第33話 思わぬAランク昇格
オティヌスと《エンプレスティア》が作った落とし穴は、倒れたアーマードベヒーモスから渓谷の奥へ進んだ場所にあった。
幅だけなら、巨大な四足魔物の全身が収まりそうな穴である。周囲には掘り出された土が積み上げられ、穴の内側には、落ちた獲物が這い上がろうとした際につけた爪痕が深く刻まれていた。
「これを5人で掘ったんですか?」
「はい。私たちは全員、土魔法を使用できます」
セフィさんの説明によれば、昨日の夕方、5人は渓谷周辺の魔物を調査していたらしい。
その途中、藪を掻き分けて現れたオティヌスから、挨拶より先に穴を掘るよう頼まれたという。
近くに大きな獣がいる。逃げられないよう、ここへ穴を掘れ。
人物の名前は何度聞いても覚えないのに、食べ物へ関係する地形だけは正確に把握している。アーマードベヒーモスが通る場所だけでなく、渓谷から街道へ近づく経路まで示したらしい。
「私たちも周囲を調べ、アーマードベヒーモスの足跡を確認しました」
セフィさんが、穴の向こうへ続く地面を示した。
巨大な足跡は渓谷の奥だけでなく、街道へ向かう経路にも残されている。倒された木々や食い荒らされた低木も、以前より人の利用する場所へ近づいていた。
昨日捕らえなかったとしても、いずれ街道や商隊へ被害を出していた可能性は高い。
「正面から討伐するには、私たちだけでは戦力が足りません。そこで、戦うのではなく移動を制限することにしました」
穴が掘られているのは、渓谷の出口が狭くなる場所だった。
アーマードベヒーモスを落とし穴へ誘導し、完全に拘束できなかった場合も、進める方角を一つに絞る。その先へ土壁と蔦を用意し、街道へ到達する前に足止めする。
そこまでが、《エンプレスティア》の5人で組み立てた作戦だった。
「役割も事前に決めました。私が魔物の注意を引き、ルーサーとララフィが左右から誘導します。ナリアとメルルには、落とし穴と土壁の維持を任せました」
5人は互いの役割を理解し、状況に応じて動いていた。少なくとも、今回の地形工作と誘導に限れば、連携へ大きな問題があるようには見えない。
実際、作戦も途中までは成功している。
誘導されたアーマードベヒーモスは、落とし穴へ前脚から落ちた。
ところが、地表の下には硬い岩盤があった。5人の土魔法でも予定していた深さまで掘り進められず、穴へ収まったのは巨体の半分ほどだったという。
アーマードベヒーモスは後脚で地面を蹴り、土壁を崩しながら這い上がった。
「そのまま街道へ向かったわけではないんですね?」
「はい。土壁で進路を限定し、こちらの狭窄部へ誘導しました。パティさんとヘンリーさんが来てくださってからは、街道へ入る商隊も止めています」
落とし穴だけで、完全に捕らえることはできなかった。
それでも進める方角を限定し、人のいない場所で足止めするという目的は果たしている。オティヌスの動機が食欲だったことを除けば、対応としてはかなり合理的だった。
「どうして、先にギルドへ知らせなかったんですか?」
俺が尋ねると、オティヌスは穴の底を覗き込みながら答えた。
「知らせに戻れば、その間に肉が逃げるではないか」
「人へ被害が出る可能性もあったでしょう」
「だから、耳の長い女たちに止めさせた」
本人の中では、すべて対処済みだった。
しかも実際に負傷者はおらず、商隊もアーマードベヒーモスと接触する前に止めている。これで動機まで立派なら素直に褒められたのだが、最初から最後まで肉しか見ていない。
「次に同じことがあったら、誰か1人を報告へ向かわせてください。逃がしたくないなら、残った人たちで見張ればいいでしょう」
「なるほど。ならば次から、6人以上おる時に穴を掘らせる」
「人数の条件だけ覚えないでください」
報告役を確保してほしいのであって、捕獲作戦の最低参加人数を制定したわけではない。
新しい規則を教えるたび、オティヌスは自分にとって都合のよい部分だけを抜き出し、次の行動条件へ加えていく。
学習していないわけではない。
学ぶ方向が、毎回こちらの望みから少しずつ外れているだけだった。
◇
商隊を送り出したあと、アーマードベヒーモスの死体は、ロキの転送術式によってギルドの解体場へ運ばれた。
今回は玄関扉を通していない。
巨大な死体が何にも衝突せず解体場へ到着しただけで、関係者から安堵の声が上がった。転送の成功よりも、建物を一つも壊さなかったことを評価される術者は、ロキくらいだろう。
ギルドへ戻ると、ザレグさんが現地の記録と地図を確認していた。
オティヌスによるアーマードベヒーモスの発見。
《エンプレスティア》による落とし穴の作成と進路の限定。
《紅蓮の風》による痕跡の確認、ギルドへの報告、商隊の避難。
最後に、《シャンバラ》が討伐と死体の回収を行った。
結果として人的被害はなく、街道や商隊の積荷にも損害は出ていない。
「事前にギルドへ報告するべきでした。申し訳ありません」
俺が先に頭を下げると、ザレグさんは地図から顔を上げた。
「確かに、正式な手順ではない」
注意を受けることは仕方がない。
アーマードベヒーモスは、対応を一つ間違えれば商隊どころか周辺の集落まで襲いかねない魔物である。今回は被害が出なかったからといって、次も同じように済むとは限らない。
「だが、報告のために全員が現場を離れれば、その間に街道へ出ていた可能性もある。発見した時点で動きを制限した判断まで、間違いとは言えん」
バーガサレルで、アーマードベヒーモスを確実に討伐できる戦力は限られている。
ギルドが通常の手順で対応するなら、対象の位置と能力を調査し、街道を封鎖して、複数の高ランクパーティーを集めなければならない。移動や補給の準備まで含めれば、その間に被害が出ていた可能性もあった。
今回は、《エンプレスティア》が地形工作と足止めを担当し、《紅蓮の風》が調査と避難誘導を行い、最後に《シャンバラ》が討伐した。
大規模な討伐隊を集めることなく、現地にいた者と《Hi-end》の戦力だけで処理している。
「それにしても、出来すぎているな」
ザレグさんの指が、地図の上で《紅蓮の風》の調査経路を辿った。
「お前は事前に、《紅蓮の風》へ西部の調査依頼を勧めていたそうだな」
「エンペラーボアを倒した直後でしたから。しばらくは討伐よりも、周辺を知る仕事の方がいいと思っただけです」
「その調査先で、街道へ近づくアーマードベヒーモスの痕跡を発見した」
「最初に見つけたのはオティヌスです」
「そして、《紅蓮の風》が痕跡を追って現場へ到達した」
俺の説明を否定しているわけではない。
ただし、ザレグさんの中では、別々に起きた出来事が一つの計画へ並べ替えられようとしていた。
「オティヌスを先行させて脅威を発見し、現地にいた《エンプレスティア》へ地形工作を行わせる。《紅蓮の風》には調査と報告、商隊の避難を経験させ、最後は《シャンバラ》が討伐する」
偶然同じ方向へ出かけただけの最高神が、先行調査員へ昇格した。
「《紅蓮の風》だけで討伐させれば、実力を示す機会にはなっただろう。しかし、エンペラーボアを倒した直後に、再び危険な戦闘をさせる必要はない。だから調査と避難だけを任せたということか」
彼らへ無理をさせたくなかったことまで、作戦の合理性へ回収されている。
事実ではある。
そこから先を計画していなかっただけだ。
「さらに、商人や護衛の前で《シャンバラ》の戦力を示した。クランマスターがFランクであることを理由に、《Hi-end》の活動を制限する話が出た当日にな」
代表者を変更する話まで、アーマードベヒーモスの討伐へつながってしまった。
オティヌスが肉を捕まえるために掘らせた穴へ、戦力証明とクラン運営の問題まで投げ込まれていく。あの落とし穴は、魔物より誤解を捕らえる性能の方が高かったらしい。
「そこまで考えていません」
一度だけ、事実を伝えた。
ザレグさんは僅かに口元を緩め、地図を閉じる。
「そういうことにしておこう」
訂正まで、手の内を隠すための返答として処理された。
これ以上続ければ、知らないふりをして部下を動かした、責任を分散するために情報を与えなかった、偶然まで利用して成果へ変えた。その辺りまで勝手に育ちかねない。
俺はザレグさんの理解を正すより、受付から逃げようとしているオティヌスを捕まえる方を優先した。
「《シャンバラ》には、Aランク魔物を討伐できる戦力と、周辺被害を抑えながら行動できる連携がある。今回の記録は、特例審査へ提出する」
「俺自身は誰も倒していませんが、商隊を無事に帰せたことは成果として受け取ります」
「それでいい。クランマスターが、すべての敵を自分で倒す必要はない。戦力を把握し、必要な場所へ配置することも能力だ」
朝まで問題になっていた代表者のランクは、オティヌスの落とし穴によって解決へ向かっていた。
クランマスターの椅子から降りようとした俺を、最高神が掘らせた穴へ落とし、元の席まで押し戻したようなものである。
しかも、その穴を実際に掘ったのは別の5人だった。
◇
──セフィ視点──
ギルドの別室では、《エンプレスティア》の5人も聞き取りを受けていた。
職員から同じ確認を何度か受けながら、セフィは現地で目にした《シャンバラ》の戦いを思い返していた。
初めて嵯峨楓を見た時、正直に言えば期待外れだと思った。
魔力を感じず、鍛えられた身体にも見えない。高ランクパーティーを複数抱えるクランの代表者だと聞いていたが、周囲の強者を飾りとして従えているだけではないかと疑っていた。
だから、戦闘には加わらず、商隊を守るよう勧めた。
今になって思えば、その判断を含めて試されていたのかもしれない。
「私たちは、本当に偶然あの場所へ居合わせたのでしょうか」
セフィが呟くと、槍を使うルーサーが顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「《紅蓮の風》は、楓様から勧められた調査依頼で渓谷へ来たそうです。その前日には、オティヌス様が私たちへ落とし穴を作らせています」
オティヌスと出会った時、5人は《Hi-end》の意図を理解できなかった。
それでも、最近急速に勢力を伸ばしているクランが、Aランク魔物へ何らかの対策を始めたのだと考え、協力した。
翌日には《紅蓮の風》が痕跡を追って現れ、最後に楓たちが転送されてきた。
「私たちが土魔法を使えることも、アーマードベヒーモスを正面から倒せるほどの戦力がないことも、最初から把握されていたのではありませんか?」
「だから、討伐ではなく落とし穴を作らせたのか」
ルーサーの言葉に、ララフィ、ナリア、メルルも表情を変えた。
自分たちは、偶然作戦へ協力したのではない。
5人の能力で果たせる役割だけを与えられ、危険な討伐は《シャンバラ》が引き受けた。
さらに、楓を戦えない飾りだと判断した直後、彼は規格外の4人へ指示を与え、自分たちが傷一つつけられなかった魔物を短時間で倒している。
「私たちが、楓様を見極めていたのではありません」
セフィは膝の上で両手を握った。
「最初から、私たちの実力と判断を見極められていたのです」
それでも楓は、5人が自分を見誤ったことを責めなかった。
落とし穴を作り、商隊へ被害が出る前に魔物を足止めしたことを、功績として認めている。
能力を測られ、実力の差を見せつけられたうえで、自分たちが果たした役割だけは正当に評価された。
「《Hi-end》へ加入すれば、私たちに不足しているものも分かるかもしれません」
セフィの言葉へ、4人は迷わず頷いた。
◇
その頃、彼女たちの能力を見極めたことになっている俺は、受付台へ逃げ込もうとしたオティヌスを捕まえ、謝罪書へ拇印を押させていた。
「私は被害を出しておらぬぞ」
「被害が出なかったことと、勝手に捕獲作戦を始めていいことは別です。次からは先に報告すると約束してください」
「分かっておる。次は6人以上集める」
「まだ人数の話をしていません」
教えた規則が、早くも別の捕獲作戦へ利用されていた。
アーマードベヒーモスを倒した実績により、《シャンバラ》はAランクへの特例審査へ推薦された。
ザレグさんの中では、都市の戦力不足を補いながら、《Hi-end》の力を示した先制討伐。
《エンプレスティア》の中では、彼女たちの能力と慢心を測るために用意された選抜試験。
実際に用意されていたのは、オティヌスが肉を逃がさないための落とし穴だけである。
目的は最後まで夕食のままだったが、そこへ落ちた者たちの解釈によって、作戦の規模だけが都市防衛まで育っていた。




