4.過去[2]
祖母のヨシノがそういう依頼を時々受けることは、伊知恵も知っていた。
その時、ヨシノはまだ三十代半ば。ヨシノ自身の娘である伊知恵の母と叔母は、偶然にも亡くなった二人の姉妹と同じ年齢だった。
祖母はことのほか佐山夫妻に思い入れを持ったらしい。殊に、自分の我が子と同年代の娘を二人同時に失って全ての希望をなくした妻の雪江には、自分自身を重ね合わせて深い同情を感じずにいられなかった。
だが、事故から一年以上が過ぎていたからか、現場が遠く離れていたからなのか、なかなか祖母には姉妹の気配を感じることが出来なかった。そして、祖母は自分の二人の娘を依り代にすることを思い立った。
(おばあが、そんなことを・・?)
伊知恵は初めて聞く事実に驚いた。伊知恵の知るヨシノは思慮深く、そんな大胆なことを試みるようには見えない。だが、当時のヨシノは迷わずそうした。雪江を慰めたい、佐山夫妻の期待に応えたいと懸命だったのだろう。
「その時、何か良くないことが起こったらしいの」
いったん言葉を切り、雪江はうつむいた。
しばし、緊張した沈黙に身を委ねたあとで、雪江は意を決したように深く息を吐くと話を続けた。
「・・・いえ、あなたにはきちんとお話ししなくちゃね。だって、あなたはお祖母様の跡を継がれるのでしょう。これは私たち夫婦にとっても、お祖母様にとっても、本当に辛いことだったのだけれど・・・」
依り代の効果はあった。亡くなった二人の姉妹は、ヨシノの娘達に降りた。大喜びで、やっと家に帰れると信じて。あまりに突然の死は、姉妹の意識を宙に浮かせ、混乱させたままだった。ヨシノは姉妹の霊に、既に身体は失われていること、自らの死を受け入れなければいけないことを説いた。しかし、姉妹はすっかりヨシノの娘達の身体を自分のものだと信じて疑わなかった。
ヨシノは自分の娘達と二人の姉妹をあるべき場所に戻すために、ついに強硬手段を執らざるを得なかった。姉妹の嘆きと絶望を、必死の懇願を退けるのは、ヨシノにとって身が切られるような痛みだった。
「お祖母様は全てが済んだあとで、私たちに泣きながら詫びてくれたの。亡くなった娘達に余計な期待を与えてしまった。そしてそれを無理矢理奪ってしまった、と仰ってね。でも私たちこそ、お祖母様に謝らなければならなかった。私たちの執着は、娘達に何の良いことももたらさなかった。その時は謝るどころか、お祖母様のことを期待はずれだと恨みさえしたわ。愚かなことでした」
伊知恵はうなづいた。ヨシノにさえ、そんな歴史があったのだ。初めから完璧な巫女などいない。感情にまかせて、判断を誤ることもある。
「その後、何年も私たちは音信不通でした。けれど、娘達のすべての法要が済んで、ようやく私たちはあの時お祖母様に大変な思いをさせてしまったことに気がついて、こちらからお詫びに上がったの」
それが、今から二年前。伊知恵は佐山夫妻に会った記憶はなかったが、二人は伊知恵を目に留めたらしい。母によく似た伊知恵を見てかつての出来事を思い出した。あの時、もしヨシノが判断を誤っていたら、この子は生まれていなかったかもしれない。そう思うと、今更ながらヨシノに申し訳なく、自分たちの執着が間違ったものであったと改めて自覚したという。
その時、ヨシノは雪江から世間話の中で、佐山家の近くにこぢんまりした大学があること、民俗学というちょっと風変わりな学科があり、地方からもたくさん学生が来ていることを知らされた。
「それで、私を下宿人として受け入れてくださったんですね。ありがとうございます」
伊知恵は改めて雪江に礼を述べた。だが、一方で気後れもあった。
「でも私、まだいろいろなことがうまく出来なくて、こちらにご迷惑をかけてしまうかもしれません。もし、ご都合の悪いことがあったら、いつでも・・・」
「大丈夫」
雪江は笑って伊知恵をさえぎり、白く柔らかい手を伊知恵の手の甲に乗せた。
「あの離れは、娘達の楽しい思い出がたくさん詰まった場所なの。だから、何かあっても今度は娘達があなたを守ってくれると思うわ」
伊知恵さえ良ければ大学を卒業するまでここに居て欲しい、と雪江に念を押されて、伊知恵は深く頷いた。ここにも、自分を見守ってくれる人がいる。それは、伊知恵にとって思いがけない心の支えとなった。




