XIII. 組織への忠誠
「組織への忠誠」というものは、時として個人の思考を完全に停止させ、冷酷な機械の歯車へと変質させる。
渋谷の「電子の城壁」の内部。若者たちが即席で構築した指令本部の地下室に、一人の男が捕らえられていた。
ジャベール警視正であった。
彼は十年前の失態の後も、警察庁の監視AIの最高責任者として、ウーティスの影を追い続けていた。
今回の都市暴動において、彼は偽の身分証と一般の信用スコアを偽装し、若者たちのネットワークへ「潜入捜査」を行っていたのである。しかし、マリウスの優秀なアナリストたちによって彼の高度な暗号通信の痕跡が見破られ、現行犯で拘束されたのだった。
「こいつは警察の最高幹部だ! 俺たちの個人情報を国家のAIに売り渡そうとしていた!」
「社会的処刑だ! こいつの顔データと本名をダークウェブに晒し、人生を完全に破壊してやる!」
興奮した若者たちが、ジャベールを椅子に縛り付け、スマートフォンを構えてネット上への「生配信による処刑」を開始しようとしていた。現代において、全個人情報と前科(あるいは捏造された悪評)をネットに完全拡散されることは、物理的な死以上の苦痛を伴う「社会的な抹殺」を意味する。
ジャベールは、電磁警棒で殴られ、顔から血を流しながらも、その冷徹な瞳で若者たちを睨み返していた。
「無駄だ、ウイルスの群れめ。お前たちがどれほど喚こうとも、国家の基幹アルゴリズムは崩れない。私を消せば、明朝には機動隊の自動鎮圧ドローンがお前たちを一人残らず社会のゴミ箱へと回収するだろう。法の秩序は絶対だ」
「黙れ!」
一人の若者が、ジャベールの脳内データを強制抽出するための不正デバイスを彼の頭部に突きつけようとしたその時、地下室の鉄扉が静かに開いた。
現れたのは、黒羽市の元経済顧問マドレーヌであり、十年前の伝説のハッカーであるウーティス・バルジャンであった。
若者たちは驚愕した。彼らにとってマドレーヌは、富を民衆のDAOに還元して消えた「伝説の英雄」だったからだ。マリウスが一歩前に出た。
「マドレーヌ先生……なぜここに?」
「彼のアカウントの処理は、私に任せてくれないか」
ウーティスは静かな、しかし圧倒的な威厳を持つ声で言った。
「私はこの男と、十年以上の古い『データ的な因縁』がある。私が責任を持って、この男を我がシステムの底へとパージ(消去)する」
マリウスはウーティスの眼光に宿る真摯な意思を感じ取り、頷いた。「わかりました。先生にすべてを委ねます」




