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血の契約は鼻血から ~封印の古龍をうっかり目覚めさせたら美少女になりました~  作者: 渡部安恵
第1章

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第21話 神々の進撃、キャンパス・パニック

 コンクール搬入日。結城家のミニバンには、厳重に梱包された三つの胸像と、それに勝るとも劣らない圧倒的な質量(オーラ)を放つ三柱の女神、そしてデザイン科の課題を抱えた結愛が乗り込んでいた。


 ハンドルを握る俺の横で、翡翠ひすいがタブレットを片手に「信号機のサイクルを計算した最短かつ振動の少ない最適ルート」を指示し、後部座席では紅羽くれはと結愛がSNSのインプレッション数について火花を散らしている。琥珀こはくは窓の外を眺めながら、「学び舎という場所は、いつの世も若き気が満ちていて良いものですね」と、万物を慈しむ母のような眼差しで目を細めていた。


 大学の駐車場に車を停め、三つの胸像と女神たち、そして結愛を降ろした瞬間――。

 春の陽気に浮かれていたキャンパスの空気は瞬時に凍りつき、直後に爆発的なパニックに近いざわめきへと塗り替えられた。


「おい、見ろよ……結城の周り、なんだあれ。幻覚か?」


「琥珀さんと紅羽さんだろ? 今日も一段と……。いや、待て。あっちの長身の眼鏡美女は誰だ!? モデル界に隠し球がまだいたのか!?」


 学生たちの視線が翡翠に釘付けになる。琥珀の深淵なる慈愛、紅羽の燃え盛る情熱、そこに加わった翡翠の「氷の知性」。三つの神性が揃ったことで発生した美の重力は、もはや歩く事変とも呼ぶべき破壊力を撒き散らしていた。


「……主。観測者の視線によるノイズが、事前に予測した最大値を20%超過しています。機材――いえ、胸像の安全確保のため、速やかに搬入を開始すべきです」


 翡翠が機械的な冷徹さで告げ、俺が慎重に台車を押し始めると、そこに獲物を見つけた猟犬よりも貪欲な勢いでデザイン科の集団が突っ込んできた。結愛の友人たちだ。


「ちょっと結愛! 何そのジャケット、めちゃくちゃカッコいいんだけど! どこの新鋭ブランド!? 糸の質感がありえないんだけど!」


「えっ、あ、これ? これは……その、紅羽さんにリメイクしてもらったっていうか……」


「紅羽さん!? あの『究極の素材』が直接手を下したの!? ヤバい、情報量が多すぎて死ぬ……。それより、そっちの眼鏡のクールビューティーは誰!? 新作のコンセプトモデル!?」


 デザイン科の女子たちが、翡翠を包囲するようにして一斉にスマホを構える。


「主の妹の友人各位。私はモデルではありません。あえて定義するなら、この家の……『財務及び構造管理担当』です」


「ザイム!? 何そのマニアックな芸名、最高なんだけど! ねえ、その眼鏡のブリッジをクイッてする瞬間をハイスピードで撮らせて! 絶対エモいから!」


「……拒否します。私の視覚情報は公共財ではありません」


 冷たく突き放されるほど、デザイン科の連中は「ゾクゾクする!」「解釈一致すぎる!」と狂喜乱舞し、シャッターを切る手を止めない。結愛が「ちょっと、私の課題も見てよ!」と叫んでいるが、完全に背景扱いだ。


「……お兄ちゃん助けて。この人たち、美の正解を見つけると理性が蒸発するの」


「無理言うな、俺だって《《こいつ》》を運ぶだけで全神経を削ってるんだ」


 俺はため息をつきながら、琥珀と紅羽に助けを求めた。だが、琥珀は花を咲かせるような微笑みで周囲を「浄化」という名の恍惚に叩き込み、紅羽は「ほら、アンタたち! アタシの結愛を差し置いて、翡翠そいつにばかりレンズを向けるなんていい度胸じゃない!」と火に油を注いで楽しんでいる。


 結局、彫刻棟に辿り着くまでに、俺たちの背後にはデザイン科と彫刻科、さらには野次馬の一般学生までが入り乱れた巨大な巡礼の列が出来上がっていた。


「いいか結城、今日こそは……今日こそは勝たせてもらうからな!」


 道すがら、ライバルを自称する学生たちが自作を抱えて挑発してくる。だが、俺が台車に乗せた「布を被った三つの塊」から漏れ出る、空間そのものを歪ませるほどのプレッシャーに触れた瞬間、彼らは戦意を喪失したように言葉を失い列の端へと避けていった。


「……なんだよ、あの空気。あの中に何が入ってるんだ? 彫像の重さじゃないだろ、《《あれ》》」


 絶え間なく鳴り響くシャッター音と、結愛の「もう、勝手にして!」という半泣きの声。

 そんな賑やかすぎる「天丼」を背後に聞き流しながら、俺はついに、彫刻科の聖域――講評室の重い扉を蹴るようにして開けた。


 扉の向こう側――。

 そこには屋外の喧騒を完全に遮断する、明らかに質の違う「死の静寂」が、熊谷教授という形をして鎮座していた。


「……来たか、結城」


 教授が顔を上げた瞬間、後ろにいた騒がしい連中が、一斉に蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

 俺は無言で、台車を部屋の最中央へと進めた。

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