第3話 怪しい派遣業の面接➂
タブレットへ映し出されたのは、朝の学校だった。
校門付近には登校してきた生徒が集まり、敷地の外まで列を作っている。先頭では風紀委員が机を並べ、生徒の鞄を一つずつ確認していた。
抜き打ちの持ち物検査らしい。異世界へ来てまで、母校の風紀委員会の仕事ぶりを見学することになるとは思わなかった。せめてもう少し見応えのある授業参観にしてほしい。
抜き打ちの持ち物検査という響きだけを聞けば、いかにも規律正しい朝である。実際の光景がここまで乱れる理由は、被写体の一人にしか求められなかった。
その中心にいるのは、風紀委員の倉科先輩だった。
容姿端麗で成績優秀。教師からの信頼も厚く、以前、未提出の進路調査票があると俺へ教えてくれたこともある。廊下ですれ違えば挨拶する程度だが、風紀委員の中では唯一、俺の顔と名前を知っている先輩だった。
そして男子生徒の視線を物理的に引き寄せるほど、胸部だけ重力が強かった。この一文だけは、映像を見ずとも先輩の実物を知っている俺が保証する。地球の物理法則に、局所的な例外が発生していた。
他の風紀委員が担当する列は順調に進んでいるのに、倉科先輩の前だけが校門の外まで伸びている。
渋滞の原因を辿れば、信号でも工事でもなく、ただ一人の存在に行き着くらしい。その最後尾近くには俺の姿もあり、進み具合を確かめるように何度も先頭へ顔を向けていた。
「見て。先輩の胸を拝むため、持ち物検査へ《参パイ》している貴方の姿よ」
「死亡映像を使って、新しい日本語を作らないでください!」
ロズウィアさんは、先輩の胸を拝むために列へ参るから《参パイ》なのだと、頼んでもいないのに語源まで説明した。契約の重要事項より先に、こちらの解説の方が明らかに気合が入っている。
国語辞典の編纂者を今すぐ呼んで、この用語の採用を全力で止めてほしかった。
未来情報の取り扱いを淡々と話していた女が、俺の死因へ入った途端、妙に生き生きとしている。
しかも言葉の組み立てだけ無駄に完成度が高いので、否定する側の精神ばかり削られた。
映像の俺が先頭を見ているのは、列の進み具合を確認していただけである。どうせ鞄の中を見られるなら、顔を知っている倉科先輩の方が話しやすい。
それだけだと説明したが、隣の列なら待ち時間が半分で済むと指摘された。理屈で殴られると、こちらに反論の余地が残らない。
画面を縮小すると、俺の後ろにも男子生徒ばかりが並んでいた。全員が列の先頭を気にしており、順番が進むたびに少しずつ首を伸ばしている。
校門前だというのに、見事なまでに統率の取れた集団だった。
「男子生徒だけで構成された、公平性への信頼が非常に厚い列ね」
本人たちへ確認する前から邪な集団と決めつけないでほしい。統計を取れば、多少の偏りは出るかもしれないが。
本当に胸だけが目的なら、持ち物検査へ並ばなくても普段から同じ学校にいる。そう反論すると、ロズウィアさんは《つまり普段から見ている》と解釈し、応募用紙へ何かを書き加えた。
死亡予定を確認している最中に、新しい性癖まで登録されてしまった。
履歴書の趣味欄が、俺の与り知らぬところで充実していく。この調子だと、資格欄にも身に覚えのない検定が並びかねない。
訂正を求めるより早く、ロズウィアさんが映像の一部を拡大する。映し出されたのは、俺の一つ前に立っている体格のよい男子生徒だった。
後から来た生徒が混雑した歩道へ無理に入り、その肩が別の男子へぶつかる。小さな接触は将棋倒しのように前方へ伝わり、最後に体格のよい男子が大きく体勢を崩した。
その尻が、俺の身体へまともに直撃する。
「ちょっと待て!?」
映像へ叫んでも未来の俺には届かない。実況席から野次を飛ばす観客と同じ扱いだった。
大柄な男子の尻へ弾き出された俺は、歩道脇の花壇へ足を取られ、そのまま車道へ転がっていく。咄嗟に起き上がろうとした前方から、通学路には似つかわしくない大型トラクターが迫っていた。
運転手の顔は道路ではなく、持ち物検査が行われている校門へ向いている。視線の先を最後まで辿らなくても、どこを見ているのかは分かった。
「運転手まで倉科先輩へ参パイしてるじゃないですか!」
農業機械の運転席にまで布教が届いているとは思わなかった。倉科先輩の重力は、免許を持った大人の判断力すら平然と歪めるらしい。
歩道では男子生徒が列を作り、車道からは農作業へ向かう男まで視線を送っている。倉科先輩一人の存在が、通学路全体の注意力を静かに奪っていた。
もはや地域の交通安全上、要注意人物として教育委員会に報告すべき案件である。
倉科先輩本人には何の責任もない。それなのに彼女の胸部を中心として複数人の判断力が歪み、最終的に俺だけが道路へ供物として捧げられていた。
事故の直接的な原因は大柄な男子の尻であり、遠隔的な原因は運転手の脇見。
その二つを結んだ場所へ、運悪く俺が立っていた。因果関係図を書けと言われたら、中心に俺の名前だけが浮いて見える。
相関図の主役が、当の本人だけ蚊帳の外だった。
耳をつんざくブレーキ音が響き、大型トラクターの前輪へ俺の姿が呑み込まれた瞬間、映像が暗転する。
「事故現場では命を取り留めるけれど、搬送先の病院で亡くなるわ」
「せめてもう少し格好のつく死因にしてもらえません?」
「格好より、正確さを優先したまでよ」
もう少しだけ俺の尊厳を守ってほしかった。せめて英雄らしく魔物か何かに巻き込まれたかった。強盗でも落石でも、トラクターよりは幾分か様になる。
他人の尻へ弾き出され、農業機械に轢かれ、倉科先輩へ鞄を見せることさえできないまま人生を終える。
英雄候補として呼び出された人間の死因にしては、壮大さが一欠片もない。異世界の求人へ引っかかる前に、まず通学路の安全対策を求めるべき案件である。
「ちなみに、《参パイ》という言葉は今後の記録にも残るんですか」
「もちろんよ。候補者の行動記録として、正式にファイルへ保存するわ」
「消してください。心の底からお願いします」
「後世の研究者が、貴方の人となりを知る貴重な資料になるでしょうね」
誰の許可を得て後世へ資料を残すつもりなのか。俺の知らないところで、異世界の歴史書に載る予定まで組まれていた。
せめてもう少しまともな功績と一緒に記録してほしい。《参パイの果てにトラクターへ轢かれた候補者》の一文だけが独立して後世へ伝われば、それは英雄譚ではなく戒めの民話である。
「一つ聞きますが、倉科先輩本人はこの映像を見ることになるんですか」
「安心なさい。この映像を閲覧できるのは、貴方と私だけよ」
「その安心、誰のための安心なんですか」
「貴方のためだけれど、違ったかしら」
当然のように断言されると、反論する隙すら失われる。少なくとも先輩の名誉は守られたらしいが、俺の羞恥心だけが代わりに全焼していた。
ロズウィアさんはタブレットを閉じ、何事もなかったかのように次の説明へ移ろうとする。命に関わる映像を見せられた直後の人間へ向ける温度としては、いささか平常運転が過ぎた。
契約を断れば、未来の記憶を消された俺は同じ列へ並び、同じ尻に弾かれ、同じトラクターへ轢かれる。契約すれば、少なくとも別の未来を選ぶ機会は得られる。
だからといって、詳しい条件も確認せずに署名し、農業機械より早く死ねる場所へ送り込まれては意味がない。異世界へ行っても、結局は移動手段に轢かれて終わる可能性が残っている。トラクターが竜車へ変わるだけの転職にはなってほしくなかった。
「派遣される世界について、詳しく教えてください」
死因をトラクターから魔物へ変更するだけの転職にならないよう、俺は契約の先で待つ危険を確かめることにした。




