5.復讐[3]
「大丈夫かなあ・・・」
伊知恵は半分独り言のように傍らの香苗に語りかけた。そして、香苗を見てぎょっとして思わず身を引いた。
香苗の目つきがおかしくなっている。見開いているのに何も見ていないようで、焦点が定まっていない。
くっくっといきなり香苗の口から忍び笑いが漏れた。
「・・・知ってるくせに」
「何が?」
「私もう恭一くんと寝たよ」
ずきり、と伊知恵の心が握りつぶされるように痛んだ。
「本当は、嫉妬に狂ってるくせに、何でもない顔して、涼しい顔して、かなちゃん大丈夫?なんていい子ぶるんじゃないよ」
同性にだってある程度は品を作って、こんなに低い声ですごむことなんてないはずの香苗が、地の底から響くような声を腹の底から絞り出している。
伊知恵は何も言い返せずにいた。沙織とあの男のことばかりに気を取られていて、香苗の身に起こっていることには全く思い至らなかった。
「恭一くんのこと好きなんでしょ。だから、巫女さんのおばあちゃんまでかり出して、家族ぐるみでものにしようとしたんだね。だけど、私の方がずっと上手だった」
香苗は誇らしげにのけぞって笑う。伊知恵は息を呑む。祖母のことなど、香苗には一度も話したことがない。何故香苗が知っているのだ。
「恭一くんが全部話してくれたよ。あんたとどっかの神社に行ったことも、さあちゃんのことも、全部」
「嘘!」
思わず伊知恵は怒りを込めて叫んだ。恭一が香苗に何もかも話した。そんなこと信じられない。伊知恵の中に、忘れていた、封をしていたはずの黒い感情が、固く閉ざした扉の隙間から煙が漏れて入り込んでくるように少しずつ湧き起こってくる。
「ずいぶんうぬぼれてるのね。自分が特別だって思ってるの?巫女さんの跡継ぎだから?だからいつもそんなふうに取り澄ました態度で、私は汚いところなんて一つもありませんって顔をして。バカな女だよ。ほんとは私に憧れてたんだろ。私みたいになりたかったんだろ。私なんかの足元にも及ばないくせに。そうやってきれいごと言って、少しでも私に対抗出来たつもりだったわけ?」
香苗のまなざしは、今や伊知恵にまっすぐ注がれていた。それは今までに何度も見た、あの無感情な双眸だった。
恭一はまっすぐ病院の建物に進む。あの男は、あそこにいる。何故か、迷うことなくそう思った。
間もなく薄気味悪い廃墟が見えてきた。三階建ての、ビルと言うには小振りな木造の建物だ。
「なるべく声を立てるなよ。霊が逃げちゃったらつまらないし」
恭一はそう言って、懐中電灯の光を暗くして足元だけを照らし、まっすぐに三階へ向かう。
手術室の前に来て、恭一は生唾を飲んだ。ぼんやりと明かりがついている。
「おい・・・」
小声でささやく智志を振り向きざましいっと指を立てて制して、恭一は音を立てないよう気をつけて、ゆっくりドアを開けた。
寝台の横のテーブルに、きっちりとそろえられた手術道具。だが、そこには誰もいなかった。




