4話
青天の霹靂だった。
「あー、そうだ、三木」
放課後目前。
金曜の、午後のホームルーム。
高校生が一週間で最もテンションが上がる時間である。
何気ない風に名前を呼ばれた時、僕はとっくに週末気分だった。帰ったらゲームをしよう。最近やってなかったけど対戦系のFPSに潜ってもいい。
だから名前を呼ばれた理由も、どうせ大したことはない連絡事項だと疑いもしなかった。
「この後ちょっと生徒指導室行ってくれ」
担任が何気ない風を装って投下した爆弾に、教室がざわついた。
生徒指導室。
おいおい、中学以来じゃないか。しかも中学の頃は決まって青柳絡みで……青柳絡みで?
「え、すみません。なんでですか」
「それが教室では言えんらしい」
「僕は多分被害者なんですが」
「心当たりがあるなら早い。その証言を生徒指導室でしてくれ」
「えー……」
「えーじゃない。それじゃあ、まぁ、みんな文化祭の前に怪我とかしないように気を付けて週末を過ごせよー。問題も起こすなよー」
そこで僕を見ないでほしい。
僕は無実だ。
無情にも示し合わせたかのようなタイミングでチャイムが鳴る。とっくに帰り支度を済ませていたクラスメイトがぞろぞろと教室を出ていった。
僕は嫌だ。心当たりなんて一つしかない。
昨日だって親に散々言い訳を並べ立てたのだ。青柳って分かるでしょ青柳、中学で同じクラスだったあの青柳、あれに呼び止められて円満に逃げ帰るために仕方なくちょっと話に付き合っていただけで云々ともう一度繰り返す羽目になるのか、僕は。
誰かが机に寄ってくる。足音が聞こえた。
顔を上げれば、竹上だ。
「何したん?」
「中学の同級生に絡まれた。多分それ」
「ふーん。昨日のは関係ねえんだ」
「は? 昨日の? 昨日のことだよ昨日の。ほんと面倒臭い……」
けどまぁ、無視して帰る方が面倒臭いことになるのは分かり切っている。
考えみれば悩むまでもない話だ。
僕が何か悪いことをしたか? ……したかもしれないけど。したかもしれないけど、悩むまでもない。不可抗力、コラテラルだ。
用意してきた話は終えたらしい竹上に目線一つ向け、鞄を取りにロッカーへ。
鞄を取って肩に引っ掛けると、その反対の肩を叩かれた。いや、つつかれた?
「よ、ミッキー」
佐々木だった。
背が低いんだから屈むまでもなく覗き込めるだろうに、わざわざ腰と背中を曲げて『顔を覗き込んでいます』と主張しているかのような姿勢。
「うす」
「昨日のこと?」
同じ話だった。
巻き込まれるのを嫌った……なんて性格ではないか。心配してくれたか、迷惑かけたかと詫びに来たか。どちらでもなさそう。何もかもの中間みたいな、どうとでも取れるし、どうとも取れないような。
「や、こっちの話。帰る時に駅で変なのに絡まれたんだよ」
「大丈夫だった?」
「ナカチュー……あ、同じ中学の知り合いがいたからどうにか。でも多分、そのせいで呼び出しだね」
「それは災難だ!」
本当に。
肩を竦めてから、ふと思い至る。
「そういや最近、半グレに関わってる生徒がいるとかなんとか」
「あ、せんせ前に言ってたね」
「駅でたむろしてるから気を付けた方がいいよ。来週からは文化祭の準備で居残りすると思うけど、帰りが遅くなると絡まれるかも」
「りょーかい! ひーちゃんたちにも言っとく!」
ひーちゃん?
あぁ、圷か。圷柊愛。名前に反してキツそうな人だと思っていたけど、昨日のカラオケでまた印象が変わった。実はあれで佐々木よりずっと等身大の女子高生をしていそう。
「なーえー!」
その圷が遠くから呼んでいる。
佐々木はぴょこんと小さく跳ねて、そちらへと走っていった。あれが演技ならすごい。演技でなければ……もっとすごい?
そして、どうやら早速今しがたの話をしたらしい。
なんてことはない、声が大きすぎて端々が聞こえてきただけだ。目をやると、イケメンこと津久井が見返してくる。小さく会釈。向こうは然りげなく手を振った。イケメンかよ。
さて、それじゃあ僕は生徒指導室へ。
「いや生徒指導室どこだよ」
一人でツッコむ。
幸い、教室を出たばかりの担任の背中は今ちょうど階段の方へと消えたところだった。小走りで追い掛ける。
僕が踊り場で曲がった頃、向こうは廊下で曲がろうとしていた。
「先生! すみません、小久保先生!」
振り返ろうと顔を上げたらそこにいた。そんな驚きの表情で担任が見上げてくる。
「どうした」
「生徒指導室ってどこですか」
「あっ、……あー」
善良なる一般生徒は生徒指導室の場所など覚えなくていい。
当たり前の事実にようやく気付いたようで、担任は頭をかくような仕草をした。
「いいや、案内する」
「あれ、先生じゃないんですか」
「ん? あぁ、生徒指導の先生がいるからな。中谷先生」
「なんかの授業受け持ってます?」
「初めてだと思うけど。まぁ見たら分かる、何も知らない新入生が勝手に生徒指導の先生って呼ぶくらいには生徒指導の先生だから」
なんだそれ。
流石に馬鹿馬鹿しいとは思ったけど、実際に見るまでは判断を保留。
そして心の中で詫びることとなった。
生徒指導室で待ち構えていた中谷先生は、なるほど確かに生徒指導の先生だった。
昨日の背が高かった人よりも背が高い。
一九〇センチあるのか。いやもう、ここまで高くなると中学三年と高校三ヶ月では馴染みがなさすぎて感覚が狂う。もしかしたら一八三とかそのくらいなのかも。全く分からない。
勿論、それ相応に筋肉もある。肌も焼けていた。夏だという以前に、白いシャツがよく似合う。
「座れ」
太く重い声で言って、自分も座る。パイプ椅子が軋まなかったか?
僕は恐る恐る、そっとパイプ椅子に座った。音はしなかった。
僕から見て後ろのドアは担任の小久保先生が閉めていってしまった。逃げ場はない。逃げるまでもないだろうが、息が詰まるような緊張感はある。
「なんで呼ばれたか分かるな?」
「はい」
「言い訳は聞かん」
「する必要もありません」
中谷先生は拍子抜けしたように鼻から息を吐いた。
鼻も大きい。
鼻の穴も大きい。
……失礼。真面目に次の言葉を待つ。
「昨日の放課後、うちの生徒が駅で煙草を吸っていたと通報された」
「通報?」
「学校に連絡があった。細かいことはいいだろう」
通報。
通す、報せ。
警察や何かに連絡する以外にも使う言葉だろうけど、日常生活ではまず一一〇番を思い浮かべる。そんな大事にしたがる人がいたのかと驚いただけだ。中谷生の言葉選びを責めたわけではない。
「話を聞いていた中でお前の……三木の名前が挙がった」
「交友関係狭いんですけどね」
「犯人探しか?」
「いえ、中学時代の同級生にも名前を間違われるので、よくちゃんと覚えていた人がいたなと驚いただけです」
より正確には、その覚えていた人が昨日たまたま駅にいた僕を見て、そのことを学校側に聞かれ、律儀に答えたというところまで含めて驚いている。
すごい偶然だな。
本当に偶然なのかな。
「言い訳はしないのか」
「聞かないと言われましたし、する必要はないと答えました」
「そうか。なら事実なんだな?」
――そうか。
――なら事実なんだな?
中谷先生が僕を睨んでいる。睨んでいるけど、どこか拍子抜けという顔。あぁこれ、誤解があるのか。
考えてみれば必然とも言うべき誤解だ。でも、それは間違っている。
「補足するなら、僕は吸っていません」
「ほう?」
「うちの生徒……というか、うちの制服を着た人物が煙草を吸っているところは見ました。一人は中学時代の同級生だったので名前も分かりますし、退学していなければうちの生徒です」
「名前は?」
「青柳叶です。一年A組だと聞きました」
仲間を売った罪悪感はない。
そもそも仲間ではないし、事実を事実であると告げて困るような悪事を庇い立てする義理もない。
「それで?」
「それで……とは?」
よく分からない。
僕は僕の知る全てを告げた。
「お前も一緒に吸っていたんじゃないのか」
「吸ってませんよ」
「でも一緒にいたと通報が」
「一緒にいたタイミングはあります。話しかけられて、それで。でも煙草は吸ってません。勧められましたが断りました」
「どうして」
「え? 煙草を断るのに理由がいりますか?」
「違う」
何が違うというのか。
中谷は苛立たしげに拳を握る。事実が事実であると告げられて機嫌を損ねるのは賢い人間のやることじゃない。
「ならどうして一緒にいた」
「話しかけられたので」
「話しかけられたら一緒にいるのか?」
「詳しい説明が必要ですか?」
真正面に中谷を見やる。
随分とご立腹。どうしてだろう。考えてみた。
最初は言い訳や言い逃れを想定していたのだろう。煙草を吸っていたのか、はい吸っていました。そんな展開を生徒指導の先生が期待はすまい。吸っていません、から始まる言い訳を想定した。だから言い訳は聞かないと先に言ったのだ。
でも言い訳はしないと答えられた。それで案外、楽に終わるのかと期待した。期待が裏切られた気分なのだろうか。
「必要ないようなら、僕は失礼します」
「なら吸っていたんだな?」
「意味が分かりませんが」
「説明しないというなら、そういうことになる」
「説明はしました。詳しい説明が必要かと聞いたら、先生が答えなかったんです。それで説明しなかったことにする意味が分かりません」
中谷がテーブルを叩く。
椅子がパイプ椅子だったことからも分かる通り、テーブルも生徒用のそれや教壇に比べたらちゃっちい。折り畳み式であることを窺わせる一直線の切れ目が天板の真ん中に走っている。
「なら詳しく説明しろ!」
「昨日の放課後はクラスメイトに誘われてカラオケに行っていました。文化祭の準備で一緒になったのでついでに誘ってくれたんだと思います」
「そんなことはいい」
「カラオケを出たところで」
「いいと言ってるだろうが!」
本当に?
「じゃあ、その帰りに駅で話しかけられたんですよ」
「他のクラスメイトはどうした」
「カラオケを出たところで」
そこで一旦、言葉を切る。
中谷の目を見た。怒り心頭。正直に言えばスマホをドライブレコーダーにしたくなってきたけど、そんな操作は許してくれないだろう。そもそもアプリを入れていない。アプリなしでもできるのか、その知識は僕の人生に必要なかった。
「帰りが遅くなったことを伝え忘れていたことを思い出したので母親に電話しました」
「で?」
「母親も用事ができたというので、なら外で食べていくと伝えたんです。カラオケを出てすぐに別行動したのは全員知っていることですし、母親に電話したのも本当なので履歴が残っています。見ますか?」
「いい」
「なので近くでうどんを食べて、少し物足りなかったのでコンビニに寄って肉まんと焼き鳥を買いました。その袋を持ったまま駅の改札に行こうとしたら、いきなり『その袋なんだ、お菓子?』って呼び止められたんです」
多分に嘘は含まれている。
だけどまぁ、事実と違っていて困るところは嘘じゃない。確認されても困らない。
「それでのこのこ付いてったのか?」
「はい」
「どうして」
「どうして?」
「知り合いだったのか?」
「まぁ結果的に知り合いはいましたけど」
「だから仲良くしたと?」
「いえ、肉まんと焼き鳥は食べた後だったので、ただのゴミですって答えましたよ。それで帰ろうとしたんですが、引き止められました」
どこに不自然なところがあるか。
向こうが僕の名前を呼んだところは隠した。ただ、それは却って展開を自然にするだろう。ピンポイントで僕を狙った理由も、何か適当な理由があればよかったのだと言い訳できる。
「どうして無視しなかった」
「……はい?」
「どうして無視しなかったんだ? 知らない奴か、知っててもろくでもない奴なんだろ? どうして無視しなかった」
「え、どうして?」
中谷は自信満々。
いや質問するのに自信満々ってなんだ? 鬼の首を取ったよう、とはこのことを言うのか。僕の首に鬼の首ほどの価値はないと思うけど。
「すみません。ちょっと意味が分からないんですけど、言葉の意味そのままに『どうして無視しなかったのか』を聞かれてるんですか?」
「他にどう取れる?」
「逆に聞きますけど、どうして無視するんですか?」
「わけの分からんこと言うのはよせ。半グレに呼ばれて、ほいほい付いていく理由があるか?」
これは本気か?
本気で言っているのか?
脳裏で状況を整理する。
昨日の朝、歯医者で登校が遅れたがために、駅で青柳と会った。高校入学以来、初めてのことだった。その帰り、寄り道して遅くなったがために、また駅で青柳に会った。正確には、青柳を介して知り合ったジュウゴさんに見つかり、呼び止められた。
あの瞬間、僕に無視するという選択肢はあったか?
答えは明白だ。
一パーセントたりとも、あるわけが、ない。
「先生、半グレってなんのことですか?」
「は? 注意喚起されたはずだ、聞いてないなら――」
「違います。昨日、駅で僕を呼び止めたのは、うちの制服を着た男です。それを見て、半グレだから無視しろっていうんですか?」
なら僕が竹上を呼び止めたら?
いや、竹上は僕を知っているから意味がない。では他の見ず知らずの生徒なら?
しかし、そんな馬鹿げた話をするつもりはない。
「仮に、仮にですが一目で半グレと分かる見た目の人物だったとして、無視したらどうなります? 半グレが話しかけた相手に無視されて『あぁ聞こえなかったんだなぁ』なんて納得すると思うんですか?」
そんなわけがないだろう。
仮に、仮にだが中谷某のように立派な体格なら事なきを得るかもしれないが。
僕のような、あるいは一般的高校生のような、見るからに無力で非力な存在だったとしたら?
「無視してんじゃねえって肩掴まれたらどうするんですか? それでも無視するんですか? 半グレ相手に? 殴られて、怪我して、病院行くってなったら先生が――、学校が治療費出してくれんですか。公欠出してくれんですか」
それだけの長台詞の間、中谷は口を挟まなかった。
予想外だったのだろう。
僕のような、一般的高校生よりもなお無力で非力な背の低い生徒が、いきなりキレて捲し立てるなんて。
だが、許されるなら弁明しよう。
キレてはいない。怒ってはいるけど。キレるとしたら、この後だ。
「お前、それが教師に対する態度か」
「失礼があったとは思いませんが。そして昨日の僕の行動に非があったとも思いません」
「本気で――」
「誰に咎められることもしていません。仮に全校生徒を集めてもう一度同じことを言え、同じ会話を再現してみせろと言われても喜んで再現しますよ。同じことを言います。僕にどんな間違いがありました?」
中々どうして、言い得て妙だ。
確かに何も知らない新入生が見たら、生徒指導の先生と呼ぶだろう。
ただ、敢えて補足するなら。
勉強の意義もろくに考えない僕たち中高生にとって、教師とは身近な存在であると同時にドラマやアニメの中の存在でもある。そうしたフィクションの中で、生徒指導の先生とは。
難癖を付け、怒鳴り散らす、こうはなりたくないと思う大人の代名詞だ。
「なら――。なら」
握った拳が震え、テーブルをがしゃんと殴り付ける。
「その煙草臭い制服はなんだ! どう言い訳する!」
おいおい。
冗談だろう、と目を見た。
何故か勝ち誇った眼差し。言い返してみろと言わんばかりの。
墓穴を掘る、という言葉がある。その墓の穴は、自分が入る前提だ。自分を埋めるための穴を自分で掘るのだから、こんなに馬鹿げた話もない。
「僕たち世代のナカチュー生にとって、同級生が煙草を吸うなんて珍しくないんですよ」
「あぁ?」
「家に帰って制服が煙草臭くて、あんた煙草吸ってんじゃないでしょうね、なんて叱る親はいません。また青柳さん? ほんと迷惑ね、って呆れるだけです」
そんな中学生と家庭、他にあるのだろうか。
少なくとも我が校では異質に分類されるはずだ。学校の制服着た生徒が不良グループに出入りしているだけで半グレだなんて話が飛躍するくらいには。
「だから長い説明もいらないんですよ。帰りに青柳と会って。そう青柳、あの青柳。だから煙草の臭い付いちゃったから洗ってくれる? それだけで親も納得するんです」
「なんの話だ」
「このスラックス、予備なんですよ。昨日まで穿いてたのは洗ってもらって、いくら夏でも一晩で乾くか分からないんで、寝る前に新しいの用意しといたんです。それくらい慣れますよ、青柳と同級生してたら」
目を見る。
揺れていた。
失敗を悟る目。
売り言葉に買い言葉。より高く売り抜けたのは僕らしい。
正直が美徳だとは思わない。人徳ではあるのかもしれないけど、正しいことだとは思えない。
だから僕も嘘はつく。
でも、考えなしの嘘はつかない。それは自分の墓の穴を掘るも同然だ。
中谷が言葉を失っている。証拠なんて出るはずがない。状況証拠と後ろめたさに付け込めば勝てると踏んだ。馬鹿馬鹿しい。
「当然、ワイシャツも昨日着てたのとは別のです。そもそも毎日替えますし、毎回洗ってもらいますし」
親に洗濯してもらうことを、ここまで偉そうに発表したこともない。今後もないだろう。
「ところで、僕は本当に煙草臭いんですか?」
「……。…………」
「じゃあ、すみません。僕に非がないことは理解していただいたみたいなんで、そろそろ帰りますね。失礼します」
そもそも、だ。
僕は煙草を吸っていないと言っただけで、煙草を吸っている姿を見て、同席したとまで言っている。
煙草臭い制服がなんの証拠になると思ったのだろうか。
生徒指導室を出て、歩きながら頭を切り替えた。
嫌だ。
面倒臭い。
でも、急がば回れだ。
足は玄関ではなく職員室に向ける。生徒指導室の場所は分からなくても、一年生を担当する教師が詰めている職員室の場所は覚えていた。提出物や報告、確認のために足を運ぶことになるから。ついでに職員室に繋がる電話番号も。
流石に今は事前連絡までは必要ないだろう。
ドアをノックし、返事を待たずに開けた。
「小久保先生はいますか」
幸い、言っている最中に目が合った。ノックに反応し、ちょうど顔を上げたところだった。
机までは歩いて十秒以上、三十秒未満。
その時間で、僕は自分がキレるところを想像した。怒りに怒り、何も我慢できないししたくもないし、何よりする必要もないと信じる自分を想像した。
そして、キレた。
より正確には、キレてみせた。
担任の机に着くや、なんの用だと聞かれる前に言葉を並べ立てる。今あったこと、話した内容、向けられた言葉。全てを一方的に捲し立てた。五分以上も、キレ散らかし続けた。
ちょうど居合わせた同級生が驚き、そそくさと逃げていくことに内心で満足する。
「僕は、僕が間違っていたとは全く思いません。それでも良くない輩を無視しろと言うなら、学校側から正式に通達してください。何かあった時には治療費と公欠を貰いに来ます」
一方的に言い放った僕に、担任は呆気に取られた顔と声で言った。
「あ、あぁ、分かった」
こんな言質を取っても意味などない。
だけど、僕がここまで激憤したという事実は確実に残る。
あの大人しい、友達も少ない、何かを主張するのが苦手そうな三木優至が、こんなにも激怒し周りの目も顧みずにキレ散らかした。
その事実こそが、僕の言い分を尤もらしく見せてくれる。
そして僕に不都合な何かがあった時、少しでも思ってくれればいい。
また面倒臭いことになっても困る、と。
幾分かの足止めを食らったものの、駅には制服の集団がいた。
青柳たちじゃない。
少し教室に居残っていた人、部活を連絡程度で切り上げた人、ただただ寄り道したり話し込んでいたりした人。
平和な制服の群れに、僕も自然と馴染んでいく。
馴染めない人たちは、最初から駅にいなかった。
今日は金曜日。
明日、明後日は当然、学校がない。
そこまで考えてから思ったのは、キレ散らかした僕の評判は週明けにどうなっているんだろうか、なんてことではなかった。
意外にも、だ。
自分でも驚くほど、まるでそれが当たり前かのように、いないことを確かめたはずの青柳たちを探していた。
休みの間、彼女らはどうするんだろう。どうしているんだろう。
僕が気にも留めなかった三ヶ月間、どうしていたんだろうか。
相変わらず制服を着て集まっているのか、私服姿で集まっているのか、平日にしか集まっていないのか。
いくら想像しても答えなど見つからない。
電車に乗り、揺られ、降りる。
慣れた帰り道を歩いて、家に着いた。
専業ではないけど、フルタイムで働いているわけでもない母さんが、昔から変わらぬ調子で台所に立っている。
ドアの音や足音で気付いていたのだろう。
手を拭きながら振り返り、一続きのリビングに出てきながら口を開いた。
「おかえり」
「ただいま」
自然と答えた、その流れで。
「あー、そういや、来週から文化祭の準備なんだけど」
言ってから自嘲する。
文化祭の準備ながら今週も散々してきたじゃないか。
その笑みを母さんがどう受け取ったのかは知らない。誤解されたのだろうとは思う。都合が良いと思ってしまったことに、少しくらいの罪悪感は覚えた。それに安堵する。
「帰り、遅くなるかもしれないから」
「連絡してくれれば、あとあんまり遅くなりすぎなかったらご自由に」
冗談めかした言い方。
僕も笑っておく。
「忘れなかったらね」




