第13章 秘密
今回もやや長めです。
よろしくお願いします。
──白鷺家は、雲盛街の外れにある住宅地のほんの一角に、影を薄くして建っている。
築40年を超える古びた二階建ての家屋は時折、聴いているこちらですら痛ましくなる、床の軋む音を発する。
だがそれこそ、その状態こそが、白鷺さんの追い求めた最上の状態だった。
40年という、その住宅地に馴染むには十分過ぎるほどの時間を経て、近隣住民にとっては最早背景と同等に扱われるくらいのその家屋は、
その家自身と同様に、ひっそりと暮らしていたい白鷺 京助という男にとって、他に代え難い感動を与えた。
確か前に帰ってから1週間と3日経つ。
白鷺さんにみっちりと勉強を教えてもらう為に、定期的にこの家を訪れていた。
部屋にあった木製の食器棚や衣服棚は、妙に心地良い匂いを醸し出し、その匂いを好んで通っていた節もあった。
『合鍵が無い時は、ドアベルを二回鳴らしてくれ』。
白鷺さんはそう言っていた。
出かける時の用意は常に周到な私にとって、そんな瞬間はいつ来るんだと思っていたが、本当に来てしまった。
指示通り、電子音のドアベルを二回、間隔をあけず鳴らしてみた。
すると、夜中だから勿論閉まっていた鍵の施錠が、ガチャ、と音を立てながら解除された。
お迎えは無く、自分で開けろということかと思い、私はドアノブに手をかけた。
ここでまた、私は躊躇った。
父さんのことを、どう伝えようかと。
正直な所、白鷺さんの感情は読めたことがない。
昼にあれだけ焦っている様子が見受けられて、少々驚いたくらいだ。
だから、彼に父さんのことを話した時、一体どんな反応をするのか、私は全く読めない。
哀しみの涙を零すのか、復讐の怒りに苛まれるのか、絶望に打ちひしがれてしまうのか……。
幾多のケースを予測出来るが、どれも彼がする所を想像出来ない。
……ダメだ。ここでこんなことをしても埒が明かない。
とにかく私に出来ることは、あったことをありのまま伝えることだけだ。
そう心に決め、私はドアを開いた──。
──玄関で靴を脱ぎ、暗い渡り廊下をふらつきながら抜けた先にある書斎に、白鷺さんは居た。
彼が最初、私を見た時に発した言葉は、
「……どうしたその顔」
だった。
口調からして、恐らく大体のことは察してくれていたと思う。
むしろ疑問を抱いたのは私だ。
その顔……?私の顔……どうなっていると言うのだろう。
そう思って、私は小首を傾げた。
「……何だお前、今どういう状態か、判ってないのか」
と彼が言うので、私は小さく頷いた。
「……まあそうだよなぁ……そんなになるくらいの事故に遭ったってことだもんな……。判ってないのも当然か」
独り言、と言うにはあまりにも大きな声で彼は話しながら、何かを探していた。
目的の物は、手鏡だった。
「見苦しいかも知れないが……これが今の君だ」
言うと共に彼が見せてきた鏡に映ったのは、
思わず失神してしまいそうになる、悲惨で、醜怪な、私の顔だった。
顔面の右半分の皮膚はほぼ剥がれ、眼球も、鼻も、唇の一部も、全て焼き剥がされていた。そして、その部分に代わりにあったのは、それもまた少し焼き焦げた痕を持つ、
光沢のある“堅構骨”。
更に、右眼があった部分に存在したのは、
蒼く、弱々しく光る、眼を模したランプだった。
剥がれた皮膚の断面はギザギザで、焼かれたことによって流れをせき止められた血液が露だった。
私は失神こそしなかったが、それでも吐き気はした。不愉快である。
「よく見れば……手や足も酷いな。奥へ来い。治療してやる」
私の傷だらけの身体を一瞥して白鷺さんが言った──。
──そこまでは、私も覚えている。
しかし、そこからの記憶は一切無い。
私は気絶、否、電源を強制断絶したのだ──。
──目が覚めたのは朝方のことであった。
自らの血で少々汚れてしまったベッドからむくりと起き上がり、辺りを見回す。
閉じられたカーテンから射し込む朝日はやけに幻想的で、まだ頭がぼーっとしていた私は、僅かな時間の間、見惚れていた。
それから目を離し、逆方向、部屋の中を見る。
すぐそばで目立ったのは、ソファーに横たわり、スースーと寝息を立てる白鷺さん。
一瞬のうちはまだ頭が冴えなくて、じっと彼を見つめたままだったが、
とりあえず今は彼を起こそう、という思考に至った私は、ベッドを降りようとした。
だが、とにかくこの時は頭が冴えておらず、それ故か身体に力が全く入っていなかった。
だから私がその時出した腕は、その造作の基点になるどころか、ベッドを降りようとした私の身体を、乱暴に床に叩きつける結果に導いた。
「あうっ……!」
ドサッ、と言う重い音と同時に、私は小さく声を出した。
それに気付いた白鷺さんは目を覚まし、
「おい、何してるんだ……!危ないぞ」
と慌てて私の身体を抱え上げた。
「よっ……って、お前の身体ってこんなに……」
──重かったか──。
彼が飲み込んだその言葉を、私は察していた。
察してはいた。
けど、いつものようにつっこめなかった。
そんな動作をする気力が無かったし、そもそもそこまで頭が追いつかなかった。
「まだ休んでおけ……回復が遅くなるぞ」
やっとのことで、白鷺さんは私の身体をベッドに押し戻した。
だがまだ、私の頭の調子が戻る気配はない。
「……軽く朝飯も必要だな。いま何か適当に作ってくるよ」
ボサボサの寝癖頭をポリポリと掻きながら、彼はキッチンに向かった。
彼が何か作っている間にも、私は周囲の情報の収集に努めた。
部屋の中にこれまでと変わった様子はない。というか、この“治療室”自体にあまり来たことがないので、何かが変わっていても判らない。
今度は自分の身体だ。
身体中、至る所に包帯がグルグルと巻きつけられていて、ちょうどその部分に鋭い痛みが走り続けている。
じわじわと強まってくるその痛みは、私のスロースターターな脳を活発にしていった。
何故、私は包帯を巻かれているのか。
何故、この包帯の下に、痛む傷があるのか。
何故、私は、こうしてベッドに寝なくてはならない程の傷を背負っているのか。
何故、傷を負うような羽目になったのか。
その答えを、私の脳は、一つずつ丁寧に探し当てて行った。
そしてその度に、あの痛ましく悲痛な記憶が、ふつふつと蘇るのだった。
「お待たせしたな。もう独り立ちしてから十年近くは経つが、未だに自炊は慣れないな」
白鷺さんは、部屋に帰ってくるなりそう言った。十年暮らして来て自炊が未だに慣れないって、如何なものなのだろうか。
あ、ツッコミも復活してきたかな。
「うどんだ。消化に良いはずだ。味は……求めないでくれ」
茶色く透き通ったダシの中に、白く太い麺がどっしりと存在感たっぷりで浮いている。
味はもとより求めていないが、どうやら彼には盛り付けも求めてはいけないらしい。
「……というか、食べられるか?動かしにくいだろ、手」
白鷺さんが心配そうに言いながら見た私の腕は、もうミイラのそれだった。
「……大丈夫。何とか……動くよ」
私は言って、その腕を動かす。一応、思い通りに動くし、力も入るようになったけど、まだ震えが止まらない。
「……仕方ない。補助しよう」
白鷺さんは言うと、私の方にあった箸を手に取った。
彼はうどんの麺を掴み、私の口に持って行く。
ちょっと待て……何で?
何で私……胸、痛いの……?
傷が疼いているのではないのは自分でわかる。
胸、というよりその奥が痛い。
この症状は何──?
「しかしさすが“人造人間”と言ったところだな。丸一日眠っただけで、神経回路の異常が治癒するとは」
うどんの量も残りわずかになった所で、不意に彼が言った。
「この調子なら、腕や脚の傷も早々に治りそうだが……その顔は……傷跡が残りそうだな」
「あ……」
と私は思い出して、右頬に手を伸ばす。
冷たい。熱がまるで無い。
金属。冷房で冷え切った金属だ。
つまりこれが、私を造り支えている、“堅構骨。
痛みは全く無い。自分の身体を触ってないみたいだ。
「それに恐らくだが、その眼球はもう戻らない。顔面の皮膚や筋肉の復元機能は備えられているようだが、さすがにそこまでは政府も考えていなかったようだ」
ほら食え、と最後の麺を私に食べさせる白鷺さん。
その事実に、もうショックも何も受けないが、これからどうしようという不安だけは生まれた。
「もし君が、これから一生この家の中だけで過ごして行くというのなら話は別だが、そんなのは嫌だろう?」
私は瞬時考えた。
このまま生きて行く、というのも別に悪くないのではないか。
この顔を見られることがあるとするなら、せいぜい買い物くらいだろう。
けどこのご時世、買い物の手段だってネットとか宅配とかいろいろあるし、買い物以外で外に出ることになっても顔を隠すことくらい簡単だろう。
特にやりたいこともないし──。
そう思った時、私の思考が、記憶の棚から何かを引っ張り出してきた。
それは、小学校の時のある会話だった──。
「──ねぇ姫花ちゃん、菜那ちゃん!」
「どうしたの、雛乃」
突然会話を始めるのは雛乃の得意技で、こちらもその不意打ちには慣れたものだった。
「2人ってさ!『しょうらいのゆめ』って決まってるのー!?」
雛乃がそう訊くので、私と菜那は顔を見合わせた。
「な、何なのよ、急に」
「あっ、先生が明日宿題に出すって言ってた作文の話?」
勢いに気圧されてたじろぐ菜那と、何となく話の趣旨を理解した私。
「そーそー!アタシね、考えてみたんだけどよくわかんなくって。だから、二人はどんなゆめなんだろうなあって!」
「どんなゆめ、って言われても……」
菜那と私は、またも顔を見合わせる。
「私は……まだ決まってないや。お父さんは普通のサラリーマンだし、お母さんは主婦だから、今までカッコいい仕事を見てないのよね」
私は心中を正直に明かした。
対して菜那はというと、
「私は……良い中学校、高校、そして大学を出て、弁護士になりなさい、って父さんに言われたわ。けど、私の夢じゃないのよね、これって。だから……私も夢は無いのかも」
と提案されただけの未来予想図を語った。
「へ〜!アタシはね、アイドルになりたいんだ!歌うたうのスキだから、みんなの前でうたって、いっぱいテレビに出て、お金をかせぐの!」
最後の一言が、夢から現実に一気に引き戻した。彼女は時たま、こんな風に現実的な一面を語るときがあった。
「でも今の時代は大学を卒業しなきゃダメよ。大学を出てないと、どんな仕事も出来ないぞって、父さんが言ってたわ」
菜那は父さんからの受け売りが多い。それだけで暮らしているような面すらある。
「そうなんだ……」
と雛乃は珍しく深刻そうな顔をした。仕事ができない、と聞いたからだろうか。
かと思うと、彼女はすぐにケロッと笑い、
「じゃあ大学まで三人いっしょだと良いね!」
と、私と菜那の身体を抱きかかえた。
「ちょっ、雛乃!やめてって……!」
「こら、稀崎さん!やめなさい……!」
「アハハハハ!」
周りに見られることを恥ずかしく思って抵抗する私たち2人を見ても、雛乃は笑っていた──。
──大学。
大学に入りたい。
そうすれば……ひょっとすると、ひょっとするかもしれない……!
2人に……また逢えるかもしれない!
「私、『大学』に入りたい!」
私は今日一番の高らかな声で、白鷺さんに向かって言った。
彼は予想もしなかった、と言うような顔を見せたが、その直後、微笑んだ。
「なるほど、大学か……。いいんじゃないのか」
私も思わず笑みをこぼした。
そうだ、大学だ。
大学に行って、2人に会うことが出来るかもしれない。
それだけじゃない。
高貴さん、そして秋柊さんとの約束もある。
それを果たす為の糧になるはずだ。
とにかく、大学に行くことによってのデメリットは少ない。
「……なら尚更、その顔じゃ怪しまれてしまうな」
白鷺さんはそう言うと、お椀を持って立ち上がった。
「付いて来てくれ。君に見せなければならないモノがある」
妙に重みを持った言い方でそう言うと、彼は部屋の奥に向かった。
私は、すっかり回復した脚で、それでもゆっくりと、彼に付いて行った──。
「──どうしたの?何でここで止まるの?」
私は問うた。
白鷺さんと私が立ち止まったのは、彼の書斎にある本棚の目の前。
「フッ……まあ見ててくれ。面白いことが起きるから」
自慢げな顔をして彼は、棚の上から3段目にある本に手をかけると、それを奥に押した。
するとどうだろう。
本棚が、ゴゴゴ、と激しい音を立てながら、奥に向かって開いていくではないか。
その様は、昔の絡繰屋敷さながら。
この家の秘密を一つ知って、私の感情は高ぶる。
その先に、下へ続く階段があり、本棚の扉が開いたことに反応したセンサーにより、その階段の天井に並んだ青電灯が、一つずつ、徐々に点灯していく。
「ここに入るのは、ボクを除けば君が初めてだ。……楽しみにしていてくれたまえ」
そう彼は言ったが、その面持ちは未だ明るくならないまま。
一体、何があると言うのだろう、この先に。
一度高揚したテンションは急降下し、この空気感に合わせることを覚えた──。
──螺旋でも折り返しでもない、ただただ真っ直ぐな階段を下りること2分間。
この電灯と同じ、淡い青色の光の漏れる部屋が見えてきた。
「此処は、ボクがこの家を選ぶもう一つの理由になった部屋だ。……特に改造はしていない。……どうしてこんな部屋があったのか、ボクも疑問を抱えているくらいだよ」
言いながら、彼はその部屋の電気を点けた。
その光が照らした部屋の全貌は、私のイメージしていた、所謂“地下研究室”の固定観念を覆すものだった。
まず私のイメージと違ったのは、その壁。
青緑色のコンクリート製の壁で一面を覆われている、居るだけで陰鬱になってきそうな雰囲気なのかと思いきや、
子供部屋にありそうな、白い壁紙で包まれていた。
さらに、スーパーコンピューターだとか、その上のハイパーコンピューターとか言った機械的な物は殆ど無くて、
日用品とか家具とか、そんな家庭的な物ばかりが並ぶ。
どうやらホントに一切改造を施していないらしい。
ただ、そんな部屋に不釣り合いな物が一つ。
カプセル。
中には満杯の水が入っており、下から青いライトで照らされている。どうやら、先ほどの淡い青はコレのせいらしい。
そして何より、私はその中に入っている物体に衝撃を受け、目を奪われた。
──頭部。
鮮やかな金色の長髪が目立つ、女性の、
頭部。
無論、身体は無い。首から下の胴体は何一つ無い。
断たれた首元から血は一滴も垂れておらず、そして入っている水に赤色が全く見られないことから、ここ数時間の間に流れ出た血も無いことを示された。
この頭の持ち主──この女の人は死んでいるのか……?
瞼を下ろしている彼女には、何と言うか、生気が感じられない。
けど死んでいるとしたら、腐敗している様子が全く無い。この液体のおかげ?
とにかくこの頭部には、魅力というべきなのか、私の目を引く何かがある。
「やはりな……。それに注意が行かない方がおかしい、と言っても過言じゃないな」
そのカプセルを見つめていた私の隣に来て、白鷺さんが言う。
「それが何なのか……。訊きたいのに訊きにくいだろう。当然だ。こんな奇怪な装置の持ち主には訊きにくいものだ」
判っているなら答えて欲しい。
そんな目つきで彼を見た私。
「……先に見て欲しい物──いや、物呼ばわりすると怒られるなあ。……人がいる」
見て欲しい……人?
こんな地下で……暮らしている人なんかいたの?
「と言っても君は初対面じゃない。君は何度も、会ったことがある」
余計に、私は訳が分からなくなる。
会ったことある人って……誰のこと?
「……出て来ていいぞ!美依莉」
突然、白鷺さんが虚空に向かって叫んだ。
美依莉……?どこにそんな女の人が──。
カタカタカタカタ……。
白鷺さんの声に呼応するように、部屋の奥にあった立体映像計算盤に、文字が入力され始めた。
〔制限解除機能発動、OK? YES/NO〕
選択肢を選ばせるコンピュータ。
この字体……もしかして──!
「YESだ。出て来てもいい、この娘は家族だよ。今は……こんな顔だが」
「ちょっと、こんな顔って何なんですか」
戸惑いながらも、私は的確に白鷺さんにはツッコミを入れる。
その傍らで、コンピュータは、
〔了解。制限解除機能、発動〕
と、文字を画面に表示し、そして、
画面の電源を切った。
「えっ、ちょっと、どうしたの?」
「まあいいから」
私を制止する白鷺さん。
超常現象的なその雰囲気に包まれ、困惑で辺りをキョロキョロし始める私の耳に、
何やら機械的な音が飛び込んで来た。
そして。
〔ふぅ〜っ、疲れたぁ……。それより兄さん、その娘いったい誰なの?私、今出てきて大丈夫だったの?〕
幻聴などではない。だが幻聴だと思いたくなるような、
巨大ドームホールにあるような反響した声が、私には確かに聞こえた。
「大丈夫だよ、この娘は希良梨だ。お前だって何度も見てるだろう」
〔えっ、ウソ!その娘、希良梨ちゃん!?随分ひどい怪我……。こんななら来なくても、こっちから行ったのに〕
「お前は此処じゃないと視えないだろうが。それに、別の目的もあるしな」
得体の知れない女の声と会話を続ける白鷺さん。
「とにかく。まずその姿を見せてやってくれ。希良梨が怖がっているじゃないか」
〔あら、ゴメンなさい!そうよね……こんな天の声みたいな音と会話をされたら、いくら家族みたいな人でも怖がっちゃうよね、“兄さん”を〕
「おい、怖がっているのはお前に、だ!美依莉!」
〔はーいはい〕
そうしたやり取りが終わった次の瞬間、部屋の灯りは暗転し、その闇をスクリーンとして、立体映像が構成され始めた。
そのホログラムは、私の目線よりも高い所から始まると、
頭、身体、手脚、と、
高身長スレンダーな女性の形に出来上がった。
さらにそこに色が足され、完成に至る。
〔ふぅ。……こんにちは、希良梨ちゃん〕
その(映像の)女性は、私に挨拶をしてきた。初対面とは思えない、何とも気軽な挨拶だ。
「ど、どうも……」
なるほど彼女が声を出していたのか、そう思って若干安堵して、私は会釈程度の挨拶を返す。
〔驚かせちゃってゴメンね。私ったら、いつもの感じで“兄さん”と話しちゃって。普段はこんな姿にはならないから、慣れてなくて〕
言って、自分の身体を一瞥する彼女。どうやら名前は美依莉。
「ね、ねぇ、白鷺さん」
「何だ?」
〔何?……あっ、“兄さん”ね、ゴメンゴメン〕
私の声に、二人がほぼ同時に反応した。
ということは、二人は同じ名字だと言うこと。
「……ったく、話したがりなやつだ」
〔えへへ〕
舌をペロリと出して、茶目っ気たっぷりに謝る美依莉……さん。
「で、どうした?希良梨」
「ああ、えっと……彼女は……何者?」
無礼を承知で訊いた。
すると白鷺さんは、今から紹介しようと思っていた所だ、と彼女の紹介を始めた。
「彼女は白鷺 美依莉。察しているとは思うが、彼女はボクの“妹”だ」
「妹……さん。でも、この立体映像って確か、電話する時に使う機能よね?ってことは……何処か遠くに住んでるの?」
十数年前に開発され、未だ進化を遂げ続ける立体映像通話。
電話機やコンピュータ本体に接続された立体映像映写機が、カメラに映っている通話相手を立体的に映し出すことで、より日常会話に近い状態で通話が出来ると、発売当初は一大ブームを巻き起こしたらしい。
〔うふふ……普通はそう思うわよね〕
「残念ながら違う。彼女はずっと、この家に住んでいる。……“エミリー”としてな」
“エミリー”。
あの……コンピュータ……!?
政府の重要機密でありこの国の最新鋭のセキュリティーを施された“紅炎壁”を破って“国民名簿”のデータを奪ったり、
私の電脳のチップから情報提供機機能だけを取り除いたりした、あの……!?
私がこの家に招かれ、そして紹介されたあの時からずっと、彼女は此処に居たというの?
いや、でも、そうだとしたら……。
「じゃあ、妹さんは……」
私がそう訊くと、白鷺さんの表情は沈んだ。
「ああ。……そういう意味では、ある種遠くに住んでいるのかもしれないな」
彼は言葉にこそしなかったが、その態度を見て察した。
美依莉さんはもう、この世にいない。
そして此処で新たな疑惑が生まれる。
「……ってことは、白鷺さんは、美依莉さんの居なくなった後に、彼女を理想的な姿に作り変えて、その後……!」
〔ちっ、違うよ!兄さんはそんな変な趣味とか無いし、私は、私の意思で今此処に居るの!〕
若干引き気味だった私に対して、美依莉さんが食い気味に否定して来た。
〔……ねぇ、兄さん。……言ってもいいの?〕
「いや、ボクの口から言おう」
否定から一転、不安そうな顔をする美依莉さんを止める白鷺さん。
「彼女は、ボクが高性能コンピュータを作り出して擬人化して名前を付けたわけではない。彼女は、」
「“人造人間”だった」
「えっ……?」
私の思考は、衝撃に支配された。
彼女も……“人造人間”……!?
しかも、『だった』……!?
「そして、そのカプセルの中にあるその頭……。それは、言うまでもないかも知れないが」
〔…………〕
カプセルにその手を触れながら、白鷺さんは頭を見つめて、こう言った。
「美依莉の、頭だ──」
立体映像の容姿端麗な女性は、その艶やかな金の髪をいじった──。




