第15話 買い物は国家予算で 後編
最高の生地と、未来の自分たちに胸を躍らせながら『サルトリア・オリーベ』を後にした。フルオーダーのため、仕上がりは三、四ヶ月後とのことだ。一ヶ月後にフィッティングの予約を入れ、俺たちは銀座の街中へと戻った。
父さんは上機嫌で、「次は靴を見に行こうか」と張り切っていたが、さすがに空腹の限界が来ていた。
「父さん、その前に食事をしないか? なんだかんだと時間が経っちゃってるし」
「おっと、そうだな。神様たちも待たせているしな」
俺たちは、老舗の洋食屋『銀座・松風』の暖簾をくぐった。クラシックな内装と、デミグラスソースの香ばしい匂いが食欲をそそる。
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運ばれてきたのは、見るからにトロトロの卵が乗った、黄金色に輝くオムライスだった。
「……マスター。これが、卵が黄金に輝く、あの料理ですね」
琥珀は目の前のオムライスを凝視し、期待に満ちた瞳でスプーンを握りしめた。彼女が一口食べる。瞬間、琥珀の身体が微かに発光し、周囲の空気が清浄化しようと震え始めた。
(まずい、また『聖域』を展開しようとしてる!)
琥珀にとって「美味しい」という感情は、そのまま霊的なエネルギーの爆発に繋がってしまうらしい。彼女は必死に唇を噛み締め、その「奇跡」が店内に漏れ出さないよう、全身の力で抑制していた。身体がプルプルと震えている。
俺はそっと手を伸ばし、琥珀の震える手を優しく押さえた。
「琥珀。……頑張ってるな。そのままでいい。今の『美味しい』という気持ち、ちゃんと伝わってるよ。無理に抑えなくていい、今のままで充分最高だよ」
俺がそう言葉をかけると、琥珀はハッとしたように顔を上げ、少し赤らんだ頬で微笑んだ。
「……褒めていただけるのですか? マスターにそう言っていただけるなら……これ以上ない幸せです」
彼女の目から「奇跡の輝き」が消え、普通の女の子のように美味しそうに口元を綻ばせた。……危なかった。この店全体を「神の食卓」に改造されるところだった。
一方、紅羽はグラスのワインを嗜みながら、付け合わせのサラダをフォークでつついている。
「うん。悪くないわね、このワイン。この店の料理も、洗練されていて嫌いじゃないわ」
紅羽はオムライスを一口頬張ると満足げに頷いた。
「でも、アタシはヨシノの料理の方が好きかな」
「あら、嬉しいわ!」
母さんが嬉しそうに笑うと、紅羽は少しだけ気まずそうに、けれど誇らしげに付け加えた。
「……別に、味のことだけを言ってるんじゃないわよ。ヨシノが作るものは、アタシたちを『家族』として迎えてくれる温かさが混じってる気がするの。この店の料理は完璧すぎて、少しだけ冷たい……っていうと生意気かしら?」
紅羽にとって、プロの味付けは完璧な方程式のようなものだ。しかし彼女が求めているのは、計算された美味しさよりも、そこに込められた「誰かのための心」――すなわち、俺の母さんが作る料理のような温もりなのだと知った。
父さんは「ははっ、俺もヨシノの飯が一番だ!」と笑い飛ばし、結愛も「私はどっちも大好き! あー、もう幸せ!」と口いっぱいに頬張っている。
高級スーツの予約票、大学生活やアルバイト、国家予算の管理、神々の暴走予備軍。
そんな騒がしい日常を抱えながら、俺は冷めないうちに自分のオムライスを一口食べた。
……うん、美味い。
完璧なデミグラスソースよりも、この「家族」の笑い声が混ざった食卓の味が、今は何よりも贅沢に感じられた。
俺は少しだけ緊張を解き、目の前の家族たちとの時間を味わうことにした。この平穏が少しでも長く続きますように、と心の中で願いながら。
間違って消しました(>_<)




