第19話 オティヌスは何もできない……
運搬依頼を終えた翌日、俺たちは再びハンターギルドへ呼び出されていた。
依頼報酬を受け取るためではない。街道で魔物素材を渡してきたベテランハンターたちについて、追加で確認したいことがあるらしい。
受付ロビーには、見覚えのない低ランクハンターが何人も集められていた。全員が別々の椅子へ座らされ、職員から渡された書類へ記入している。
年齢も装備も揃っていないが、共通しているものはあった。
誰も、今回運んだ魔物を倒せそうに見えない。
もちろん、人を外見だけで判断してはいけない。俺だって登録上はFランクで、身体能力は一般人とほぼ同じなのに、書類の中では捕虜4人の救出を援護し、魔物の群生地から全員を撤退させた新人になっている。
ただし、俺の場合は周囲にいる3柱が原因だった。
同じ条件を低ランクハンターたちへ当てはめようにも、ロビーには森を爆破する女神も、獲物を食材として追い回す最高神も、他人の人生を善意で接収する女神も見当たらない。俺たちを基準にすれば、外見どころか常識まで判断材料から外す必要があった。
「この人たちが、搬入札に書かれていたハンターなんですか?」
「はい。5組の代表者と、依頼を受注した際に責任者として登録されていた方々です」
受付台の内側で書類を整理していたルノアさんが、小声で答えた。
5組は互いに会話できないよう離れた椅子へ座らされ、間には職員が立っている。用紙も書き終えた順に回収されており、いまから証言を合わせるのは難しそうだった。
俺たちが街道で受け取った交換用札は、素材を預けてきたベテランハンターたちの名前で発行されていた。
一方、12体分の魔物素材へ括りつけられていた搬入札には、ここへ集められた低ランク5組の名前が記されている。
ギルドへ残された依頼記録では、5組がそれぞれ別の場所で大型魔物を討伐し、臨時同行者へ運搬を任せたことになっていた。別々に活動した者たちが、同じ日に、同じ仲介人を通じ、同じベテランたちへ素材を預けている。
偶然が5組分も並べば、受付職員でなくても席順を離したくなる。
「楓、あの者たちは何を書いている?」
オティヌスが、用紙へ向かう低ランクハンターたちを見回していた。
「事情を説明するための書類だと思います」
「書けば報酬が出るのか?」
「少なくとも、そのために書いているわけではありません」
最後まで聞いていたはずだが、オティヌスは前日に却下された申請書を抱え、最も近くに座っていた若いハンターへ歩み寄った。
申請書には《依頼品を食べなかった功績に対する肉1箱》と、窓口職員の手で記されている。本人は文字を書けないため、要求を口頭で伝えて代筆させたものだった。
証人欄は空白のまま残っている。
オティヌスは若い男の机へ申請書を置くと、その欄を指差した。
「お前も報酬が欲しいのだろう。私の分へ名を書けば、お前の書類にも証人になってやる」
男は助けを求めるように職員を見上げた。
不正な名義貸しについて事情を聞かれている最中に、別の名義貸しを最高神から持ちかけられている。反省の機会としては実践的すぎた。
ルノアさんが受付台を出るより早く、俺はオティヌスから申請書を取り上げた。
「関係のない人を証人にしないでください」
「この者も名を書くだけで報酬が出ると聞いたぞ」
低ランクハンターの顔から血の気が引いた。
オティヌスに悪意はない。先ほど職員同士が交わしていた話を聞き、自分の申請にも利用できる制度だと理解しただけである。
問題は、本人が遠慮なく口にしたため、まだ用紙へ書かれていない証言までロビー全体へ響いたことだった。
ミレイユさんが離れた机から顔を上げ、若い男の担当職員へ合図を送る。男はしばらく俯いたあと、何かを諦めたように新しい用紙を受け取った。
オティヌスの肉1箱は遠ざかったが、調査だけは一歩進んだらしい。
「嵯峨さん。申し訳ありませんが、オティヌスさんには聴取中の方へ近づかないようお願いします」
「申請について聞いただけだ」
「まさに、その申請方法が問題なんです」
ルノアさんの声は穏やかだった。
それでもオティヌスは、申請書を俺に没収されたまま、ロビーの隅へ移動させられた。最高神を封じるために必要だったのは神器でも神聖術式でもなく、受付用の衝立2枚だった。
残る2柱にも目を向ける。
ロキは壁際へ立ち、回収された証言書を興味深そうに眺めていた。まだ触れてはいないが、指先には赤い術式が浮かんでいる。
「ロキ。何をしようとしているんです?」
「筆跡と残留魔力を並べたら、誰がどこまで書いたか分かりやすいやろ。ついでに改竄防止も――」
説明の途中で、職員が証言書の束を抱えて後ろへ下がった。
善意の提案に対する反応としては露骨だったが、昨日、素材の所有者情報を消した本人である。証拠品を守る側の判断は正しい。
「うち、信用なさすぎへん?」
誰も答えなかった。
ロキが不満そうに術式を消すまで、職員は書類を背中へ隠していた。魔物の所有者情報を消した女神へ証拠保全を任せるほど、ギルドの人手不足は深刻ではないらしい。
一方、フレイアさんは低ランクハンターたちの契約書を遠目に確認していた。
「依頼の紹介料に加え、装備貸与料、保証料、査定補助費、継続管理費まで差し引かれていますね」
「ここから読めるんですか?」
「楓さんの財産へ不利益を与える書類を見落とさないため、契約書の確認には慣れております」
今回の契約は俺と無関係なのだが、フレイアさんの中では、世の中に存在する財産がいつ俺名義になっても困らないよう準備されているらしい。
彼女は5組の用紙へ順番に視線を向け、差し引かれる名目が組ごとに違うと指摘した。装備を持っている者からは保証料を増やし、身元保証のある者からは管理費を取り、文字を読むのが苦手な者には説明書の発行費まで加えている。
「随分と非効率ですね。最初から生活全体を管理すれば、項目を分ける必要はありません」
調査を担当していた職員が、フレイアさんの名前を別の用紙へ書き留めた。
不正を見抜く知識と、より効率的に管理する発想が同じ場所から出てきたため、参考人と要注意人物の境界が一時的に消えたらしい。
「フレイアさん。改善案は出さなくていいです」
「楓さんには決して適用いたしません。すべて無償で管理しますので」
安心させるつもりで、最も重要な部分だけを悪化させてきた。
俺は職員が書き留めた用紙を覗こうとしたが、何も見なかったことにして受付台へ戻る。今日の目的は違法ハンターの調査であり、同行する女神を追加登録することではない。
5組分の証言書が回収されると、俺たちは廊下の先にある会議室へ案内された。
細長い机の上には、昨日提出した交換用札と搬入札が透明な袋へ分けて置かれている。その隣では、ドルンさんが濁水晶を抱え、職員の指示を待っていた。
街道で素材を受け取った場面は、ドルンさんの《留影》へ残っている。
「では、素材を受け取る直前からお願いします」
「任せておけ。あの日の街道なら、鳥が木の枝へ止まったところから残しておる」
「必要なのは鳥ではなく、札の受け渡しです」
「鳥の方が遠かったから、よう見えておるぞ」
ミレイユさんは一度だけ目を閉じた。
ドルンさんの遠見は、遠方の対象ほど鮮明になる。数キロ先を飛んでいた鳥の羽毛は1枚ずつ確認できる一方、本人の目の前で行われた札の受け渡しは、少し輪郭が甘い。
証拠能力がないほど崩れてはいないが、撮影者の優先順位には問題があった。
魔導具の上へ街道の映像が浮かび上がる。
最初に映ったのは、遠くの木へ止まった小鳥だった。羽を整え、枝を移り、何かの実を啄んでいる。背景の端では、俺たちがベテランハンターから12体分の素材を受け取っていた。
「儂の言ったとおり、よう見えるじゃろ」
「鳥を証人として呼べるなら完璧でしたね」
俺の言葉を褒められたと受け取ったのか、ドルンさんが満足そうに髭を撫でる。
ミレイユさんは魔導具を操作し、映像の端を中央へ移した。遠くの鳥が画面から消え、ようやく俺とベテランハンターたちの姿が大きくなる。
男の1人が交換用札を俺へ渡し、別の男が素材へ括られた搬入札を確認していた。受領担当者には話を通してあるという発言も、音声として残っている。
ドルンさんが鳥へ夢中になっていても、水晶そのものは周囲を記録していたらしい。使用者より魔導具の方が、仕事の目的を理解していた。
「搬入札の名義を知らなかったという説明は成立しませんね」
ミレイユさんが映像を止め、記録用紙へ印をつけた。
所在を確認できなくなっていた受領担当者も、今朝になって都市警備隊に確保されている。
知人宅へ隠れていたところを発見され、低ランク5組の依頼記録を改竄したことまで認めたらしい。
5組へ優先依頼を回し、臨時同行者の確認を省き、別々の狩猟として素材を受け入れる。
すべての依頼書で保証人になっていたのが、ルドガー・ビンセントという仲介人だった。
「5組の証言も、同じ内容だったんですか?」
「説明された条件には違いがあります。しかし、ルドガーさんから依頼を紹介され、素材を討伐したことにして署名した点は一致しています」
ミレイユさんは5組分の証言書を机へ並べた。
大型魔物を実際に倒す必要はない。指定された搬入札へ署名し、臨時同行者を登録すれば固定額を支払う。査定額との差額は装備貸与料、仲介料、保証料などとして回収する。
断れば、今後は条件のよい依頼を紹介しない。
違反だと理解したうえで署名した者もいれば、正式な共同依頼だと信じた者もいる。読み書きが苦手な者には、署名以外の欄をルドガー側が記入していた。
被害を受けた者たちの事情は、笑えるものではない。
笑えるとすれば、制度の穴を使って低ランクハンターを食い物にした仲介人が、素材を少し楽に運ぼうとして俺たちを選んだことくらいだ。
所有者情報を消す女神、名義借りを理解せず交換用札まで提出する新人、遠くの鳥と一緒に犯罪現場を記録する老人。
証拠を隠す仕事の依頼先として、俺たちほど不向きな集団も珍しい。
会議室の外から足音が聞こえた。
扉が開き、ルノアさんに案内された男が入ってくる。年齢は40歳ほどで、商人を思わせる落ち着いた服装をしていた。
ルドガー・ビンセントは室内を見回し、机の上に並べられた札と証言書を確認した。
その視線がオティヌスの申請書で止まる。
「事情聴取と聞いて来たのですが、そちらの書類も関係があるのですか?」
ルノアさんが否定する前に、オティヌスが立ち上がった。
衝立の内側へ隔離されていたはずだが、会議室へ移動する際に一緒についてきている。彼女は肉1箱の申請書を持ち、ようやく話の分かりそうな相手が現れたとばかりにルドガーへ差し出した。
「名を書くだけで報酬が出る仕組みを作ったのは、お前だな」
会議室が静まり返った。
ルドガーは申請書を受け取らなかった。代わりに、オティヌス、低ランク5組の証言書、都市警備隊員の順に視線を動かす。
本人は何も認めていない。
ただ、その場で最初に確認したものが出口だったため、心当たりの有無だけは十分に伝わった。
「私は依頼を紹介しただけです。書類へ署名するかどうかは、本人たちが判断したことでしょう」
ルドガーは椅子へ座らず、穏やかな口調を保っていた。
低ランクハンターへ有利な仕事を回し、臨時同行者を保証した。報酬から差し引いた金銭も、事前に同意を得た正当な費用であり、素材の入手経路には関与していない。
用意してきた説明なのだろう。
ミレイユさんは反論せず、5組の契約書を1枚ずつ机へ置いた。フレイアさんが指摘した差し引き項目へ印がつけられ、本人へ説明されていない費用だけが別にまとめられている。
続いて《留影》の映像が再生され、ベテランハンターがルドガーの名前を口にする。
最後に、保護された受領担当者の供述書が置かれた。
ルドガーは口を閉じた。
その沈黙へ、ロキが横から顔を出す。
「この5枚、同じ術式で署名欄だけ保護されとるな。ほかの部分は後から書き足せる作りや」
職員が止める前に、ロキは書類へ触れず、空中へ術式の構造だけを映した。
5枚すべてから同じ赤い線が浮かび上がり、署名欄を囲んでいる。それ以外の契約条件は保護されておらず、署名後でも変更できる状態だった。
「人間の術式やから、見たら分かるで。作った奴、隠す気はあったみたいやけど、あんまり上手やないな」
証拠へ触らない約束だけは守ったらしい。
もっとも、所有者情報を消した張本人から術式の未熟さを評価されても、ルドガーには慰めにならなかった。
「その解析結果も記録してください」
ミレイユさんが職員へ告げる。
ルドガーは、今度こそ扉へ身体を向けた。
「少し席を外したいのですが」
取っ手へ手をかけると、開いた扉の向こうに同じ会議室があった。
こちら側の扉を開けたルドガー自身が、反対側の入口から顔を覗かせている。互いの姿を認識した2人のルドガーが同時に動きを止めたが、もちろん同一人物だった。
ロキが壁際で小さく首を傾げる。
「聴取中に誰か転送で逃げたら困る思うて、部屋を閉じといたんや。言うの忘れとったわ」
また余計な術式を使ったらしいが、今回に限っては正しい相手へ作用している。
ルドガーは扉を閉じた。
別の出口を探すことも、便所へ向かうことも諦め、都市警備隊員へ両手を差し出す。自白したわけではないが、今後の移動方法については理解したようだった。
警備隊員が拘束具を取りつける間、オティヌスは申請書を持ったまま近くで待っていた。
「それで、私の証人にはなるのか?」
ルドガーは答えなかった。
署名だけで利益を得られると他人へ教えてきた男も、自分が拘束されている時まで制度を広めるつもりはないらしい。
ルノアさんがオティヌスを申請書ごと引き離し、ルドガーは警備隊員に連れられて会議室を出ていった。廊下へ出たところで空間の封鎖も解除されたため、今度は反対側から戻ってくることなく、そのまま姿が見えなくなる。
「ルドガー・ビンセントは、名義借りの仲介、報酬の不当な搾取、ギルド記録への干渉に関与した疑いで逮捕されました。低ランク5組については、認識していた内容と関与の程度を個別に確認したうえで処分が決まります」
ミレイユさんは必要な事実だけを告げ、証言書をまとめた。
背後に別の関係者がいる可能性は残っている。それでも、12体分の素材と5組の名義を使った今回の件は、これで処理へ進められるらしい。
「続いて、嵯峨さんたちに関する確認へ移ります」
ルノアさんが、机へ3枚の明細書を置いた。
処分通知だと思い、無意識に背筋が伸びる。
西の森での爆発、依頼区域から外れた群生地への接近、運搬中の所有者情報消失。思い当たる問題は複数あり、3枚で収まっているなら少ない方だとさえ思えた。
最初の1枚には、西の森での追加討伐、捕虜4人の救助援護、魔物の群生地発見に対する報酬。
2枚目は、12体分の魔物素材と2種類の札を改変せず提出したことによる証拠保全協力。
3枚目には、名義借りと違法な素材搬入の摘発へ繋がった情報提供として、追加報酬が記載されている。
「処分ではないんですか?」
「所有者情報を消失させた点については、今後の改善が必要です。しかし、不正への協力や証拠隠滅を目的としたものではないと確認されました」
ルノアさんの視線が、ロキへ向けられた。
ロキは自分の術式が逮捕へ役立ったことで、昨日の失敗まで相殺されたような顔をしている。証拠を1つ消したあと、新しい証拠を見つけ、逃走経路まで消した。
収支が合っているように見えても、最初の損失を作ったのは本人だった。
「今後、所有者情報を含む素材を空間収納へ入れる場合は、事前に担当者へ確認してください」
「分かった。次からは消える前に写しを取っとくわ」
消さないという選択肢だけが、改善案から抜け落ちている。
ルノアさんは何か言いかけたが、今日中に終わらせることを優先したらしい。注意事項へ1行を書き加え、次の説明へ移った。
西の森に関する現地調査も終了し、危険区域への立ち入りと戦闘依頼の一律制限は、本日付で解除される。ただし、登録ランクと推奨条件を守り、依頼内容から大きく外れる行動があれば、再び確認を行うという。
解除通知を受け取る前に、オティヌスが3枚目の明細書を覗き込んだ。
「証拠保全協力とは何だ?」
「素材や札を捨てず、持ち込んだことへの報酬です」
「私も素材を食べずに残したぞ」
ルノアさんの手が止まった。
否定しようにも、オティヌスが途中で食べていれば、12体分の証拠は揃わなかった。仕事中に依頼品を食べないのは当然だが、本人の普段を知る者にとっては、証拠保全へ貢献したという主張を完全には退けられない。
オティヌスは没収されていた申請書を俺の手から抜き取り、肉1箱の欄を指差した。
「私の功績も認められたな」
ルノアさん、ミレイユさん、俺の視線が机の上で重なった。
名義を使われた低ランク5組、ベテランたち、受領担当者、仲介人ルドガー。多くの証言と証拠を照合してきた調査班が、最後に最も判断の難しい案件へ辿り着いている。
ルノアさんは長い沈黙のあと、申請書の下へ新しい1文を加えた。
《依頼品を食べなかった行為は、通常の業務遂行に含まれる》
文字を読めないオティヌスは、何かを書き足してもらえたことに満足し、申請書を抱えて椅子へ戻っていった。
肉1箱の要求が再び却下されたと知るのは、誰かに読んでもらった時になる。
俺は3枚の報酬明細と解除通知を受け取った。
初依頼では戦闘を止められ、運搬依頼では違法ハンターの摘発へ協力し、何も倒していない日に報酬まで増えている。
ハンターとして順調なのかは、まだ分からない。
ただ、俺たちがギルドへ来るたびに調査班の人数が増えている点だけは、数字を読めないオティヌスにも分かるほど明らかだった。




