7.父と母と推し
高瀬奏多は、Vtuberそのものを憎んでいたわけではない。彼が憎んでいたのは、夕食を終えた母が自室へ入り、十五分後に二オクターブ高い声でパソコンに向かって話し始める現象だった。
「みんな~! 今日もみみかに会いに来てくれて、ありがとにゃん♡」
壁の向こうから母の声が響く。奏多はリビングで頭を抱えた。向かいのソファでは、父の誠司がテレビへ配信画面を映している。
「今日も母さんはかわいいな」
「本人、隣の部屋にいるけど」
「配信中のみみかと、普段の香織さんは別の魅力がある」
「分けて考えるなよ。同一人物だよ」
画面の中では、桃色の髪をした電脳妖精が投げキスをした。父は微笑みながら高評価を押した。手元では、せわしなくスマホの画面を指で叩いている。
「父さん、母さんにガチ恋コメントするのやめてくれない?」
「妻を好きで何が悪い」
正論である。正論は、思春期の息子にも役に立たない。
母の活動を父が応援していること自体は、奏多も理解している。配信環境を整え、家事を分担し、体調を気遣う父は理想的な夫だろう。問題は、応援の熱量だった。
リビングの棚には母のアクリルスタンドが並び、ソファには母のキャラクターを模したぬいぐるみが座っている。車にも一体いる。父の書斎には等身大パネルまである。
「本物が家にいるのに、グッズは必要?」
「本物がいることと、グッズを買わないことに何の関係がある?」
「関係しかないだろ」
配信を終えた母が、ジャージ姿でリビングへ入ってきた。
「今日の妾も可愛かったじゃろ、息子ちゃん♡」
「家でその声を出すな!」
「反抗期じゃのう」
「母親がネットでぶりっこしてるのを平気で見られる息子がいると思う?」
「かわいいのに」
父が真顔で言った。
「父さんは夫だからだよ!」
両親は仲睦まじい。それはいい。むしろ誇らしい。ただし、その仲睦まじさをVtuberとガチ恋ファンの形で見せられるのは耐えられない。だから奏多は、Vtuberが嫌いだった。すべてのVtuberの向こうに、実の母親を想像してしまうから。
――そんな家庭事情を、小野寺凛へ説明できるはずもなかった。




