第12話 買い物は国家予算で 前編
週末の朝。結城家のガレージには、長年使い込まれたシルバーのミニバンが鎮座していた。
父さんが磨き上げた車体は、朝日を反射して妙に輝いて見える。今日は家族総出での「銀座で買い物」というミッションの日だ。
「よし、全員乗ったな。シートベルトを確認しろ」
父の掛け声とともに、エンジンが心地よい振動を立てて目覚める。
「いいか創。運転ってのは機械との対話なんだ。このエンジンの鼓動を感じろ。アクセルをどれだけ踏むかブレーキをいつ戻すか。すべては『いかに同乗者を不安にさせないか』という気遣いにかかっている」
父の説教は高速に乗る前から始まっている。俺は生返事を返しつつ、バックミラー越しに後部座席の様子を伺う。
(……まあ、安全運転で頼むよ父さん)
俺は相槌を打ちながら、父の「車という鉄の馬を操るロマン」を適当に受け流す。運転席でのこの時間は、ある意味で家族の長男としての立派な修行だ。
「ちょっと紅羽さん、座り方が甘いってば。せっかくのスタイルなんだから、もっと背筋を伸ばして膝を揃えて座りなさいよ」
一番後ろの席から結愛の指導の声が聞こえてきた。
結愛はバッグからファッション雑誌を取り出し、紅羽の肩をパタパタと叩きながら、まるで新人モデルを指導するマネージャーのような顔をしていた。
「あら、結愛。座り方ひとつでそんなに変わるの?」
「変わるの! モデルっていうのは、服だけじゃなくて、その佇まいで見せる生き物なんだから。……銀座に行ったら、新しい服を選びましょう。その「アルカナ・モード」の服も似合うけど、あそこの専属モデルってわけじゃないし、色々な服があった方が、絶対に紅羽さんと琥珀さんの魅力が引き出せるしね。ね、お兄ちゃん!」
紅羽は結愛の熱弁を、面白そうにニヤニヤと眺めている。
アルカナ・モードでの時もそう思ったけど、紅羽は、自分が「素材」として扱われているのが楽しいようだ。
「ふうん。結愛がそう言うなら、試してあげてもいいわよ。……結愛の服を選ぶセンス、ちょっとだけ期待してあげる」
「ちょっとだけって何よ! 私のセンスをなめないでよね、雑誌の読者モデルだってやってるんだから!」
紅羽に挑発され、結愛は頬を膨らませながらも、やる気満々のようだ。普段なら反発する相手に対して、自分の土俵で勝負を挑む結愛と、それを余裕で受け止める紅羽。二人の間には、不思議と心地よい距離感が生まれていた。
その様子を、真ん中の席から母さんが嬉しそうに見守っている。
「あらあら、二人とも仲良しねぇ。紅羽さん、結愛ちゃんのことよろしくね」
母は満足げに頷くと、隣に座る琥珀の髪を愛おしそうに撫でた。琥珀は相変わらず無表情だが、母の世話を焼かれることに対して、拒絶することなく静かに受け入れている。
「……ヨシノ。この『自動車』という箱、加速時に重力加速度を感じますが、慣れるとこの揺れ……なかなか面白い」
「ふふ、琥珀さんは本当に落ち着きがあるわね。銀座に着いたら、美味しいクレープでも食べましょうね」
「……オムライスを所望します。あの、卵が黄金に輝く……」
そんな家族の光景をバックミラー越しに確認し、俺は小さく息を吐いた。
父さんは、鼻歌混じりにハンドルを切りながら、助手席の俺に語りかけてくる。
「見てみろ創。家族全員がこれだけ楽しそうにしている。……車ってのはな、ただの移動手段じゃない。家族を一つの箱に詰め込んで、目的地まで運ぶ『動くリビング』なんだよ。まぁ、今日は神様まで乗ってるんだから、一層慎重に走らないとな」
「……はいはい。安全運転で。父さんのそのロマン、車酔いには一番効かない薬だからね」
俺が適当な相槌を打つと、父は「わかってないな」と笑う。
銀座まではあと少し。
札束が舞う修羅場を乗り越えた結城家は、今、かつてないほど騒がしく、そして平和な時間を過ごしていた。
間違って消しました(>_<)




