亜人
国土の半分が海に面し、はるか太古から技術と知識が往来する国、ディース。私の母国であるこの国には隣国がある。
その名も、ノルン。豊かな大地と潤沢な資源に恵まれた大国である。しかし、かの国はその土壌故に戦が絶えなかった。
先進的な技術や最先端に近い叡智は集まるものの、国土が小さく発展のためには諸外国の力を借りざるを得ないディース。
農地や希少な鉱物資源がありながら、内紛と発展の遅れによりそれらを活かしきれないノルン。
両国が双方の長所に目を付けるのは自明だった。ディースとノルン。二つの国が手を取り合えば、更なる国力の増強と発展が望める。
だが、そう上手く事が進むことはなかった。
文化の違い。利益分配の対立。何よりも、『亜人』という種に対しての見解が大きくことなったことが、手を取り合えるはずだった両国の溝を深めることになった。
そして戦争が起こった。だから、心ない人はこう言うのだ。
『亜人』など受け入れたから、争いが起こったのだ。あの人間擬きは不幸を呼ぶ。所詮、化け物と人は分かり合えぬのだと。
その恩恵に預かっておきながら、なんておこがましいのだろう。
「お前もそうなんでしょ……!?」
「………………」
私は深い猜疑心に満ちたヴェルの視線を真っ向から受け止めた。ディースにおいて『亜人』の立場は段々と悪くなっている。ただでさえ少数派の人種だ。孤児らしき彼女達は、その悪意を何度も受けたのだろう。
「元とはいえ、私はユグドラシル学派の一人だった。亜人らに感謝こそすれ、恨むのは筋違いだと私は思ってるよ」
「感謝……? はっ、戦争を起こしてくれてどうもありがとうって?」
「違う。それに、戦争が起こったのは貴女達のせいじゃない」
「ごほっ……! な、なによ……!?」
「無理をしない。まだ怠いのでしょう? 何もしないから、寝ていなさい」
ヴェルの額に手を当てると、やはりまだ熱は引いていなかった。それは彼女も理解しているのか、睨むばかりで抵抗はしなかった。
「ウルズ。サンドイッチを置いておくわ。食べられそうなら食べて、駄目だったらこっちの病人用をあげなさい」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「……ふん」
「じゃあ、私はこっちの部屋に居るから。何かあったら呼びなさい」
敵意ある視線を向けるヴェルと、オロオロとそんな私達に迷いを見せるウルズ。すやすやと眠るスクルド。何となく、三人の関係性が見えたような気がした。
「亜人だから受け入れた、ね……勘が良いじゃん」
姉妹以外の全てを疑うヴェルの前では口にしなかったが、その言葉は正しかった。亜人にはその特徴として、人ならざるものの特徴を受け継ぐことがある。
たとえば、彼女達の持つ紅い瞳。もしくは、ヴェルの銀色の髪。後は……スクルドの持つ、異様な魔力の雰囲気。どれもが亜人である証明だった。
それが分かっていても彼女達を助けようと思ったのは、単なる偽善か、それとも……
『人間だろうと亜人だろうと、主の子であることに変わりないわ。そこに安いも高いもない。救えるものは救う。それだけよ』
そんな、かつての戦友の言葉が、今も私の中にあるからなのだろうか。
7
「なに、アイツ……」
あたしは痛む頭を抑えながら、その場を立ち去った女のことを訝しんでいた。
短い14年の人生の中であたしが学んだことの一つに、人間の感情は瞳に現れる、という持論があった。
表情を取り繕おうと、瞳の中に滲む本音を隠しきれる人はそう多くない。特に、人を騙そうとする人間には、独特の嫌な気配が必ず漏れ出るはずだ。
だが……あの女には瞳の奥に何も感じなかった。あたし達への憐れみも、利用してやろうという魂胆も、何らかの意図も、一切感じなかった。
そこにあったのは真っ暗な暗闇だけだった。深い悲しみや、自己に対する蔑みばかりで埋め尽くされていたのだ。
分からない。アイツの何もかもが、分からなかった。
「ヴェルねぇ、疑いすぎ。あの人は、悪い人じゃ、ないよ」
「スクルド……! 目を覚ましたのですね! 気分はどうですか?」
「腹減った。ソレ、ちょうだい」
「どういう意味よ、スクルド。噂を鵜呑みにする訳じゃ無いけど、用心するに越したことはないでしょ?」
アレが男性であったなら、年若い女を好む変態であると納得もできた。だが、あの女にはそのような気配はやはり感じない。なら、何か別の目論見があるのだと考えるのが普通だろう。
スクルドはあの女が持ってきたすり潰された果物を食べると、ポツリと意味深なことを口にした。
「あの人は、可哀想な人。自分が許せなくて仕方がない、憐れな人。誰もあの人のことを、分かってあげられない」
「それは……どういう意味よ」
「とにかく、ヴェルねぇの考えてるようなことは、あの人はしないって、ことだよ」
スクルドは末っ子で、正直あたし達姉妹でも何を考えているのか良く分からない子だ。だが、あたしが経験と培ってきた理論で答えを出すのに対し、スクルドは直感的に物事を決めるタイプだった。
そして、ここぞという時の彼女の直感が外れたことはない。
「……あっそ。まぁ、アンタがそういうなら、信じたげる」
あくまで信じるのは可愛い妹のことだ。決して、別に、断じて、あの女を信用した訳ではない。
…………あ、サンドイッチ美味しい。
8
「ヴェル、スクルド! 寝てなきゃ駄目じゃない!」
「ごほっ……べつにへーき。これくらい私にだっ――ごほぅ!?」
「ふん、強がりはよしなさい。こういうのはお姉ちゃんに任せ――あたっ!?」
「病人は、寝なさい。コレはお姉ちゃんがやります」
「「はい……」」
仕事を終え、私は姉妹達の様子を覗いていた。どうやら具合も大分良くなったようだ。この調子なら、あと2,3日もすれば全快になるだろう。
「ん、調子どう?」
「あ、テレスさん! あとちょっとで終わりますよ!」
「そっか。君は中々筋が良いね」
「そ、そうですか……? えへへ、なら良かったです」
ウルズは私の言葉を聞くとその顔を綻ばせた。可愛い。
思わず、私は彼女の頭に手を伸ばしていた。少しパサついているが、撫で甲斐のある綺麗な金髪だった。
「もう……くすぐったいですよ」
「……つんつん」
「ん? ええっと……スクルド? どうかした?」
「おねーさん。私も、私も」
スクルドは私に頭をぐりぐりと押し付けながら、気怠げな目で私を見つめてきた。ウルズやヴェルとは違い、何を考えているのか良く分からない子だ。ま、可愛いから良いか。
そうやって二人のことを撫で回していると、敵意のある視線を感じた。
「…………ふんっ」
「ふーむ……えい」
「なっ!? な、なにすんのよぉ!?」
「仲間外れは可哀想かなって。ていうか、軽すぎ。もっとちゃんと食べな」
少し離れたところでは、未だ不信感マシマシのヴェルがこちらの様子を窺っていた……ので、思いっきり肩車をすることにした。
すると、彼女は困惑と羞恥の入り交じった顔で暴れ始めた。何だか、イケないことをしている気分になる。
「あ、良いな。おねーさん、私にもそれやって」
「肩はヴェルが居るから、スクルドは腕ね」
「ん……良い景色。これが高身長の風景、なんだね」
「ちょ、まっ……!? ゆ、ゆら、揺らさないで……!?」
「ウルズも……よいしょっと」
「ありがとう、ございます? わっ、結構高い……」
子供とはいえ三人分。それを肩と両腕で支えるのは中々にハードだ。私は額に汗を滲ませながら、腕をプルプルと震わせた。
「大丈夫ですか……? わ、私重かったです?」
「へい、き……これくらい、全然へっちゃら」
「ふん……ばっかじゃないの? 無理しちゃってさ」
「ふふ、これで私も、高身長の仲間入り……!」
三者三様の反応を示すが、けれど誰も私の腕と肩から降りることは無かった。
……結局、それから数分間、私と三姉妹は謎のスキンシップを図ることになるのだった。




