一日目 終了
「とりあえず毛布をいくつか持ってきた。寝具代わりに使って」
「テレスさん、本当に良いのですか? 食事に湯浴み、それに宿泊まで面倒を見てもらう訳には……」
「良いの。沢山食べて、清潔にして、きちんとした環境で寝る。それが完治の近道なんだから」
「……ありがとう、ございます。テレスさんは優しい人ですね」
優しい、か……あまりに私からかけ離れた評価だ。どれだけ取り繕おうと、この手が汚れていることに変わりはない。
そんな私が救えるものなんて、一つもない。たとえ自分自身であっても。
「そう思うなら、明日からもっと頑張ってもらうからね。期待してるよ、ウルズ」
「はい、任せてください! 力仕事はあまり得意ではありませんが、家事はそれなりにできると自負していますので!」
ヴェルとスクルドの治療費に関しては、ウルズに家事などの雑事と仕事の手伝いを一週間してもらうことで話が付いた。
賃金は治療費と相殺。代わりに、三人の住居と食事を提供することとなった。
本当は多少お金を渡すつもりだったのだが、ウルズからその申し出を断られてしまった。彼女曰く、それは貰いすぎらしい。
「おやすみ、ウルズ。朝食、よろしくね」
「おやすみなさい、テレスさん」
……久しぶりに、そんな言葉を交わし合った。なんてことないやりとりだけど、少しだけ悪くないなと、らしくもないことを思った。
8
「あったかい……もふもふで、良い匂いもする」
「ふん、あたしは騙されないわよ。きっと良からぬことを考えてるに違いないんだから!」
「だとしても感謝はすべき。そうでしょう? あの人に何か考えがあるとしても、わたし達がその恩恵を受けてるのは事実なんだから」
「ぐぬぬ……! それはそうだけど……! そうなんだけどぉ!!!」
ウルズねぇとヴェルねぇ。二人は難しい顔をしながら、おねえさんのことについて話合っていた。正直、私には良く分からない。どうしてあの人を疑うのか、その理由が分からなかった。
おねえさんに打算は無い。あるのはただ、行き過ぎた贖罪だけ。どうしてそんな感情を持っているのかまでは分からないけれど、その仄暗さは異常だった。
私達だって、決して恵まれた環境ではない。腐った眼や生きながら死んでいるような人達を沢山見てきた。でも、お姉さんのアレはそんな生易しい類いのモノではない。
きっと、あの人は優しい人なのだろう。だから、普通は目を逸らすようなことも直視して、抱えて、潰れてしまった。おねえさんがもっと利己的な人間だったなら、きっとそうはならなかったはずなのに。
可哀想な人。悲しい人。憐れな人。そして……とっても高貴で美しい人。
もっとおねえさんの在り方を見たい。もっとおねえさんの闇を見たい。その瞳の奥に潜む本音を、もっともっともっともっと……見てみたい。
「……私、ウルズねぇのお手伝いしたい」
「駄目。ヴェルもスクルドも病気を治すのが最優先。こればっかりは譲らないからね?」
「むぅ……けちんぼ」
どうすれば……あの人のことをもっと知れるだろうか。私はまだ少し痛い頭を悩ませながら、暖かな眠りに落ちていった。
9
「おぇ……! ぐ、ぁ……!?」
視界がぐらぐらする。耳には甲高い音が断続的に鳴り響いていて、頭が割れそうだった。
潮の匂いに混じって、硝煙と血、そして人肉が焼ける臭いがした。吐き気がして、私は実際に胃の中をぶちまけていた。
「――――! ―――! ――して、テレス!」
「り、ら……?」
「えぇそうよ! 大丈夫!? まだ戦えるかしら!?」
「へいき、です……ここを抜かれたら……もっと被害が出る。私が、やらなきゃ……」
「…………えぇ。詠唱、再開するわよ」
浅黄色の髪をした吊り目の隊員……リラは、私と同じ魔法兵だった。一つ年上で、同じユグドラシル学派の先輩。1年早く現場を経験していた彼女は、私にとって欠かせない精神的な支柱だった。
「位置を修正、飛距離調整……右に三センチ、距離500。……撃ちなさい!」
「『紅炎』……!!!」
術式を編み、魔力を注いで、リラの調節した場所へ私の使える最大規模の魔法を放つ。その炎は鉄を溶かし、肉を燃やし尽くし、広範囲を破壊する衝撃波をもたらした。
砂塵が舞い、私の引き起こした惨状が網膜に焼き付いた。
あまりに酷い地獄が、そこにはあった。頭が吹き飛んだ者や、元の原型が分からないほどの肉塊になった者。それ以外にも、運悪く生き残ってしまった者の苦悶と怨嗟の声が耳に飛び込んできた。
私が、殺した。私の手で、殺した。相手の銃や兵器の届かぬ場所から、あちらの扱えぬ圧倒的な暴力で蹂躙した。
その事実が、私を苦しめた。魔力が少なくなって怠い身体に、それはあまりに耐え難かった。
けれど、倒れるのは駄目だ。まだ、敵の進軍は終わっていない。指示があるまでは、ここを離れることは許されていない。
「……アンタには何を言っても無駄だろうけど、先輩から助言よ。あまり深く考えないことね。貴女は仕事を全うしただけなんだから」
「おぇ……リラさんは、凄いですね……私にはとても、そうは思えません」
魔法で人を殺す。分かっていたはずなのに、実際に手を下すとその精神的負荷は大きすぎた。そのせいか、今の広範囲破壊魔法も魔力のロスが普段よりも多かった。
そんな制御のガタついた魔法が敵軍を殲滅したのは、ひとえにリラの補助があったからだ。魔力量や習得している魔法の種類こそ多くはないものの、彼女の実力は非常に高かった。
「ねぇ、テレス。私はね、平民からの特待枠で学院に入ったのよ。魔力の制御が非常に優秀だって認められてね。ウチは貧乏だったから、色んな便宜も図って貰ったわ」
次の支援要請を待っていると、不意にリラはそんなことを話始めた。私はどうして今なのか疑問に思いながらも、あの地獄をこれ以上見たくなくて彼女の言葉に耳を傾けていた。
「嬉しかった。他の誰にも負けないって信じてた技術を認めてもらって、魔法の叡智が集うユグドラシルの一員になれることを光栄に思っていたわ」
「特待生だなんて凄いですね……スフィアみたい」
「そんな凄い特待制度のせいで、私は今此処に居る」
「え……?」
学友のことを思い出しながらそう呟くと、彼女は暗い顔をしてそう言った。
「私の専攻が治療魔法や製薬ってのもあるだろうけど、一番の理由はやっぱりソレなんだよ。学院からお金を出して貰って学んでるのだから、断れるはずないしね」
「で、でも……魔法兵の選出は、公平に行われているって……」
「嘘よ。少なくとも私の時は、明らかな作為があった。選出されたのは、どれも平民出身や子爵以下の子だったわ」
私はリラの主張を考えすぎと断じれなかった。
そもそも、私が魔法兵としてこの戦争にやってきたのは、親友の代わりを務めたからだ。その子はリラと同じように特待生の平民出身で、立場が強いとは言えなかった。
「って、本題はそうじゃないの! ともかく! 私が言いたいのは。そんなくだらないことじゃなくて……! 私は別に凄くないし、アンタは私なんかよりもっと凄いってことよ!」
「そんな、こと……」
「さっきの破壊魔法、尋常じゃ無い量の術式が書き込まれてた。アレ、我流でしょう?」
「そうですね。教授には汚いし再現性がないと、よく怒られましたが」
魔法は術式を組み上げ、それに魔力を流すことで発現する。基本的に魔法は誰が使っても一定の成果が発動するように組むのが常識だ。
私の魔法は、ソレがとても複雑で乱雑だ。リラや構築の上手い魔法使いの術式が幾何学的な美しい線を描く中、私の術式は散逸していてまとまりが無い。ロスが多く、無駄な行程がいくつか挟まっている。
いつまで経っても治らない私の悪癖だった。
「テレス。アンタには才能がある。こんなところで終わるには勿体ない、凄い才能よ」
だというのに、リラは真っ直ぐから私のことを褒めてくれた。
「だから、踏ん張りなさい。いつかこの地獄で経験したことが、アンタをもっと強くする。絶対に学院に戻って、また研究をするのよ。その時は、私も一緒に協力してあげるから」
未だ脳裏にはべったりと、血肉や怨嗟の声が張り付いて離れてくれない。
それでも……彼女と共になら、そんなトラウマも乗り越えられるような……そんな気がした。
そんな約束はもう叶わない。貴女もまた、私を置いていってしまったから。
今日も私は、夢を見る。もう戻らないあの頃を……思い出したくもないはずの、最悪の記憶を何度も思い出す。
一体いつになれば……私は、あの場所から逃げ出すことができるのだろう?




