2.怪異[8]
「おばあちゃんちに行くって?なんで、また」
母の和恵は目を丸くした。
「おばあちゃんから聞いたろ?うちでも、この間のことがあったし」
祖母からの電話と恭一の奇妙な体験は、両親にも少なからず不安を与えていた。結局窓ガラスは総取り替えするしかなかった。
「どっちも、さあちゃんの命日だったんだぜ。何だか気になってさ」
「ふうん。あんた旅費、あるの?」
「一応、バイト代があるけど」
「交通費だけなら出してあげるわよ。お母さんも気になるし。代わりにちゃんとお参りしてきて」
よっしゃ。恭一は心の中でにんまりした。これで少し、教習所代が貯まったぞ。
(いっちゃん、来るかな)
旅費の当てが出来ると、伊知恵のことが気になった。
この間の部会の伊知恵が目に浮かぶ。赤いミニスカートが、何故か沙織を思い出させた。おぼろげな記憶の中に、時々別人のように精いっぱい化粧やオシャレをしていた沙織の姿があった。さあちゃんきれい、と恭一が言うと、嬉しそうにありがと、と笑顔になったっけ。
(いっちゃんにも言ってあげれば良かったかな。・・・って、さすがにこの歳で面と向かって言えねーよな)
恭一は苦笑いした。子供の頃ならいくらでも素直に言えたことが、大人になるにつれ、いろいろ気を回したり気後れして言えなくなる。今思えば、体調悪いの?なんて聞いたのも無神経だったかなと恭一は少しきまりが悪くなった。
一年生は一般教養がほとんどで専門科目は数えるほどしかなかったが、単位を落とすと進級できない恐れがあったので、試験期間中はいつも以上に勉強に励まざるを得なかった。
伊知恵もアルバイトを極力減らして、下宿先で机に向かっていたが、能率はちっとも上がらなかった。
あれ以来、膝が重く、腰もだるい。何より、自分のマイナス感情が際限なく増幅するのが辛かった。
あの双眸に再び見つめられてから、伊知恵の心のふたがはずれた。
《香苗は、嫌いだ》
はっきり、そう思ってしまった。
《田舎者だと思って、バカにして》
《部会でだって、私に恥をかかせようとした》
《香苗がくれた化粧品も服も靴も、全部香苗がださいと思ったものばかり。私に押しつけてざまあみろと思ってる・・・》
《私が恭一くんを好きなのだって、ちゃんとお見通しなんだ》
《なのに、全然眼中にない、ライバルとすら思っていない》
《だけど、恭一くんは香苗より私のことが好きなんだ。そうに決まってる。キャンプの帰り道だって、私は香苗を出し抜いた・・・》
(やめて!)
伊知恵は机に突っ伏して、頭を激しく振った。どんなに否定しても、浅ましい感情が次々と伊知恵を取り込み、支配しようとしてくる。そうかと思うと、いきなり卑屈な、みじめな感情が押し寄せてきた。
《勉強なんて、何の意味があるのよ。どうせ、四年経ったら就職もせずにあの山奥に帰って、おばあの跡を継ぐって決まっているのに》
《恭一くんだって、私を憐れんでたんだ。みっともない、可哀相な田舎者の女の子を。そうよ、私のこと好きなわけないじゃない。恭一くんは誰にでも優しいだけ。何うぬぼれてたんだろう・・・》
こらえきれず、伊知恵は夜気を吸いに外に出た。




