8.恋愛フラグは炎上中
彼の事情を知らない私は、アンチ攻略を続けた。
「可愛い声も技術なんだよ。何時間も維持するの、大変なんだから」
「知ってる。配信が終わった瞬間に低くなるよな」
「どうして知ってるの?」
「動画で見た」
「配信事故の切り抜き?」
「そういうことにしておいて」
「あと、配信者は喉の管理も大変で――」
「長時間配信の前は油っこいものを避けて、部屋を加湿して、常温の水を飲むんだろ」
「詳しすぎる!」
「一般常識だ」
「一般男子高校生の常識じゃないよ!」
彼はVtuberについて語るたび、なぜか家事と健康管理の知識まで披露した。仲間たちの推理は迷走した。
『元Vtuber本人では?』
『ボイスチェンジャーを使って美少女を演じていた過去がある』
『だから可愛い声への解像度が高いのか』
「高瀬くんの黒歴史を勝手に生成しないでください」
一方で、私たちの関係は確実に近づいていた。屋上から教室へ戻る途中、彼が私の手を取ったことがある。階段を踏み外しかけた私を支えただけだったが、彼はすぐには手を離さなかった。
「小野寺さん」
「はい」
「今度の日曜、空いてる?」
デートのお誘いだった。私は一秒で答えた。
「空いてます」
実際には大型コラボが入っていた。帰宅後、関係者全員へ土下座する勢いで時間を変更してもらった。
デートは水族館だった。青い光の中で、彼は教室より静かだった。大水槽の前で並び、同じ魚を目で追った。クラゲの展示では、ガラスに映った私たちの距離が、恋人同士のように近かった。
「今日は楽しかった」
帰り道、彼が言った。
「私もです」
「また誘ってもいい?」
「もちろん」
今度こそ、両思いだと思った。その夜、非公開通話で報告すると、全員が騒いだ。
『てぇてぇ!』
『まだ付き合ってないのに供給が多い』
『水族館は実質告白』
「実質で済ませないでください。正式な告白が欲しいです」
師匠が楽しそうに笑った。
『青春じゃのう。妾の息子にも、そんな相手がおればよいのじゃが』
「師匠、息子さんがいるんですか!?」
『あっ』
また一つ、師匠の私生活が漏れた。
『今のも忘れるのじゃ』
「年齢は?」
『詮索禁止じゃ』
「はい」
私は素直に引き下がった。まさかその息子と、数時間前まで水族館にいたとは知らずに。




