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“人造人間”の迷惑  作者: 彩葉 軀
第2部
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第12章 躊躇

 ──よく見ると、その狙撃手スナイパーの頰や顎、さらには破れた服から(のぞ)く腕や肩の皮膚が破れ、そこから、見覚えのあるあの金属製の骨──“堅構骨ソリッドボーン”が顔を見せていた。

 つまりこの男──“人造人間ヒューマノイド”なのだ。


「……攻撃しないなんて、何を証拠に言い切れるって言うのよ……!?」


 消えかけの意識の中、私は()いた。


「……私は、お前の味方だからだ」


 ……味方……?そんな言葉で私を飲み込めると思っているの……?


「そんなの信じられないわ。『味方』なんて、誘拐犯の常套句(じょうとうく)でしょう?」


 ──経験が根拠である。

 面倒だなと思ったのか、彼は私を睨みつけた。威圧で脅そうとしているのかもしれない。


「……仕方ない。あまり人を殺したくないんだけど……」


 はぁ、とため息を()いて彼はそう言った。

 それと同時に、車のちょうど正面の方角から、

 数台のパトカーが、赤いパトランプをくるくると回し、けたたましいサイレンを鳴らしながら走って来た。

それを見て彼は、助手席に乗せていた、腕の長さほどはあるライフル銃を手にして、

 ドアウインドウを乗り出して、片手で構えた。


 ドンッ……!


 ライフルはそんな音を立て、弾を放った。

 その向かった先は無論、

パトカーだった。

そしてそれは、一台のパトカーを運転していた警官の胸を撃ち抜き、それによって制御が効かなくなった車は、他の数台を巻き込み、転倒した。


「……これでもまだ、信じられないかい?」


 男の問いに、私は渋々、首を振った。


「なら早く乗りな。目的地まで送ってやる。……あいつらに捕まりたくないなら、早く」


 彼がそう言うので、私は車に乗った。

 しかしまだ警戒を解くワケにはいかない私は、運転席含め四つある席の中で、運転席から一番遠い──と言っても攻撃は十分可能な範囲の──席である、左後部座席に座った。


「……何処まで送ればいい?追っ手が来そうだから、手短に頼むわ」


「……A市まで」


 言われた通り手短に言った。無愛想をプラスして。


「じゃあA市の中心街、『雲盛街クラウドシティ』の外れで降ろす。良いな?」


雲盛街クラウドシティ』。この男の言う通り、A市の中核を(にな)繁華街(はんかがい)だ。

 主に観光客で(にぎ)わうことが多く、それ故か、少しでもそこを外れると、その賑わいが嘘のように伽藍がらんとしている。

 白鷺さんの家は其処(そこ)から徒歩で約1分だ。


 私は彼の答えに対して、うんと(うなず)いた──。



 ──この人の運転は、思いの(ほか)丁寧(ていねい)だ。

 私にはまだ、運転の技術とかそう言うことはよく判らないが、そんな素人目にすら判るくらい、模範的な運転だった。

 港を出てからもう十数分。

 ()えて自然に走っているからか、あれからパトカーが姿を見せることはなく、今のところ平和なドライブを楽しめている。


 そんな中、警戒心を解くつもりのない私のおかげで、車内で保たれ続けていた沈黙を破るように、男はふと口を開いた。


「まさかお前が、“戦闘式人造人間アサルトヒューマノイド”だったとはね……」


 また知らない単語が登場した。

 朦朧(もうろう)としている頭には、実に優しくない行為だ。


「……何なの……その『アサルト何とか』って」


 単に好奇心で、私は()いた。

 今の間なら、一時休戦と見ても良さそうだったから。


「“戦闘式人造人間アサルトヒューマノイド”。2080年代末に、軍事的利用を見据えて開発された、戦闘用の機能を多く搭載したタイプの“人造人間ヒューマノイド”のことよ。

 大部分は普通ノーマルと全く変わらない。と言うか、普通ノーマルの派生系として造られたようなものね」


 ……ん?……何か……ムズムズ、する……。

 これって……違和感、ってヤツ……?


「例えば、さっきのお前みたいに、突如として戦闘能力が格段に上がる『勇戦状態ブレイヴモード』って言うプログラムが有る。これは本来、政府の“人造人間ヒューマノイド”管理局のコンピューターによる、特別な指示が発令された時しか発動しない機能なんだが……お前は自分で発動した。

 この事実が政府や警察のお偉いさんに知られたら、間違いなく放っておかないねぇ」


 ……やっぱり、何かおかしい。

 声の高さ、口調、一人称や語尾……。

 まさか……()()()()()()なのか……!?


「“戦闘式人造人間アサルトヒューマノイド”は、全ての“人造人間ヒューマノイド”が製造を中止するよりも前の2090年には生産停止していたはずなんだけど……最早(もはや)政府にも伝えられずに、造られ続けていた、ってことかしら……」


 この時、私の中の“仮説”は“確信”に変わった。そして訊いた。


「ねぇ……名前と……性別教えて」


「ああ、忘れてたね。……私は美影ミカゲ 秋柊シュウ。これでも一応、“女性人造人間フェメルヒューマノイド”だよ」


 やっぱりこいつ、女だったのか……!


「このショートヘアと、生まれつきのこんな鋭い目つきのせいで、お前みたいな反応を見せてくるヤツはいっぱい居たよ。

 あと私、男勝りな性格、ってよく言われるんだけど、そうなのかしら……?」


 男勝りというより、頼れるのだろう。

 この十数分の間で思ったことは、彼──もとい彼女には、生まれ持っての“姉御肌”が有るのだろうということだ。


「……話は戻るけれど、お前には特殊なプログラムが施されてある。きっと政府の一部がその事実を知っていたから、未だにお前を、あんなに必死になって捜していたんだろうね」


 そう話す彼女──秋柊シュウの頬の骨は、等間隔(とうかんかく)で建っている街灯に照らされ、それが金属であることをより強調してくる。


「……何故、私を助けてくれるの」


 私はそんな彼女に問いかけた。

 すると彼女は微笑んだ。

 先刻の、高貴のように。


「たぶんあの高貴バカと同じ理由だよ。お前は、私たちが諦めていた“希望”なんだよ」


「“希望”……」


「……せめて、同じ人間として暮らしたい。何不自由なく。……けど当の人間たちは、私たちを下手(したて)に見る。(さげす)む。……その状況を打開したかったけど……恐れ多くて出来やしなかった」


 時折、口を震わす彼女を、だんだん敵とは思えなくなって来た。


「……そんなことをお前はやってのけそうだと、私も思ったんだ。だから……あのヘリだって私が()とした」


「えっ……!?」


 自らの乗る機体を、()とした……!?


「ウフフ……その様子だと、お前は動力源庫エネルギータンクに弾を的中させたと思っているね。そこに弾を的中させたから、機体がバランスを崩して墜落して爆発した、そう……思っているね?」


 私が素直に頷くと彼女は、そんなわけないじゃないか、と笑い交じりに話した。


「あんなちっちゃな拳銃で堕とされるようだったら、さっきみたいな低空飛行はしないよ。地上からはまるで見えない空中を飛んで、爆弾でも落とすさ。

 動力源庫エネルギータンクをやられたのは確か。けどまだまだ復帰は出来た。その瞬間、私はパイロットを殺した。

 その後、隊長の林道リンドウを殺して、さらにそのまま機体ごと墜落させた」


 彼女は気楽そうに話すが、これもまた命を賭けた『裏切り』だ。

SHATシャット』とか言う部隊での訓練が何かが物を言ったんだろうけど、一歩間違えれば死は免れない事態になりかねない。

 そんなことを平気でしてもいいと思えるくらい、私は──。



 ──それからA市までのおよそ10分ほどの間、私たちには会話はなかった。

 けどA市に入った途端、思いもしないことが起きた。


 秋柊シュウさんが、泣き始めたのだ──。


 あまりにも突然で、何故だか皆目(かいもく)見当がつかなかったから、私は声をかけようにもかけられなかった。

 すると彼女の腕から、音が鳴った。

 電子音。電話の呼び出し音だ。

 恐らく指揮台と繋がっているのだろう。

 彼女は、その音の源、右手首を左人指し指で押した。


「──はい、美影です。……はい…………はい。…………いえ、ただ今捜索中です」


 捜索中。その単語で悟った。

 会話の内容を。


「……わかりました。早急(さっきゅう)に捜索し捕獲、帰還します──」


 言って、彼女はまた右手首を押した。


「……判っているでしょう?今の内容」


 ここで首を横に振ろうかとも思ったが、そんな気遣いは野暮だと悟り、私は正直に頷いた。


「……けど、そんな真似はしたくない。お前を、あんな島に連行して、挙句(あげく)……私たちみたいになられるなんて……そんなのまっぴらゴメンよ」


 涙と共に流れて来る鼻水をすすりながら、彼女は言う。

 このまま連行されれば、確かにその未来からは逃れられない。

 こんな戦闘型カラダの私は、(いや)(おう)でも軍事的に利用されるだろう。


「けれど私は……手ぶらで帰ることを許されていない。私の目標……お前を連れ帰ることは勿論。それが不可能でも、お前の所在する場所、顔や体格、共に行動する人間……そんな感じの、次に繋がる情報を持ち帰ることが必須なの。でなきゃ……殺される」


 彼女の話す間、私はただ黙っておくことにした。

 その話に水を差すのは、あまりにいけないことだから。


「……このしがらみを()くには、ある方法しか無いの。……お前にとってはもう、これ以上したくも無いことだろうけど」


 ちょうど赤になったばかりの信号で停止した時、彼女は振り向いた。

 その美しくも勇ましいはずだった顔は、涙でグチャグチャになっていた。




「…………今……殺して……?」




「………………」


 声を、出せなかった。

 それは驚きのせいでも、怒りのせいでも無い。

 躊躇(ためら)いだ。


 躊躇(ためら)いの理由は二つ。

 これ以上私の手を血で染めたくない、という我儘(ワガママ)と、

 彼女の涙、だ。


 彼女の涙、それは“あの時”──

 希良梨ワタシ姫花ワタシを捨てた時の、あの涙とまったく同じだった。


 あの涙に嘘はない。悪意も生まれるはずがない。はっきり言い切れる。私も経験したから。


「私がお前を送り届けた後、お前は……後部座席から、私の左胸を…………貫いてくれ。私の……動力源エネルギーメイカーを……取り除いてくれ……!」


 すすり泣く秋柊シュウ


 いずれ自分は、死ななければならない。

 だからこそ、こんな所で死にたくない。

 けれど、死ななければならない。今、ここで。

 希良梨ナカマを、売ることなんてできないから。

 そんなことをすれば、死ぬより辛いことが、起きるに決まっているから。

 それでも、出来ることなら死にたくない──。


 そんな葛藤を集約した、涙。

 その涙に、私はどう応えるべきなのか。

 その答えは、たった一つのそれに、まとまっていた──。



 ──夜も更け、すっかり寝静まった雲盛街クラウドシティ

 その外れに、私たちの乗る車は停まった。

 まるで時が止まったかのように、風も無く、物音もせず、夜の鳥や虫の声すらもない。

 勿論、人もいない。


「……着いたわよ」


 あれから、秋柊シュウは一切何も話さなかった。

 それは私が何も話さなかったからなのか、或いは──。

 そんな彼女が、ブレーキを踏んでから放った言葉は短かった。


「……うん」


 なので私も短く答えた。

 そして、降りる支度をする。

 そんな私に秋柊シュウは、催促の言葉も、怒りの声も、出さなかった。

 その無口ぶりは、死人さながら。

 ──殺すのに遠慮はいらない。何故なら既に()()()()()から──。

 そんなことを言いたげだった。


 だから私は、その望みに応えてやるのが情けだと、ようやく心を決めた。

 だが今度は、緊張に変わった。


 この一回の攻撃で、

 彼女を殺すことが出来なかったら……。


『後部座席から貫け』。

 それは秋柊シュウが行った最期の配慮。

 殺害する、そして返り血を浴びる、と言うことは、一般人にとっては嫌なことだ。

 まして今の私は、もう()()りだ。

 何なら血も見たくない。

 しかしながら、血の通った身体を貫く、という手段であれば、血を見ることは免れない。

 だからせめて、殺害対象を見なくて済む後部座席から殺させてやろう。

 それが、彼女なりの最期の配慮。


 だがその配慮が、今の私の不安な心の根源。

 座席シートの背もたれのお陰で、彼女の身体の正確な位置を測れない。

 前から見て確認すれば良いことではあるが、そんなことすら嫌なくらい、彼女の顔を見たくない。

 何故って、そうすればまた、感情が邪魔をするだろうから。

 この条件下で、私は確実に、一回で、彼女の左胸を貫き、動力源エネルギーメイカーを奪い取らなければならない。

 そうしなければ、彼女の気遣いに応えられない。

 (おん)(あだ)で返すように、苦しみを与えてしまう。そんな真似(まね)は御免だ。


 確実に……一回で……!!

 そう念じる度に、手の震えが増していく。

 しかし念じなければ……。

『思考』という部屋の扉の前で、〈感情〉が、足を揺らしながら、今か今かと待っている。

 念じなければ、そいつが妨害行為を加えに来るに違いない。

 〈目的〉だけを考えろ、私。

 冷酷になれ、私……!

 優しさを消せ……!!

 それが、“優しさ”なのだから!


 自身の手をキリキリと鋭利にさせながらも、心の中での衝突に終止符を打つことが出来ずにいる私を、一切の無言で待ち続ける秋柊シュウ


 その静かな熱望に私が応えることが出来たのは、

 この場所に停止してから、実に5分後のことだった──。



 無音。



 それは本当に無音だったのか、(ある)いは殺すことのみに集中していた私の聴覚が機能していなかったからなのか。

 それは定かではないが、()にも(かく)にも、私が秋柊シュウの身体を貫いた時、私には何も聞こえなかった。


 シートカバーを突き抜ける感覚、

 シートの中に敷き詰められたスポンジを突き抜ける感覚、

 彼女の皮膚を切り裂く感覚、

 筋肉の間をかき分けていく感覚、

 力任せに、彼女の“堅構骨ソリッドボーン”を破る感覚、

 そして、

 彼女の動力源エネルギーメイカーを握りしめ、奪い取る感覚。


 全て、左手一つで、刹那的な時間で行ったことなのに、

 それぞれの感覚が、全然、違った。

 異なるジャンルの料理を1度に食べた時の味覚のように、

 一つ一つ、漠然(ばくぜん)としたつながりこそあるが、ほとんどの要素に共通点は無かった。



「グォフッ…………!」



 死人が生き返った。

 そんな風に思ってしまった。決して比喩(ひゆ)ではない。これは私が抱いた、率直な感想だ。

 秋柊シュウは、声を上げて、吐血した。

 当然のことだ。

 生きていたのだから──。


 私は、左手を引き抜き、戻した。

 その手には、赤く血塗られた、光る動力源エネルギーメイカーがあった。

 卵からかえり、親鳥を確認するヒヨコのような目で、私はそれをまじまじと見つめた。





「あり……が……と……う……」




 突然、秋柊が上げた声に、私は絶句した。

 今、私たちの乗る車が居るこの雲盛街クラウドシティのように、静止した時を生きていた彼女の口から放たれた言葉は、

 感謝の言葉だった。

 今までの流れから考えれば、何も不自然ではない言葉であったが、

 眼前で死に行く彼女との邂逅(かいこう)からこの瞬間までの記憶が流れて来たことにより、

 彼女が敵であったことを思い返させられ、その事実と今の言葉を並べたことで、

 私は言葉を失ったのだ。


 我に返り、


「気にしないで……」


 と柔らかく声をかけた時には、




 もう、彼女の電源は()いていなかった。



 滝のように流れ込んでくる感情をなんとか制御しつつ、私は車を降りた。


 白鷺さんの家までの(わず)かな距離の間すらも、気を殺しながら歩くのが、かつてないほど、苦行に思えた。



 あの赤いペンダントは、ずっと、


 右手に握っていた──。

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