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拒否すれば死ぬので異世界に来たら、待っていたのは戦力になる駄目神様3人でした  作者: 聖帝エラー
第一章 駄女神も三人よれば文殊の姦しい馬鹿知恵編

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第15話 安全とは一体?

 森の奥から届いた咆哮が止んでも、木々を揺らす振動はしばらく残った。


 ロキの前に浮かぶ術式には、幾つもの赤い点が明滅している。そのうちの1つが消えた直後、左手の奥から爆発音が響き、鳥の群れが空へ飛び立った。


「止めてください!」


「停止命令は送ったで。ただ、もう対象を捕捉して飛んどる分までは、すぐ止められへん」


「あといくつ残っているんですか?」


 数えようと術式へ目を凝らしたところで、赤い点がもう1つ消えた。今度は正面の遠くで炎が噴き上がり、遅れて足元へ小さな振動が届く。数え終える前に減っていく数字を、俺はいつまで追いかければいいのか分からなかった。


「いまので1つ減った」


「減る前の数を聞いています!」


 ロキが指先を動かすたび、術式の外周から赤い線が消えていく。停止処理は進んでいるようだが、その間にも別の点が明滅し、森のどこかへ火球を送り出していた。


 最後に実行を許可したのは俺である。


 目の前のゴブリンだけを追い払えと念を押した。森全体へ広げることまで認めた覚えはないが、ロキの術式を使うと決めた責任まで、入れ忘れた機能のように消すことはできない。


「残り3つや。追加の捕捉は止めたから、これ以上は増えへん」


 言い終える前に、赤い点が2つ同時に消えた。


 左右から重なる爆発音が響き、熱を含んだ風が木々の間を抜けてくる。頼むから、この森が丸ごと更地になる前に止まってくれ。残る点は1つだったが、それだけがほかより大きく、術式の中央で脈打つように光っていた。


「最後の対象は何ですか?」


「反応が大きすぎて、まだ判別できへん」


「分からないものへ撃たないでください!」


「もう飛んどる。せやけど、軌道を逸らすくらいなら──」


 ロキが両手を左右へ引くと、森の奥へ小さな空間の裂け目が開いた。木々の間を走っていた火球が吸い込まれ、次の瞬間、遥か上空へ現れて爆発する。


 赤い光が空を染め、遅れて重い音が降ってきた。森へ着弾するよりはましだが、救難信号としては主張が強すぎる。今この瞬間、街のどこかで誰かが「新種の花火か?」と首を傾げていないことを祈るしかなかった。


「これで全部止めたで」


 ロキの術式から、最後の赤い点が消えた。


 安心するより先に、遠くから木の倒れる音が近づいてくる。フレイアさんが俺の前へ立ち、《勝利の剣》も森の奥へ切っ先を向けた。


 オティヌスだけは、引き千切った縄を足元へ捨て、逃げた甲虫の行方を探している。森全体が騒ぎ始めても、この最高神の中では、虫の捜索だけが平常業務として継続中だった。


『正面から複数の人間が接近しています。負傷者を含みます』


 《勝利の剣》の報告を受け、俺は茂みの奥へ目を凝らした。


 最初に現れたのは、剣を手にした若い男だった。額から汗を流し、背後を何度も振り返りながら、木の根を飛び越えてこちらへ走ってくる。


 その後ろには、大柄な男と白髭の老人が続いていた。


 大柄な男は、動けない負傷者を左右の腕へ1人ずつ抱えている。老人も別の負傷者へ肩を貸し、空いた手に持つ濁った水晶を背後へ向けていた。残る1人の女性は自力で歩いているものの、衣服が裂け、顔色もよくない。


 救助された4人と、救助へ入った3人。合計7人である。


 魔物ではないと分かった瞬間、足が前へ出た。戦う力はないのに、こういう時だけ俺の足は持ち主へ相談しようとしない。


「楓さん」


 フレイアさんの腕が腰へ回り、俺の身体を障壁の内側へ引き戻す。安全を確認する前に飛び出すなということだろう。昨日までなら、俺が同じことを言う側だった。この1日で立場がひっくり返るのは、成長と呼んでいいのか分からない。


 剣を持つ青年も俺たちへ気づき、警戒したまま足を緩めた。


「街から来たハンターか!?」


「昨日登録されたばかりです。後ろから何が来ていますか?」


「オークとオーガ、それにゴブリンの群れだ! 捕らわれていた4人を助けたが、追いつかれる!」


 青年が答えながら、俺たちの背後へ上がる煙へ目を向ける。


「爆発について何か知らないか? 群生地の中だけが、突然順番に吹き飛び始めた!」


 俺はロキを見なかった。


 ここで視線を向ければ、青年まで答えへ辿り着く。少なくとも負傷者を安全な場所へ運ぶまでは、原因究明より撤退を優先してほしい。関西弁の爆発原因を、今ここで名指しする必要もなかった。


『追跡する複数の魔物を確認。間もなく接触します』


 青年が振り返り、剣を構え直した。


「俺が残って追手を止める。負傷者を連れて先へ行ってくれ!」


 大柄な男も足を止め、抱えている2人を片腕側へ寄せようとする。


「俺も戦う」


「負傷者を抱えたまま参加するな!」


 青年に止められても、大男は2人をどちらの腕へまとめるべきか本気で考えていた。負傷者を下ろすのではなく、片腕を空ける方法から検討している時点で、この男の問題解決は筋力へ偏りすぎている。


「全員で戻ります。追手は俺たちが止めます」


「大丈夫なのか?」


 尋ねられても、保証できる材料は俺自身にはない。喉の奥がわずかに渇いたが、ここで声を震わせるわけにはいかなかった。


 それでも、背後には3柱と《勝利の剣》がいる。戦闘能力0の俺が胸を張るのは他人の力を自慢しているようで落ち着かないが、ここで遠慮して負傷者を危険へ残す方が間違っていた。


「オティヌス、あの幹が2股に分かれた木の前へ立ってください。そこから来る魔物を止めてください」


「分かった」


 今度は一度で通じた。


 指示が成功した喜びより、最高神を動かす説明方法だけが上達している事実の方を受け入れたくない。オティヌスはグングニルを肩へ担ぎ、指定した木の前へ歩いていく。


「ロキは攻撃禁止です。空間術式で、俺たちと追手の間を広げてください」


「森ごと遠ざけた方が早ない?」


「森は動かさないでください」


「冗談や。そこまでせえへん」


 どこからが冗談なのか確認したかったが、木々の奥から荒い息遣いが聞こえ始めた。ロキが両手を広げると、赤い術式が地面を走り、俺たちと追手の間にある空間を包み込む。


 負傷者を抱えた大男が先に動き、青年たちも街道の方角へ進み始めた。フレイアさんは自力で歩く女性まで障壁へ収め、老人が肩を貸している負傷者へ治癒魔法を注いでいる。


「さらに奥から、大きな影が来ておる」


 濁った水晶を覗く老人が告げた。


「どのくらい離れていますか?」


「儂には近く見える」


 俺は返事を待ったが、それ以上の情報は出てこなかった。遠くの景色を近くへ映すことはできても、実際の距離までは教えてくれないらしい。便利な水晶なのに、使用者の回答を通すと肝心な単位だけが消えていた。


「距離については、先頭の方に判断してもらいます」


「賢明だ!」


 青年が即座に同意した。短いやり取りだけで、老人の《近い》が距離情報として役に立たないことは理解できた。


 背後の茂みを押し退け、2体のオークが姿を現す。そのさらに奥では、ゴブリンの群れと、頭1つ分以上大きなオーガが木々の間を進んでいた。


 オークがこちらへ走り出したものの、ロキの空間術式へ入った途端に速度が落ちる。足は動いているのに距離が縮まらず、何度走っても同じ木の横へ戻されていた。


「これなら追いつかれません。今のうちに──」


 言葉の途中で、オーガが近くのゴブリンを掴んだ。


 何をするのかと思った瞬間、その身体を俺たちへ向かって投げる。頭が理解するより先に喉から声が出かけたが、間に合わない。空間術式の上を大きく飛び越えたゴブリンが、障壁へ衝突して地面へ落ちた。


「上まで伸ばしていないんですか!?」


「地面を走る相手用や! 投げてくるとは思わんやろ!」


 続いて別のゴブリンが宙を飛び、今度はオティヌスの近くにある木へぶつかった。


 枝が揺れ、葉の裏へ止まっていた虫が何匹も飛び立つ。


 オティヌスの顔から表情が消えた。


「私の虫がいる木へ近づくな!」


 この森で最も恐ろしいのは、オーガでもロキの誤爆でもなく、虫を脅かされた最高神だった。


 オティヌスがグングニルを振るうと、伸びた柄がオーガの腹へ深くめり込んだ。


 巨体が地面から浮き、来た道を逆向きに飛んでいく。途中にいたオークとゴブリンを巻き込み、そのままロキの空間術式へ押し戻された。


 同じ木々の間を何度も通過しながら、魔物の一団が森の奥へ遠ざかっていく。


 助かりました、と言いかけた。


 オティヌスは俺たちを見ず、木の枝へ残っている虫の数を確認している。口から出かけた礼を戻し、俺は負傷者たちの後を追った。礼を受け取るべき相手が俺たちではなく虫になるだけで、助けられた事実は変わらない。


 しばらく進むと、木々の間から街道の明るさが見えてきた。先頭の青年が周囲を確認し、ようやく剣を鞘へ戻す。


「まだ名乗っていなかったな。俺はレオンだ。負傷者を運んでいるのがマサオで、水晶を持っているのがドルン」


「嵯峨楓です。あちらの3人については、安全な場所へ着いてから説明します」


 紹介された3柱のうち、1柱は虫の無事を確かめ、1柱は森を爆破した術式の記録を取り、残る1柱は俺の腰から腕を離そうとしない。この面子を1文で紹介できる日は、当分来そうになかった。


 安全な場所へ着いても、説明が簡単になる見込みはなかった。


 街道沿いの監視所へ到着すると、兵士たちが担架を持って駆け寄ってきた。マサオが抱えていた2人と、ドルンが支えていた負傷者が引き取られ、残る女性も椅子へ座って手当てを受ける。


 フレイアさんの治癒によって傷は塞がり始めているものの、衰弱まではすぐに戻らない。4人全員が生きて監視所へ着いたことを確認し、レオンはようやく壁へ背中を預けた。


 兵士の1人が、森から上がる煙を見ながら尋ねる。


「魔物の群生地と捕虜については分かった。あの爆発について、何か知っているか?」


 答える前に、今度こそロキを見た。


「安全に牽制しただけや」


 見なければよかった。


 安全という言葉と、森から上がる複数の煙が、同じ報告書へ収まる未来が見えない。この関西弁の女神は、辞書の《安全》の項目にだけ独自の注釈を書き加えているに違いなかった。


 初めての依頼でゴブリンを追い払い、捕らわれていた4人の救出を助け、魔物の群生地まで発見した。成果だけを並べれば、初心者としては出来すぎている。


 その背後で森から煙が上がっていなければ、俺も少しくらい喜べたかもしれない。


 許可証を受け取ってから、まだ1日しか経っていない。返却を求められるには、十分すぎる働きをした気がした。



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