第11話 結城家会議
――夜。
会社から帰宅した父さんは、リビングのドアを開けた瞬間、その場の異様な空気に足を止めた。
テーブルの上には、昼間見たあの札束の山が置かれたままだ。そしてその周りには、相変わらず神々しい琥珀と紅羽が座り、隣には目をきらめかせた母さんと、何やら不満げに腕組みをしている結愛がいる。
父さんはネクタイを外し、ため息交じりに「ただいま」と呟く。
この状況を察したのか、父さんは俺の正面に腰を下ろした。
「……さて、その『山』について……詳しく聞かせてくれるか」
俺は覚悟を決めて説明を始めた。父さんは時折、母のファンタジーな合いの手や、結愛のツッコミを適当にあしらいながら、黙って話を聞き続けた。
一通り話し終えた後、父さんはゆっくりと立ち上がり、アタッシュケースの留め具をカチリと閉じた。
「……つまりだ。創、お前は今後、この『神々』と『国家予算』の管理という、どう考えても割に合わない職務を、大学生活の傍らで遂行しろというわけだな?」
「……まあ、そうなるね。あと、これ」
俺はポケットから、室井に押し付けられた漆黒のカードをテーブルに置いた。
「現金はあくまで『お守り』で、普段の支払いや彼女たちが壊したものの弁償は、全部このカードでやってくれって。限度額は……実質、国家予算の誤差の範囲内らしい」
父さんはその不気味なカードを指先で弾き、感心したように頷いた。
「ふむ。国家予算の誤差、か。……まあ、国が責任を持って『尻拭い』をしろと言っているんだ。創、お前が一人で背負う必要はない。このカードは、お前が『人としての生活』を保つための防波堤として使え」
父さんは少し考え込んだあと、琥珀と紅羽の顔を見た。
「……君たち。創に迷惑をかけている自覚はあるのか?」
「迷惑? いえ。私はマスターに望まれてここに居ます」
「アタシもよ。それと、久しぶりの娯楽を楽しんでるって感じね」
二人の神は、父さんの問いをさらりと流して全く動じない。
それを見て、父さんはふっと肩の力を抜き、小さく笑った。
「ま、だれも怪我をしたわけじゃないならいいか」
結局、結論はそこだ。
父さんにとって、この世で最も重要なのは「怪我や病気をせず死なないこと」と「生活が続くこと」だ。
「いいか創。国から金が出ようが何だろうが、お前は美大生だ。学業を疎かにするな。その金は、お前が『人としての生活』を保つための防波堤として使え。……で、買い物だ。この週末、全員で行くぞ。……神様とやらを連れて出歩くのも、一度くらいは経験しておかんとな」
父さんのその言葉で、結城家の「神様との同居会議」は、あっさりと「週末の買い出し計画」へとスライドしていった。
国家の命運を左右するはずの一億二千万円は、こうして「家族の週末」という日常の中へと消えていく。
「……あ、お父さん! 私、服だけじゃなくて、新しい靴とバッグもセットで欲しいんだけど!」
「結愛は勉強道具にしなさい」
いつも通りの、騒がしい夜が更けていく。
俺は、神々と家族を同時に管理するという、世界一難易度の高い『家長代理』の役割を背負い込むことになった。
間違って消しました(>_<)




