第2話 怪しい派遣業の面接②
「もつ煮です。祖母がよく作ってくれた料理です」
質問の意図は分からなかったが、黙っていても面談は進まない。祖母が鍋を覗き込みながら味噌を足していた姿を思い出し、俺は正直に答えた。
異世界の選考会場で最初に思い出した記憶が祖母の鍋というのも、我ながら締まらない話だった。
ロズウィアさんは小さく頷き、応募用紙へ迷いなくペンを走らせる。質問へ答えたのは俺だが、ペン先では早くも別人の人生が始まっていた。
「なるほど。我々の自由な社風に魅力を感じたと」
「もつ煮が企業理念へ出世しているんですけど」
祖母の料理が、本人の知らないところで異世界企業への志望動機に加工されていた。
次に祖母の家に行ったときは、祖母に「働いた会社の企業理念、うちの鍋だったぞ」と報告する義務が生まれた気がする。
応募用紙を覗き込もうとすると、ロズウィアさんは紙を自分の側へ引き、俺の反応まで余白へ記録した。
候補者から情報は集めるが、候補者へ情報を返す機能は搭載されていない。個人情報の一方通行っぷりだけは、この世界でも徹底されているらしい。
「想定外の質問に対する反応、意思表示の強さ、未知の状況における順応性を確認しただけよ。好きな食べ物そのものに興味はないわ」
「人の好物を面接へ連れてきて、用が済んだら冷たく捨てないでもらえます?」
ロズウィアさんは《自由な社風を評価》と記した一文へ横線を引いた。訂正ではなく、その文章が存在した時間ごと抹消する方を選んだのだ。
祖母のもつ煮が企業理念として勤務した時間は、僅か数十秒だった。採用された覚えもない孫と違い、こちらは契約前に解雇まで済ませている。
異世界最速の離職記録を、家庭料理が打ち立てた瞬間だった。
「最初の質問として、好きな食べ物を選ぶ必要があったんですか?」
「相手が準備していない質問だから意味があるのよ。志望動機なら、いくらでも模範解答を用意できるでしょう?」
「俺の志望動機は、求人サイトが用意しましたけどね」
「だから貴方には、これ以上なく適切な質問だったわ」
自分で問題を作り、自分で採点し、自分で満点を宣言する。完璧な面談を実現するには、候補者の回答より採点者の自信が重要だった。
この人が試験監督なら、カンニングより先に自己採点の甘さを心配すべきだろう。
ロズウィアさんは一つ目の検査が完璧に終了したと告げ、応募用紙を机へ置いた。
「まずは、貴方が連れてこられた場所から説明するわ。ここは《ヴァルハラ》。私たち戦乙女――ヴァルキリーが、候補者の選定と派遣、その後の支援を行うための場所よ」
ヴァルハラでは複数の世界から候補者を選び、魔物の討伐や災害への対処など、現地だけでは補えない仕事へ一定期間派遣している。
求人サイトに書かれていた《期間英雄》や《期間使徒》は、悪趣味な冗談ではなかった。冗談だったのは、本人の同意がなくても応募できる採用方式の方である。
言い方を変えれば壮大な異世界召喚だが、制度として見れば世界をまたいだ人材派遣だった。召喚陣を求人サイトへ置き換え、神託を応募通知へ変えただけである。
最も俺の場合は世界を跨いだ拉致に等しい蛮行であることは変わらない。
ここから雇える弁護士はいませんか?
おまけに使われている技術は神話級でも、やっていることは人手不足の現場へ臨時職員を送る仕事。
神話とハローワークが、これほど近い距離に存在するとは思わなかった。
「契約期間は、求人に書かれていたとおり六カ月ですか?」
「原則としてはね。派遣先の要請や現地の状況によって変更される場合はあるけれど、本人の同意なく無期限へ切り替わることはないわ」
他の世界の人間へ強い力を与え、そのまま無期限に滞在させれば、救援者から新しい支配者へ変わる可能性がある。
そのため期間を設け、長期滞在が必要になった場合も、本人と派遣先の双方へ改めて意思を確認するという。
「六カ月で問題が解決しなかった場合は?」
「本人の同意を得て更新するか、別の候補者へ業務を引き継ぐわ。一人の英雄へ、死ぬまで世界の命運を背負わせるより健全でしょう?」
そこだけ聞けば、俺が想像していた英雄召喚より良心的だった。
ただし、後任が到着するまで現地で何が起きるかは保証されない。
契約上は自由でも、滅亡しかけた世界を目の前にして帰れるかどうかは、候補者の良心が決めることになる。
「断りづらい状況を完成させてから、自由意思を尊重するんですね」
「選択に伴う結果まで消すことはできないもの。勤務態度が良好で、派遣先から継続を求められた場合は、待遇が上乗せされることもあるわ」
世界を救う英雄と、繁忙期に辞めようとするアルバイトが、同じ人手不足の問題へ着地した。
魔王軍が侵攻している最中に契約満了日を迎えれば、現地から「せめて後任が来るまで」と引き止められるのだろう。扱うものが世界の命運でも、残業を頼む手順までは俺の世界と変わらない。世界の存亡がシフト表一枚に左右されるとは、誰が想像しただろうか。
担当官であるロズウィアさんは、派遣先まで同行しないという。
彼女はヴァルハラに残り、専用の通信機能を通して契約内容の確認、現地制度の案内、物資や情報の手配、定期報告の受領を行う。重大な契約違反や異常が起きない限り、候補者の行動を常に監視するわけではない。
「候補者一人の私生活を、朝から晩まで眺め続けるほど私の時間は安くないわ」
「その点については安心しました」
「私に見守られる生活を追加報酬として希望するなら、検討してもいいけれど?」
「安心したという言葉から、どうして希望へ進んだんですか?」
「私なら希望されて当然でしょう?」
ロズウィアさんの自己評価には、他人から拒否されるという項目が存在しなかった。
世界をまたぐ派遣制度より、そちらの方が修正困難に思える。バグ報告すら受け付けていない仕様だった。
「見る目は、今後の支援を通して養えばいいわ」
不足しているのは俺の審美眼という結論まで出されてしまった。反論すれば新しい診断名を付けられそうなので、ここは患者らしく黙っておく。
制度の説明を終えたロズウィアさんは、応募用紙を脇へ置き、机の中央へ薄いタブレットを載せた。話題を切り替える手際だけは、本人の自己評価に負けていない。
「次に、貴方が候補者として選ばれた理由を開示するわ」
「自分で応募していない人間まで、候補者として扱う理由ですか?」
「適性のある人間が、自分から求人へ辿り着くとは限らないもの。本来は案内を表示し、選考会への参加を促す機能よ」
「俺の場合、個人情報を盗み、応募用紙を書き換え、異世界へ連れてくるところまで進んでいますけど?」
「ずいぶん積極的な勧誘だったようね」
誘拐が営業努力へ分類された。言葉を柔らかくしても、俺が自室から消えた事実には綿毛一枚ほどの軽さも加わらない。
むしろ営業成績としては、かなり強引な部類に入るはずだった。
ロズウィアさんはタブレットを起動する前に、一つの条件を伝えた。
元の世界へ戻った場合に起きる未来は確認できる。しかし、映像を見たうえで契約を断るなら、ここで知った未来に関する記憶は帰還前に消去される。
「つまり、自分の死因を確認してから辞退できるけど、帰る時には見た内容を忘れているんですね」
「ええ。この会場へ来たことや、求人サイトの存在まで消すわけではないわ。対象になるのは、開示された未来の情報だけよ」
選ぶために情報を与え、断れば選択肢の中身だけを回収する。候補者が持ち帰れるのは、自分が何かを忘れたという不安だけだった。福引きで外れを引いた上に、外れくじの記憶まで没収されるようなものだ。
未来を自由に持ち帰らせない理屈は理解できる。問題は、その条件へ俺が同意した場面を、俺自身が一度も見ていないことだった。
「記憶を消す可能性があるなら、未来を見せる前に本人の同意を確認しないんですか?」
「選考会への参加条件へ含まれているわ」
「俺は、自分の意思で参加していませんよね?」
ロズウィアさんの指が、タブレットの上で止まった。完璧な回答集にも、本人不在の本人同意を説明する項目までは用意されていなかった。
少なくとも、この数分間で唯一勝ち取った沈黙だった。
僅かな沈黙のあと、求人サイトへの登録が完了した時点で、同意したものとして扱われると説明された。
応募用紙を勝手に作成し、俺の抗議を志望動機へ書き換えた機能が、記憶消去への同意まで済ませていたのだ。
「本人の意思が一度も登場しない手続きを、本人同意と呼ばないでください」
「手続き上は完了しているわ」
「完璧な担当官として、それでいいんですか?」
「完璧な私でも、完了した手続きには勝てないことがあるのよ」
負けを認めたはずなのに、ロズウィアさんの自己評価は一ミリも下がらなかった。
自分より強い手続きが存在しただけなら、完璧の看板に傷はつかないという計算である。看板の耐久力だけは、この世界でも屈指の強度だった。
それでも、未来を見るかという問いへの答えは変わらない。既に近いうちに死ぬと聞かされている以上、確認せずに帰れば、事故の正体も避ける方法があるのかも分からない。
「見せてください。後悔なら、死ぬ予定があると聞かされた時点で始まっています」
ロズウィアさんがタブレットへ触れると、暗かった画面に光が灯った。いよいよ俺の死亡予定が、本人参加の上映会として公開される。ポップコーンの一つも出てこない、世界一気の重い上映会だった。
最初に映し出されたのは、朝の学校だった。




