第22話 神の檻、あるいは美の呪い
講評室。そこには、獲物を待つ獅子のような眼光で、並べられた作品群を蹂躙するように睨みつける熊谷教授がいた。
俺が三つの胸像の覆いを取った、その瞬間。
喧騒に満ちていた室内が、まるで真空に包まれたかのように静まり返った。あまりの密度に、そこにいた全員が呼吸の仕方を忘れたかのようだった。
熊谷教授の呼吸が止まる。
彼はゆっくりと、幽霊でも見るかのようなおぼつかない足取りで、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように俺の作品に歩み寄った。
「……ッ」
言葉にならない呼気が教授の唇から漏れた。
彼は食い入るように一尺四方の石膏の肌を凝視している。その瞳は、指紋の一つ、産毛の一本、そしてその奥に潜む「神性」にまで侵食されているようだった。彫刻家として何十年も『本物』を追い求めてきた男の顔が、恐怖と歓喜で劇的に歪んでいく。
熊谷教授の膝が、がくりと折れた。
彼は震える指を伸ばし、翡翠の像の冷徹なまでに美しい頬に触れようとしたが――指先が触れる直前、何かに撥ね退けられるかのように激しくその手を引っ込めた。
「……美しい。吐き気がするほどだ。結城、お前は鏡になったのか? 完璧に神を映し、完璧に己を消した。これは『写し』としては唯一無二の正解だが、表現としては……空虚なほどに美しすぎる」
教授の視線が、背後に控える三柱の本人たちと目の前の像を往復する。
その顔には、一人の彫刻家としての激しい「絶望」と狂おしいほどの「羨望」が入り混じっていた。
「結城……。貴様、これは禁忌だぞ。ここにあるのは三柱の女神そのものだ。だが――『結城創』がどこにもいない」
「……俺が、いない?」
「そうだ。彫刻家のエゴも、解釈という名の歪みも、魂の火花さえ見えん。モデルである彼女たちの存在があまりに強大で、お前の技量がその出力を完璧にこなしてしまった。お前という人間が彼女たちの『出力装置』に成り果てているんだ」
熊谷教授は立ち上がり、俺の胸ぐらを掴まんばかりの殺気を孕んで顔を近づけた。
「コンクールの評価なら文句なしの百点だ。点数をつけること自体が、この作品への冒涜ですらある。文部科学大臣賞でも何でも好きなだけ持って行くがいい。だが結城、このままではお前はただの『神の記録装置』で終わるぞ。お前は彼女たちに愛されすぎた。その慈愛の檻から抜け出さない限り、お前自身の『声』は死んだままだ」
教授の言葉は、いかなる称賛よりも深く、鋭く、俺の胸に突き刺さった。
「今の貴様は神に筆を握らされた操り人形に過ぎん。だが、もしお前がこの『完璧な神』をいつかその手で『ぶち壊し』、自分だけの歪みを一太刀でも入れられた時……お前は本当の意味で、神をも超える芸術家になるだろう」
教授はそれだけ言うと、吐き捨てるように背を向けて立ち去った。
残されたのは、完璧すぎて誰も近づけない三つの「神」と、その傍らで立ち尽くす、一人の未熟な「人間」だった。
「……主」
翡翠が俺の服の裾をそっと引く。
琥珀と紅羽も、案じるように、そして自分たちを完璧に写し取った男を誇らしげに見つめていた。
俺は、自分の震える手を見つめる。
神を完璧に写し取ったこの手で、いつか彼女たちを「超える」ものを刻める日が来るのだろうか。
最優秀賞への確信よりも、熊谷教授が投げつけた呪いのような「期待」が、俺の心の中で熱く疼き始めていた。




