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〝死ぬこと〟

――開演はいつも唐突に。

小さな公園で一人でブランコをこいでいた時だ。

僕は騒いでいる子供らを尻目に揺られながら本を読んでいた。

「お、ギリシャ神話とは渋いね、君。」

いつの間にか少女が隣のブランコに座っていた。

足音もしなかったし、気配も感じなかった。

驚きを隠すように返事をする。

「神様って何かかっこいい気がするんだ。」

「年頃の男の子だなあ。でも、解らなくはないよ。」

少女はうんうんと頷いた。

「でもね、神話ってぶっ飛んでると思わないかい?」

彼女はそう言った。

「いや、僕はよく解らないけど。神話に興味を持ってからまだあまり日もたっていないんだ。」

「そうかい。神話っていうのは何処も性的な表現が多くてね。ゼウスなんて何人強姦したことか。」

「強姦って。女の子が言う言葉じゃないだろう。」

「良いんだよ。性別の違いなんて身体の形状ぐらいで人間の根本なんてかわりゃしないだろ?」

「その発言も女の子らしくない…」

僕は目の前の少女に呆れていた。

「じゃあもし、ボクが男だと言ったらどうする?」

「え?」

思わず少女を凝視する。

少女の出で立ちは薄墨色のパーカーにこげ茶のパンツ。

男が着ても女が着ても問題ない服装だ。

服が緩めの服なので身体の形は解らない。

声もやや高いぐらいの声で、そういう声の男がいてもおかしくない。

「ま、答えあわせをすればボクは女の子だけどね。」

何だか少しだけ安心した気がする。

「でもね、女の子らしいとか男の子らしいとかボクはあんまり好きじゃないんだ。」

「産まれたくて女の子になったわけじゃないし、生物学的にみれば染色体がXかYだけで男女なんか変わっちまう。」

何がおかしいのかはははと笑い始めた。

「君、変わってるね。友達もいないって言ってたっけ。」

「ああ、そうとも。ボクは少し変わり者らしくてね。」

「話を聞いている限りだと少しどころじゃない気がするけど。」

「まあ、良いんだよ。ボクはボクを好いてくれる人とは友達になるし、逆の人とはならない。それだけさ。」

「ふうん。」

「そうだ、一つ言いたいことがあったんだ。」

ブランコから飛び降りると、少年を見据える。

じっと見られると何だか気まずくなる。

「なんだよ。」

少女は手を差し出した。


「ボクと友達になってくれ。」


何故だか知らないけど、僕はこの言葉を待っていた気がしたんだ。

「良いよ。」

この時から感じていた。

自らから溢れだす未知の感情を。

僕は差し出された手を握りしめた。

少女は笑った。

「ありがとう。ひねくれたボクだけどよろしく。」

僕も笑った。

「どういたしまして。ひねくれた僕だけどよろしく。」

此処に歪な二人の関係が成立した。

「そういえば、聞きそびれていた。君の名前は?」

少年は問うた。

少女は少し考える素振りを見せる。

「んー、名前ねえ。田中花子だ。」

「絶対適当だよね…」

「気にしない気にしない。君は?」

「吉田次郎。」

「絶対適当だろ?」

「気にしない気にしない。」

おかしくなって大声で笑う。

「君とは仲良くできそうだよ、吉田君?」

「奇遇だな、僕もだ。田中さん。」

「名乗ってから思ったけど、田中花子って今となっては超レアだよね。」

「確かに。THE一般名詞って方がレアって世の中どうかしてるな。」

そんな俗世を皮肉った話に花を咲かせた。

「もうちょっと個性が溢れた名を付ければいいのにね。DQNネームなんか見ていて気持ちいいじゃないか。」

「それはやり過ぎだよ。人間ってのは多数派マジョリティに属したがるんだよ。逆に少数派マイノリティは排斥される。」

「もっと個性を尊重すればいいのに。先生が叱るときに〝仲良くしなさい。みんなおんなじ人間なんだから〟って言うことがあるけど、あれは間違ってると思うんだよ。」

「じゃあ、君なら何て言う?」

「仲良くしなさい。みんな〝違う人間なんだから。〟っていうかな。」

「なるほど。的を射てる感じがあるなあ。」

馬鹿みたいな話に馬鹿みたいに笑って。

それが僕にはとても楽しかった。

別れ際になると、彼女は決まってこういった。

「またいつか。」

「もう会わないみたいじゃないか。」

「実際そうかもしれないだろう?」

「そんなことないだろ。」

「いや?人ってのは簡単に死ぬんだよ。ボクが帰り道に刺されるかもしれないし、車に轢かれるかもしれない。あるいは自殺するかもしれないし、風呂で溺れ死ぬかもしれない。〝死〟っていうのは案外何処にでもあるものだ。」

「知った風に。」

「ああ、知っているとも。」

風が吹いて、花子の長い黒髪が揺れた。

彼女の黒桐の瞳は遠くを見つめている。


「ボクは人を殺したことがあるからね。」


そう言った彼女はほんの少しだけ楽しそうだった。

――〝死ぬ〟とは

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