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拒否すれば死ぬので異世界に来たら、待っていたのは戦力になる駄目神様3人でした  作者: 聖帝エラー
第一章 駄女神も三人よれば文殊の姦しい馬鹿知恵編

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第6話 似非ヒロイン枠

 暗闇の中を落ち続けていた身体へ、突然、冷たい雨が叩きつけられた。


 視界を覆っていた白い光が消え、代わりに広がったのは、厚い雲に覆われた灰色の空だった。遥か彼方には街らしきものが霞んで見えるが、もはや地平線の一部と変わらないほど遠い。


 眼下に広がっているのは、明かり一つ見当たらない大草原である。


 俺たちを受け入れる窓口があるという城壁都市は、いったいどこへ行った。


「高い高い高い高いッ!」


 人生でこれほど《高い》しか口にできなかった五秒間はない。語彙が恐怖に食い尽くされ、残された形容詞一つだけで状況を報告していた。


 落下の勢いで制服が激しくはためき、雨粒が小石のように頬を打つ。着地方法を考えるより先に、あと何秒まで人間の輪郭を保っていられるか心配する段階だった。


 ロズウィアさんは転送直前、《着地する前に》と言いかけていた。


 その先こそ、いま最も必要な情報だったのではないだろうか。安全に関わる説明を最後まで聞く権利は、床が消えた瞬間に俺の手から奪われている。


「着地する前に、何をすればいいんだよ!」


 叫んでも、《ヴァルハラ》から返事はない。


 このままでは、《回転しながら死ぬ》か《姿勢よく死ぬ》かを選ぶくらいしか自由がなかった。せめて求人サイトへ低評価をつける権利くらいは残してほしい。


「楓、落ち着け! 地面へ着く前に止まればよい!」


 頭上から声が聞こえ、黒衣の少女――オティヌスが同じ空を落ちてきた。


 首から提げた紐の先では、金色の虫籠グレイプニルが風に煽られている。片手には虫取り網の姿をした《グングニル》を握り、本人の顔には恐怖ではなく、初めて滑り台へ挑む子供のような興奮が張りついていた。


 その余裕があるなら、主人の命令を聞かず、いまだ行方不明になっている八本脚の神馬スレイプニルを探してきてほしい。空を駆ける神馬が必要になる場面としては、いま以上の機会など滅多にないはずだ。


「その止まり方を聞いているんです!」


「私に任せろ!」


 任せた覚えはなかったが、オティヌスは《グングニル》を大きく振りかぶった。


 先端についていた金色の網が、一瞬で数十倍の大きさへ広がる。黒雲の下を飛んでいた竜じみた魔物へ放たれ、その胴体と翼をまとめて絡め取った。


「食料を捕まえたぞ! 私の夕食だ!」


 俺を助けるためではなかった。


 飛行魔物へぶら下がったオティヌスの落下速度が、一気に緩む。首から提げた虫籠を胸元で跳ねさせながら、彼女は空いている手を伸ばし、落下を続けていた俺の腕を掴んだ。


 引き上げられた身体が宙へ浮き、ひとまず地面へ向かう速度だけは落ちる。


 方法と目的には重大な問題があるものの、神聖な虫取り網を即席のパラシュートへ転用するという発想自体は成功していた。


 俺たちは異世界へ到着して数秒で飛行魔物と遭遇し、命綱を夕食候補へ任せることになったが、ここから加入できる保険はあるのだろうか。


 当然、捕まった魔物は俺たちの都合など考えてくれない。


 巨大な網へ絡まった翼を激しく動かし、空中で体勢を立て直そうと暴れ始めた。伸びた《グングニル》を中心に魔物が回転し、その先へぶら下がるオティヌスと俺まで、まとめて錐揉み状態へ巻き込まれる。


 自由落下から、支柱の外れた絶叫遊具へ乗り換えただけだった。


「見ろ、楓! 空を飛んでいるぞ!」


「魔物に引きずられているだけですううううううう!」


「地面へ落ちていないなら同じだ!」


 その理屈が通るなら、崖から突き落とされた人間も、地面へ着くまでは空中散歩を楽しんでいたことになる。


 オティヌスが胸を張った直後、暴れた魔物が大きく身体を捻った。その衝撃で首から提げた《グレイプニル》が跳ね上がり、留め具の甘かった蓋が開く。


 中に入っていたバッタが、強風に攫われて次々と空へ散っていった。


「ああっ、私の昼食が!」


 オティヌスは反射的に俺の腕を放した。


「同行者と自分の命を優先しろ、馬鹿あああああ!」


「命はあとで拾えるが、逃げたバッタは二度と見つからないかもしれない!」


 俺の身体が再び地面へ向かって加速する一方、オティヌスは風の中へ腕を伸ばした。指先が一匹の後ろ脚を掴んだ瞬間、その顔へ神話級の達成感が浮かぶ。


 直後、飛行魔物が最後の力で翼を大きく振った。


 片手には捕まえたバッタ、もう片方には魔物へ繋がる《グングニル》。どちらかを手放さなければ、腕ごと持っていかれそうな状態で、オティヌスが選んだのは当然のようにバッタだった。


 《グングニル》から手を放し、捕まえた一匹を両手で大切そうに包み込む。


 飛行魔物は巨大な網を引きずったまま遠ざかり、オティヌスも俺の少し上から落下を再開した。伝説の神槍より昼食を優先した結果、主神の装備は異世界到着から一分も経たず、現地の魔物に持ち逃げされている。


 眼下の大草原が急速に近づき、やがて一本の街道や、その周囲を徘徊する小さな人影まで見分けられるようになった。


 どう見ても、窓口のある城壁都市ではない。


「本当に転送先を間違えてるじゃないか!」


 ロズウィアさんは、《転送先を間違えなければ》と確かに言っていた。あの条件つきの安心は、契約開始から数秒で不渡りになったらしい。


 地面が迫る。


 この高さから叩きつけられれば、元の世界で待っていたはずの事故より先に人生が終わる。死から逃げるために契約した人間の死亡予定を、異世界到着直後に前倒しするのは洒落になっていない。


 その時、眼下へ金色の光が広がった。


 柔らかな光の膜が落下する俺の身体を受け止め、衝撃を幾重にも分けて地面へ逃がしていく。急激に速度が落ちても身体が引き裂かれることはなく、骨も内臓も本来あるべき場所へ残っていた。


 両足が濡れた街道へ触れる。


 勢いを殺しきれずに片膝をついたが、少なくとも自分の足で立っていた。手足を動かし、身体の各部が揃っていることを確認してから、ようやく呼吸を再開する。


「大丈夫ですか?」


 暴風雨の向こうから、柔らかな声が届いた。


 波打つ金色の髪に、白を基調とした衣装。整った顔立ちへ穏やかな微笑みを浮かべた女性が、雨粒を身体へ触れる寸前で光に変えながら立っている。


 その傍らには、一振りの剣が鞘へ収まったまま宙に浮かんでいた。


 同じ神でも、足し算で頭から煙を噴いた誰かとは、方向性の違う神々しさだった。どうか今度こそ、まともな相手であってほしい。


「私はフレイアと申します。お名前を伺っても?」


「嵯峨楓です。少し事情があって、空から来ました」


 《少し》で片づけていい事情ではないが、求人サイトへの強制登録から説明を始めれば、さきほどの落下時間より長くなる。


 オティヌスの名前を出そうとした時、頭上から甲高い悲鳴が聞こえた。


「楓、受け止めろ!」


「その体勢でどうやって!」


 黒い影が、少し離れた地面へ頭から突き刺さった。


 重い音とともに街道が陥没し、小さなクレーターから放射状の亀裂が走る。オティヌスの身体は肩まで地面へ埋まり、外へ出た両脚だけが、落下の余韻を引きずるように揺れていた。


「オティヌス!」


 駆け寄ろうとした俺の腕を、フレイアさんが掴んだ。


 彼女が見上げているのは、地面へ埋まった少女ではない。先ほどオティヌスが捕らえた飛行魔物が、《グングニル》の巨大な網に絡まったまま、遅れてこちらへ落下している。


 その真下には、身動きの取れないオティヌスがいた。


『防御障壁を展開します』


 フレイアさんの傍らに浮かぶ剣が声を発し、金色の光が俺たちを覆うように半球状へ広がった。


 直後、飛行魔物がオティヌスへ正確に着弾する。


 落雷よりも重い音が響き、街道がさらに深く陥没した。周辺を徘徊しながら一部始終を見上げていた小鬼たちまで、巻き起こった衝撃に吹き飛ばされ、草原の向こうへ転がっていく。


「……オティヌスは?」


「ご安心ください。神核は無事です」


 フレイアさんの言葉どおり、クレーターへ散らばった光の粒が中央へ集まり始めた。


 小さな手足が形を取り、続いて黒い衣装と、片目に眼帯をつけた少女の姿が再構成される。オティヌスは片膝をついてよろめきながらも、落下中に捕まえたバッタだけは、両手でしっかり守り抜いていた。


「見たか、楓。私の勝利だ」


 飛行魔物に直撃されて身体を一度作り直した者が、何を基準に勝利を宣言しているのだろう。試合終了後に担架で運ばれる選手でも、落ちたマウスピースを掲げてここまで誇らしげな顔はしない。


 オティヌスは倒れた飛行魔物を見つけると、早速それも持ち帰ると言い出した。


「焼けば大抵のものは食べられる。毒があっても、一口食べれば分かる」


「分かった時には手遅れなのでは?」


「私が平気なら、楓も食べられるということだ」


「神様の胃袋を、人間の安全基準に使わないでください」


 異世界へ到着して最初に行われた話し合いが、正体不明の魔物を夕食にするかどうかだった。受け入れ窓口も活動資金も見当たらないのに、食中毒の可能性だけは早くも確保されている。


 俺が頭を抱えていると、フレイアさんが濡れた制服の袖へ、そっと手を伸ばしてきた。


「楓さん、身体が冷えています。まずは衣服を脱ぎましょう」


「雨を避けてからですよね?」


「いいえ。いま、ここで私が脱がせて差し上げます」


 ようやく出会えたまともそうな女神は、俺を助け、口調も丁寧で、今日初めて命を預けてもいいかもしれないと思えた相手だった。


 その貴重な第一印象が、着地から僅か数分で音を立てて崩れていった。



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