2.怪異[10]
香苗はパソコンに向かって夢中である作業をしていた。
(私って、けっこうこういう手先を使う作業って得意かも)
できばえを見て、香苗は満足そうに微笑んだ。
伊知恵への牽制は思いの外効果があったようだ。ああいう子は、一度ばっちりキメてみせることだ。そして自分の内面とのギャップに混乱させる。伊知恵はきっと、自分がどれだけみじめか身をもって自覚しただろう。化粧も流行のファッションも、中身が追いつかなけりゃ、かえって無様になるだけ。おどおどした内面がそっくり出てきて、ちょっとばかりの自信なんて消え失せる。
私は小さい頃からずっと、人にもまれてやってきた。親の見栄張りバトルも見てきたし、子供同士の微妙な勢力争いも、二人のお姉ちゃんたちとの壮絶なケンカも、ちゃんとくぐり抜けてきたわ。そういうのを何も経験せずに一人っ子のおばあちゃん子でのんびりと純真な田舎のオーラまき散らして、こっちが手に入れようとしているものをちゃっかり横からかすめ取って行こうなんてずうずうしいのよ。
香苗は高揚した自分の悪意に陶酔しながら思い募った。
あの子はとうてい、こっちの人間には追いつかないのよ。どうせ四年経ったら地元に帰って小さなところでお茶くみか店員でもやって、そのうちろくに食えない兼業農家にお嫁にでも行くんでしょう。そうしてどんどん鈍くなって、すぐにがっしり太ったおばさんになって、近所の人と大声でぎゃははと笑って日頃の憂さを晴らすのよ。大した楽しみもなく、他人から注目される、自分を活かすような仕事もせずに。
(あらやだ・・・)
香苗はふと我に返って顔をしかめた。そこまでひどいこと、考えることもないのに。それなりにちゃんとコーディネートもしてあげたし、買い物のアドバイスだってしたし、いろいろ寄付してあげたんだから、半分以上は純粋な親切よ。
とにかく、恭一は一度こっちに引き入れる。この間だって、戸惑っていたけどまんざらでもなさそうだった。当たり前よ、私みたいなふつうだったら手の届かない女が据え膳差し出してるんだもの。あの時は、きっと照れてたんだわ。これを見せてもう一度押してみよう。きっと、一緒に来てくれない?って自分から言い出すわ。
香苗からメールが来て、昼休みに学食の前で待ち合わせをした。恭一を見つけると香苗は手を振って呼び止め、学食には入らずに校外のランチも出来るしゃれたベーカリーショップに誘ってきた。
「午後一、俺試験あるけど」
一応、余り時間がないことを遠回しに告げると、香苗はひどく真面目な顔をして、
「それどころじゃないよ」
と言うと、バッグから封筒を取り出し、恭一に中をあらためさせた。
「何、これ・・・」
「この間のキャンプで、次の日の朝にみんなで撮った写真なんだけど、わからない?」
恭一が写真を見ながら首を傾げていると、薄いサーモンピンクのマニキュアが光る香苗の細い指先が、写真の恭一と伊知恵の間の背景を指さした。
「これ、どう思う?」
恭一の右肩に半透明の女性らしい片手がかぶさっていた。そして、隣の伊知恵の肩にじっと注がれる女の目が片方だけぼんやり映っている。
「何だよ、これ」
恭一はぞっとして思わずテーブルに写真を落とした。
「スマホで撮った時は、全然解らなかったんだけど、みんなに配ろうと思ってプリントしたらこんな風に映ってて・・・これって、恭一くんの言ってたお姉さんじゃないの?」
これが、沙織?恭一はもう一度写真を手に取りそれを凝視した。
いわゆる心霊写真というものなのだろうか。あり得ない場所にあり得ないものが写っている、それは解る。だが、この手や目が沙織のものだと、どうやって判断すればいいのか。
「解らないよ。だけど・・・」
「何?」
香苗が期待を込めて身を乗り出してきた。
「この写真、一応もらっていい?」
「もちろん。家にある、そのお姉さんの写真と見比べてみなよ。何かわかったら、連絡して。それでさ、試験の後にもしお姉さんのお墓参りとか行くんだったら、私にも声かけてよ。こう見えても私」
そう言って、香苗は少し改まった表情でわずかに目をそらした。
「・・・小さい頃からちょっとね、霊感あるんだ。お墓を見ると、そこに入っている人のことがわかったりするの。何かを望んでるとか、誰かに腹を立ててるとか、その程度だけどね。だから、力になれると思う」
その日の夕方、香苗の期待に反して恭一は駅前の喫茶店でその写真を伊知恵と共有していた。
「これって、心霊写真ってやつだと思う?」
恭一に聞かれて、伊知恵は困った。違う、と自信を持って言える根拠はないが、これが恭一の言う「さあちゃん」でないことは間違いないと思った。
「あれから、家でいろいろ変なことがあったんだ」
恭一に告げられた数々の怪異にも、伊知恵は首をひねった。
(なんで恭一くんは私にこんな話をしてくるんだろう・・・)
むしろ、伊知恵はそのことに戸惑っていた。伊知恵の祖母や家系のことなど、恭一にも他の誰にも話してはいない。だが、恭一は別のことを考えているようだった。
「もしこの写真、いっちゃんにも関係あったらまずいと思って・・・」
伊知恵は驚いた。それはつまり、自分たち二人に沙織が嫉妬していると恭一が思っているということか。
「それはないと思うよ。大丈夫。だいたい、沙織さんが恭一くんに危害を加えるわけないもの」
伊知恵は思わずきっぱりそう言った。
「もし何か沙織さんが関係しているとしても、絶対悪意はない。そんなこと、ちょっとでも思っちゃ駄目だよ」
我を忘れたように熱心に言い募る伊知恵に、恭一はあっけにとられた。大人しい伊知恵がこんなにきっぱりと何かを言うなんて。だが、伊知恵が沙織の味方をしてくれたことは嬉しかった。
「やっぱり、俺が二十歳になったことと何か関係があるのかもしれない。とりあえず、試験休みにさあちゃんの墓参りに行ってくる」
恭一はそう言って写真をしまった。
祖母のことを話そうか。一瞬そう思った伊知恵だが、何故か気後れがしてそのまま言わずに恭一と別れた。




