第34話 スポークスマン
アーマードベヒーモスが討伐された翌日、《エンプレスティア》の5人が《Hi-end》のクランハウスを訪れた。
セフィさんを先頭に、ルーサーさん、ララフィさん、ナリアさん、メルルさんが応接室へ入ってくる。
5人全員がハイエルフであり、揃って人目を引くほど整った容姿をしていた。扱う武器は剣、槍、小剣、弓、杖と異なるものの、立ち姿には長年同じパーティーで活動してきた者たちらしい統一感がある。
黙って並んでいるだけなら、王侯貴族の護衛として選び抜かれた精鋭部隊に見えた。
昨日、負傷者1人を5人で囲み、全員が同時に治癒魔法を使った光景を知らなければ、俺もそう思い続けていただろう。
「昨日は落ち着いて話す時間がなかったけれど、私たちの加入について返事を聞かせてもらえる?」
長椅子へ座ったセフィさんが、期待と緊張を滲ませながら尋ねてきた。
残る4人も同じ気持ちらしく、俺の返事を待っている。
アーマードベヒーモスを討伐したのは《シャンバラ》だが、街道へ近づけず、俺たちが到着するまで足止めしたのは彼女たちである。
オティヌスに言われるまま落とし穴を掘った件については、既に冒険者ギルドから注意を受けていた。それでも、戦力や人柄を理由に加入を断る必要はないと思う。
「俺としては、皆さんに加入してもらって問題ありません。ただ、正式に決める前に、活動方針や報酬について確認してください。それで条件が合わないと思ったら、断ってもらって構いません」
「分かった。私たちも、そのつもりで来た」
セフィさんの表情が僅かに緩み、隣に座る4人も張り詰めていた肩から力を抜いた。
フレイアさんは用意していた書類を机へ並べ、《Hi-end》に所属した場合の活動方針や報酬の分配、クランハウスの設備を利用する際の規則について説明を始めた。
メーガナーダは、彼女たちの実力を確認した者として壁際に立っている。
ロキは空いていた椅子へ座り、説明を聞いているようで、机に用意された菓子ばかり見ていた。
オティヌスに至っては、最初から説明を聞くつもりがない。俺の隣で菓子を食べながら、皿の残りが少なくなるたび、自分の近くへ引き寄せている。
加入希望者へ出された菓子だったはずだが、既に半分以上が最高神の腹へ加入していた。
説明が報酬の分配へ移ったところで、応接室の扉が叩かれた。
顔を覗かせた団員は、普段より姿勢を固くしている。
「お話し中に申し訳ありません。アルドブルク王国の第二王子殿下がお見えです。《エンプレスティア》の皆様へ、直接お話ししたいことがあると」
セフィさんたちが顔を見合わせた。
事前に訪問を知らされていた様子はない。
「お約束はあったのでしょうか?」
フレイアさんが尋ねると、団員は緊張したまま首を横に振った。
「いいえ。先ほど到着されました。現在は玄関でお待ちいただいております」
フレイアさんの視線が、机に並べられた書類へ落ちる。
まだ署名こそしていないが、俺たちは正式な加入手続きを進めている最中だった。
「どうしますか、楓さん?」
判断を求められても、相手は第二王子である。
約束がないから帰ってほしいと言えるほど、俺には勇気も身分も備わっていない。
「お待たせしたままにもできません。こちらへお通ししてください」
団員が一礼して下がっていく。
フレイアさんは書類を片づけなかった。
メーガナーダも壁際から動かず、ロキはようやく菓子から玄関へ視線を移した。オティヌスだけは、来客が増えれば菓子を取られると考えたのか、残っていたものを急いで口へ詰め込んでいる。
ほどなくして、数人の護衛を従えた青年が応接室へ入ってきた。
その少し後ろには、見覚えのない少女が控えている。
青年が身につけているのは、金糸の刺繍が施された上着と、宝石で飾られた剣。身分を示す品だけでなく、他人から迎えられることへ慣れた立ち居振る舞いからも、俺たちとは違う立場にいることが伝わってきた。
「突然の訪問を許してほしい。改めて名乗ろう。私はアルドブルク王国第二王子、ルッツ・アルドブルクだ。こちらはセレナ・ディモール。今回は私に同行している」
紹介されたセレナさんは、穏やかな微笑みを浮かべて一礼した。
そのままルッツ殿下の一歩後ろへ控え、口を挟むことなく室内を見渡している。机に並ぶ書類や《エンプレスティア》だけでなく、俺の周囲にいるメーガナーダたちの姿も確認しているようだった。
形式的な挨拶を終えたルッツ殿下は、《エンプレスティア》へ目を向ける。
セフィさんから順に、5人の顔と姿を確かめていく。
武器や装備から実力を見定めているようでありながら、美術品をどのように並べるか考えている者にも似た満足感が、その眼差しには含まれていた。
「昨日の一件について報告を受け、君たちとは早急に話しておく必要があると判断した。アーマードベヒーモスを街道の手前へ足止めし、都市へ被害を出すことなく討伐隊の到着まで耐え抜いたそうだな。あれほどの大型魔物を相手に役割を果たした実力は、正当に評価されるべきだろう」
ルッツ殿下は、5人へ称賛の言葉を送った。
「本来であれば、あの魔物は私たちが討伐するはずだった。報告が届いた時点では、既に《シャンバラ》が現場へ向かっていたため、結果として功績を譲る形になったが、我々が先に到着していれば、同じ結末を迎えていたことに疑いはない」
討伐依頼を受けていたとも、アーマードベヒーモスの存在を事前に把握していたとも言わなかった。
それでもルッツ殿下の中では、本来自分たちが倒すはずだった魔物になっているらしい。
昨日の状況で殿下の到着を待っていれば、街道を通る人々だけでなく、《エンプレスティア》にも被害が出ていた可能性がある。王族が来るまで待つよう魔物へ伝えられるなら別だが、アーマードベヒーモスに礼儀作法を期待するのは難しい。
セフィさんたちは反論しなかった。
ただ、ルーサーさんの眉が僅かに動き、ナリアさんは何かを確かめるように仲間たちと視線を交わしている。
「もっとも、今日ここへ来たのは討伐の功績を争うためではない。私は《エンプレスティア》を、自らの直属部隊へ迎えたいと考えている」
護衛の1人が進み出て、新たな書類を机へ置いた。
《Hi-end》への加入手続きに使われていた書類の隣へ、王族直属部隊への勧誘書類が並べられる。
「5人全員が優れた魔法技能を備え、異なる武器を扱いながら、パーティーとしての経験も積んでいる。加えて、いずれも由緒あるハイエルフだ。王都へ連れ帰り、私の名のもとで働かせる者として、これほど相応しい者たちは滅多にいない」
ルッツ殿下の視線が、並んで座る5人の姿をなぞった。
「装備の更新に必要な費用はこちらで負担し、王都には住居も用意しよう。功績に応じて、王家に仕える正式な役職を与えることもできる。君たちであれば、戦場だけでなく式典などの公の場へ同行させても、私の直属として見劣りすることはない」
実力を評価していることに嘘はないのだろう。
ただし、王都で自分の後ろへ並べた際の華やかさも、同じくらい重要らしい。
提示された条件は申し分なかった。
装備、住居、王族に仕える地位まで用意される。《Hi-end》が対抗して出せるものなど、クランハウスの空き部屋と、食堂で出される料理くらいしかない。
王家の役職へ対抗して夕食を大盛りにしたところで、勝負になるとは思えなかった。
それでも、セフィさんたちの表情に喜びは浮かばない。
ルッツ殿下の視線が、自分たちの武器より顔や立ち姿へ長く向けられていたことに気づいている。ララフィさんは机に置かれた勧誘書類を一度見ただけで手を伸ばさず、メルルさんも膝の上へ置いた杖を握ったまま動かなかった。
セレナさんは、ルッツ殿下を止めようとしなかった。
かといって、《エンプレスティア》へ誘いを受けるよう勧めることもない。穏やかな表情のまま、室内で誰がどのような反応を見せるのか観察している。
俺も口を挟まなかった。
《エンプレスティア》は、まだ《Hi-end》へ正式に所属していない。加入手続きの途中とはいえ、別の誘いを聞く権利はある。
本人たちが選ぶべき話へ、俺の都合で割り込むべきではない。
やがて説明を終えたルッツ殿下は、返答を待ちながら俺へ目を向けた。
「彼女たちは、このクランへ加入するために来たのだろう。目の前で別の条件を提示されながら、随分と静かにしているが、クランマスターとして何も言うことはないのか?」
名指しされた以上、黙り続けるわけにもいかなかった。
「《エンプレスティア》の皆さんとは、まだ正式な所属について話し合っている途中です。殿下のお誘いへ、俺が横から口を挟む立場ではありません。それに、殿下ご自身がここまで足を運ばれたのですから、俺から申し上げることもないでしょう」
王族本人が説明している最中に、話を遮るのは失礼だと思っただけである。
しかし、ルッツ殿下は俺の返事を聞くと、僅かに目を細めた。引き留める必要すらないという余裕に聞こえてしまったのかもしれない。
空気が変わったところで、最初に口を開いたのはメーガナーダだった。
「カエデは、この者たちと正式な加入について話すために時間を空けていた。お前は事前の断りもなく押しかけ、その話を中断させたうえで、他人のクランハウスを使って勧誘を始めた。まず順序を違えたのはお前だ──と、カエデは仰せだ」
言っていない。
俺はまだ、自分の予定の価値についても、ルッツ殿下の訪問方法についても一言も語っていなかった。
確かに加入手続きを中断されたが、メーガナーダから聞かされるまで、それを抗議へ使う発想すらなかった。
「……そうなのか?」
ルッツ殿下は、メーガナーダではなく俺へ確認するように視線を向けた。
「だいたい合っとる」
答えたのはロキだった。
俺に聞いたんじゃないの!?
本人の返事を待たずに話が進んだものの、セフィさんはメーガナーダの指摘へ静かに頷いた。
「私たちは今日、《Hi-end》から正式な返事を聞くために来ました。加入について話している最中だったことも、そのために時間を用意していただいたことも事実です」
残る4人も異論はないらしく、机に置かれた勧誘書類へ手を伸ばさない。
ルッツ殿下は、目に見えて機嫌を損ねた。
先ほどまで浮かべていた余裕のある笑みが消え、眉間へ浅い皺が刻まれている。
「まだ契約が交わされていない者へ、より相応しい選択肢を提示しただけだ。所属が決まったあとで引き抜こうとしたのならともかく、本人たちの判断材料を増やすことまで非難される筋合いはない」
「選択肢を示されたことについて、楓様は問題にされていません」
今度はフレイアさんが引き取った。
「王族の訪問には、公務だけでなく、護衛の人数や移動経路、訪問先の警備調整も伴います。殿下も、王城で会談中に他国の王族が無断で現れ、その場でご自身の部下を勧誘し始めれば、お許しにはならないでしょう。身分が高いからこそ、緊急時を除いて事前の申し入れが必要となる──と、楓様は仰ってます」
フレイアさんは俺のスポークスマンかな!?
俺はそこまで考えていない。
今日もフレイアさんから予定を伝えられ、指定された時間に指定された部屋へ来ただけである。クランマスターとして綿密な予定を組んでいるように説明されたが、今朝の一番大きな仕事は、オティヌスに食堂の菓子を持ち出さないよう注意したことだった。
それでも、加入手続きを中断されたのは事実である。
ここで「俺はそれほど忙しくありません」と訂正すれば、今後も突然訪ねて構わない暇人として、俺の予定が王族へ開放されかねない。
「それも、君の考えなのか?」
ルッツ殿下は今度こそ俺から答えを聞こうと、真っ直ぐに視線を向けてきた。
「だいたい合っとる」
またロキが答えた。
本人へ確認する形式だけが残り、回答権は完全にロキへ奪われていた。
ルッツ殿下の眉間に刻まれた皺が深くなる。
フレイアさんが挙げた例へ、正面から反論する言葉は出てこなかった。
王城で他国の王族から同じことをされた場合、自分なら許すと言い切れないのだろう。
「随分と大仰に受け取るものだな。私が直接足を運んだことを、そこまで無礼に扱われるとは思わなかった」
非を認める代わりに、指摘する側が過剰に反応したことにしたらしい。
しかし、予定や警護の話そのものは否定しない。その時点で何を理解したのかは、表情を見れば十分に分かった。
セレナさんは、ルッツ殿下の後ろで静かに成り行きを見守っている。
彼が不機嫌になったことも、フレイアさんの問いへ答えなかったことも、全て見ていた。それでも助け舟を出さず、今度は俺へ探るような視線を向けている。
「まあ、難しく言わんでも、逆の立場で考えてみたら分かる話やろ」
ロキが椅子の背もたれへ身体を預けた。
嫌な予感がした。
メーガナーダとフレイアさんが別々の立場から説明したあとで、ロキが分かりやすくまとめる必要はない。
分かりやすくなるほど、削ってはいけない部分まで消えていく。
「自分とこの城で、他所の王族がアポなしで部屋へ入ってきて、話し合いの最中に部下を勧誘し始めたら嫌やろ? それに、王子が護衛ぞろぞろ連れて突然営業しとったら、公務も予定もない暇人か、逆の立場も考えられへんおつむしとると思われるで──って、楓は言うてます」
言ってない!!
俺は王族を目の前にして、その頭の出来と仕事の有無を同時に心配できるほど勇敢ではない。
セフィさんたちは揃って目を見開いた。
ルーサーさんは咳払いをしながら口元へ手を当て、ララフィさんは露骨に視線を逸らしている。ナリアさんの肩が僅かに震えているのは、笑いを堪えているからかもしれない。
ロキの言い方には賛同できなくても、指摘された内容まで否定するつもりはないらしい。
「……そこまで考えているのか?」
ルッツ殿下は、さらに不機嫌な顔で俺を見た。
「だいたい合っとる」
発言者と確認への回答者が、ついに同一人物になった。
それなら最初から、俺を会話へ挟む必要はなかった。
ルッツ殿下のこめかみが僅かに動く。
俺は何も言っていないのに、会話へ参加している全員の中で、最も彼を侮辱した人物として扱われ始めていた。
「言葉についてはともかく、私たちも今の手続きを中断し、この場で別の所属先を決めるよう求められることは望んでいません」
セフィさんは仲間たちの意思を確かめるように一度だけ周囲を見渡した。
「事前にお話をいただいていれば、私たちも別の時間を用意しました。ですが、今日はこちらへ加入を申し込み、その返事を聞くために来ています」
ルーサーさんたちも、セフィさんの言葉へ頷いた。
勧誘の対象となった本人たちまで同じ認識を示したことで、ルッツ殿下の立場はさらに悪くなった。
それでも謝罪することはなく、不機嫌さを隠そうともせずに長椅子へ座り直す。
「礼節についての見解は理解した。だが、私は《エンプレスティア》の返答を聞くために来た。既に話した条件を踏まえ、どちらへ所属するか、改めて答えてもらおう」
非を認める代わりに、話を勧誘の結果へ戻したらしい。
そこへ、俺の隣から小さな手が上がった。
オティヌスだった。
菓子を食べ終え、ようやく会話へ参加する余裕ができたらしい。
「楓は、次から事前に知らせたうえで、お肉の手土産を持ってくれば許すと──」
「言ってない」
「だいたい合っとる」
今は本人が否定しただろう。
俺の意思を確認するために始まったはずの会話は、最後まで俺の意思だけを必要としなかった。
オティヌスは不満そうに頬を膨らませ、空になった菓子皿を俺へ見せる。
「手ぶらで来たのだぞ?」
「訪問先へ肉を要求する話は、今まで誰もしていません」
「菓子ももうない」
「あなたが全部食べたからでしょう」
加入希望者へ出された菓子を食べ尽くし、訪問してきた王族へ肉を要求する。
無作法について話し合っていた部屋で、最も礼儀から遠かった人物が判明した。
ルッツ殿下は、俺とオティヌスを交互に見た。
俺が即座に否定したのは、肉を要求した部分だけである。
それ以前に代弁された内容については否定できなかったため、肉以外は本当に《だいたい合っている》と伝わった可能性が高い。
「お誘いについてですが、《エンプレスティア》は殿下の直属部隊へ加わりません」
セフィさんが、改めてルッツ殿下へ正式な返答を告げた。
「装備や住居だけでなく、その後の立場まで考えていただいたことには感謝しています。それでも、私たちは《Hi-end》への加入を希望します。誰かの後ろへ並んだ姿ではなく、私たちが何をできて、何が足りないのかを見てくれた場所で活動したいと思います」
残る4人にも迷いはなかった。
ルッツ殿下の表情が、さらに険しくなる。
自ら足を運び、装備や住居まで提示したにもかかわらず、新設クランを選ばれたのだ。しかも、その場で王族としての振る舞いまで指摘されている。
面白いはずがない。
「こちらの条件を理解したうえで、5人全員が決めたのであれば、好きにするがいい」
言葉だけは平静を保っていたが、声からは先ほどまでの余裕が消えていた。
護衛へ合図を送り、勧誘書類を片づけさせる。
セレナさんもルッツ殿下の後ろへ続いたが、応接室を出る直前に一度だけ足を止めた。
穏やかな微笑みは崩れていない。
ただ、その視線は《エンプレスティア》ではなく、俺と周囲の女性たちへ向けられていた。
俺が彼女たちへ指示を出した様子はなかった。それでも、メーガナーダもフレイアさんもロキも、俺の考えを当然のように代弁した。
しかも俺が一言も発しないうちに、第二王子は勧誘を断られ、王族としての振る舞いまで教えられている。
セレナさんが何を考えたのか読み取る前に、彼女は一礼して退室した。
玄関の扉が閉まり、ようやく応接室へ静けさが戻る。
いつから俺の周囲に、これほど多くのスポークスマンが配置されたのだろう。
メーガナーダは沈黙をクランマスターとしての抗議へ変え、フレイアさんは王族の予定と警護にまで話を広げ、ロキは言ってもいない暴言を追加した。
オティヌスは自分の食欲まで俺の要望として伝えようとし、本人が否定しても、ロキが勝手に承認した。
記者会見なら、開始から数分で全員を交代させている。
「それでは、中断した説明を再開しましょう」
何事もなかったように、フレイアさんが書類を整えた。
先ほど第二王子へ王族の振る舞いを教えた人物と、同一人物とは思えない切り替えの早さだった。
セフィさんたちは改めて活動方針や規則へ目を通し、報酬の分配や設備の利用について確認していく。
王族から提示された装備や住居は迷わず断ったのに、共同倉庫へ私物を置ける範囲については、5人で随分長く相談していた。
全ての説明を終えたあと、セフィさんが最初に加入書類へ署名した。
ルーサーさん、ララフィさん、ナリアさん、メルルさんも続き、5人分の名前が揃う。
「これで、私たちは《Hi-end》の一員?」
セフィさんから完成した書類を受け取り、俺は署名欄を確認した。
「はい。これからよろしくお願いします」
5人の表情が揃って緩んだ。
こうして《エンプレスティア》は、正式に《Hi-end》へ加わった。
仲間が増えたことは喜ばしい。
その代わり、第二王子へ訪問の予約方法を教え、存在しない肉の手土産まで要求したことになった。
クランの加入手続きに、王族への礼儀作法講座と贈答品の指定まで含まれているとは、俺も今日初めて知った。
◇
日が傾き始めた頃、バーガサレルの公園に、1人の少女が座っていた。
街へ到着してから、既に数日が経っている。
足元に置かれているのは、王都から持ち出せた僅かな荷物を収めた鞄だけ。宿と食事へ使える金を何度計算しても、両方を満足に賄える答えにはならなかった。
仕事を探して街を歩き回ったものの、紹介状もなく、すぐに働ける場所は見つからない。ようやく確保した安宿も、今夜まで泊まれば手元に残る硬貨は僅かになる。
少女は公園の長椅子へ腰掛け、膝の上で両手を組んでいた。
夕暮れに染まる街を見つめる横顔には、年齢に似合わない憂いが浮かんでいる。
行き交う人々は、その姿を見て、何か深い事情を抱えているのだろうと想像した。
それは間違いではない。
王都を離れ、この街へ辿り着くまでに失ったものは多かった。これからどこで暮らし、どうやって生きていけばいいのかも分からない。
やがて風向きが変わり、どこかの店から肉を焼く香りが流れてきた。
少女の視線が、匂いの漂ってきた方角へ動く。
憂いを帯びた表情のまま、アキラは誰に聞かせるでもなく呟いた。
「……お肉食べたい……」




