↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拒否すれば死ぬので異世界に来たら、待っていたのは戦力になる駄目神様3人でした  作者: 聖帝エラー
第一章 駄女神も三人よれば文殊の姦しい馬鹿知恵編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/32

第21話 ビーストテイマー楓

 スレイプニルは、俺たちの目の前まで来ても、黄金色の小鳥を離さなかった。


 鋭い歯の間から小さな翼がはみ出し、その奥では淡い光が灰色の巨体へ吸い込まれている。捕食というより、獲物から食べられる部分を先に選別しているようだった。


「ガルーダを離せ、スレイプニル」


 メーガナーダさんが黒塗りの長弓を下ろし、鋭い声で命じた。


 スレイプニルは彼女へ片目を向けたあと、ガルーダと呼ばれた小鳥を一度だけ噛み直した。


 拒否の意思は十分に伝わった。


「その小鳥が、ガルーダなんですか?」


「そうだ。本来は神々を背に乗せ、龍や蛇を捕らえるほど巨大な神鳥だ。スレイプニルに神霊力を奪われ、姿を維持できなくなっている」


 言われてみれば、小鳥の羽毛には金属のような光沢があり、嘴と爪も猛禽類に近い。もっとも、現在は馬の口から逃れようと短い脚を突っ張っているため、龍を捕らえる姿を想像するのは難しかった。


 スレイプニルが鼻から息を吐く。


 ガルーダの羽毛が逆立ち、嘴が怒ったように何度も鼻先へ突き刺さった。攻撃そのものは効いていないらしく、スレイプニルは目を細めたまま神霊力を吸い続けている。


 食われかけていても抵抗をやめないあたり、神鳥としての意地は残っているらしい。


「離してください」


 俺が声をかけると、スレイプニルの耳がこちらへ向いた。


 ロキから加えられた言語補助術式は、人間以外にも働くらしい。言葉そのものを理解しているのか、込められた意味だけが伝わっているのかは分からないが、少なくとも呼びかけには反応した。


 もう一度頼むと、スレイプニルは首を横へ振った。


 口に咥えられたガルーダも一緒に振り回され、黄金色の翼が左右へ揺れる。


「食べるつもりなんですか?」


 今度は明確に頷いた。


「駄目です。離してください」


 再び首を横へ振る。


 会話は成立しているのに、交渉だけが一歩も進まない。


 この頑固さには覚えがあった。肉1箱の支給項目が存在しないと説明されても、白紙の申請書を抱えて代筆者を追い回していた最高神と同じである。


 オティヌスの神馬だと紹介されるより、いまのやり取りを見せられた方が、主従関係には納得できた。どちらも食べ物を前にすると、相手が折れるまで自分の主張を変えない。


「代わりの肉を用意すれば、その鳥を離してくれますか?」


 スレイプニルの耳が立った。


 俺の顔を見たあと、今度は腰に下げた報酬袋へ視線を移す。中に金が入っていると理解しているのか、鼻先を近づけ、確かめるように匂いを嗅いだ。


 財布まで確認された。


 言葉を理解するだけでなく、約束を果たせる相手かどうかまで見ているらしい。肉しか考えていないのではなく、肉を確実に手に入れるためなら、支払い能力まで調べる馬だった。


「街へ戻ったら、きちんと食べられる肉を買います。宿で料理もしてもらいます。それでどうですか?」


 スレイプニルは俺をしばらく見つめたあと、ようやく口を開いた。


 唾液に濡れたガルーダが歯の間から滑り落ちる。


 地面へ落ちる前に両手で受け止めると、驚くほど軽かった。羽毛の下に身体が残っているのか不安になるほどで、胸元だけが浅い呼吸に合わせて上下している。


「大丈夫ですか?」


 呼びかけると、ガルーダは片目を開いた。


 俺の顔を確かめ、続いてスレイプニルへ視線を向ける。鋭い嘴が開き、弱々しいながらも威嚇する声が漏れた。


「助かった直後に再戦しないでください」


 ガルーダは聞く耳を持たず、俺の手から飛び立とうとした。


 しかし、片方の翼を広げたところで身体が傾き、そのまま俺の胸元へ倒れ込む。神霊力を奪われすぎて、まだ自力で飛ぶこともできないらしい。


 それでも嘴だけはスレイプニルへ向けている。


 身体は小鳥ほどに縮んでも、気の強さまで小さくなったわけではなかった。


「まずは休んでください。あちらには俺から離れるように言いますから」


 その言葉が伝わったのか、ガルーダは俺の指を掴み、腕を伝って肩まで登った。


 俺を頼っているというより、スレイプニルへ最も遠い場所を選んだように見える。ところが、当のスレイプニルは肉の約束を忘れさせないため、反対側から俺の肩へ鼻先を押しつけてきた。


 ガルーダの羽毛が一斉に逆立つ。


「近づかないでください。逃げませんから」


 スレイプニルは顔を離さなかった。


 俺が肉を買うまで監視するつもりらしい。ガルーダは食われないために離れず、スレイプニルは食事を取り逃がさないために離れない。


 助けた結果、神獣2体から別々の理由で身柄を押さえられた。


「スレイプニルが、あなたを主人と認めたようだな」


 メーガナーダさんの声に、俺は顔を向けた。


「肉を買える人間だと認識されただけです」


「神馬が相手の財力まで確かめ、交渉に応じた。力で屈服させず、望むものを与えることで従わせたのか」


「ガルーダを買い取っただけでは?」


 口にしてから、自分でも嫌な表現だと気づいた。


 命を助けたつもりだったが、スレイプニルから見れば、捕らえた獲物を将来の肉と交換しただけである。善意の救助ではなく、支払いを後日に回した売買契約だった。


 メーガナーダさんは、俺の肩へとまるガルーダと、隣へ立つスレイプニルを交互に見た。


「神鳥を保護し、神馬と契約を結んだ。やはり、あなたは力を隠している」


「肉の購入を契約と呼ばないでください」


「神獣との約束を軽く扱うべきではない」


 その点だけは正しかった。


 スレイプニルは俺の報酬袋まで確認している。街へ戻って肉を買わなければ、約束を忘れた人間として扱われるだけでは済まないだろう。


 メーガナーダさんは、俺の肩へとまったガルーダと、隣に立つスレイプニルを交互に見た。


 下げていた黒塗りの長弓が、再び持ち上がる。


 矢をつがえるところまでは待たなかった。


 スレイプニルが俺の肩から顔を離し、メーガナーダさんへ向き直る。肉を用意する人間へ再び攻撃するつもりだと判断したらしい。


「待ってください!」


 止めるより先に、8本の脚が地面を蹴った。


 スレイプニルは一瞬でメーガナーダさんとの距離を消し、前脚を振り抜く。


 メーガナーダさんも反応していた。


 黒塗りの長弓が光に包まれ、巨大な金棒へ姿を変える。彼女は片手で金棒を構え、振り下ろされた蹄を正面から受け止めた。


 雷鳴のような衝撃が草原へ響き、周囲の草が円形に倒れる。


 メーガナーダさんは姿勢を崩さず、続けて迫った脚も金棒で弾いた。さらに横から振り抜かれた3本目を避け、死角から伸びた4本目を金棒の柄で受け流す。


 8本の脚が、互いの動きを邪魔することなく次々と襲いかかる。


 メーガナーダさんは、そのすべてを見切り始めていた。足運びと攻撃の順番を短時間で読み、避ける動きも最小限に変わっている。


 戦女神を名乗るだけの実力は本物だった。


 スレイプニルが前脚を大きく振り上げる。


 メーガナーダさんは僅かに重心を落とし、迎撃するため金棒を構えた。


 その瞬間、俺の肩から黄金色の影が飛び出した。


「ガルーダ?」


 まだ飛べないはずのガルーダが、残った神霊力を振り絞り、低い軌道でメーガナーダさんへ向かっていた。


 攻撃というより落下に近い。


 それでも、嘴だけは正確に彼女の顔を狙っている。


 メーガナーダさんは金棒を止め、首を傾けてガルーダを避けた。弱っている神鳥を巻き込まないため、振り抜くはずだった攻撃まで中断する。


 その一瞬を、スレイプニルは逃さなかった。


 残った脚の1本が、メーガナーダさんの脇腹を捉える。


 褐色の身体が宙へ浮き、銀色の髪をなびかせながら丘の斜面へ飛んでいった。地面を何度か跳ねたあと、土煙の中へ消える。


 ガルーダも途中で力尽きたが、こちらは俺が両手で受け止めた。


「助かった直後に無茶をしないでください」


 ガルーダは俺の手の中で嘴を開き、丘へ向かって勝ち誇ったような声を上げた。


 単独では飛ぶことも難しいのに、スレイプニルとの連携だけは成立していた。敵同士でも、共通の相手が現れれば協力できるらしい。


 スレイプニルも満足そうに鼻を鳴らす。


「あなたも女性を蹴り飛ばして満足しないでください」


 叱ると、スレイプニルは耳を伏せた。


 反省したのかと思ったが、すぐに鼻先で俺の腰を押し、街の方角を示す。


「いま肉の催促をしていますよね?」


 スレイプニルが頷いた。


 女性を蹴り飛ばしたことへの反省は、耳を伏せていた数秒で終了した。現在の関心は、すでに戦いから夕食へ移っている。


 丘を覆っていた土煙が晴れる。


 メーガナーダさんは金棒を杖のように地面へ突き、片膝をついていた。服や髪には土がついているものの、大きな怪我は見当たらない。


 立ち上がった彼女は、金棒を黒塗りの長弓へ戻した。


「私の負けだ」


「勝負を受けた覚えがありません」


「私の神矢を2柱の神術で退け、スレイプニルを呼び寄せ、ガルーダを保護した。2体の神獣があなたを守り、あなた自身は一度も攻撃していない」


「俺は毎回、起きた事故の後始末をしているだけです」


 これ以上、個別の出来事を説明しても意味はない。


 俺が行っているのは、3柱を従えることではなく、彼女たちが起こした問題の被害を減らすことだけである。今回も、オティヌスの馬が神鳥を食べかけたため、代わりの肉を約束したにすぎない。


 メーガナーダさんは俺の言葉を聞き、静かに目を細めた。


「神々の失敗まで自ら引き受け、その功績を誇らないのか」


 説明を一つにまとめた結果、誤解まで一つの大きな塊へまとまった。


 もう訂正する気力は残っていなかった。


 周囲を見ると、俺を守ってくれたゴブリンたちは、まだ木の棒や短剣を構えていた。


「もう大丈夫です。助けてくれて、ありがとうございました」


 俺が頭を下げると、ゴブリンたちは顔を見合わせた。


 やがて先頭の1体が武器を下ろし、残る者たちもそれに続く。言葉は通じなくても、戦いが終わったことは理解したらしい。


 森で殺さずに残した命が、今度は俺を守るために立ちはだかった。


 結果として攻撃を防いだのはフレイアさんとロキの術式だったが、力の差を理解したうえで逃げなかった彼らの行動まで、無意味だったことにはしたくない。


 ゴブリンたちは俺の無事を確かめると、何度か振り返りながら街道脇の茂みへ入っていった。


「どうして地上へ来たんですか?」


 彼らを見送ったあと、俺はメーガナーダさんへ尋ねた。


「強者と戦うためだ」


「地上へ来る許可は取ったんですか?」


 メーガナーダさんは答えなかった。


 視線が僅かに横へ逸れる。


 戦闘中には一切見せなかった隙が、手続きの話をした途端に現れた。神王の攻撃は正面から受けられても、許可証の確認には弱いらしい。


「無断で来たんですね?」


「地上への経路が開いていた」


「開いている場所を通っていいとは限りません」


「閉じておくべきだった」


 問題の責任が、扉の管理者へ移された。


 ロキが転送口の向きを間違えたときと似ている。本人の中で移動が成功すれば、その後に起きた問題は、出口や扉の管理不足として処理されるらしい。


「俺は宿へ戻ります。メーガナーダさんとは、ここで別れましょう」


「なぜだ?」


「無断で地上へ来て、初対面の相手へ矢を放ったからです」


「私は敗北を認めた。勝者には敗者の処遇を決める権利がある」


「その勝負には参加していません」


 メーガナーダさんは、不思議そうに俺を見つめた。


 俺は土で汚れた彼女の服と、スレイプニルの蹴りを受けた脇腹へ視線を向ける。神様なら大きな怪我ではないのかもしれないが、女性を蹴り飛ばしたまま立ち去るのは気が引けた。


 報酬袋から金貨を数枚取り出し、彼女へ差し出す。


「これは治療費と宿代です。北門では入街税も必要になるので、その分にも使ってください」


「私へ金を渡すのか?」


「スレイプニルが蹴ったことについては、俺にも責任がありますから」


「神獣へ命じて私を退けた勝者が、敗者の生活まで保証するということか」


「命じていませんし、生活を保証するつもりもありません。今日必要な分だけです」


 メーガナーダさんは金貨を受け取り、手のひらの上でしばらく眺めた。


 やがて何か重大な意味を見つけたような顔で、金貨を大切そうに胸元へしまう。


「受け取った。必ず返そう」


「返さなくて大丈夫です」


「そういうわけにはいかない」


「では、返す方法が決まってからお願いします。いまは俺を追いかけないでください」


「分かった」


 思ったより素直な返事だった。


 俺は土のついた野菜の木箱を抱え直した。


 ガルーダは再び俺の肩へ登り、反対側には肉の約束を回収するつもりのスレイプニルが並ぶ。野菜を受け取りに来ただけなのに、帰りには神鳥と8本脚の神馬が増えていた。


 北門へ向かって歩き始める。


 しばらく進んだところで、背後から乾いた枝を踏む音が聞こえた。


 振り返ると、街道脇の茂みが不自然に揺れている。


 葉の隙間から、先ほど別れたはずのゴブリンたちが並んでこちらを見ていた。


「森へ戻ったんじゃなかったんですか?」


 ゴブリンたちの頭が、一斉に茂みへ引っ込む。


 俺が前を向いて歩き始めると、再び枝を踏む音がついてきた。


 もう一度振り返る。


 今度は街道脇の岩や細い木へ身体を隠していたが、人数に対して遮蔽物が足りていない。頭や肩が半分ほどはみ出し、全員が俺と目を合わせないよう、別々の方向を見ている。


「ついてきていますよね?」


 返事はなかった。


 ただし、俺が歩けば、彼らも歩く。立ち止まれば、全員が同時に止まる。


 メーガナーダさんに襲われたことで、俺を1人にすると危険だと判断したのかもしれない。実際には、彼らを守ったのも俺ではなく、フレイアさんとロキの術式だった。


 それでもゴブリンたちは、今度こそ俺を無事に送り届けるつもりらしい。


 左肩には小鳥ほどに縮んだガルーダ。


 右隣には8本脚のスレイプニル。


 少し離れた後方には、隠れているつもりのゴブリンたち。


 北門の衛兵がこちらへ気づき、目を見開いた。


 俺は土まみれの木箱を抱え直す。


 宿の主人から頼まれたのは、野菜の受け取りだけだった筈なのにどうしてこうなった?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。