第4話 怪しい派遣業の面接④
ロズウィアさんは暗転した学校の映像を消すと、タブレットを机の中央へ戻した。
遠くにある先行転送区画から低い作動音が響き、続いて三名の送出処理が完了したという案内が流れる。
人間を送り出した直後に使う言葉が《処理完了》とは、いったいどういう神経をしているのか。俺たちは荷物ではないし、腰へ貼りつける伝票も渡されていない。せめて「行ってらっしゃい」くらいの温度は欲しかった。
「それでは、派遣先について説明するわ」
ロズウィアさんがタブレットへ指を置くと、机の上へ広大な大陸の立体図が浮かび上がった。
連なる山脈の間を河川が流れ、森林や平野には大小の都市が点在し、それらを細い街道が結んでいる。中央部から南側には緑豊かな土地が広がっているが、北へ進むほど地図の色は赤く変わり、さらに奥では地形の一部が黒い靄に覆われていた。
カーナビなら「この先、案内できません」の一言で済ませそうな配色だった。
「派遣先は、この大陸の南西部にある人間の国家よ。貴方は城壁都市に設けられた、派遣者用の受け入れ窓口へ転送されるわ」
「異世界にも窓口があるんですか?」
「送り込んで終わりでは、投棄と変わらないでしょう。安心なさい。我が《ヴァルハラ》のサポート体制は万全よ」
誘拐して、外堀を埋めて、最後に立派な窓口へ着地させる。役割分担の行き届いた仕組みは、最近ニュースで見た匿名流動型犯罪も顔負けだった。
組織図を書かせたら、うちの高校の生徒会よりよほど整っているかもしれない。
「万全なのは、サポート体制じゃなくて犯行体制の方じゃないですか?」
「聞き捨てならないわね。私たちは合法よ」
「その自信、どこから来るんですか」
「私が合法だと言っているのだから合法よ」
法治国家の概念が、この会場の中だけ一人の女性に上書きされていた。
説明によれば、到着後は受け入れ窓口で初期装備と活動資金を受け取り、現地のギルドへハンター登録する。
その後は協会から提示された依頼を確認し、自分に合った仕事を選ぶらしい。就職活動というより、拉致されたあとの再就職活動だった。
「到着した翌日に、魔王城へ突撃させられるようなことは?」
「剣も握ったことのない高校生を、そのために転送するほど非効率ではないわね」
もっともな回答だったが、ここまで俺を連れてきた組織から聞かされると、うっかり感心していいものか迷う。
採用手順から効率という概念を発掘していれば、俺は今も自室にいたはずである。掘り出す場所が、明らかに一つ遅かった。
求人広告にあった三つの特典も、現地で手続きを終えれば一つ選べるという。ただし、宿泊費無料は指定施設限定、食事補助には上限、初期魔法も適性で選択肢が絞られる。
「自由に選べるのは指先だけで、選択肢そのものは縄で縛られてるんですね」
「フリーハンドという言葉の意味を、貴方は誤解しているようね」
「じゃあ正しい意味を教えてください」
「私が今から決めるわ」
辞書より先に、担当官の気分が言葉の定義を左右していた。契約書のどこかに、小さく「自由とは当社比です」とでも注記してほしい。
俺は立体図の赤と黒の領域へ視線を戻した。
「この赤と黒は、観光に向かない地域という意味ですか?」
「赤は魔物の増加や、土地そのものの異常が確認されている地域。黒は、外部から現在の状況を観測できない領域よ」
「観測できない?」
「内部に存在していた街や住民が、現在も無事である保証はないわ」
求人サイトのどこにも、街ごと消息不明になっている地域があるとは書かれていなかった。
「そんな話、広告のどこにも」
「《召喚先の国家および地域によって、一部異なる場合があります》。覚えていないのかしら」
「街が消えてる可能性を、《一部異なる》の一言へ収納しないでください」
数十文字の注意書きの中へ、大陸規模の異常まで押し込まれていた。圧縮技術だけなら、どこぞの動画配信サービスより優秀だった。
ロズウィアさんは俺の抗議を意に介さず、南西部の城壁都市を拡大した。人や馬車が行き交う門、外に広がる農地。少なくとも到着した瞬間に魔物へ囲まれる場所ではなさそうだった。
この会場へ来てから初めて、ほんの少しだけ肩の力を抜く。詐欺広告の中に、久しぶりに見つけた本当のことだった。
「次に、正式な契約条件を確認するわ」
差し出された契約書は、求人サイトの広告とは比較にならないほど分厚かった。
「重い」
「軽んじられて困るのは貴方の方よ」
「物理的な重さの話をしたんですが」
契約書というより、文字が印刷された鈍器である。鈍器で殴られて死ぬなら、せめて内容にも目を通してからにしたい。
「重要な説明を選考会場まで先送りした結果、最後に全部積み上がっていません?」
「これほど正確で分かりやすく説明できる担当官も滅多にいないもの」
この厚さを前にして自分の説明を分かりやすいと断言できるのだから、自信だけは契約書より厚い。
契約期間は6ヶ月。活動内容は原則自由だが、重大な災害や住民の生存に関わる事態が起きれば協力を要請され、拒否すれば評価に響くという。
「現地で何をしても評価へ影響しないなら、派遣じゃなくて休暇ですよね」
「よく分かっているじゃない」
「褒められてる気がしません」
自由には、評価という名札をつけた首輪がぶら下がっていた。せめて首輪の色くらい選ばせてほしい。
求人広告にあった不安しか生まない《たぶん》は、正式な契約書からきれいに消えていた。
「あの《たぶん》は、結局何だったんですか?」
「広告を作成した最高責任者が、支給規定を最後まで読まなかったのよ」
「聞き間違いだと言ってください」
「正確に説明しただけよ」
組織の最高責任者が、自分の組織の規定を読まず、分からない部分へ《たぶん》と書き足す。世界を跨ぐ求人広告の校閲すら、この組織では通っていないらしい。
「その最高責任者は、いまどこに?」
「そこよ」
ロズウィアさんのペン先が、会場奥の壇上を示した。
空だったはずの豪華な椅子へ、いつの間にか一人の少女が腰掛けている。黒を基調とした衣装、片目の眼帯、金色の装飾に囲まれた小柄な姿。座り姿だけなら、玉座へ君臨する女神そのものだった。
腰から下だけを見れば。
少女の膝には金色の虫籠が置かれ、口元から細長い後ろ脚が一本だけ覗いていた。
「……何を食べているんです?」
「トノサマバッタよ」
答えたのはロズウィアさんだが、少女本人にも聞こえていたらしい。虫籠から新しい一匹を摘まみ上げ、腹部の膨らみと後ろ脚の太さを確かめると、迷いなく口へ放り込んだ。
ぱりっという軽い音が、離れた壇上から届く。
「今日の個体は当たりだ。腹の張りがよく、後ろ脚には若草の香りが残っている」
産地まで割り出せそうな食レポだった。ソムリエ資格を持つワイン評論家より、よほど自信に満ちた語り口である。
その解像度を、危険手当の支給規定にも少しくらい分けてほしい。
「彼女はオティヌス。《ヴァルハラ》の最高責任者で、昆虫ソムリエよ」
「肩書き、二つとも同じ重さで言いませんでした?」
「同じくらい重要な役職だもの」
名刺を作るなら、片面に「代表取締役」、もう片面に「昆虫ソムリエ」と刷ることになる。
これから半年間、俺が命を預ける組織の頂点には、支給規定を最後まで読まず、バッタの食べ頃だけは完璧に見抜ける女神が座っている。
「あの、いま少し不安になったんですが」
「安心なさい。昆虫を見る目だけは、誰よりも確かよ」
「聞きたいのはそこじゃないんです」
異世界サバイバルの第一関門が、まさか自社の最高責任者だとは思わなかった。




