第16話 身に覚えのない功績
街道沿いの監視所からギルドへ戻るまで、俺は昨日受け取ったばかりの許可証を何度も確認していた。
表にはハンターレベル1、ランクF。裏側にも、森林で広範囲に爆発を起こした場合は無効になるという注意書きはない。それでも、受付へ提出した途端に没収される可能性までは否定できなかった。存在しない条項に怯えるのも、なかなか新しい経験だった。
俺たちの後ろでは、レオン、マサオ、ドルンが救助者について話している。4人は監視所から治療施設へ運ばれ、全員の命に別状はないという。その事実だけは、許可証を失っても変わらない。
変わらないが、できれば両方とも無事であってほしい。
ギルドへ近づくにつれ、西の森から上がった煙を見た者たちの声が増えていく。門前では警備兵が早馬を送り、ギルドの前には調査用の装備を積んだ荷車まで並んでいた。
初依頼の翌日に街の調査班を動かしたハンターが、過去に何人いたのかは知らない。記録へ挑戦したつもりはないので、できれば前例が1人くらい存在していてほしかった。功績よりまず、俺と同じ愚か者が過去にいたという安心感が欲しい。
ロビーへ入ると、昨日登録を担当した受付職員が、机の向こうから俺たちへ目を向けた。胸元の名札には《ルノア》と記されている。
ルノアさんの視線が、俺、フレイアさん、ロキ、オティヌスの順に動く。最後に虫籠へ収まり、もう一度俺へ戻ってきた。
「お帰りなさい。監視所から、救助者を伴って帰還されたと連絡を受けています」
「ただいま戻りました。先に謝っておきたいことがあります」
「まずは依頼の達成状況から確認します。こちらへお掛けください」
謝罪を後回しにされ、俺たちは受付脇の報告用テーブルへ案内された。事務手続きには事務手続きの優先順位があるらしく、俺の罪悪感はその列の最後尾に並ばされた。
ルノアさんが用意したのは、昨日も見た簡単な依頼報告書だった。ゴブリンの討伐数、負傷者の有無、依頼中に起きた問題を記入する欄が並んでいる。
「それでは、順番にお聞きします。ゴブリンは確認できましたか?」
「確認しました。最初に遭遇した群れの一部は追い払いましたが、森の奥へ逃げたあと、ロキの術式が周囲の敵性反応まで追跡しました。正確な討伐数は確認できていません」
「最初に遭遇した数は?」
「十数体です。その後も森の奥から増えました」
ルノアさんのペンが止まった。
用紙の討伐数欄へ何かを書きかけたあと、引き出しから別の書類を取り出す。最初の報告書より欄が多く、紙も数枚に増えていた。
もう通常の用紙では処理できないらしい。処分の規模が、書類の厚さとして目に見える形へ育ち始めている。
「森へ入られた経緯をお願いします」
「オティヌスが虫を追って入りました。連れ戻そうとしたところ、ゴブリンの足跡を見つけました」
「虫を追って?」
「珍しい甲虫がいたのだ」
オティヌスが虫籠を持ち上げる。
「捕まえた虫は、すべて持ち帰ったぞ」
「依頼の成果より先に、そちらを報告するんですね」
「当然だ。依頼書に載っていたゴブリンより珍しい」
ルノアさんは虫籠を一度見たが、報告書へ《昆虫》と書くことは諦めたようだった。新人用の依頼報告へ、最高神の収穫まで受け止める余白は用意されていない。
「その後、ゴブリンの集団と遭遇しました。以前、街道で会った群れと同じだった可能性があります」
「以前にも遭遇されていたのですか?」
「はい。ただ、今回は森の奥にいる何かを恐れているように見えました。武器は向けられましたが、自分たちから襲いたいようには見えなくて……」
傷痕のあるゴブリンの顔が浮かび、膝の上で指を組み直した。
討伐依頼を受けた以上、攻撃されれば倒しても規則上は問題ない。それでも、怯えながら武器を持っていた姿まで、依頼対象の一言へ押し込む気にはなれなかった。
ルノアさんは急かさず、俺が続きを話すまで待っている。
「森の奥から咆哮が聞こえたあと、ゴブリンたちが襲ってきました。追い払うため、ロキへ威力を抑えた術式を頼みました」
「そこから、複数の爆発が発生したのですね?」
「はい」
ようやく謝罪へ辿り着いた。
「申し訳ありません。俺が術式の使用を許可しました。目の前のゴブリンだけを狙うよう伝えたのですが、攻撃範囲が森全体へ広がりました」
「うちが安全機能を追加した結果や」
ロキが横から術式記録を差し出した。
「対象識別、味方保護、威力抑制、延焼防止。逃げた敵が仲間を連れて戻らんよう、周辺の同一反応も牽制対象へ加えたんや」
「それを森全体へ追加したことが問題なんです」
「おかげで、救助する隙ができた」
安全機能を4つも積んだ末に森の各所で爆発を起こすという結果は、安全機能より厄災管理システムの誤作動報告に近かった。
別の声が割り込んだ。
報告を終えたレオンが、マサオとドルンを伴ってテーブルの近くへ立っている。
「群生地にはゴブリンだけでなく、オークやオーガもいた。爆発がなければ、見張りを突破して捕虜4人を助けるのは難しかった」
「それは結果としてです。最初から救助を狙ったわけではありません」
「それでも助けられた事実は変わらない。撤退中も、楓の指示がなければ追手に捕まっていた」
俺の指示で正しく動いたのは、木を目印にしてようやく場所を理解したオティヌスと、攻撃を禁止されてから空間術式を使ったロキである。指揮というより、事故を起こすたび説明書へ注意事項を書き足した結果に近い。
ルノアさんはレオンの証言を書き留め、また別の用紙を引き出した。
これで3種類目である。
机へ増えていく書類を見ながら、許可証の入った鞄へ手を添えた。処分を決めるだけなら、もう少し少ない紙で済ませてほしい。
「術式による人的被害は確認されていますか?」
「味方と救助者には出ていません。森にも燃え広がっていないはずです」
「記録にも、保護対象への命中はないと残っとるで」
ロキが術式の一部を展開すると、空中へ攻撃対象と着弾地点が表示された。赤い点は魔物の反応だけを追い、青く示された俺たちと救助者を避けている。
ルノアさんは記録を確認し、調査班の職員を呼んだ。ロキの協力で術式記録が調査用の石板へ複製され、現場の被害状況と照合されることになる。
「楓さんは、術式が想定以上に拡大したあと、停止を指示されたのですね?」
「はい。ただ、すでに発動していた分は間に合いませんでした」
「最後の1発については、上空へ転送して森への着弾を回避しています」
フレイアさんが、事実を補うように口を挟んだ。
「また、楓さんは遭遇した負傷者全員の撤退を優先し、追手への対処についても必要な範囲だけを指示されています」
「フレイアさん。俺の指示が最初から完璧だったように並べ替えないでください」
「事実以外は申し上げておりません」
確かに嘘はない。
ただし、指示を出すたびに3柱の行動を修正し、被害が広がる前に止めようと走り回った部分だけが、冷静な判断として磨き直されている。フレイアさんへ渡した事実は、必ず俺の評価が最も高くなる向きで返ってきた。この人にプロフィールを書かせたら、俺は初日から英雄として完成していそうだった。
ルノアさんは数枚の書類を揃え、最初に使っていた新人用の報告書を下へ移した。
「確認できた内容を整理します。皆さんはゴブリンの集団と遭遇し、広範囲へ及ぶ術式を使用した。その結果として、レオンさんたちが群生地から捕虜4人を救出する機会が生まれ、撤退時には追跡してきたオーク、オーガ、ゴブリンから負傷者を守った。こちらで間違いありませんか?」
「結果だけなら、そうなります」
「魔物の群生地を発見された功績については、レオンさんたち3名の記録へ付与します。皆さんについては、捕虜の救出援護と撤退支援を別途査定します」
自分たちが見つけていない群生地まで功績へ加えられなかったことに、少しだけ安心した。事故の結果が評価されるだけでも落ち着かないのに、他人が見つけたものまで受け取れば、書類の中の俺が完全な別人になる。
「使用された術式は広範囲に及びましたが、現時点で人的被害と森林火災は確認されていません。通常のゴブリン討伐依頼については、調査班が現場と術式記録を照合したあとで達成状況を判断します」
依頼まで失敗扱いになるのかと思い、鞄へ添えた手に力が入った。
ルノアさんは書類を閉じず、その隣へ別の用紙を並べる。
「依頼の成否とは別に、捕虜4人の救出協力と撤退支援は追加功績として査定します。術式による追加討伐についても、現場で確認された分は報酬へ加算されます」
「討伐依頼が達成扱いになるか分からなくても、報酬が出るんですか?」
「依頼の達成状況と、依頼中に得られた功績は別の項目です。問題のある行動が含まれていた場合も、救助された方々の存在までなかったことにはできません」
ルノアさんは書類を揃えると、俺へ片手を差し出した。
「確認のため、ハンター許可証をお預かりします」
ついに来た。
鞄から許可証を取り出して渡すと、ルノアさんは登録番号を報告書へ書き写し、机の端へ置いた。返却を待つ間、まだ傷一つないカードの角へ視線が止まる。まっさらな1日目のカードが、これほど心細く見えたことはなかった。
「調査が終了するまで、皆さんによる戦闘依頼の受注を一時的に停止します」
「分かりました。申し訳ありません」
「処罰ではありません」
下げかけた頭が止まった。
「初回の依頼で、想定されていなかった群生地と上位魔物へ遭遇されています。また、皆さんの戦闘能力と術式の有効範囲についても、ギルド側で把握できておりません。安全な依頼を選定できるようになるまで、戦闘を目的とする依頼の受注を一時停止します」
「安全措置なら、うちが術式へ入れたんと同じやな」
「同じ言葉を使っているだけで、範囲も目的も正反対です」
ロキの安全措置は森全体を攻撃し、ギルドの安全措置は俺たちを森から遠ざける。どちらが辞書どおりに働いているかは、煙の上がる方角を確認しなくても分かった。
ルノアさんは許可証を俺へ返し、今度は追加の書類へ登録番号を書き始めた。
カードの表と裏を確かめる。レベル1とランクFは変わらず、無効を示す印も増えていない。鞄へしまってから、ようやく指先の力が抜けた。
処分を免れただけではなく、報酬まで査定されるらしい。
喜んでいいのか迷い、机へ積まれた書類へ目を向ける。最初に使っていたものより明らかに厚く、記入欄も多い。
「今回の報告については、ギルドマスターと調査班へ提出します。追加の聞き取りをお願いする可能性がありますので、滞在先を教えてください」
「宿へ戻っても大丈夫なんですか?」
「もちろんです。ただし、調査が終わるまでは採取や運搬など、戦闘を目的としない依頼に限ります」
採取と運搬。
その2つなら、森の広範囲で爆発を起こす理由も、上位魔物と遭遇する可能性も低い。オティヌスが虫を追い、ロキが新しい機能を思いつかず、フレイアさんが依頼主の人生へ介入しなければ、今度こそ普通に終えられるはずだった。
条件が3つ並んだ時点で、普通という言葉が急に遠く感じられる。
俺は宿の名前を伝え、席を立った。
その時、積まれた書類の一番上にある表題が目へ入る。
《追加功績査定書》
処分の種類が増えたのだと思っていた紙は、俺たちへ追加報酬を支払うための書類だった。
初依頼で森の広範囲に爆発を起こし、戦闘依頼まで止められた。それでも記録上は、捕虜4人の救出を援護し、全員の撤退を成功させた新人パーティーとして処理されようとしている。
書類へ記された人物と自分が、どうしても同じ人間には見えない。
俺が受付で謝罪している間に、もう1人の嵯峨楓が立派な功績だけを持って先へ進んでいる。追いついて訂正したいところだが、本人より書類の方が社会的信用を持ち始めていた。書類の中の俺は、一度も謝っていないように見える。




