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5.復讐[1]

 その少女が、その日も一人で公園から団地へ続く長い石段の片隅にしゃがんでいるのを、駐車場の車止めの向こうから男がじっと見つめていた。

 ターゲットを決めるにはいくつかのポイントがあった。

 もちろん彼の気に入った容姿の、色白で長い髪の少女であることが第一条件だ。たいがい一人で居ることも条件の一つ。そして、親の目があまり行き届いていない子供であることが必要だった。娘が日が暮れても家に帰ってこないからといって、警察にすぐ連絡するようではいけない。

以前の少女を思い出して、男は甘い記憶を反芻した。最初はもちろんあの子も自分のことを警戒していた。親が言わなくたって、教師や学校の様々な行事で大人達が、知らない人に着いていくのはもちろん、言葉を交わすことさえ警戒するようにことあるごとに子供達の無垢な脳にインプットしていく。

だが、一人でいることの多い子供は、たとえ幼くても次第に自分の世界と自分の価値観を確立していく。その中にうまく入り込むことさえ出来れば、警戒心を解くことなどたやすい。

その少女は、長い髪を結んだおさげの太さも高さも左右で違っていた。分け目もぼさぼさしている。親に髪を梳いてもらっていない証拠だ。

着ている服も少しくたびれている。色鮮やかでまだ新しいのに、何日も着たままだから薄汚れている。食べ物のシミもところどころ付いているのが解る。

向こうから数人の少年が階段を駆け上がってきた。少女を見ても声もかけない。とてもいい。

「何をしてるの?」

 少年達が去った後、周囲に人影がないのを見計らって、男は少女に近づくと声をかけた。少女は怪訝そうに顔を上げ、男を見つめて答えない。

「ゲームしてたの?」

 少女は黙って無視するように下を向く。

「ああ、カード見てたんだ」

 男はうなづいた。少女の膝の上と地面に、何枚ものカードが散らばっている。少女マンガかアニメのキャラクターのものらしい。

「どうやって分けてるの?色?」

「・・・違うよ。服。それから、靴とか、バッグとか・・・」

 つい、少女は口を開いた。自分がよく知っていることで誰かが間違ったことを言うと、つい正したくなる。この年頃の少女のそんな性質も、男はよく心得ていた。

 今日はここまで。話しかけた初日は、少女が物足りなくなるように中途半端で切り上げる。続きは、また明日。


 恭一はその夜、なかなか寝付けなかった。学祭で盛り上がり、香苗と何となくつき合っているような感じになって、すっかり奈良の神社や伊知恵の実家での出来事は遠いものになっていた。だが、あの病院の廃屋で見た手術室の映像だけは、どうしてもぬぐい去ることが出来ない。気味が悪いの一言では、片づけられない。何かが引っかかる。

(あの事件の後、病院は捜索されなかったんだろうか。遺体が埋まっていたのは病院からは離れた場所だったようだけど、遺体が解剖されたのはあの病院だったんじゃないのか)

 頭の中をいろいろな考えがひっきりなしに通り過ぎる。

(犯人はどうして人間の解剖の仕方なんて知っていたんだろう。まず身体中の血を抜くなんて考えつくのは、何か専門の知識があったのでは・・・)

 考えれば考えるほど、おぞましさに気が滅入る。

 あの病院で、十四年前殺された少女の遺体が犯人によって解剖され、もてあそばれた。それを警察が思い至らないわけがない。当然捜索はあっただろう。そもそも犯人は、使用した刃物類をそのまま病院に置いていったのだろうか。

(犯人が持ち去ったのでなければ、警察が押収したはずだ。あれがそのままあそこにあること自体が、不自然なんだ)

 だが、不自然なことなんて、世の中にはたくさんある。そもそも、沙織の霊が伊知恵に宿った事自体不可思議だし、祖母の仏壇、雨に濡れた足跡、鳴りやまないりん、窓ガラス、数々の沙織の気配・・・。

(あれ?だけど・・・)

 不可思議なことと、不自然なことは何かが違う。恭一はそう思い至った。何が、とはうまく言い表せないが、根本的に違うことは確かだ。

(不可思議なことは俺みたいな凡人には理解が出来ない。だけど、不自然なことだったら、どうだったら自然なのか、考えてみれば・・・)

 恭一は暗闇の中で跳ね起きた。ある考えが、恭一の頭から心臓を突き抜けた。

 どうだったら、自然なのか。

 廃屋の病院の手術室に、待機しているように整然と並べられた手術用具。

(あの男が用意したんだ。近々、使うつもりで)

 迷っている暇はなかった。メールでもだめだ。恭一は即座に伊知恵に電話した。


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