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Ⅳ. 治安維持アルゴリズム


しかし、現代国家の「治安維持アルゴリズム(ジャベール・システム)」を、ウーティスは過小評価していた。


翌朝、夜が明けきらぬうちに、地方都市の主要道路に設置された自動追跡カメラ(NVR)が、不自然なほど高速で、かつスマートフォンの電波(GPS)を発信していない大男を検知した。その男の歩行グラフィック――強靭すぎる体躯、独特の歩幅――は、警察庁の監視AIが指定する「重要監視対象者の不審行動プロファイリング」に完璧に合致した。


「ターゲット確認。現行犯でホールドアップさせろ」

電子サイレンを鳴らすこともなく、静かに接近してきた二台の電気自動車(EV)の警察車両が、ウーティスの進路を塞いだ。中から降りてきた三人のサイバー犯罪対策課の警察官が、電磁警棒を構えてウーティスに突きつけた。

「ウーティス・バルジャンだな。お前のバックパックの中身を見せてもらおう」

ウーティスは逃走を試みようと身構えたが、頭上には警察の監視ドローンがホバリングしており、周囲の電子ロックされたフェンスは彼を閉じ込めていた。ここで抵抗すれば、電磁タスクガンで無力化されるか、その場で「逃亡および再犯の現行犯」として即座にデジタル裁判にかけられる。

背嚢が開けられ、中から目映いばかりの純銀の食器と、暗号鍵のウォレット端末が現れた瞬間、警察官のデバイスにアラートが響いた。

「おい、これはこの地区の重要保護対象であるミリエル氏の個人アセット(資産)のシグネチャだ。貴様、これをどこで手に入れた?」

ウーティスは、かつて怪物ポリュペモスに「我が名はウーティス(誰でもない)」と答えたように、即座に嘘のプロットを組み立てた。

「……ミリエルさんが、俺にくれたんだ。夕べ、あそこに泊めてもらい、これをこれからの活動資金として俺に譲渡してくれた」

「ふん、あの著名な開発者とはいえ、前科者の浮浪者にこれほどの暗号資産とアセットを丸ごとプレゼントするわけがない。トランザクションの不正ログも含めて、サイバー警察の取調室で聞かせてもらおう。連れて行け!」

ウーティスは再び、冷たい電子手錠を嵌められた。

(やはり、俺の旅はここで終わりか)

絶望が彼を支配した。再びあの加古川の、いや、今度はさらに厳しいセキュリティのデジタル監獄へ逆戻りだ。今度こそ、一生社会から抹殺されるだろう。国家という怪物アルゴリズムの呪いからは、誰も逃れることはできないのだ。

警察の車両に乗せられ、ウーティスは再びミリエル老人の家へと連れ戻された。

庭でサーバーのメンテナンスをしていた老プログラマーは、警察官たちと、その中央で項垂れるウーティスの姿を見て、すべてを察した。サイバー対策課の隊長が誇らしげにデバイスを提示した。

「ミリエル先生、この男を街の外縁で拘束しました。先生のハードウェア・ウォレットと銀器を不正に持ち出し、暗号資産を窃盗して逃げるところでした。本人は『先生から譲渡された』などと、見え透いた大嘘を吐いておりましてな。被害届の電子署名をお願いします」

ウーティスは目を閉じ、システムによる最終宣告を待った。

だが、ミリエル老人の口から飛び出した言葉は、その場にいた警察官たちの「常識」と「データ市場の論理」を根底から覆すものだった。

「おや、ウーティスさん!」

老人は、デバイスを置いて嬉しそうに駆け寄ってきた。

「よく戻ってきてくれました。私はあなたに、そのウォレットの資産だけでなく、『なぜこの銀の燭台も一緒に持っていかなかったのですか』と言ったはずですよ。これもあなたに差し上げたものです。この燭台の歴史的価値があれば、アンティーク市場で少なくとも数百万円にはなります。なぜ置いていってしまったのですか」

警察官たちは呆然と立ち尽くした。隊長がデバイスを二度見する。

「……では、ミリエル先生。この男の言った『アセットの譲渡』は、本当だったのですか? 不正アクセスのログが出ているのですが」

「ええ、本当ですとも。それは私が彼のアドレスに手動で認証を与えるための、プライベートなテストプロセスです。警察の皆さん、高度なセキュリティ監視システムのお仕事、ご苦労様でした。ですが、この方は私の大切な開発パートナーであり、友人です。手錠の電子ロックを解除してください」

国家の暴力装置であり、アルゴリズムの奴隷である警察官たちは、被害者本人が「正当な譲渡であり、システム上の合意である」と主張する以上、それ以上男を拘束する法的・データ的な根拠を失った。彼らは狐につままれたような顔で、不承不承手錠のロックを解除し、車両へと戻っていった。

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