ている。
痛いのだろう。
「手当てしなきゃでしょ! そんなこと言ってないで戻るわよ!」
「マリアンネさん、怖いって。わかった、わかったって。だから、怒らないでくれよ」
怒っているわけじゃないのよ。
心配しているの!
「フェルドさんもマリアンネさんには敵わねえなあ。そりゃギルド職員に逆らえんよなあ」
ドミニクさんが笑う。
笑っている状況じゃないと思う。
でも、この程度の怪我、冒険者には日常茶飯事なのだろう。
彼らの日常はこんな感じかもしれない。
私が覚悟ができていないだけかも……
ギルドに戻って、フェルドさんの手当てをする。
フェルドさんが《ウォーター》で水を出して傷を洗い、私がポーションをかける。
その後、ポーションをしみ込ませた布を当てて、その上から包帯で巻く。
「すまねえな。ポーションまで使ってもらって」
「当たり前じゃないですか。私が助けてもらったんです。ギルドの職員ですよ。それで怪我ですから、ポーションくらい使います」
本当はギルドの備品を使う場合、マスターの許可が必要なのよね。
でも、そんなことはいいわ。
事後承諾。
マスターも気にしないでしょう。
このへんは、小さい組織だからできることよね。
王都のギルドだったら罰則ものかもしれないわ。
包帯を巻いて、終わる。
彼の背中を見る。
大きな背中……
引き締まった、筋肉質の、鍛えられた背中。
ちょっと格好いいかな……
「ん、どうした? 終わったかい?」
「あ、終わりました。これで大丈夫だと思いますが、無理しちゃダメですよ」
背中に見とれてたこと、フェルドさん、気付いてないわよね。
「じゃあ、本当に帰っか」
「え……あの男は捕まりましたけど……」
「まだ、ちと不安じゃねえか。いいよ、送るよ」
「ありがとう……」
フェルドさんは、優しい。
その日は、彼に送ってもらって宿に帰った。
バージルはマスターにぶん殴られて、衛兵に引き渡された。
牢屋に入れといて、そのうち王都へと運ぶらしい。
本部のほうにも情報がいっているから、冒険者資格剥奪かしらね。
と、そんな感じのことがあったのよね。
それからフェルドさんに会うと優しい気持ちになれた。
どうしてかなって思っていたのよね。
まだ、そのときは気付いていなかったのよ。
だって、年齢差があるじゃない。
まさか、私が十八歳も年上の男性を好きになるなんてね。
本当にどうしてかしら?
いつだったかな、自分の気持ちに気付いたのは。
戸惑うってことはなくて、納得したのよね。
ああ、私、好きだったんだって。
しょうがないじゃないかな。
優しくて、頼りがいがあって。
で、実際に助けてもらったんだからね。
それで恋に落ちた。
私に落ち度はないわよ。
むしろフェルドさんが悪いのよ。
ふふふ。
そういうことね。
さて、マスターとフェルドさんの訓練は終わったようだ。
「いい汗かいたぜ! 今夜は麦酒が美味いぞ! がははは!」
マスターのいい運動になったようだ。
最近動いているせいか、とても元気だ。
機嫌もいいから助かっていたりする。
「ありがとうな、イーナ」
「うい!」
イーナちゃんが、フェルドさんを回復している。
「これ、タオルです」
フェルドさんにタオルを渡す。
細かい点数稼ぎは必要よね!
「ああ、ありがとうな。マリアンネさん」
「おい、マリアンネ。俺のは!」
「マスターはそれほど汗をかいていらっしゃらないから、必要ないでしょう」
「おまえ、俺には厳しくないか?」
数年前からマスターに仕事をさせることもできるようになってきた。
なので、私自身の仕事は少し余裕があったりする。
ということで……
「イーナちゃん、甘いものでも食べに行かない?」
「うい? いくー!」
イーナちゃんがこちらに走ってくる。
抱き上げて、頬ずりする。
……若いっていいわね。
この肌、みずみずしい。
「あー、すまねえな。俺が代金を払うからな」
「いいんですよ。私が誘ったんですから」
当然、フェルドさんが付いてくる。
それが狙いだ。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。
「お、いいな。俺も行くぞ!」
「マスターは仕事が残っていますよね。今日中に終わりにしないといけないものですよ」
もちろんマスターは邪魔。
いらない。
「……なあ、フェルドよお。どう思うよ。こんな厳しい女性は嫁の貰い手がないよなあ……」
「マスター、セクハラですよ!」
フェルドさんは私たちのやり取りを聞いて、苦笑している。
「いいんじゃねえか。女性ってのは元気なほうがいいだろう」
ですよね、フェルドさん!
頑張って、フェルドさんにアタックしますよ!
でもね、フェルドさんを狙っている人って他にもいると思うのよ。
例えば、宿のエルマさんとかね。
彼女、可愛くて、元気で、素敵な人。
それで毎日顔を合わせて、食事も作っていて……
あれ、私、だいぶ不利?
でも、フェルドさん鈍感だからなあ。
彼女も苦労しているかもしれない。
……それなら互角?
そういうことよね!
「じゃあ、イーナちゃん、行きましょうね」
「うい!」
イーナちゃんが元気に手を挙げる。
可愛いわね。
「で、どこの店だい?」
フェルドさんも甘いものが好きなのよね。
それは知っているんだから。
じゃあ、何にしようかな?
普通にケーキ?
それともパフェ、あんこ系も捨てがたいわね!
「……俺は?」
マスターは仕事ですよ。
確認が必要な書類が大量に残っていますよね!
人の恋路の邪魔をするなら、馬に蹴られて死にますよ、それは嫌ですよね?
だから静かにしていてください!




