Ⅻ. 電脳のバリケードと、アルゴリズムの瓦解
「革命」という現象は、社会の富の分配構造が限界まで偏り、既存の組織がその調整機能を完全に喪失したときに発生する、歴史の必然的な「システム再起動」である。
それは、十九世紀のパリで民衆が石畳を剥がしてバリケードを築いた時代から、それから一世紀半が経過したデジタル格差社会に至るまで、本質的には何も変わっていない。
ただ、その戦場が物理的な街路から、SNSのトレンドと暗号化された通信網へと移行しただけである。
テナルディエの闇の要塞からコゼットを救い出してから、十年の歳月が流れていた。
時代は二〇三六年に突入していた。社会のデジタル化と信用格差はさらに加速し、国民の上位一割が富と高度なAIインフラを独占する一方、下位の民衆は「ギグ・エコノミー」の末端で明日の生存すら保証されない過酷なデータ労働に従事させられていた。
ウーティス・バルジャンとコゼットは、名前とデジタルフットプリントを幾度も書き換えながら、大都市・東京の片隅にある古びた印刷工場の地下(現代の隠れ家)に潜伏していた。ウーティスはすでに老境に達していたが、その眼光と、サーバー重機を軽々と持ち上げる怪力は健在であった。
美しく、そして聡明な女性へと成長したコゼットは、ウーティスの目を盗み、ある若者たちのグループと接触していた。
それは、「ABCネットワーク」と呼ばれる、格差社会の打破を目指す若きデジタルアクティビスト(活動家)の組織であった。
そのリーダーを務める青年――マリウスは、中央の巨大な管理アルゴリズムに対抗するため、暗号化された分散型SNSを用いて、民衆の怒りを一つに組織化しようとしていた。
「この社会のアルゴリズムは、貧しい者を永久に貧困のループに閉じ込めるように設計されている。今こそ、中央のサーバーを物理的・電子的に占拠し、富の分配をリセットするべきだ!」
マリウスの掲げる理想は、かつてオデュッセウスの息子テレマコスが、父の不在中に故郷を荒らす不逞な求婚者たちに対抗するために立ち上がった姿そのものであった。コゼットとマリウスは、画面越しの暗号通信を通じて、深く愛し合うようになっていた。
二〇三六年、冬。ついに臨界点を超えた民衆の怒りが、渋谷のスクランブル交差点を中心とした広大なエリアで爆発した。
若者たちは物理的な障壁を築くと同時に、周辺の基地局をハッキングし、国家の監視カメラ網と警察の通信を完全に遮断する「電子の城壁」を展開した。数万人規模のデモ隊が街を埋め尽くし、東京の中枢は機能不全に陥った。
ウーティスは、コゼットのスマートフォンに残された通信ログから、彼女が愛する青年マリウスがその最前線で命の危機に瀕していることを知る。
「あの子の幸せを……ファンチーヌとの約束を守るためには、私がその戦火の渦中へ飛び込むしかない」
ウーティスは、かつて老プログラマーから授かった「銀の燭台」のログを最後に一度だけ確認すると、黒いパーカーのフードを深く被り、暴動の炎が燃え盛る渋谷の街へと向かった。




