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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 春 〜  作者: 都月 敬
4日目
17/30

夜_集落2


「あれ。碧流っぽい人がいる」


 酒瓶片手にバタバタしている紅兎に、ようやく声を掛けられて。


「っぽい人、じゃなくて、本人ですが」


 相変わらず、長の隣に座らされたままの碧流が、じと目を返す。

 顔も見せないと思っていたら、来ていることすら知らなかったか。


「何してんの?」

「ちょっと。いろいろあったんです」


 今さらくどくどと説明するのはめんどくさい。その上、相手は紅兎だ。


「コト〜。次、お願い〜」

「はいよ〜。じゃあ、また、後で?」


 それすら疑問系かい。まぁ、紅兎に会いにきたわけではないので、いいけど。


「のんびり話す時間もないな」


 バタバタと去っていく紅兎を目で追いながら、長が優しげに微笑む。

 こうしていると、ただのおじいちゃんだ。


「いえ。急に来てしまったのはこちらですし、目的は別でしたし」

「そうか。わざわざ、我らのために、すまなかったな。ありがとう」


 改めて、丁寧に頭を下げてくれる。


「やめてください。それは、先ほど充分にいただきました」


 先ほど。会議が終わった後で、碧流は長を始めとする孔族の重鎮と思われるお歴々に囲まれて、順に頭を下げられることになった。

 感謝されるのはやぶさかではないが、相手の年齢が随分と高い上に、礼節を問わない孔族らしく表現もストレートだったので、なんとも面映ゆいものでもあった。

 それも終わって、ようやく宴が始まる。

 先ほどまでいがみ合っているようにも見えたロウたちとも、皆、何事もなかったかのように杯を交わしている。気持ちのいい呑み会だ。

 ただし、こちらでは酒壺を持っての酒呑ませが最初から始まるようで。


「おう。お客人、呑んでおらんではないか」


 などと、気を抜けば、すぐに酒を注ぎにくる御仁が後を絶たない。どころか。


「杯を空けぬと、次が注げぬぞ」

「……僕、あまりお酒は」

「ん?」


 やんわりとした拒絶では、突きつけられる酒壺の圧には勝てず。


 ――――明日、帰るつもりなんだけどなぁ。


 帰りは、またも半日の馬車移動。しかも、まぁまぁのぐわらぐわらで。

 二日酔いで、あれは、是非とも避けたいところだったのだが。


「お客人。わざわざ遥々すまなかったなぁ。助かったぞ。ほれ。」

「……ははは。」


 次々に酒精で満たされていく肚とは裏腹に、笑いは乾いていくばかりだった。

 と、そこで。


「――――あれは」


 ふらり、と。宴席を離れて、広間を出ていく人影が。

 それは、気になっていた人でもある。後を追って、碧流も席を立つ。


「便所なら、出て左だぞ、お客人」

「ありがとうございます!」


 違うが、丁度いいので利用させてもらおう。

 慌てている振りをして外へ出て。

 人影は、早くも靴を履こうとしていた。

 ここで声を掛けるのはまずい。

 外に出るのに合わせ、碧流も靴を突っ掛けて飛び出して。


「アイさん!」


 振り向いたその顔は、会議の時から変わらず、真っ青だった。


「……お客人」

「お帰り、ですか?」

「あ、いや、ははは……」


 笑って誤魔化す。

 碧流は靴を履き直しながら、もう一歩近づくと。


「――――まだ、なにか隠してますね」


 ぐ、と。息を飲む音がした。


「今なら、まだ間に合います。全員の前が難しければ、長にだけでも」


 なにを隠しているのかは、わからないが。

 とにかく、一刻も早く、白状させなければならない。

 碧流の勘がそう告げている。


「隠してるって、一体、なにを……」


 アイはなおも笑ってみせるが、見返す碧流は笑わない。

 深刻な表情で、見つめ続ける。

 アイは、たぶん、腹黒い男ではない。臆病なだけだ。

 だが、こういう男は、相手に押されれば、なにをするかわからない。


「は、はは……」


 次第に、その笑みが強張っていって、やがて消える。

 碧流は、厳しい表情を変えることなく、もう一歩、近づくと。


「今なら、まだ、間に合うんですよ」


 そのひと押しで、膝が崩れた。

 地面に両膝をつき、両手で顔を覆う。そして。


「――――もう、ダメなんです。もう、間に合わない」


 震える声で、そう呟いた。


「なにを、したんですか?」

「……地図を。一部分だけです。ほんの、少しだけで」


 地図?

 それは、想像を超える。


「なんの、地図ですか?」

「私の村の鉄鉱脈の。でも、本当に、少しだけなんです。まだ売ってもいない」


 ――――なぜ、そうなるのか。

 アイの行動が、碧流には理解できない。


「売ってもいないのに、なぜ地図を渡したりしたんですか!」

「手付けがいるって! 大きな金額になるから、手付け代わりに。でも、ほんの少しでいいから、って。そう、言われて……」


 確かに、それではもう、間に合わないかもしれない。

 明らかに、意図的に、騙されている。

 それでも。


「アイさん、戻りましょう。長に報告しなくては」

「ダメです。どうせ、もう、間に合わない」

「ダメでも!」


 ぐい、と。

 碧流は、うずくまろうとするアイの襟首を引っ張り上げて。


「最後まで、責任は取りましょう。まだ、間に合うなにかもあるかもしれない」


 間近で睨みつけられて、ようやくアイも頷いた。のろのろと、立ち上がる。

 とりあえず家の中へは戻るが、このままあの広間へは連れてはいけない。まして、一人にもできない。そこへ。


「あ、碧流。」


 何度も案内してくれた、あの女性が通りかかった。

 碧流も今は、藁にもすがる思いで。


「すみません。お願いがあるのですが」



 碧流は、アイを連れて、夕方に案内された部屋に戻った。

 広間では、今も宴会は続いている。そんな中、長に出てきてもらうのは、難しいかもしれないが。


「――――どうした、碧流」


 意外と早く、扉は開いた。

 長と、ロウが立っている。念のため、ロウも呼んでもらったのだ。なんらかの事情を知っているかもしれない。

 二人は青い顔でうずくまるアイの姿を見て、ただならぬものを感じたのか、すぐに部屋に入って、扉を閉めた。


「アイさんが、朱家の者に、鉄鉱脈の地図の一部を渡してしまったようです。これ以上は、僕では判断がつかなくて」


 碧流から状況を説明する。

 アイがその都度ビクつくが、この際構ってはいられない。

 二人も、あまりのことに目を見開いて。


「……なぜ、そんなことを」

「手付けが必要だ、と言われたようです。ですが、今さらそこを責めても仕方がありません」


 今にもアイに掴みかかりそうなロウを、碧流は理屈で止める。

 ロウも、握りしめた拳を、自分の腿へ打ちつけて。


「取引は、必ず、オレを通せ、と、あれほど……」


 どれほど悔やんでも、取り返しはつかない。

 相手は弱みをこそ狙ってくるものだ。


「どこだ」


 長に問われ、アイがぽつぽつと地名らしき単語を並べた。


「確かに、外れだし、数も少ない。だが――――」


 そこで、口をつぐむ。

 問題は、連中に山へ採掘に入る口実を与えてしまったこと。

 そこを手掛かりに、山ごと掘り返される可能性すらある。向こうには、金ならいくらでもあるのだ。そして、掛けた費用を、間違いなく取り返せるあてもある。


「申し訳ありません、申し訳……」


 アイが泣き崩れた。

 だが、それに優しく掛けられる声も、手も、なかった。

 責める筋ではない。責めても仕方ない。だが、慰められる余裕もない。

 だから、その震える背中を、ただ見下ろすことしかできなかった。

 そこへ。


「――――碧流〜。いる〜?」


 鍵など元から付いていない。すぐに、ノックもなく、扉が開けられて。


「あ。」


 なんとも、場違いな顔が登場した。


「……あ〜、紅兎。今はちょっと」

「って、どうしたの!? アイ?」


 そっと碧流が退出を促す前に、強引に部屋へ入り込んでくる紅兎。

 彼女はそのまま、アイに駆け寄って、その背中を撫で始める。


「よしよ〜し。もう大丈夫だからね〜。長にいじめられた?」

「……いじめるか」


 ぼそり、と。

 長のツッコミって、レアなんじゃないだろうか。


「アイは、朱家の連中に騙されたんだよ」


 端的に、ロウが結果だけを説明した。

 隠していても仕方ない。影響は族全体に及ぶのだ。

 かと言って、紅兎に話してもどうなるものでもない、と思ったのだが。


「朱家? なら、朱真じゃん!」


 紅兎が、スパッと解決案を提示した。雑に。


「あの、紅兎。朱真にもできることと、できないことが……」

「じゃあ、碧流。なんとかできんの?」


 できませんが。


「こっちでも、打つ手はないんでしょ?」


 長と、ロウとを、順に見回して。

 良策が出ないのを確認すると。


「じゃあ、朱真を殴ってでもやらすしかないじゃん!」

「……ごもっとも、ですね」


 この、打ったら響く、瞬発力がうらやましい。


「長。明日の朝、僕は景芝に戻ります。朱家に知り合いがいますので、なんとかならないか、相談してみます」


 そう。最初から、なんとかできるとすれば、この手しかなかったんだ。

 余計にやってくれなくなるから、殴りはしないけれど。

 長は、ただただ静かな瞳を、碧流へと向けて。

 

「――――頼む」


 と、深く、頭を下げた。

 方針が決まると、力も湧いてくるもので。


「こっちでも、できることはなんでもやっておく。とにかく、山に人を入れさせないのが肝要だ」


 両手を打ち鳴らしながら、ロウは今にも動き出しそうで。


「絶対に、手は出さないでください。怪我でも負わせたら、こちらが不利になります」

「わかってるよ。ったく、腹黒いこと考えさせたら逸品だな」


 余計なお世話です。


「すみません、皆さん。本当に……」


 謝り続けるアイを、ロウが抱え上げて。


「本当に、迷惑をかけるが……」

「言いっこなしです」


 またも頭を下げようとする長を、碧流が抑えて。

 三人が、広間へと戻っていく。

 恐らく、あちらではもう一悶着あるのだろう。しかし、それは孔族の問題だ。


「――――で、碧流。なにしに来たの?」

「……なんでしょうね」


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