6.アンチの解像度
作戦第一段階は、彼がVtuberの何を嫌っているのか調べることだった。翌日の屋上で、私はできるだけ自然に話を振った。
「Vtuberの話なんだけど」
「小野寺さん、興味ないんじゃなかった?」
自分でついた嘘が、早くも首を絞めた。
「友達に好きな子がいてさ。高瀬くんの話をしたら、嫌いな理由を聞かれたから」
「あの声かな」
「声?」
「普段は絶対そんな声じゃないのに、配信が始まった瞬間『みんな~、会いたかったのじゃ~♡』って」
またしても、やたら具体的だった。
「語尾まで決まってるんだ」
「例えばの話だよ」
「高瀬くんの身近にVtuberがいる?」
彼の箸が止まった。
「いない」
「今の間は何?」
「気のせい」
怪しい。
その夜、仲間たちへ報告すると、推理大会が始まった。
黒羽ネネ[元ガチ恋勢に一票。]
獄道める[推しに認知されなくて闇落ち。]
海月しずく[家族か知人に配信者がいる可能性。]
姫宮みみか[年頃の男子は照れ屋じゃからのう。]
翌日は、健全なVtuberを紹介する作戦だった。
「姫宮みみかって知ってる?」
私は師匠の名前を出した。業界の功労者で、慈善企画にも積極的。偏見を解くには最適な人物だ。ところが高瀬くんの顔が、目に見えて引きつった。
「そいつだけは絶対に無理」
「そ、そいつ!? レジェンドVtuberだよ!?」
「知ってる」
「見たことあるの?」
「見たくなくても聞こえてくる」
「えっ、何が?」
「……いや、何でもない」
私は思わず身を乗り出した。
「みみか先生はすごい人なんだから。長時間配信でも声を崩さないし、後輩の面倒見もいいし、機材にも詳しいし」
「設定じゃ永遠の十七歳なのに、使ってる湿布は温感タイプだぞ」
沈黙した。
「なんで湿布の種類を知ってるの?」
「……アンチだから調べた」
「アンチの調査範囲じゃないよ」
その夜、師匠に尋ねてみた。
「師匠、温感タイプの湿布を使ってます?」
『なぜ知っておるっ!?』
「好きな人が言ってました」
『妾のアンチ、私生活に詳しすぎぬか?』
通話の向こうで、師匠が誰かに呼ばれた。遠くから男性の声がする。
『新しいグッズ、届いたよ』
『おお、あなた! 三つ買ってくれたかの?』
『もちろん。観賞用、保存用、予備用だ』
私は笑った。
「本当に仲がいいですね」
『自慢の夫じゃ♡』
――翌日、高瀬くんは疲れ切った顔で屋上へ来た。
「どうしたの?」
「父親が、また同じインテリア小物を三個買った」
「用途は?」
「観賞用、保存用、予備用」
「奇遇だね。私の知り合いのご主人も同じことをしてた」
「世の中には理解できない人間が多いんだな」
「そうだね」
そこまで一致して、私たちは気づかなかった。恋をしている人間の判断力など、この程度である。




