第24話 珍妙行列
メーガナーダさんのハンター登録は、神王を倒した戦績も、神々の世界における称号も記録されないまま完了した。
身元を証明できない以上、ギルドが確認できるのは、本人の名前と目の前にいる姿だけである。能力についても、正確な測定が難しいという理由で保留され、実績のない異国の旅人としてFランクの許可証が発行された。
メーガナーダさんは金属製の札を受け取ると、俺の許可証と見比べ、満足そうに腰へ下げた。
「これで、カエデの依頼へ同行できるのだな」
「登録と同行の了承は別です」
先ほどから何度も伝えているが、彼女は断られるたび、調査や返済の必要性を新たに付け足していた。
俺へ攻撃した際、防壁から三柱分の神威を感知した。何者が、どのような目的で俺の身体へ術式を仕込んだのか確認しなければならない。さらに、治療費として渡した金貨も返していないため、狩猟や護衛で働く必要があるらしい。
どちらか片方を否定しても、残った理由で立ち上がる。
議論を続ければ、明日には同行する理由が両手で数えきれないほど増えていそうだった。
「依頼へ参加される場合は、その都度、受注者の了承を得てください」
ルノアさんはメーガナーダさんへ規則を伝え、登録用紙を受付台の下へ収めた。
これで手続きは終わったものの、俺には彼女の同行より先に考えなければならない問題がある。
スレイプニル、ガルーダ、ゴブリンたちを、どこへ連れて帰るかだった。
「ひとまず、宿へ相談してきます」
俺が受付ロビーの出口へ向かうと、左肩にとまっているガルーダだけでなく、裏手の訓練場にいた全員が動き出した。
スレイプニルは俺の右隣へ並び、ゴブリンたちは武器を布で包んだまま、その後ろへ列を作る。さらに最後尾には、登録したばかりのメーガナーダさんまで加わっていた。
立ち止まると全員が止まり、もう一歩進めば同じ距離だけ近づいてくる。
宿へ相談へ行くつもりだったのに、完成したのは神獣と魔物と戦女神を伴う行列である。このまま市街地へ出れば、部屋を借りる前に、城門の増援を呼ばれる可能性が高かった。
「メーガナーダさんまで来る必要はありませんよ」
「私も宿を決めなければならない。同じ場所なら、調査を始めるにも都合がいい」
俺にとって都合が悪いという部分は、今回も判断材料に含まれなかった。
本人は俺の意見を無視しているつもりではなく、必要な仕事を優先しているだけなのだろう。だからこそ、断っても反省せず、より効率のよい方法へ改善されて戻ってくる。
ルノアさんから、市街地を移動するなら職員を同行させると言われたところで、ギルドの扉が開いた。
白い衣装をまとったフレイアさんと、杖を肩へ担いだロキが入ってくる。
フレイアさんは俺の後ろに並んだ一団を一度眺めただけで、驚いた様子を見せなかった。代わりに、抱えていた紙束から大きな見取り図を取り出し、近くのテーブルへ広げる。
「皆さんの住居でしたら、こちらを確保します」
複数の寝室に食堂、浴室、倉庫、厩舎まで備えた大きな建物だった。中央には広い庭があり、その脇には母屋と離れた作業小屋まで建っている。
普通の家ではない。
見取り図の隅には、以前使用していたクランの名前が薄く残っていた。
「これは、クランハウスですよね?」
「現在は使われていませんので、共同住宅として利用できます」
建物の呼び方を変えても、部屋数も維持費も減らない。
俺が広さと費用を確認している間に、周囲では見取り図を使った入居準備が始まっていた。
スレイプニルは厩舎の描かれた場所へ鼻先を押しつけ、紙をテーブルから落としかける。ゴブリンたちは作業小屋と自分たちを交互に指し、気づけば拾ってきた小石を人数分だけ見取り図の上へ並べていた。
左肩から下りたガルーダは、2階の端に描かれた部屋へ着地する。その場所を自分の巣に決めたのか、嘴で紙を押さえたまま動こうとしない。
神獣とゴブリンたちによる部屋割りは、所有者の同意を待たずに進んでいた。
見取り図を覗き込んだロキも、倉庫へ杖先で小さな印をつける。用途を尋ねると、周囲へ被害を出さずに空間術式を試せる実験室が必要なのだという。
倉庫の使用目的として不穏すぎる。
それでも俺の部屋の隣を実験室にすると言われるよりはましなので、印を消すこともできなかった。反対する順番を誤れば、建物ごと失いかねない。
遅れて戻ってきたオティヌスは、事情を尋ねるより先に食堂と中庭の間へ指を置いた。
「ここなら、肉を焼いても寝室まで匂いが届くな」
「寝室まで肉の匂いを届けようとしないでください」
オティヌスは俺の注意を聞き流し、今度は食料庫を探し始めた。
まだ購入さえ決まっていない家が、術式の実験と肉の保管を目的とした施設へ変わりつつある。元のクランが戻ってきても、自分たちの建物だと気づけない使われ方になるだろう。
メーガナーダさんは誰よりも長く、庭の広さを確かめていた。
指で距離を測り、窓の位置と建物の向きを確認したあと、庭から裏門へ続く通路へ黒い印をつける。俺の寝室をどこへ置くつもりなのか尋ねると、襲撃時に外へ出やすい1階を選んでいた。
フレイアさんが用意していた部屋は2階である。
浴室に近く、日当たりもよい。さらに隣室を衣装部屋として使用し、必要であればフレイアさんの部屋と扉でつなげられる位置だった。
俺の安全を理由に、片方は外へ逃がそうとし、もう片方は建物の奥へ収納しようとしている。
「空いている部屋を一つ使えれば十分です」
本人の希望を伝えたものの、フレイアさんは日当たりを、メーガナーダさんは退路を確認し直しただけだった。
どうやら俺の寝室は、住む本人ではなく、収納性と避難性能によって決められるらしい。
やがて2人は見取り図の上で別々の部屋を指し、それぞれの安全性を主張し始めた。長引きそうだったため、俺は寝室の問題を後回しにし、フレイアさんが持ってきた紙束へ目を向ける。
「そもそも、これだけ大きな建物を借りられるんですか?」
「借りるのではありません。所有者から譲り受ける予定です」
フレイアさんは、見取り図の下から売買に関する書類を取り出した。
長く使われず、維持費だけが発生していたため、所有者は手放したがっているらしい。契約内容にも問題が見つかり、それを指摘した結果、当初より大幅に安い金額で交渉が進んでいた。
説明を聞く限り、相手も不要な建物を処分できるのだから悪い話ではない。
ただし、フレイアさんは値下げの理由を説明している間も穏やかに微笑んでいた。契約の問題を指摘された所有者が、同じ顔で交渉を終えたとは思えなかった。
「俺が野菜を受け取りに行っている間に、不動産の交渉をしていたんですか?」
「楓さんが安心して暮らせる場所を探すことも、必要な仕事です」
出かける前まで、俺たちは宿で暮らしていた。
数時間後には神馬と神鳥とゴブリンたちが増え、それを予想していたかのように旧クランハウスの購入話まで用意されている。
俺たちの周囲で問題が起きる速度と、フレイアさんが生活を囲い込む速度が競争を始めていた。
見取り図を確認していたルノアさんが、書類の一枚へ手を止める。
「こちらの建物には、ギルドから建設支援金が出ています。居住目的で利用する場合も、一定人数以上の登録団体と管理責任者が必要です」
つまり、個人の住宅として購入することはできないらしい。
ようやく話を止められる条件が見つかり、俺は見取り図から手を離した。
「それなら、俺たちには使えませんね」
「人数は足りとるで」
ロキが、見取り図の上にいる人間を杖先で順番に示した。
俺、フレイアさん、ロキ、オティヌス。さらに、先ほど登録を終えたメーガナーダさんまで加えれば、条件となる人数へ届いてしまう。
同行を認めていないはずの戦女神が、俺の知らないところで住宅取得の人数へ数えられていた。
「私は構わない。カエデの側にいられるなら、調査にも返済にも都合がいい」
メーガナーダさんが承諾し、フレイアさんも異論を挟まない。
俺の同行者になる件では対立しそうだった2人が、建物を手に入れるためだけは迷いなく協力している。共通の目的ができれば話は早いらしい。その目的へ俺の了承が含まれていないことだけが問題だった。
「登録団体ということは、クランを作る必要があるんですか?」
「新規に設立するか、既存のクランとして活動を再開することになります」
ルノアさんはそう説明したあと、管理責任者を決めなければ申請できないと付け加えた。
その言葉を聞いたゴブリンたちが、申し合わせたように俺の後ろへ移動する。スレイプニルも見取り図から顔を上げ、俺の肩へ鼻先を押しつけた。
ガルーダだけは2階の部屋を確保したままだったが、黄金色の片翼を俺へ向けている。
新たに登録されたスレイプニル、ガルーダ、ゴブリンたちの管理責任者は、すでに俺である。
嫌な流れだった。
俺が口を開くより先に、フレイアさんは紙束の一番下から、新しい申請書を取り出した。
書類の上部には《クラン設立申請書》と記されている。
さらに、その下にある代表者欄だけは空白ではなかった。
「どうして、俺の名前が書かれているんですか?」
「必要になると思いまして」
フレイアさんは当然のように答え、申請書をルノアさんへ差し出した。
俺が野菜を受け取りに出たのは、今朝のことである。
帰ってくるまでに神馬、神鳥、ゴブリンたちの管理責任者となり、戦女神から一方的に同行を決められ、今度は旧クランハウスを購入するための代表者にされようとしている。
頼まれた野菜は、すでに職員の台車で宿へ帰った。
受け取りに出た俺だけが、なぜかクラン設立申請書の前から帰れなくなっていた。




