第27話 迫りくる死神
第27話
加入審査を行う朝、旧クランハウスの正面玄関には扉がなかった。
昨日、修理を終えた直後に再び傾き始めたため、ヤシチたちが蝶番から外し、外壁へ立てかけている。
クランとして誰でも受け入れる姿勢を示すなら、これ以上なく開放的な玄関だった。
防犯まで一緒に放棄している点を除けば。
審査に使うのは、1階の食堂である。
ゴブリンたちが床とテーブルを掃除し、人数分の椅子を並べていた。昨日まで4人で持ち上げても動かなかった椅子も、余計な補強を外され、どうにか人間が座れる重さへ戻っている。
家具から凶器へ、そして今日また家具へ。
ウエサマは受付台の内側へ座り、ルノアさんが持ってきた申出書を前に置いていた。
文字はまだ読めない。
それでも書類へ手を伸ばそうとする者がいれば、細い棒で指先を叩く。受付の仕事について最初に覚えたのが、書類の管理ではなく、不用意に触れた者への処罰だった。
役職が人格へ追いつく方向を、早くも間違えている。
「正式な審査を始める前に、クラン名を決めていただけますか」
ルノアさんが設立申請書を開いた。
クラン名の欄だけが、昨日から空白のまま残っている。
フレイアさんは以前から候補を考えていたらしく、楓を王へ導く者たちという意味を持つ長い名前を提案した。メーガナーダさんは、戦団や軍勢を示す言葉を入れたがっている。
ロキは短く覚えやすい名前がよいと言いながら、候補の中へ《しばき隊》を混ぜていた。
それだけは駄目だ。
神々の世界から本物が来た場合、支部を名乗る偽物として最初に処分される。
オティヌスの候補は、肉と虫の名前しか入っていなかった。クランではなく、食堂の献立か昆虫採集会にしか見えない。
全員の希望を聞けば聞くほど、空欄のまま提出することが最善に思えてくる。
「本日のところは、設立準備団体として審査を行います」
ルノアさんは話し合いの終了を待たず、申請書を閉じた。
受付台には《名称未定》と書かれた仮の札が置かれる。
正式名称ではないと分かっていても、旧クランハウスの受付へ堂々と掲げられると、すでに決まった名前のように見えた。
このまま誰も決めなければ、俺たちは《名称未定》の所属者として依頼を受けることになる。
急いで考える必要はある。
オティヌスに決定権を渡さないためにも。
◇
審査を始める時刻になると、加入希望者たちが旧クランハウスへ集まってきた。
正式な募集を行っていないため、人数はそれほど多くない。
それでも、広い食堂へ複数のパーティーが並ぶ光景を前にすると、俺たちが本当にクランを作ろうとしていることだけは認めざるを得なかった。看板もない団体にも、列はできている。
受付では、ルノアさんが申出書に記された名前を読み上げ、ヤシチがパーティーの人数を確かめていた。その隣では、ウエサマが受付台から番号札を渡している。
文字を理解しているわけではないため、札の順番は早くも崩れていた。
最初に来たパーティーが7番で、最後に来た者が2番を持っている。
公平性だけは保たれている。全員が等しく順不同だった。
ゴブリンたちを見た途端、門の外へ引き返した者もいた。
武器を持ったゴブリンが屋敷を管理しているとは聞いていなかったのだろう。無理に呼び戻す必要はないと判断し、そのまま帰ってもらった。
結果として審査を受けるために残ったのは、4つのパーティーだった。
Fランクの《紅蓮の風》。
同じくFランクで、人間だけの《銀夜行》。
人間、獣人、ドワーフで構成されたDランクの《ファングドレイク》。
そして、種族も装備も揃っていないFランクの《黒霧》。
高ランクと呼べる者はいない。
ルノアさんによれば、どのパーティーにも重大な規約違反はなかった。ただし、依頼の達成数は少なく、失敗や途中撤退の記録が目立っている。
有力なクランから声をかけられる実績ではない。
なぜ、設立さえ終わっていない俺たちのところへ来たのか。その理由だけは理解できた。
ほかに行く場所がなかったのだろう。最後の砦というより、最後に残った空き地に近い。
最初に食堂へ通されたのは、《紅蓮の風》だった。
リーダーのユールは湾曲した盾を背負い、何度も補修した革鎧を身につけている。剣士のルドベック──仲間からはベックと呼ばれている男と、弓を持つヘンリー、治癒役のパティも、装備の古さは変わらなかった。
4人とも椅子へ座る前に、俺たちへ頭を下げた。
飲み物を運んできたゴブリンにも礼を言い、木杯を受け取っている。警戒はしているが、相手がゴブリンという理由だけで追い払おうとはしなかった。
その時点で、門から帰った者たちよりは一歩先へ進んでいた。
「加入を希望した理由を伺ってもよろしいですか」
ルノアさんに促され、ユールは自分たちの現状を話し始めた。
長くFランクから上がれず、簡単な依頼でも負傷者を出すことがある。ほかのクランへ加入を申し込んだものの、育成へ使う費用の方が高いと断られてきたらしい。
今朝も、王都から来たという勧誘者に声をかけた。
しかし、その人物が探していたのは、すでに実績を持つベテランだけだった。《紅蓮の風》の許可証を見ると、名前を尋ねることもなく次のパーティーへ移ったという。
「ここなら、弱いままでも入れると聞いたのですか」
俺が確認すると、ユールは僅かに言葉を詰まらせた。
どうやら、ほぼそのとおりだったらしい。
「弱い者を集めているという噂ではありません。低ランクでも、話を聞いてもらえると伺いました」
言葉を選んでいるものの、意味は大きく変わらない。
設立前から、低ランクの最後の受け皿として期待されている。
俺自身もFランクなので、間違った評判とは言い切れなかった。
「こちらへ加入しても、急に強くなれるわけではありません。受ける依頼も、皆さんで判断してもらいます」
「はい。機会をいただけるだけで十分です」
ユールは、無理に自分たちを大きく見せなかった。
過去の失敗を装備や依頼主の責任にせず、自分たちの判断が遅かったと認めている。撤退回数が多いのも、負傷した仲間を置いて進まなかった結果だった。
依頼の成功率だけを見れば、褒められる記録ではない。
それでも、全員が欠けずに同じ席へ座っていた。数字では測れない実績が、椅子の埋まり方に出ている。
俺がルノアさんへ目を向けると、《紅蓮の風》の申出書は採用する側へ移された。
メーガナーダさんも異論を挟まず、ユールたちの足元と装備を眺めている。何を確認しているのか尋ねると、歩き方と鎧の傷から、普段の隊列を見ているらしい。
合格発表より先に、次の課題が始まっていた。
残る3パーティーについても、同じように話を聞いた。
《銀夜行》は、夜間の護衛を得意としていたが、昼の依頼で失敗が多い。名前に活動時間を限定されているような経歴だった。
《ファングドレイク》は個々の能力こそ高いものの、種族ごとの身体能力が異なり、移動速度すら揃っていない。全員が自分の得意分野だけで前へ出るため、隊列が伸びきってしまうらしい。
ただし、ドワーフのダレルさんは鍛冶を得意としており、傷んだ装備を現地で修繕できる。それぞれが勝手に先行しなければ、長期の依頼にも対応できるパーティーだった。
《黒霧》は隠密行動を得意と申告していたが、ギルドの記録では、依頼中に仲間同士まで互いの位置を見失っている。
敵から見つからなかった代わりに、依頼終了後は仲間を探す時間まで必要になっていた。
問題のないパーティーは一つもなかった。
俺たちの側も、問題がないと胸を張れる集団ではない。最高神は虫籠を抱え、転送神は時折術式の事故を起こす。美の女神は俺へ敵意を向けた男ほど、葱を背負ってきた鴨のように利用し、戦女神は興味のない相手の顔も名前も覚えないまま、審査中の者たちを訓練対象として観察している。
基準を上げれば、真っ先に落ちるのはこちら側だった。
重大な違反歴がなく、仲間を見捨てず、本人たちに改善する意思がある。
最終的に、4つのパーティーすべてを設立準備団体の所属予定者として受け入れることになった。
正式な加入は、クラン名と活動方針をギルドへ届け出たあとになる。それまでの間も、依頼は各パーティーが自分で選び、報酬も本人たちへ支払われる。
クラン側から一方的に危険な依頼を押しつけることはない。
少なくとも、俺はそう考えていた。
「明朝、日の出前に中庭へ集合してもらう」
メーガナーダさんが、採用された全員へ告げた。
依頼へ同行する前に、それぞれの歩き方と隊列を確認するという。軽い基礎訓練だと説明されたため、ユールたちは緊張しながらも頷いていた。
彼女にとって山を2つ越えた先が《すぐそこ》であることを、まだ誰も知らない。
日の出前に始まる軽い訓練が、日没までに終わる保証もなかった。
フレイアさんは参加者の人数を確認し、食料、治療薬、予備装備を用意するための書類を書き始めた。
準備だけを見れば、訓練ではなく遠征である。
「そこまで必要なんですか」
「念のためです」
フレイアさんは微笑んだまま、予備の治療薬をさらに追加した。
何に備えているのかは教えてくれなかった。
帰り際、《紅蓮の風》の4人は、もう一度俺たちへ頭を下げた。
ようやく加入できる場所が見つかったと安堵している。
俺も、問題を起こさず依頼を続けられる仲間が増えたと思っていた。
中庭ではメーガナーダさんが訓練用の木剣を確認し、フレイアさんは治療薬の発注数を増やしている。
設立前のクランに最初に必要だったのは、名前でも規約でもなかった。
明日の訓練から、全員を無事に帰す方法だったらしい。




