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PTSD持ち帰還兵と、亜人三姉妹の共依存生活  作者: 椿


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暗雲

 いつもと同じことを、今日も繰り返す。乾いた涙を拭って、棚から銃を取り出す。身体に染みついた点検を行ってから、発射準備を完了させる。


 後は引き金を引けば、弾が飛び出す。何の魔法防護も施していない今の私の頭くらい、容易に吹き飛ばすだろう。そうしてしまえば、これ以上苦しまずに済む。


 今日こそやろう。こんな世界からお別れしよう。やれ。引け。さぁ、早く――!


 「っぁ……!? はぁっ……はぁっ……!」


 そしていつものように、私はそんな簡単なことも出来ずに銃を降ろす。これ以上生きていたって、何の意味もないと言うのに。


 「…………今は、駄目でしょ。あの子達に余計な迷惑をかけるだけ」


 あの三姉妹が居ようとも、自殺をする勇気などない癖に。今日も私は、そんな言い訳を口にする。


 私にとってあの子達は……何とも都合の良い理由だったのだ。全くもって自らの浅ましさに反吐が出る。


 「おはようございます、テレスさん!」


 「……うん、おはよ。今日も早起きだね」


 「これくらい普通ですよ~。あっ、用意が済んだら二人も起こしてきますね!」


 三姉妹を家で療養させて三日。彼女達は瞬く間に、私の生活の一部となっていった。


 「ん~……おはよ、テレス」


 「こらヴェル! またテレスさんのこと呼び捨てにして!」


 「別に良いよ。コイツとかアイツより全然マシだし」


 「だってさ。本人が良いって言ってるんだからさ、別に良いでしょ」


 働き者で誰よりも早く目覚めては、朝食の準備をするウルズ。ちょうどその準備が終わった頃に起きてくるヴェルと、起こさなければ昼まで寝ているスクルド。


 一人だけ眠ったままのスクルドを、ウルズが抱えて持ってきて食事は始まる。


 「主よ、お恵みに感謝します」


 「感謝します」


 「感謝感謝」


 「ん~かん、しゃ~」


 私が祈りを捧げると、それに倣ってウルズ達が各々の祈りを行った。


 ウルズは私に続くように、ヴェルは少し適当に、スクルドは緩く。別に強制している訳ではないのだが、流れという奴だ。悪いことでもないので、特に咎めることもしていない。


 「ねぇ、テレス。今日も本を借りて良い?」


 「良いよ。危険なのは既に省いてある。何ならあそこにあるの、欲しいものはあげるよ」


 「え、良いの!? でも、アレって高いんじゃ……」


 「出世払いで構わない。いつかヴェルが大成したら、色を付けて返してね」


 彼女達は皆、勉強熱心だった。私が教えるまでもなく、読み書きができるのが良い証拠だった。孤児でそれらをきちんと行える子は少ない。


 それに、この子らは素頭も良い。きちんとした指導を受け、援助さえあればそれなりの学校を目指せる程度には賢さも向上心もある。特にヴェルの才能は素晴らしく、ここで腐らせるには惜しい人材だった。


 「おねーさん。ヴェルに、甘い?」


 「スクルドにもスクロールをあげたでしょ。あっちの方が何倍も高いよ」


 「そ、そうなんですか……!? あの、やっぱりお金を……!」


 「別に良いよ。私にはもう、不必要なものだし」


 私も元は学者のタマゴだった人間だ。資料やサンプル、友人や知人から譲り受けたり買い取った論文などを多く所有している。


 売れば一財産にはなるだろうが、そうまでしてお金が欲しいとは思わなかった。かといって、燃やすにはあまりに惜しい。そんな処分に困っていた書物やレポートを引き取ってくれるのだから、彼女達の行いはむしろ私に得しかなかった。


 「……そう、ですか。じゃあ、その恩返しができるよう、頑張りますね!」


 「うん。頑張ってね」


 ……だというのに、ウルズは私が物に頓着しない様子を見ると、何故か少し悲しそうな顔をするのだ。


 その理由が、私には分からなかった。


           10


 「はい、じゃあ今日は成分の抽出をやってみようか」


 「よろしくお願いします、先生!」


 「……ん。まずは今日作る薬について――」


 テレスさんの家で住み込みの働きを始めてから、三日が経った。その間、私はヴェルとスクルドの治療費を支払うため、テレスさんのお仕事を手伝っていた。


 仕事を手伝う時、私はテレスさんを先生と呼ぶ。彼女の教え方は、そう呼ぶに相応しいくらい分かり易かったからだ。


 ただ、そのせいで気付いてしまったことがある。どうやら私は、先生の仕事の足を引っ張っているらしい。


 というのも、先生は製薬について全くの無知だった私のため、一から説明と実践、不慣れな私のサポートをしてくれる。半人前以下の腕前である私のために、作業能率を落としてまでだ。


 初めは気付かなかったが、二回、三回と作業を経験すれば流石に気付く。その他にも色々と、私は先生のおかしな点に気が付いていた。


 「じゃあ、私は薬を卸してくるから。テレスはさっきの手順、やってみてね」


 「はい! 今度は失敗しないように上手くやります!」


 「次は上手くいくよ。じゃ、頑張ってね」


 先生の生活は、あまりに人間味がなかった。良いように言えば規則的、悪く言えば決めたことをただ繰り返しているだけだ。


 朝は決まった時間に起きてきて、いつもと同じ祈りを捧げて、それから仕事部屋に籠もって製薬をして、できた薬をどこかへ届ける。たった三日だけでも分かる異常性だった。


 先生には根本的なナニカが欠けている。やる気というか、気力というか……先生からは、良い意味でも悪い意味でも欲望が全くもって感じられないのだ。


 それはあまりに異常なことだ。今の先生には、必要であれば命を差し出してしまいそうな危うさがある。むしろ、そうなることを望んでいるようにすら思えてしまうのだ。


 「……心配だな」


 先生には、恩がある。妹達を助けて貰ったし、『亜人』である私達を色眼鏡で見たりしない。全幅の信頼、とまではいかないけれど、彼女が悪い人でないことは嫌でも分かった。


 そんな先生とは、この一週間の間だけの関係。それが終われば先生が私達に構う理由も、私達が先生と関わる理由も無くなってしまう。


 それが、とても嫌だった。折角見つけた安息の場所を踏みにじられるのは、酷く不愉快だ。


 「でも、どうすれば良いのでしょう……」


 分からない。私は先生と……どんな関係になりたいのだろうか?


 先生を待ちながら、私はそんな問いを自分へ向け続けるのだった。


           11


 「はい、今週分。遅れてごめん」


 「別に構わんよ。在庫を切らさないための補充だ。むしろもっと頻度を落としてくれた方が、俺もアンタも懐に入る金が増えるんだがなぁ」


 「なら、買い取らなければ?」


 「したらアンタ、別のところに持ってくだろ? 折角安く買い叩けるんだ。先行投資と思って我慢するさ」


 にまりと笑いながら、私に金を渡す男は、名をグリードという。


 名は体を表すというか、金や女などに眼がない男である。だが、それと同時にある程度の公平性と商人としての才覚もある男だった。


 「……他のところじゃ、買い取って貰えないよ。私の手は穢れてるから」


 「はぁ? バッカじゃねぇの? んなもんあるわけねぇだろ」


 「ディースの人は信心深い人が多いから。人殺しの作る薬など、使いたくないんだって」


 「あっそ。ガチで死にそうになったことのない、平和ボケした馬鹿の考えそうなことだ」


 ディースで最も信者の多い宗教の教えによれば、人の死を金に変えることは邪であると、そういう風に教えている。


 そのため、墓守や傭兵……戦争から帰ってきた兵士などは、その手が穢れていると、そう言われることも少なくない。そんなものが作った薬であるなら尚更、抵抗を示す人が多いのだ。


 「ま、俺には関係ねぇな。どうせ誰が作ったかなんて分かりゃしねぇんだ。それに、アンタの作る薬は気持ち悪いくらい品質が安定してるからな。検査が楽なんだよ」


 「……そっか。なら、今後ともよろしくね」


 「おう……って、そうだ。アンタに伝えておくことがあるんだったわ」


 グリードはそれまでのヘラヘラとした顔を改め、まるで脅すように私の眼を見た。人相が悪いのも相まって、中々の迫力に仕上がっていた。


 「お前、『亜人』の孤児を家に連れ込んでんな? 噂になってるぜ」


 「それが何? 法令違反じゃな――」


 「そういうこと言ってんじゃねぇ。誤魔化すなよ」


 彼の言いたいことは分かっていた。『亜人』を庇護するということは、今のディースにとってあまりにハイリスクな行為である。それは分かっている。


 「そもそもが兵役帰りのアンタだ。そんなところに『亜人』の孤児なんて、誘拐だとか人権侵害だとか難癖付けられる可能性もある」


 「……私刑ってやつ?」


 「良く分かってんじゃねぇの。アンタへの嫌がらせもしつつ、『亜人』狩りもできるってわけよ」


 ディースとは違い、ノルンという国では『亜人』を強く差別する文化が根深く残っている。そのためにノルンは『亜人』の持つ魔法の力を扱うことができなかった。


 一方でディースは古くから『亜人』との交流を深め、魔法の力の研究を行ってきた。その差は数百年以上とも言われており、故にディースとノルンは手を取ることができなかった。


 しかし、ディースにおいても近頃は『亜人』差別が広がっているのだ。人を惨たらしく殺す魔法などを教えた『亜人』など、この国には不要だという意見が。


 「ここはユグドラシルじゃねぇ。アンタの居た場所とは勝手が違うんだ。分かるだろ?」


 「だから、彼女達を見捨てろって?」


 「そう言ってんのが分かんねぇか? そもそも、孤児なんてこの街じゃ珍しくねぇ。なんでよりにもよって『亜人』なんだよ?」


 「…………強いて言えば、自己満足かな」


 こんな私でも少女の差し出す手くらいは、取ってあげたかった。誰も味方が居ないなら、私が味方になってあげたかった。


 私程度が少し頑張るだけで少女の命が救われるのなら……それはとても尊いことだと、そう思ったのだ。


 「は~ぁ。相変わらず訳の分からん女だ。面は悪くねぇのに微塵も興味が湧かない女なんざ、アンタが初めてだぞ?」


 「良い直感だね。それじゃあ、私もう行くね」


 「好きにしろ。ロリコンの変態として捕まっても知らんからな!」


 グリード。中々に情報を得るのが早く、それでいて勘の良い男だ。


 けれど、私はこの男をそれなりに信用していた。もちろん、人間性は真っ黒であるのは当然だが、それでもグリードは約束を守る男だった。


 そこに金や今後の利益が加われば、彼は最後まで裏切ることなく仕事を全うするだろう。

私の今後を思えば、彼のその点はあまりに信頼できる長所だった。


 「何にも起こらないのが、一番なんだけどね」


 私は帰路についた。今の彼女達には、私が必要だ。なら、私はそれに殉ずる。


 その先に待つのが、破滅だとしても。

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