5.復讐[2]
伊知恵は部屋の真ん中にきちんと正座をして目を閉じていた。
(もう、大丈夫)
学祭で恭一と香苗を見て、ふっきれた。もう、自分の中の恋愛感情に振り回されることはない。自信が持てた。
東京での暮らしも受け入れた。しんどいことはまだあるけれど、いいこともたくさんあるとわかった。
今、伊知恵の心は安定していた。この安定が得られるまでは彼女の中に宿った沙織に話しかけないように、と祖母に念を押されていた。
(・・・沙織さん。あの男は、どうしている?)
伊知恵は穏やかな気持ちで、沙織に語りかけた。
パチッと音がして、部屋の電気が切れた。伊知恵は恐れずに目を開けた。そして、目の前に伊知恵と同じように正座している沙織のうっすらとした影を見つめた。
(もうすぐ、あの場所に来るわ)
沙織はこっくりとうなづいて、そう言った。
その時、ベッドの上の携帯電話が鳴った。沙織の姿は消え、部屋の電灯が再び明るくなった。沙織にもう少し具体的に聞きたかったのだが、と思いながら電話に出ると、まるで沙織に導かれたかのように電話の主は恭一だった。
「もしもし、いっちゃん?夜遅くにごめん。今、話せる?」
大丈夫、と伊知恵はうなづいた。
「なるべく人数が多い方がいい。みんなにも声をかけよう」
翌日、恭一と伊知恵は大学が始まる前に駅前の喫茶店でモーニングセットを前に話し込んでいた。
「みんなって?かなちゃんとか・・・」
そう言って伊知恵ははっと口をつぐんだ。私ったら、何だか嫌みっぽい。恭一も少し気まずそうに目をそらしたが、すぐに首を振った。
「とにかく、みんなだよ。智志も正樹も弘文も。俺がみんなにメールする。うちの近くの心霊スポットへ行ってみないか、って誘いをかければいい」
「みんな、来るかしら」
「来るさ。とにかく俺たち二人じゃダメだ。あの男は危険なんだ、本当に」
伊知恵は黙ってうなづいた。恭一も恭一なりに、いろいろ動いていたのだった。十四年前の事件を詳しく調べるなんて、法学部の恭一ならではの発想で、伊知恵には考えも及ばないことだった。
恭一のメールは功を奏し、夜十一時に智志の車が深夜バスの折り返し場の手前に止まった。
「意外だなあ、おまえがこんなこと企画するなんて」
正樹が少し怪訝そうな顔で恭一を見る。
「懐中電灯とか、みんな持ってきてるよな?」
恭一はいつになくリーダーシップを取っていた。
「かなちゃん、どうかした?元気ないみたいだけど・・・」
少し離れたところで、伊知恵は香苗のうつむきがちな顔をのぞき込んだ。
「ううん、大丈夫。何でもない」
そう言いながらも、香苗の声は弱々しく張りがない。何かおかしい、と伊知恵はいぶかしく思った。この香苗は、いつもの香苗じゃない。いつもだったら、最近は特にこれ見よがしに恭一にぴったりくっついて、回りに誰がいようとおかまいなしなのに、一人でぽつんと離れているなんて。それに、いつも身の回りに抜かりのないはずの香苗が、今日は化粧も服装もどこかおざなりだった。
「気分が悪いなら、車に乗ってれば?」
智志も心配そうにそう言った。
「いっちゃんも残りなよ。こういうのは、男ばかりの方が盛り上がるからさ」
恭一がそう言うので、伊知恵は思わず恭一を見た。
こういうのは、男ばかりの方が。恭一は、本気であの男を捕まえる気でいる。
「じゃあね。何かあったら、電話するから」
恭一は智志、正樹、弘文を伴ってずんずん雑木林の奥へ消えていった。




